第231話 ニニーブ(湖の妖精)とじゃじゃ麺とエビスオランジュと
「これはなんであるか? 金糸雀殿?」
「いろはさんが、持ってきてくれたんですけど、じゃじゃ麺という物らしんですけど……」
「ジャージャー麺ではなき?」
「それが違うみたいなのよ」
盛岡三大麺と言われているらしいけど、全国的には盛岡冷麺と盛岡わんこそばしか知られていないのよね。私も食べた事のない料理。というか、盛岡冷麺は死ぬ程美味しいから全国区になったわけだけど、その名前が知れ渡っていないという事は……
口に合わない可能性が高いという事なのよね。日本という風土的によほどの事がない限り、口に合わない物ってないんだけど、どうしても食文化がないと苦手になってしまう物があるのよね。
で、ググってみると、じゃじゃ麺、まずいとネットでは結構出てくるのよね。これって不味いんじゃなくて食べたことのない文化故にそう感じるだけなのよ。食わず嫌いはダメという事で本日はこれを食べるわ。
「じゃじゃ麺、うまそうなりけりぃ!」
「うむ! 肉味噌を混ぜ込んで、好きな調味料で食べるのであるな!」
※じゃじゃ麺は、現地の人でも美味しい不味いがハッキリ分かれるそうですが、当方的には普通に美味しかったです。お酒のアテと捉えるか、食事として食べるかで変わってくるのかも。
うどんみたいな麺にじゃじゃ味噌という物を乗せて、きゅうりを乗せて混ぜて食べるみたいね。見た目は完全にジャージャー麺。私の脳裏にこの食べ物に合う最高のお酒の組み合わせをロールプレイングするわ。
まず間違いなく、この料理にはビールね。そして……ここはピルスナーでぶつかるよりは受け入れてくれるタイプのビールね。
「ビールはエビスビールのオランジュよ」
限定醸造、プレミアムビールのエビスから出ているピルスナー麦芽にオレンジピールを使ったフルーティーなビールで組み合わせてみましょうか。
ガチャリ。
「あれー? ランスロットく〜ん? あれ、どこ行ったの?」
迷い込んできた系ね。これ、とりあえず私は見に行くと、そこには……
「もしかして女神様系ですか?」
「あらお上手。妖精ですわよ」
めっちゃくちゃ美人いらっしゃいましたー! もうこの時点で私のテンションが爆上げしているんだけど、とりあえず自己紹介よね!
「こんにちは、犬神金糸雀です。この部屋の家主です」
「ご丁寧に! ランスロットの母、ニニーブです」
誰? と聞くとなんかまずそうなので……私はスマホでニニーブさんとランスロットさんをググる。えぇ……名前くらいは私も知っている円卓の騎士。その中でも随一のクズじゃないですか、不倫、出世に邪魔な他の騎士の殺害、王様への謀反……明智光秀が聖者に思えるヤバさね。
そのお母さんだもんなー。
「私の息子を追い詰めてる稀代の馬鹿王アーサーに一矢報いる為、湖からやってきたんですけど、お腹すいちゃって。少し休ませていただける?」
アーサー王。一回家に来たわねー。まだ、王様になる前だったかしら? めっちゃいい人だったから……ニニーブさんは多分逆恨みなんでしょうね。まぁ、ブリテンの歴史に私が口を挟むのもアレだし、私もお腹すいてるし、
「ニニーブさん、今から私たち食事とかるーく一杯やるんですけど、一緒にどうですか?」
「よろしくて?」
「えぇ、どうぞどうぞ」
リビングに案内すると、すでに完成したじゃじゃ麺のお皿が各自分。そして複数の調味料群。この癖が強いと噂の食べ物に合わせたビールをまずはグラスに注ぐ。
「ビールは三段方式で注ぐわね!」
「普段の金糸雀殿は縁から二段方式であるのに珍しい」
「風味を楽しむビールはちゃんと作法を守ればより美味しいですからね」
たまにこの三段方式で普通のビールを注ぐ人や勘違い芸能人がいるけど、一般的なラガービールは二段方式の方が間違いなく美味しいわね。なんちゃってビール通達のせいで乱用される三段方式はエールやクラフトビールなんかで飲む時は破格の美味しさを誇るわね。
高いところから泡を作るようにビールを注ぎ、次に縁を使って注ぎ、最後に勢いよく注いで泡をさらに立てる。
完成ね。
「じゃあ、ランスロットくんのお母さんとの出会いに! 乾杯!」
「乾杯なりぃい!」
「乾杯であるぞ!」
「えぇ、人間と力を持った人間と魔物? 珍しー! いただきます! 乾杯」
アーサー王の時代の食事って平民も王族も同じ物を食べていたって言うわよね。あと、食事作法は存在しなかったハズなのに、ニニーブさん、上品にエビスオランジュを飲んでるわ。
そして奇跡が起きたわ。
「「うんみゃあああああああ!」」
ダブルうみゃあああ。ミカンちゃん以外にそんな事を言う人がいるなんて! でもエビスオランジュはほんと美味しいわよね。苦味の中にオレンジ香り、上品なビールだこと。
「うむ、病みつきになる味わいであるな。では、じゃじゃ麺とやらを頂くであるか?」
「そうですね。ニニーブさんもどうぞどうぞ! 遠慮なく。食べ方は肉味噌を混ぜて食べてみて、あとはお好みで調味料で味付けして食べるみたいです」
御神酒代わりのビールを飲んだ後なので、私たちは期待と不安を込めて、肉味噌と麺を混ぜて、まずは標準の味を……
「「「!!!!!」」」
私たちは見合わす。そしてどう表現すべきかと思った時、ニニーブさんがじゃじゃ麺をちゅるちゅると食べて、
「おーいしー! こんな美味しい食べ物、ブリテンには存在しないわ! もはや食のカムランの戦いね! これを食べて力をつければあの憎き王をアヴァロンに送ってやれるわ!」
うん、美味しいのよね。
私たちは、めちゃくちゃ不味いか、めちゃくちゃ美味しいかという両極端なイメージをしてたんだけど、普通にこういう料理あるわ! と言う逆に思いもしない結果に少し言葉が出なかった。よく考えれば日本食だものね。合わないわけがないのよ。そしてこの濃さはめちゃくちゃ。
「麦酒がとみゃらんなりぃ! 勇者、ラー油。マヨネーズ追加」
「我は酢と胡椒である」
やるわね二人とも……そうなれば私は……一味アンド、山椒よ。これは台湾まぜそば風に魔改造して食べるわ。
「こんなに美味しいのに味を変えて食べるの? おかしな人達。でもそれも美味しそうね。じゃあ、私は」
「「「!!!!!」」」
ニニーブさんはレモン汁、トマトケチャップ。まさかの組み合わせに私たちは絶句したわ。そんなの合うの?
