第233話 ヨグ・ソトースと手羽先の唐揚げとスプリングバレー・アフターダークと
「金糸雀殿、この写真は一体」
「や、やばし」
今思えば、小学生の時……6歳の私は何故か天下を取りたいと思って小6男子達に喧嘩を売ってボコったのよね。で、仕返しに10人で来た小6を返り討ちにして、その小6が中学生を連れてきて計20人でさらに復讐に来た連中を返り討ちにして、私が中学生に上がる頃……
学校のヤンキーを従えて当時流行りのギャルのキメ顔とポーズで釘バットを持って写っている私の写真が何故ここに……あの黒歴史は全て抹消したハズよ。
「それはあれね。別の世界線の私だわ、シュタインズポートの先にあるB世界線の私ね。きっと」
「別の世界線」
「シュタインズ・ポート……なり?」
どうにかして私はこの黒歴史の抹消と、何故か存在しているあの忌まわしき写真を屠る事を考えていたのよ。まず、デュラさんから話を変えるべきね。
「そういえばデュラさん、本日は手羽が安かったら唐揚げなんてどうかしら?」
「おぉ、いいであるな! 我の特性バッター液の出番である」
「かなりあ、近接戦士タイプなり! プププ」
さて、このミカンちゃんをどうするかね。ニケ様の襲来ばかりで忘れてたけど、意外とミカンちゃんの煽り性能も結構ウザいのよ。まぁ! ミカンちゃん黙らせるのに刃物はいらぬ。炭酸のお酒があればいいわ。
「今日はスプリングバレーでも飲みましょうか?」
「勇者、クラフトビールスキー!」
ふぅ、市販品のビールの中では群を抜いて高級ビール。スプリングバレー、キリン赤ラベルの味が変わった事で私の選択肢から無くなった麒麟ビールだったけど、このスプリングバレーは一味違うわね。
初めて私がスプリングバレーを見た時、スプリングバレー、そういうのもあるのかと思わしめたものよね。
ひらひらと何かが降ってくる。紙? それとも写真? んん? これは闇のシールと言われたプリクラ……私と当時仲が良かった女の子達と撮ったそれ。もう痛い染め方に痛いピアスをつけた私達。これはJK時代ね。
確か遠くのイオンモールにみんなで行った時だったわ。
そして……デカデカと文字が書かれている。
“バスで来た!“
「あぁああああああああ!」
「金糸雀殿、いかがなされたぁああ?」
「キュアー! キュアなりぃー!」
崩れ落ちる私、二人ともごめんなさい。もうお酒を出してあげれないかも、今から私が実はヤンキーで東京に憧れを持ちまくっていた田舎娘だって事、伝えます。黒歴史を隠して生きている人もいるんです。
私は過去の自分を絶対に許さない。
「知ってた」
「まぁ、その……ある程度予想はつくであるな。以前、金糸雀殿が子供になった時とかな」
私は知ってて知らんふりをしてくれていた二人を見て、再び慟哭したわ。
「じゃあ、お酒のもっか?」
「かなりあのメンタル、アダマンタイトなり」
「うむ、この立ち直りの速さ、見習いたいであるな!」
ガチャリ。
来たわね。今日はどんな人かしら? 玄関に向かうとクラゲみたいな、触手だらけ何かがいるわね。これ言葉通じる系かしら?
「こんにちわ! 犬神金糸雀です。この部屋の家主です」
「あー、こんにちわ。外宇宙から来ました。名前はヨグ・ソトースです。初めまして旧人類の金糸雀さん」
新人類いるのかしら? まぁ、こういう形状が不明な人が来てもなんとも思わなくなっている私の感覚って確実にどっか壊れてるわよね。どこから声出してるんだろうとか全く疑問に思わないもの。
「ヨグ・ソトースさんはお酒は飲める口ですか?」
「あー、はい。地球のお酒文化勉強しに地球に来たのですが、情報取得時にこのような大量の写真とリンクがつながり、扉を開いたらここに」
「レアパターンですね。その大量の写真、私の黒歴史ですね。全て抹消してもらえますか? まぁ、とりあえず中へどうぞどうぞ」
リビングでミカンちゃんは足をばたつかせて唐揚げを待ってるわ。
デュラさんの特性バッター液に漬けられて揚げられていく手羽先達、ジュワジュワ、パチパチと音だけで一杯やれそうね。美味しい料理は音も美味しそうなのは一体何故なのかしら?
