第229話 特別編・ミカンちゃんの1日
「勇者、あさげは要らず」
たまーにミカンちゃん、そう言って朝ごはんも食べずに、出ていく時があるのよね。夕飯前まで帰ってこない事がザラなのよ。私とデュラさんは顔を見合わせて疑問を浮かべるの。最初こそ、私やデュラさんの食事に飽きた……という事はないのよね。たまになので、
「ねぇ、デュラさん」
「多分、金糸雀殿。我も同じ事を考えていたである」
つけようか? 一体ミカンちゃんがどこに行って行ってのか、私たちはミカンちゃんが出かけてからすぐにミカンちゃんを追ったのよね。
午前7時50分、出かけるミカンちゃん。私のマンションを出て、コンビニや吉野屋をすぎて駅前までやってくると……吉野屋に入ったわ!
「ムムッ! 何故近所の吉野屋にあらずか?」
「様子を伺ってみましょう。ミカンちゃんが奥の席に行ったので、私たちは離れたところへ、どうせなので朝食でも食べましょうか?」
「うむ、我は銀ジャケの定食で」
定食を二つも頼む私を怪しむ店員さん、そんな事より私はミカンちゃんが頼んだ物を見て驚愕したわ。
単品の牛すき鍋に……こんな朝っぱらから冷酒!
「勇者の奴……」
吉野屋の冷酒は新潟でも有名な柏露を出している柏露酒造のお酒、キリリとした切れ口で間違いないお酒だけど……
「流石にミカンちゃん……」
私たちは同じ事を考えたわ。
「「炭酸系のお酒じゃないんだ(のであるな)」」
ミカンちゃんの事だから、ビールを頼むと思ったのに……
「うみゃああああ! ギガウマなりけりぃ!」
「そうかい? 良かったよ」
ん? ミカンちゃんがわざわざ駅前の吉野屋を選んだ理由、それはおばちゃんパートあるいはバイト目当てね。仕事が社員なんかよりも圧倒的にいい場合があるから比例して美味しいのよ! 近所の吉野屋は元気だけどパワー系の学生が働いているから味を考慮してミカンちゃんは敬遠したのね。わざわざここに一人で来る為に? と思ったら、
「ご馳走様なぃ!」
やばいやばい! ミカンちゃん食べるのと飲むの早すぎ、出ていくわ。私はフードを被って誤魔化すと定食をデュラさんと掻っ込んで、ミカンちゃんの後をつけるわ。ミカンちゃん次はどうやら電車に乗るみたい。時間はまだ8時半。次に向かう場所は……玩具やゲームが売っている大きいTUTAYAがある駅で下車するけど、まだ絶対開いてないわよ? ミカンちゃんはまだ開店していないショッピングモールとの渡り廊下を歩いて、店が開いていない事を不満そうにみながら、どんどん進んでいくわ。
「一体、勇者は何をしているのであるか?」
「全く分からないですね。ミカンちゃんの行動範囲謎なんですよ」
10分程歩くとミカンちゃんは公園を見つけ、そこでサッカーをしている小、中学生くらいの男の子達に声をかけ、何かを教えてもらうと、唐突にサッカーが始まったわ。そして、ミカンちゃんの強烈なシュート! 同じチームになった男の子を抱きしめてる。
ちょっと! ミカンちゃんみたいなクッソ美少女に抱きしめられたら性癖ぶっ壊れるでしょ!