再びニニーブさんがちゅるちゅる食べて、そして、エビスオランジュをクイっと飲むと、凄いエロい顔で、
「はぁああああ、んまぁああ!」
と蕩けるから、私はいや! ミカンちゃんは我先にとレモン汁、トマトケチャップに手を伸ばして、やめなさいミカンちゃん! そんなの絶対合うはず……
「うんみゃああああああ! じゃじゃ麺うみゃあああ! かなりあ麦酒、おかわりなりにけりぃ!!」
「そんなに合うであるか? 我も……これは……うまい」
エビスオランジュ、ロング缶を全員三本消費し、四本目に突入しようとしていた時、
「金糸雀、来たよー」
と、ネメシスさんが靴を揃えて玄関から顔をひょこっとだしたわ。私はネメシスさんに「いらっしゃ」と言おうとしたけれど、
「うんみゃあああああ」
「うますぎるぅ!」
「うまぁああ!」
と薬味トリップに入っている3人の声にかき消されるわ。ネメシスさんは状況を面白がるように見つめて、「おしぼり」と言うので、おしぼりを渡してあげると、手を拭いて、顔を拭いて……見た目は子供なのにオッサンっぽいわね。というかニケ様より年上なんだったっけ?
「金糸雀、同じ物を」
「あーはいはい。待ってくださいね」
どうせ来るだろうと思ってたので、ネメシスさんとニケ様の分もすでに作り置きしてるのよね。
※麺類の作り置きはその日の内に食べないと危険です。
しゅわっと音をさせたオランジュを一口、「うまい!」と声をあげるネメシスさんはじゃじゃ麺を食べて一言。
「この料理にここまでの依存性があるとは思えないが?」
そう言ったネメシスさんの後ろからミカンちゃん、デュラさん、ニニーブさんが各種調味料を持ってそれをネメシスさんのじゃじゃ麺にぶっかける。
「や、やめよー! これは、穢すな! 食べ物が穢された……が食べ物に罪はない。どれ一口…………う・ま・い・ぞぉおおおお!」
なんだろう? 異世界組にとって何かトリップする組み合わせがあるのかしら? ちなみにレモン、ケチャップは普通ね。不味くもないけどおいしくもないわ。じゃじゃ麺にはレモンより酢の方が合うし、ケチャップよりラー油の方がいいわね。と言うか、みんなやばい感じで飛んでじゃじゃ麺食べて、時折エビスオランジュを飲んでるけど、大丈夫かしら?
ネメシスさんまでゾンビ化してるけど、
ガチャリ。
「はーい! みんなの女神登場でーす!」
「ニケ様、こんにちは。ちょっとバタバタしてまして」
「どうしたんですか? 騒がしいですね。近所迷惑ですよー!」
ニケ様に正論言われると殺意覚えるのはなんでだろう? まぁ、でもそうなんだけど……私はカクカクしかじか説明すると、
「なるほど、そういう事ですか。全くネメシスもとんだ女神ですね! 老害は去りぬですよ! 私に任せなさい金糸雀ちゃん! 女神とは何たるかをお見せします」
おぉ、頼もしいと思ったんだけど、ニケ様はみんながトリップしているじゃじゃ麺を「美味しそうですね! いただきます!」「あ!」と私が言うのもお構いなしに、プシュッとエビスオランジュをゴキュゴキュと飲み干して……
ゾンビがまた一人増えちゃったわね。
そんな異世界組を虜にさせる東北のローカル麺類を肴に、私はゆっくりと、しっぽりとフルーツ香るエビスビールを堪能したわ。
もうね。
なんなのかしらね。異世界組。
「打倒、アーサー王! これだけの戦力なら余裕!」
「「「おーおーおー!」」」
「私はですね! 異世界の魔物が襲来した時に」
ほら、お酒飲んでる時のヤバいテンションで、勇者、デュラハン。女神を二人仲間に引き入れてアーサー王討伐しようとしちゃってるじゃない。ニケ様だけいつものくだらない昔の武勇伝語り出したわ。
面白そうだからもうしばらくみてようと思ったら、お隣さんと下の階の人がきて、少しだけ静かにと言われたので、私はご近所さんに謝罪して、全員にボイラーメイカーをたらふく飲ませて静かにしてもらったわ。
「覚醒せり!」
そうだったわね。ミカンちゃん、加護で泥酔しないのよね。倒れている3人と首だけのデュラさんを見て片付けとかするのどっと疲れてきたわ。