「変な魔物きたれり」
「こら、ミカンちゃん失礼でしょ! 見た目で人を判断しない! ニケ様を思い出して!」
「ごめんなりぃ」
「あー、気にしてません。ユニバース的にもこの触手タイプは気味悪がられるので」
へー、ユニバース的にも不気味な造形ってスタンダートモデルなのね。音が止み、代わりに部屋に香ばしい匂いが広がってきたわ。
要するに、
「お待たせ様であるぞー!」
ドンと大皿にこれでもかというくらいの量の手羽先の唐揚げ。揚げ物にビールというのは日本の文化であり、法律なのよね。さて、冷蔵庫から少し出しておいた、スプリングバレーのアフターダーク。黒ビール。
全員のグラスに黒ビールを注いで、
「じゃあ、なんか暖かくなってきたし、おかえりビール! 乾杯」
「「「乾杯!!」」」
ゴクリとビールが喉を通る瞬間、人間に生まれてきて良かったと思うのよね。異論は認めない。今回のアフターダーク。国産黒ビール、ここに極まれりね。コーヒーのような口当たり、言う事なしの当たりね。
「ぷっひゃあああああ! うみゃあああああ! コーラ色ビールうみゃああ!」
「はいー! これがビール!! 美味い。これは確かにいいですな」
「ヨグ・ソトース殿、我が世界においてもこれ程の麦酒は存在せぬからな。金糸雀殿の世界、酒と食事が美味すぎる。ささ、手羽先の唐揚げも熱い内に」
そうよね。ビールを飲んだら私達の揚げ物エンジンに火がついちゃったわね。手を伸ばして、油で手を汚しながら、手羽先に齧り付く。鶏皮の脂は食欲を増進させて、柔らかくそれでいて水分を奪う身は私達にビールを否応なしに飲ませにく。
さぁ、酒肉祭の開演よ!
「骨付き唐揚げうまー! 麦酒、おかわりなりぃ!」
「はいー! フーフー、熱々でおいしぃ!」
ヨグ・ソトースさんも満足いっているようで安心ね。みんなのグラスが空になったので、私はスプリングバレーのアフターダークをみんなのグラスに入れて回る。そしてふと、外を見ると……
「なんか、外が異様に薄暗いような? というか今、お昼よね。いきなりピカピカしてるけど」
プハーといい息継ぎをした後にヨグ・ソトースさんは外を見て「はいー! 外宇宙の仲間がやってきたようですね! この地球、こんなに美味しい物があるなら植民地として楽しませてもらおうと思います。あれは仲間達の宇宙船ですよ」
あー、あー! なるほどねー、ヨグ・ソトースさん侵略者かー、瞬く間に世界各国の軍事力は外宇宙の科学力の前にはなすすべなく白旗を上げ降伏。そして宇宙人達によるビール感謝祭が始まったわ。
まぁ私の知る限り、地球を侵略しようとして成功した事例って一回もないのよね。
「……うっ! 苦しい」
ジタバタするヨグ・ソトースさん、そう宇宙人にとってビールとは死を招く飲み物だったのよね。高度に発達した生命体にとってアルコールという毒素を分解する器官はなく一片たりとも消滅。同時に宇宙船も消失し、世界は同時多発催眠にかかっていたと発表されたわ。
でもね……ヨグ・ソトースさんが私の黒歴史写真を他の宇宙船の連中に共有していたらしく、世界中に私の黒歴史時の写真が出回りデジタルタトゥー化された事で、私は三日咽び泣いたわ。
もっと可愛い写真が出回ってよ……
「金糸雀ちゃん、もう泣かないでください。お酒ください」
「そうだそうだ。泣かずともよい。酒でも飲もう」
もうやだこの女神達。




