第227話 ネビロスと恵方巻きと新・金麦(糖質75%オフ)と
「勇者、デュラハン。困ってたみたいだなぁ? かあいそう、かあいそう」
「……勇者、別に可哀想じゃなし」
「我も可哀想じゃないであるぞ」
リビングの椅子に体育座りをしながらプリンを美味しそうに食べているネメシスさん。そんなネメシスさんと目を合わせずに一緒にプリンを食べながらプリキュアを見ているミカンちゃんとデュラさん。
「今のところ、ネメシスさんにヤバさを感じないんだけど、二人はネメシスさん苦手なの?」
「金糸雀ぁー、ココアが飲みたぁーい!」
「はーい」
コポコポとココアを淹れて、みんなで飲んでいると、ミカンちゃんが遠い目をしながら、はぁとため息をついて静かに語り出したわ。
「このヤバ女神、いつも両者成敗してけり」
「うむ、アレは酷かったであるな。対立している我ら魔王軍と勇者達が珍しく共闘して隕石を撃退した時とか、このヤバ女神は隕石だけでなく我ら魔王軍、そして勇者パーティーにも裁きの雷を落としやがったである」
「だって〜、そういう女神だから?」
あっ……この子、というかネメシスさん、普通にサイコパスな感じだわ。ファッションメンヘラじゃない本気でヘラってる子。まぁ、私クラスになるとメンヘラの友達の一人や二人はいるのよ。
ゴクリとデュラさんの喉が鳴ったわ。そして私は気づかれない程度に頷く。ミカンちゃんの瞳が大きく開いたわ。
さすが、二人ね。特殊能力はなくとも意思疎通できるんだもの。
「さっすがー! ネメシスさんは可愛くて、平等に裁きを与える女神なのね!」
「そうだろう!」
こうして肯定から入ってあげないとダメ。何故ならメンヘラは否定の言葉は全く耳に入れようとしないから、私の事を理解者。この場合は信者と思わせておくのが一番ね。
「あの時もなー! あーするのが一番でなー」
「へー! そうなんですね! 凄いですね!」
「だろー? だろー!」
なんたって、メンヘラは独りよがりの考え方をするので、適当にそれっぽい相槌を返しておく。あんまり懐かれすぎると危険なんだけど、この辺りまで来れば私の事はネメシスさんの中では特別な存在に変わるから、ある程度こちらから誘導して使役する事が可能なのよね。
ガールズバーに遊びに来たクソホストから教わったメンヘラ懐柔術ね。
「えへへ、小娘神が来てたら追い払ってやるからなー」
「おぉ! ネメシスやりぃ!」
「うむ、どちらかといえばクソ女神よりヤバ女神であるな」
「だろ! だろー!」
ふぅ、まとまったわ。さて、今日はあれなのよ。昨日ミカンちゃん達が買ってきた恵方巻きを食べようと思うのよね。うなぎの恵方巻き、マグロの恵方巻き、そして意外と私が一番好きな田舎巻き。本来であれば、一本丸々東北東を見て食べるんだけど、三本しか無いから一口大に切っておつまみにしましょうか?
「今日呑むお酒は……そういえば酒屋さんから新しいお酒届いたわね。金麦の新75%オフね。ぶっちゃけ、金麦派の私からしても旧75%オフはあまり口に合わなかったんだけど、今回はどうかしら?」
ガチャリ。
さて、来たわね。
「すみません。どなたかいませんか?」
「はーい! いますよー」
と、私が見にいくと、長身でグラマラスな褐色の美女。背中に小さい悪魔の翼が生えているので悪魔なんでしょうね。
「こんにちは、この家の家主の金糸雀です」
「初めまして、私は魔王軍新悪魔団、将軍ネビロスと申します。美しい人間の女性」
あらら! えぇー! 手の甲にヴィズされちゃったんだけどー。美女だけどイケメーン!
「おや? これはネビロス殿ではないか、久しいであるな」
「卿は? デュラハン殿! まさかここは殿下が寝食をなされたという?」
「あー、アズリたんちゃん少し前はいましたね」
「と、という事は! 貴女様は魔王軍特級世話役のあの! カナリア様!」
うーん、そういう事になっているのね。私の手を握ってブンブンと振るう。めちゃくちゃ嬉しそうにしているけど、美人に懐かれるの、いいわねぇ!
