第219話 ウマ娘(バヤール)とほぼカニとサッポロGOLD STARと
「勇者、トカイテイオー好きー」
「我はオルフェーブルであるな!」
「競走馬ってあんまり知らないけど、ディープインパクトが有名じゃないの?」
「えぇ、ウマ娘にいないなりぃ」
ミカンちゃんは動物が好き。その繋がりで日曜日の競馬中継を見るようになってからアプリゲームのウマ娘を最近始めて、どハマり中。サービス開始時程の盛り上がりがない中でミカンちゃんはかつての名馬達の走りをYoutubeで見たりして喜んでいるわ。
「馬って異世界にもいるのかしら?」
「このような芸術的な生物は残念ながら野生にはいないであるな。神獣の類には似た姿の者がいるが、大きさが桁違いである」
「ペガサスとかヤベェでかさなり!」
ペガサスって実在するのね。あとそんな大きいんだ。確かに競走馬は走る為だけに生み出された生き物だから、足はすらっと長くて、無駄のない隆々とした筋肉、手入れが行き届いた立髪に、人工物と思えるような毛並みは確かに生きる芸術と言っても過言はないわね。
「勇者、競走馬ならディープボンドが好きー」
「シルバーコレクターであるな! G1でいつも微妙に勝てないのがそそられるである」
二人の実在する競走馬で大好きなのがこのディープボンド。競馬ファンじゃなくても知っているディープインパクト。その孫なのにとにかく鈍い競走馬なのよね。でも強烈なスタミナで獲得賞金額がどえらい事になっているとかこの前ミカンちゃんが言ってたわ。
「ところで今日、新製品の第三のビールを飲んでみようと思うんだけど二人とも、おつまみはほぼカニでいい?」
「ほぉ、第三のビールであるか、この世界水準で言うと最下層麦酒であるが、我らの世界水準で言うと最高レベルの麦酒であるからな」
「勇者、カニカマ好き!」
ミカンちゃん、練り物とか好きよね。というか魚関係が全般的に好きなのよね。異世界では中々ここまで新鮮な魚が食べられないとかで、
「じゃあ、かるーく焼きガニ風にしたの用意するわね。あとほぼカニ玉」
「うおー! うおー! かなりあの作る飯うまし!」
「ほぼカニ玉手伝うであるぞ!」
凝った料理じゃなくて、本当に簡単に出せる物を私とデュラさんで作って、テーブルに運ぶと、本日のお酒。サッポロの第三のビール。ゴールドスター。このお酒を私が選んだ理由。
信じられない事が書いてあるのよね。
サッポロの黒ラベルと、エビスビールの良い所取りだとか……どっちも私の中ではビールの王様クラスなんだけど、それを第3のビールで、その挑戦受けてたつわ! と誰からの挑戦なのか分からない気持ちで購入したのよね。
ガチャリ。
「さーせん、さーせん」
なんだろう。凄い、軽ーい感じの子がやってきたわ。私が出迎えると、そこには学生服らしき物を着た女の子。獣人ってやつね。耳がぴーんと上に尖って伸びてる。
「こんにちは! 私はこの家の家主の犬神金糸雀です」
「バヤールのハンセイコーでー、学園の課題中に道に迷って、ここに迷い込みました」
バヤールって何かしら? 私はそんな風に考えながら「とりあえずリビングへどうぞ」と私がハンセイコーさんをリビングに連れて行くと、ミカンちゃんはチラ見して、スマホに視線を動かし、再びハンセイコーさんを見て、
「ウマ娘きたりー!」
「怖い怖い……何この子? えっ? 勇者様?」
「ハイセイコー? さらばハイセイコーなり?」
「違う違う。なんだそりゃ、バヤールのハンセイコーだよ。まぁ、ウマ娘って言われると魔法で人間になれた馬なんでそうっちゃそうだけど、違うよ! なんかそれやばいよ」
「時速60キロくらいで走れり?」
「運動は苦手だよ」
「クソウマ娘なり、トレセン学園には入れなし」
「王立魔法学園の生徒だよ!」
「えぇ、勇者、トレセン学園がいい」
「知らないよ。どこだよそれ!」
ミカンちゃんが全力で惑わしているので、私はゴールドスターを用意しながら、ハンセイコーさんにそれを見せて、
「今からお酒飲むんですけど、学生さんならヤバいわよね?」