「やめなさいよー!」
「どうどう! であるぞ。金糸雀殿。勇者が少年達と別れて歩き出したである」
ほんとマジで何処に行くの? 私の知らない街、そして知らない道をミカンちゃんはズンズン進んでいくわ。既に20分は歩き通し、普段あまり歩く事ないけどよく考えれば異世界組の冒険って基本徒歩なのよね。
「ミカンちゃんくらいの年齢の女の子って本来何してるんですか? デュラさん達の世界だと」
「魔物の我にそれを聞くであるか? うーむ、おそらく結婚しているか、家業を手伝うか継ぐかではないか?」
「ミカンちゃんの家業って確か、“由緒正しき柑橘類農家“だから絶対手伝わないわよね。勇者になってなかったらニートじゃない」
私達がそんな話をしながら一時間程歩いた先、そこはまさかの温泉施設。所謂スーパー銭湯ね。開店まで十分少々。ミカンちゃんは周囲をキョロキョロ見渡して、ミスタードーナッツを見つけるとそこでチョコファッションを購入。自動販売機で水とミルクティーを購入して、ミルクティーでチョコファッションを食べながら時間を潰してるわ。
「間違い無いわね。ミカンちゃんの目的は……温泉ね! いえ、それ以外に何かある筈。それを探ろうと思うんだけど……デュラさん、その……」
「皆まで言わずとも分かるである! 我は魔物といえども男。コインロッカーにでも入れて待機しておくである」
さすがデュラさん、異世界組の最後の良心ね! という事で私は予備のスマホと一緒にコインロッカーの中にデュラさんを入れて、ミカンちゃんが入る温泉施設に私も向かう事にしたわ。
「勇者、私はお金なんて持ってませんよ!」
「知らぬなりぃ、消え去れり、クソ女神ぃ!」
ミカンちゃん、ニケ様に絡まれてる。そしてニケ様の分の温泉料金も支払ってるわ。面倒そうだけど、あれだけ騒がれて追い出されたら元も子もないもんね。
「勇者! この入場券だけじゃ、岩盤浴もできませし、ビールも飲めませんよ!」
厚かましい! 厚かましいですよニケ様! ホラァ、ミカンちゃんめちゃくちゃ歯を食いしばってるじゃないですか……でも面倒臭いので一万円出したわ。
「これを恵んでやり、勇者には関わらないで欲しい! 暗黒の世界へ帰れり! 消え去れり!」
凄いわ。錬金術。一万円を生み出しちゃったわ。私も入館料を支払って、お風呂にと……ミカンちゃんの事だから、サウナで汗を出してビールで締めるつもりね……と思ってたけど、ミカンちゃん、なんという事でしょう。いくつかの温泉をゆっくり楽しんで露天風呂の寝湯で一時間くらい時間を潰してから上がったわ。水気を拭って……食堂に向かうとラーメンを注文して、ここで餃子とビール……は頼まないわね。
まぁ、私はビール頼むけど。
「うまし! プププ! 温泉の後のラーメンはしみれり! 金糸雀とデュラさんには教えられない至福なりけり。プププ」
まぁ、めっちゃ尾行してるんだけどね。ラーメンを食べたら帰るのかしら? 違うわ……ミカンちゃん、スープまで飲み干して手を合わせると「ごちそうさまなりぃ!」と食堂から休憩室に向かって漫画読み始めたわ。
ミカンちゃんの目的はこれね。リクライニングシート付きの休憩室で漫画読み放題。でもここは飲食禁止みたいだけど……ガッツリ漫画読んでるわ。私は漫画ってあんまり読まないのよね。スマホで逐一デュラさんに報告しながら、私は次のミカンちゃんの行動を監視していると、休憩室にきて一時間半後、ミカンちゃん欠伸し始めたわ。仮眠もできるのに、漫画を片付けて、岩盤浴へ。もうほんとやりたい放題ね。岩盤浴で30分程眠っていたら運悪く清掃の時間と重なってミカンちゃん起こされてやんの!
ようやく帰るのかしら? と思ったらまたお風呂? いいえ、次はサウナね。タオルを身体に巻いてサウナルームでミカンちゃん項垂れてるわ。
「くぅううう、サウナー気持ちええぇ」
私はサウナあんまり得意じゃないのよねぇ。でもミカンちゃんの謎行動の全てを調べてデュラさんと共有しなきゃいけない謎の義務感で私は全力でミカンちゃんの行動を隠れて共にしたわ。サウナ十分、軽いシャワー、水風呂。そして外気浴10分。
死ぬ。暑いし寒いし、心臓バクバクするし……でも2回目で不思議な事が起こったわ。さっきよりサウナが苦しくない、水風呂は冷たいけど、外気浴中に心臓がバクバクしない。3回目、さらにサウナ、水風呂。外気浴が楽になったわ。これが整うってやつなのかしら? ミカンちゃん、4回目のサウナ。どんだけサウナ好きなのよ。付き合ってみた結果、3回目と4回目は変わらないわね。なんか目が冴えてきたし。