「今から恵方巻き食べようと思ってるんですけど、ネビロスさんもどうですか?」
「えー! えー! まさか、殿下も食されたこの御殿で? いいんですか?」
「御殿って……きっとそれをアズリたんちゃんもお望みですよ」
と私たちはキャイキャイ言いながらリビングに戻ると、そこにはお通夜みたいに天を仰いでいるミカンちゃんと、めちゃくちゃ、
ムスーと機嫌が悪そうな。
「悪魔だ。悪魔がきた」
ネメシスさん。めちゃくちゃ機嫌悪くなったわねー。多分、ネビロスさんがチヤホヤされているのが気に入らないのね。
「ふん、復讐の女神か、魔王様がいない時にだけ我らが魔王軍にちょっかいをかける雑魚じゃないか、女神ニケなんて、魔王様がいる時しか恵んでもらえないから魔王様がいる時を狙ってくるのに、とんだ臆病者だな。復讐の女神」
「……はぁあああ? はぁああああ? 違いますけど? 魔王が怖いんじゃ無いくて、ネメシスが行く時に魔王がいないだけどだけどーー? ね? 金糸雀」
うん、知らないわね。
まぁ、私はこういうクソ面倒な事の解消法を知っているのよね。
「はい、かんぱーい!」
飲むのが一番なのよね。
全員のグラスを用意して、ビールには絶対入れないロックアイスをいれてそこに金麦(糖質75%オフ)を注いで、とりあえず一口。
ん? んん? はいはい、はい。今までのオフは完全に金麦の劣化版みたいな感じだったんだけど、今回は違うはね。もうレギュラー金麦感を出す事をやめて麦芽の味をしっかりと感じて別物に仕上げてきたわけね。
やるじゃない。
「ぷはー! うまい! カナリア様うまいですよー」
「そうですか、よかったです」
「うまいねー? 金糸雀」
「美味しいですねー!」
ほらね。
お酒ってさ、凄いわよね! どっかの一部クソ組織の連中はお酒は百害しかないとかほざいてるけど、こうやってコミュニケーションを強制的にバグらせるのにお酒は役立つのよ。
「じゃあ、恵方巻き食べましょ!」
「うおー! うおー! えほー巻きぃー! この世界の人間ヤバす! オーガの角を模した食い物とか狂ってり!」
「えー! これ角がモチーフなの?」
「ネメシスちゃんそうなのよ。この国の神話、神でも悪魔でも鬼でも、気に入らなかったらぶち殺す気質あるのよね。やばいわよね! んんんっ! にしてもマグロ美味しいぃ!」
マグロとビール……と言っても第三のビールだけどはクソ合うわね。さて、ミカンちゃんはマグロとうなぎばかりね。デュラさんは三種満遍なく食べてるわ。
さて、ネビロスさんは……もうね。巻き寿司という物を解体して食べちゃってるわ。
「なんという! なんという美しき芸術的な食べ物。これを作った者は闇魔界三柱のシレイヌス様並の美意識を持っているのだろうか? そして、恐ろしくうまい!」
「わー! 生のお魚うまいねー! ねー? 金糸雀聞いてる?」
「聞いてるわよー! 生の魚が美味しく無いわけないじゃない! ささ、金麦(糖質75%オフ)をじゃんじゃん飲んでじゃんじゃん食べて!」
飲み、食い、酔えば大体なんとかなるのよ。大体。しかし、五人いると、凄いスピードでお酒無くなっていくわね。もう既に1箱空いたわ。まぁあと3箱72缶あるから足りるでしょう。
でもさ、
「いるんでしょ? 出てきなさいよ」
ミカンちゃんとデュラさん、それに私は既にニケ様がこの部屋の中にいる事を知っているのよ。それは魔力とかそういう不思議な力じゃなくて、もう長く一緒にいるとわかるのよね。
ニケ様の禍々しいというか神々しいというかよくわからないけど、近寄りがたいオーラを感じるのよね。
玄関からひょこっと顔を出すニケ様。この絶妙に呼ばれないと入ってこないのがヘタれなニケ様なのよね。じーっとニケ様は私達を見てぱぁああと笑顔になると入ってくるのだけど、
「小娘神、恥ずかしくないの? みんな嫌がってるのにぃ」
「魔王様がいる時にのみやってくる物乞い女神……まさか、こんなところにまで、ドン引きですね」
「どの面を下げてやってけり……」
「うぬぅ、豆を投げて倒せるものであろうか?」
という全員からの袋叩きに合って私を見つめるニケ様。これで、私が否定したら泣いてニケ様帰っていくんでしょうけど、さすがに可哀想だもんね。
「そんな事、言わないで、一緒に飲みましょ! ね? ニケ様もこっちきて」
「もう仕方ないですねー! 金糸雀ちゃん」
んー、この明らかに歓迎ムードじゃないのに速攻で調子乗れる女神様っていいわよねー。ほんと、さてと……地獄みたいな飲み会が始まりそうだけど、そういうのも全てお酒が助けてくれる事を祈って!
「じゃあ、もっぱつ乾杯しましょー!」




