第234話 ゴブリンロードとカンジャンケジャンとサッポロクラフトスパイスソーダと
「新聞代の徴収でーす」
「了解なりぃ」
ミカンちゃん、新聞とってるのよね。最初は文字を読む練習だったんだけど、速攻で日本語マスターしたので今は単純に新聞読む事が日課なのよね。そのせいで老人しか買わないであろうわけ分からない通販とかでなんか買ってきたりするけど、ミカンちゃんが稼いだお金だしね。
「今日は水曜日! 飯尾さんが出てり!」
ミカンちゃんはずんの飯尾和樹さんの大ファン。まぁ、彼の語彙力とそれを的確に選択するセンス。表現力。そして一番は嫌味がないところね。今は誰からも嫌われない芸人が評価され出したし、時代が追いついたんでしょうね。
「おぉ、飯尾殿であるか! 意味不明な事を言うのに何故か面白いであるかなら」
ぴーんぽーん!
インターフォンという事はご近所さんか、配達業者さんね。玄関に向かうと、そこには配達業男子。大きな段ボールを持ってるわね。サインを書いて私は受け取ると、真顔だったのがとても表情が明るくなったわ!
なになに? もしかして私の事……視線が遠くを見ているからミカンちゃんとでも目があったのね。これだから男ってのは……
以前もウーバーイーツでミカンちゃんに置き手紙を置いて行った配達員もいたわよね。
で? この中身は……
「何なり? 食べ物?」
「カニ、であるか?」
「うまそうだなぁ! 金糸雀!」
「「「!!!!」」」
そう、私達は絶句したわ。ネメシスさんがいつの間にかやってきて私達とずっといたかのように登場したけど、このネメシスさんも中々のアレなのよね。美味しい物がある時にやってくるだけだから、まぁニケ様程の一撃性はないんだけどね。
送られてきた物は、従姉妹でバーテンダーの狼碧ちゃんから、カンジャンケジャン。たまに謎の物を送ってくるのよね。
「とりあえず今日はこのカンジャンケジャンを食べてみましょうか? 私も食べた事ないからどんな味がするのかとか全然分からないんですよね」
ワタリガニの醤油漬け、らしいけど。ワタリガニとか寄生虫大丈夫なのかしら? なになに? マイナス二十度以下で冷凍保存している事で寄生虫を殲滅しているのね。まぁ、最悪ネメシスさんやニケ様に治して貰えばいいか、食べ方は自然解凍させて、そのまま生のままでやる感じみたいね。
どうしよう?? お酒をペアリングさせるにしても、韓国焼酎は部屋には鏡月くらいしかないのよね。となれば、この前酒屋さんから送られてきた奴飲んでみようかしら?
「お酒はサッポロのクラフトスパイスソーダでいい?」
「勇者しゅわしゅわならなんでもよき!」
「スパイスソーダとは、ジンのようであるな!」
「わーい! なんでもいいぞー!」
ガチャリ。
さてさて、誰かやって来たわね。玄関に向かうと、豪華なマントを着た……それは、身の丈二メートル近い緑の身体をした魔物。
私はその見覚えのある見た目に、
「ホブさんじゃないですか! 久しぶりー!」
「おや、金糸雀さん」
そう、兄貴の部下として仕事をしている事が判明したゴブリンのホブさん。私の部屋にやってきた二番目のお客さんだったのよね。最初はホブさんみてビビり散らかした私だったけど、すごい心が綺麗なモンスターの人なのよね。私はホブさんの腕を掴んで、
「そんなところで、たってないでどうぞどうぞ!」
「あ、いや。お邪魔しますね」
みんなにホブさんを紹介すると、
「おぉ、ゴブリンロードとは珍しい」
「つよつよのゴブリンなりぃ!」
という事で、アレ? ホブさん、ゴブリンじゃなくてゴブリンロードってのになったんだ。
「なんか出世した感じですか?」
「えぇ、マスターの領域の商店の店主を任されて、ゴブリンロードにクラスアップできました」
「えぇ! すごいじゃないですかー! ちょうどカニ食べるんでお祝いしましょ!」
「はは、それにしても金糸雀さん。すごい面々と共におられますな……」
勇者に大悪魔に女神だもんね。まぁ、ホブさんが驚いている中リビングに案内して、私は全員分のクラフトスパイスソーダを用意。そしてロックアイスの入ったグラスに注いで、グラスを掲げると、
「じゃあ店長就任したホブさんに! おめでとう! かんぱーい!」
「ホブ殿、おめでとうであるぞ! 乾杯」
「おめー! 乾杯なリィ! ゴブリーン!」
「ふん、このネメシスと盃を交わせる事、誇りに思うがいい。乾杯」
そう言う私達にホブさんは瞳に涙を浮かべて、そうホブさん涙脆いのよね。うっうっと泣きながら、
「ありがとう! ありがとう! 乾杯! いただきます」
クイッとみんなはクラフトスパイスソーダを飲み。あぁ、これ本当にジンリッキー(ジンのソーダ割り)みたい。スパイスはレモンピール、ジンジャー、コリアンダーシード、カルダモン、ローレル。下手すればカレーが出来上がりそうなチョイスね。
「ぷっひゃい! うみゃああああああ!」
「これはビリビリくるである!」
二人には好評だけど、ネメシスさんはなんかこれじゃない感を感じていて、ホブさんは……、また泣いちゃったわ。
「これ、マスターの好きなジンにそっくりで、うぅ……」
「大丈夫ですよ、ホブさん、玄関から出ればすぐ戻れますので、この宴を楽しみましょ? ね?」
「かたじけない、マスターの妹君である金糸雀さんに」
「あー、いいですいいです。兄貴からしたら私より多分、ホブさんの方が大事な従業員でしょうから、まぁ、私は兄貴からしたら子分みたいもんなんですよ。そんなことより、カンジャンケジャン食べてみましょ!」
いい感じで解凍されたカンジャンケジャンを私達は一つ手に取り、私をみんなが見ているので、私は先ほどスマホでググった食べ方をみんなに見せる。綺麗なオレンジ色のカニ味噌をまずすする。
「んんっ! んまっ」
そう、初めて食べたカンジャンケジャン、くそ美味いの! これはいい感じにクラフトスパイスソーダが合うわ。カニ味噌がいる間にスパイスソーダで流して、身の部分にかぶりつく。ぷりっぷりで、醤油味がしみてて美味しい!