ミカンちゃん、頭を洗って体を洗って、軽く温泉に浸かってついに帰るみたい。時間は午後17時前。
ははーん、ここでビールをキメるわけね。
でもミカンちゃんが脱衣所の自販で購入した物は……
「ぎゅーにゅー!」
そう来たか! フルーツ牛乳でもなく、コーヒー牛乳でもなく。牛乳をチェイスするのね。まぁ、私はここでもビール飲むけど。腰に手を当ててもっもっもと牛乳を飲むミカンちゃん、このあざとさはやっぱりわざとじゃなくて素なのね。怖い子。着替えてミカンちゃんは小さいリュックを背負うと温泉施設を後にするので、私はコインロッカーからデュラさんを回収。
遠くで、
「勇者ー! 勇者は何処ですか!」
と大声で喚く何かがいることを無視してミカンちゃんを追うわ。あれの関係者だと知られると今後出禁になりそうだし、
「しかし、勇者のやつ。わざわざ内緒にする程の事でもなかろう」
「いやぁ、多分。デュラさんが入れないから気を遣ってるんじゃないですかね? ミカンちゃんあれ出ていてデュラさんの事、親友か何かだと思ってますから」
「ブワッ! 勇者よぉ、我は感動で目から汗であるぅ!」
うん、実際は殺し合うハズの仲だったハズなんですけどねぇ。常識人(?)で料理上手のデュラさんに完全に懐いてますからね。ミカンちゃん。ミカンちゃんは少し歩くとある場所で足を止める。
「そんな! 絶望の夜訪れり、閉店のお知らせとは?」
ガクっと肩を落としているミカンちゃん、どうやら…………個人経営の天ぷら屋さんね。ははーん、そこのハッピアワーが天ぷら盛り合わせとビール。これをサウナ明けに一発キメるつもりだったのね。けど、閉店しちゃったと……ゴシゴシと涙を拭きながらミカンちゃんは駅に戻っていくわ。
諦めたのね。
とは私は絶対に思わない。ミカンちゃん今朝は閉まっていたショッピングモールに入ると、食品売り場で一番高いハイネケンを購入。惣菜でも買うのかしら? と思ったら、最近激減しているサンドイッチのファストフード店、サブウェイでサンドイッチ購入してるわ。
「私達も食べましょうデュラさん! ビールはバド買っておきました」
「サブウェイであれば、我はエビアボガド、ハニーオーツでお願いするである!」
「定番っ! 私は、セサミのBLT。ピクルス多めですね」
遠く離れたところで私たちはミカンちゃんを監視しながらデュラさんと乾杯。
「乾杯でーす」
「乾杯であるぞ! カバンの中でいただくとするである」
ミカンちゃん、両手で持ってかぶりつく姿すらあざといわね。
「うみゃああああ! “さぶうぇい“つよつよぉ! んぐんぐ、ぷはーなりー!」
最高にサブウェイのサンドイッチとビール楽しんでるわね。
それにしてもミカンちゃん、一人でビールとサブウェイをキメててもみてくれが良すぎるから、周囲の人が何かの撮影かとちょっとざわついてるじゃない。
「っしゃー、勇者ぁ……」
「ブッ! クソ女神降臨せしむり……」
泣きながらニケ様がミカンちゃんにしがみついてるわ。あれはかなり酔ってるわね。ロングサイズで購入したミカンちゃんのサンドイッチを半分もらいながらミカンちゃんの購入したハイネケンまで勝手に飲み出して、ミカンちゃんお通夜みたいな表情してる。
なんか面白いわね。
お通夜みたいなイートインタイムが終わるとミカンちゃんはもう絶対に離れないという強固な意志を見せるニケ様を連れてショッピングモールの鮮魚コーナーへ。
「勇者、私はですねー。かつて世界を闇が覆った時に」
「クソ女神。穴子と鰻どっちがよき?」
「当然うなぎです! 闇は言ったのです!」
今、即答しなかったかしら? ミカンちゃんは国産の大きな鰻の蒲焼を四枚購入。私とデュラさんと、一応ニケ様の分でしょうね。これ以上後をつけるのは野暮ね。
「デュラさん、先に帰りましょうか」
「であるな」
私たちはミカンちゃんとニケ様の到着を待つ事にしたわ。ご飯を炊いて、お吸い物を用意し、そして鰻様を出迎える為のいい日本酒を準備して。
「……ただいまなりぃ」
「たっだいまー帰りましたよぉ〜!」
もしゃもしゃと何かを食べているニケ様、そしてやはりお通夜みたいな表情のミカンちゃん。私は嫌な予感をしながら、
「ミカンちゃん鰻は?」
「何故、かなりあは鰻の所存を知り? ……クソ女神の腹に消えゆく宿命」
あー、なるほど。帰路の途中に一枚食べたいと駄々を捏ねて、国語の教材にある一輪の花の主人公の娘みたいに一枚だけ、一枚だけと泣き喚いてミカンちゃんを困らせた挙句全部鰻を食べたのね。
「ニケ様、当分出禁です」
これが、ミカンちゃんがたまに一日消える時の全貌とその記録だったわ。