「のめま…………す! どうせバレないでしょ」
「不良ですねぇ、でもお酒飲める年齢なんですか?」
「馬鹿にしないでくれよ! これでも」
「わかったわ。飲める年齢なのね! だからその年齢口にしないでね」
異世界だとかなり若い内からお酒飲めるみたいなのが結構厄介なのよね。色々、倫理的に、道徳的にね。全員の手元にゴールドスターを用意すると、
「ほぼ焼きがにとほぼカニ玉も用意したである! 熱いうちにいただこうぞ」
「じゃあ、ハンセイコーさんもどうぞどうぞ! かんぱーい!」
「乾杯なりぃ!」
「乾杯であるぞ!」
「わー! かんぱーい!」
あら、ノリいいわね。
みんなグビグビと喉を鳴らしながらゴールドスターを飲む。エビスのホップと黒ラベルの麦芽を使用。ふーん。最近流行りの辛口第3のビールね。
うんうん、これは想像以上にやるわね。もちろん、黒ラベルとエビスビールと比べると下位互換になっちゃうし、ビール的な味わいはないに等しいわね。
だけど、こういうお酒という意味では第三のビールながら両者と並び立っているわ。キレ味。喉越し、余韻。全てにおいてちゃんとしてる。企業努力ってほんとすごいわね。
「うみゃあああああ!」
「カー、これは辛い! そして美味いである」
ハンセイコーさんは私たちと一緒にゴールドスターを飲んだんだけど、ポロポロと涙を流してエクスタシー感じてるわ。こんな麦酒。この世に存在するわけがない。もしかして、私、死んだ系?」
「死んでない死んでない。ほら、ほぼカニもどうぞ」
ほぼ焼きガニをハグハグと食べて、再び脳天を雷に打たれたかのような衝撃を覚えてるわ。そんなハンセイコーさんにミカンちゃんとデュラさんは無言でゴールドスターを飲むように示唆してるわ。
それに従うようにゴールドスターを口にして……
「うまーーーーーい!」
「我らもこのような時があったであるな! ハンセイコー殿、我の作ったほぼカニ玉も食べるといいである」
「ううっ、食べりゅ」
カニ玉とほぼカニ玉の間にはカニか、カニじゃないか以外、殆ど味の違いってないのよね。まぁ、卵の味が強いものね。そんなほぼカニ玉を食べて、
「うわー! うまーーーい!」
もう美味しさに恐怖してるじゃない。異世界の人がこちらの世界の食べ物食べると脳が破壊されないか本気で心配になる時あるのよね。今まで存在しなかったありとあらゆる旨み成分に反応しきれないとどうなるのかしら?
まぁ、知らない方が良さそうよね。
美味い美味いとハンセイコーさんは泣き、食べ、絶叫を繰り返してるわ。私たちは今回、ゴールドスターの試飲位の感覚で飲んでたから、今日はハンセイコーさんが沢山楽しめればいいかなとミカンちゃんですら抑えめに楽しんでいる中、当然やってくるのよね。
ガチャリ。
「はーい! こんにちは! みんなの女神ですよー!」
「げっ! クソ女神」
ミカンちゃんは退避する準備を始めて、もうイキ狂ってるハンセイコーさんだけど、ニケ様を見て、
「しょ、勝利と豊穣の女神。ニケ様っ!」
あー、まぁニケ様の悪名が響き渡っていない地域に住んでるのね。その言葉にニケ様は少し考えると目を瞑り、
「私の事を知っているとは博識ですね。かの者に勝利の加護を」
「「…………」」
私とデュラさんはニケ様がなんか女神っぽい事をしている姿に閉口しながら、ハンセイコーさんは食事だけでなく、ニケ様に出会えたことにもたいそう感動して帰っていきました。
「ふぅ! 信者の為に振る舞うのも大変ですね! 金糸雀ちゃん、お酒」
「あー、はい。ゴールドスターです。黒ラベルとエビスのいいとこ取りらしいですよ。まぁ、第三のビールにしては美味しいです」
それを聞いて、片手でプルトップを外して口をつけたニケ様。半分程飲み干したところで、
「黒ラベルや、エビスの方が美味しいですよ! 別にいいとこ取りじゃないですね。全く、みなさん、舌が少し麻痺しましたか?」
くすくすとなぜか今日に限ってシラフのニケ様にそう笑われて、なんだか、普通に殺意が湧いた1日だったわね。