若干のカニ臭をいい感じにスパイスソーダが消し去ってくれる。
「これ、すっごい美味しいわよ!」
「「「「!!!!!」」」」
四人は私が食べたのをみて、一心不乱にカンジャンケジャンにかぶりついたわ。なんか滅茶苦茶量があるから、いくらでも食べれるし、そしてこのカンジャンケジャンを食べるのに合わせるお酒なんてそれこそ無限にあるから、
「うまー! カニ、うまー! 勇者かにスキー!」
「おぉ、ワタリガニという物初めて食べたが、こんな美味いのであるな」
「……こんないいものを頂いてしまって、お酒……おかわりください」
「はいはい!」
結構ホブさん飲むのよね。これからはロング缶で渡していこうかしら、そんな中、ネメシスさんはカンジャンケジャンの方は美味しく食べてるけど、スパイスソーダは口に合わなかったのかしら? だったら、仕方がないわね。
「ネメシスさん、グラス少し貸してもらえます?」
「なんだ?」
レモンを一絞り、そしてガムシロップを少々。炭酸が死なない程度にステアして、それをネメシスさんに渡すと、ゆっくりとそれに口をつけて、
「うまーい! なんだこれは金糸雀!」
「即席、スパイストニックです。これなら飲みやすいですよね?」
ジンでもそうだけど、スパイスが入っているお酒、苦手な人は苦手ですからね。
それにしても……そろそろ呼んであげないと可哀想かしら? ずっと玄関から半分顔を出してこっちを眺めているニケ様。
「ニケ様、入ってきて一緒にカニ食べませんか? お酒もありますよ」
ミカンちゃんが手を拭いて部屋から出ていく準備。ほんとミカンちゃんもブレないわよね。私に呼ばれてニケ様はパァあああああと表情が明るくなるとリビングにスキップしてやってくる。
「全く、金糸雀ちゃん! 真の女神がここにいるというのに、どうしてネメシスをいつも呼ぶんですか!」
「何ぉ! 小娘の分際でぇ!」
「ほら喧嘩しないでくださいよ。お客さんもいるんですから」
そんなホブさんは飲んでいるクラフトスパイスソーダの缶をコンと置いて、身震いする。
「め、女神が二人ですとー! 金糸雀さん、貴女は一体、何者なんですか?」
ニケ様とネメシスさんはホブさんが二人を女神として畏怖し、認識しているので、段々嬉しくなったんでしょうね。ニケ様は大きな口を開けてカンジャンケジャンを食べようとしているのをやめて、というかテーブルで手を拭かないでくださいよもう! 目を瞑って立ち上がり、ネメシスさんは意味深なポーズを取るとそれぞれホブさんにこう言ったわ。
「ゴブリンの王よ。この聖域で出会えたのも何かの縁でしょう。加護を与えましょう」
「ゴブリンロード、この最果てにおけるネメシスの神殿に踏み入れたこと、褒めてやろうかの?」
もうやめましょうよ。そう女神振るの。もう手遅れですって! と私が口を挟もうとした時、ホブさんは片膝をついて二人よりも頭を低くしてるわ。
それに同じモンスターのデュラさんが、
「ホブ殿、そのようなクソ女神共の言う事は聞かぬとも良いぞ」
「何をおっしゃいますか! 大悪魔殿。女神ニ神と座を共にしているだけでも心臓が飛び出そうでしたのに、加護まで、謹んでお受けいたします」
そう言って胸に手を当ててホブさんが待っているのをみて、ニケ様とネメシスさん、超嬉しそう! そういえば、最近私もそうだけど、ここにくる人誰も二人を女神扱いしなかったもんね。
ホブさんは、すんごいチート? みたいな加護をもらって自分の世界に帰っていきました。
ある意味、ニケ様とネメシスさん、自分のアイデンティティに迷っていたのかもしれないわね。とそんな至福の二人を見ながら私はカンジャンケジャンを齧って、クラフトスパイスソーダーを口にしたわ。




