第217話 リョウメンスクナと出前一丁とライフガードハイボールと
「金糸雀ぁー、水ぅ」
深夜の3時半、人の迷惑という言葉がエルフという種族にはないのかしら? どこかで飲み歩いていたであろうエルフのセラさんが頭を抱えてやってきたんだけど、元々兄貴と一緒にここに住んでたか知らないけど、私からしたら殆ど他人みたいなセラさんのお世話をしなきゃいけないの、腑に落ちないわね。
でもゲロ吐かれても困るし……
「はい、お水です。それ飲んだら帰ってくださいね」
「金糸雀、年配が苦しんでいるんだ。それは少し冷たくはないか?」
「多分、兄貴なら水じゃなくて拳をセラさんに叩き込んでると思いますよ」
「ふっ、違いないな」
分かってるのになんかこの態度腹立つなぁ。セラさんも黙ってればエルフだからモデルさんみたいにすらっとしてて美人なのに、酒癖が最低なのよね。森永のラムネをボリボリ食べてブドウ糖補給したセラさんの顔色はだんだんと良くなっていくわ。
「にしても勇者とデュラハンは?」
「寝てますよ。今何時だと思ってるんですか?」
「えっ……勇者はともかく悪魔のデュラハンって寝るの?」
「寝ますよ。当たり前じゃないですか」
「そうなのか? 600年以上生きてて初耳だな」
きっとセラさんって600年無駄に生きてきたんでしょうね。兄貴がセラさんの話を私にしなかったのはきっとこういうだらしない性格だったからなのかしら? 兄貴は結構なんでもちゃんとしてないと嫌悪するタイプだったからなぁ。よく一緒に暮らせてたわね。もしかして兄貴、セラさんの事好きだったのかしら? ……ないわね。
「しかしだ。金糸雀よ」
「なんですか?」
「お腹空かないか?」
ぐぅぅ、きゅるるるとセラさんのお腹が鳴き始める。ほんとこの人、ニケ様とは違ったベクトルでヤバいわ。まず深夜にやってくる事を迷惑だと思ってないし、
「こんなんでましたー」
とセラさんが私に見せたのは袋麺の出前一丁。これクソジャンクで美味しいのよね。作った後に、これみよがしに入れる油がいい味出してるのよ。
あっ……しまった。私はセラさんの領域に入ってしまっていたわ。
ぐぅう。
鎮まりなさい私のお腹。こんな時間に食べたら結局泣くのは私なんだから、この異世界組は加護だなんだと訳のわからない、太らないチート持ちなんだから。
「どれ、私が作ってやろう。これでもインスタント麺に関しては犬神さんをも美味いと言わしめた腕だからな!」
それセラさんの腕がいいんじゃなくて、各種袋麺メーカーの企業努力でしょ。はぁ、もういいや。明日朝ごはん抜こ。セラさんはなると、焼き豚がないのでハム、ゆで卵、ネギと勝手に私の部屋の冷蔵庫から食材をかき集めて、準備万端。
「私はなぁ、金糸雀。袋麺の極意を知っているんだ。特別に金糸雀には教えてやろう」
「はぁ」
「袋麺は硬めに上げるとうまい」
知ってる。
「そしてスープは別で作っておいて合わせると尚美味い」
それも知ってる。
「私が本気を出すと袋麺でその辺の有名ラーメン店を越えると言っても過言ではないからな」
過言でしょうよ。今すぐに周囲の有名ラーメン店に土下座しに行って欲しいわね。私はお店のラーメンとインスタントのラーメンは似て非ざる物だと思ってるわ。別種の食べ物だから比べちゃダメなのよ。
「金糸雀は、酒でもチョイスしておいてくれー」
「あ、はーい!」
は? 飲むの? いつも通り、普通に受けてたけどさっきまで飲みすぎて死にかけてたのに、嘘でしょ。じゃあ、ここは軽めの……新商品のライフガードハイボールでいいかしら。
今までライフガード酎ハイはたまに売ってたんだけど、今回はハイボール。ウィスキーなのよね。
「ライフガードハイボールでいいですか?」
ガチャリ。
はぁ、やっぱり誰か来た。こんな時間にやってくる異世界の住人ってどんなのかしら?
え?
「こ、こんばんわ。この家の家主の犬神金糸雀です」
「「両面宿儺です。日本の滅びを願ってます。以後お見知りおきを」」
なんか、人間が二人くっついたミイラみたいな人来たわ。きっと昔の私ならきゃああああ! とか可愛い事言ってたんでしょうけど、異世界の住人が来すぎてグロテスクな見た目とかに抵抗一切ないのよね。というか、よく考えたら相手の見た目で悲鳴をあげるって人間として一番やっちゃいけない事よね。
とか思っちゃう私って麻痺してるのかしら?
「あ、よければ上がってください。失礼極まりないハイエルフがインスタント麺作ってますけど」
「「お邪魔します。邪魔しませんが! ププっ」」
リョウメンスクナさんって何者? あぁ、都市伝説系、時間も時間だし納得ね。ほんとこの部屋どうなってんのかしら?
「金糸雀ぁ、私の渾身の出前一丁が完成したぞー! 冷めない内に食おう! 私の奢りだ」
光熱費と、その他トッピングは我が家の物なんですけどね。セラさんは出前一丁の入った丼をテーブルに置くと、私の隣にいるリョウメンスクナさんを見て、
「異界の徒か? 金糸雀、実は私はな? ハイエルフとしてかつて、ふふん。これ言っちゃおうかなぁー」
はいはい、昔勇者と旅をした事があるんでしょ? どうせその勇者にも迷惑かけたのが目に浮かぶわ。あと、リョウメンスクナさんに攻撃しそうなので、
「リョウメンスクナさんはお客さんなので迷惑かけないでくださいね。あとラーメンもう一杯作ってください。あと、過去の栄光の話ばかりされてるとなんだから、私の方が悲しくなるのでやめましょうよ」
あら、ちょっと言いすぎたかしら? セラさん口を尖らせてプルプル震えてるわ。そんな私を優しく諌めたのはリョウメンスクナさん。
「「私、こんな見た目でしょ? そりゃあのエルフの方が排除しようとするのも分かります。金糸雀さんもちょっとエルフの方に棘のある言葉を返した事を後悔してるんじゃないですか? 言葉は呪いにも刃にもなるので、気をつけて考えて使うのがよろしいかと? まぁ、私が呪いそのものなんですどね。ププっ」」
「よし! その呪物気に入った! 私の渾身の出前一丁をご馳走してやろう」
という事でテーブルに出前一丁セラさんフルカスタムと、ライフガードハイボールが揃ったわ。プッシュとプルトップを開けて
「じゃあ、深夜の背徳飯に乾杯!」
「乾杯だ! 金糸雀、呪物!」
「「乾杯! まぁ、私どこぞのカルト教団に完敗してこの姿になったんですけどね」」
私も新商品なので初めて呑むチェリオのライフガードハイボール。チェリオ曰く、“超生命体飲料ライフガード“独特な香りを持つあのジュースとスモーキなーウィスキーがこんなに合うとは思わなかったわ。
「うまっ」
「うん、美味いな」
「「あっ……これはいけません……」」
ふるふるとリョウメンスクナさんが強烈に震え出したわ。まさか、超生命体飲料は伊達じゃないって事?
「「ジュースみたいで、延々と飲めますなぁ。これは酒に弱い人に飲ませてはいけません」」
そっちの感動なのね。さて、御神酒も飲んだので、本日の背徳夜食。言っときましょうか……
いざ実食。
私たち三人、リョウメンスクナさんは二人いるから四人?
ずるずるずるずると出前一丁を啜るわ。うん、この背徳感、
“スープは飲むか、いややめておくか? いや、飲むか。“
“夜食に絶対はない、だが出前一丁には絶対がある。“
「出前一丁は食べ終わる……悔しいが」
「さっきからセラさん、何言ってるんですか? 酔ってるんですか?」
「「いえ、分かります。最速の調理工程、袋麺。速さは自由か孤独か、まぁ、私、孤独にはなり得ないんですけどね」」
「分かる呪物だな! さぁ、この酒の2本目で乾杯だ!」
ウチのお酒なんですけどね、なんかセラさんとリョウメンスクナさんわかり合っちゃってるわね。リョウメンスクナさん、出前一丁を食べて、スープまで飲むと、口元を拭いて、ライフガードハイボールをグビグビと飲んで、手を合わせたわ。
「「ご馳走様でした。じゃあ今から日本滅ぼしてきまーす」」
「うむ、気をつけてな!」
えっ、これ行かせていいやつなのかしら? 割と日本の危機じゃない? 私がそういう風に思ってると、
「まぁ、なんと醜悪で邪悪な即身仏なんでしょう。女神の力で抹消させてあげましょう!」
という声が玄関から響き、
「「ぎゃああああああああ!」」
という悲鳴、そして深夜4時20分、玄関から超笑顔でニケ様がやってきたわ。
「美味しそうな匂いがしますねぇー」
さて、朝が来るわね。




