第213話 阿修羅明王とニシンの昆布巻きとハートランドと
「2023年の思い出といえば?」
「キティちゃんの声が変われり」
「ビールの価格が安くなったであるな!」
うん、ウチの異世界組は完全に地球に染まったわね。私の2023年の思い出といえば、異世界かしら。そもそもそんな場所が存在する事すら信じてなかったのに、まぁ、次から次に色々やってきたわよね。
というか、住み着いてるミカンちゃんやデュラさんもいるし、そして驚くべきは食べ物があってるってことね。
「二人は嫌いな食べ物とかないの?」
「勇者、うまーな物がスキィ! マズーな物がきらー」
「誰でもそうでしょうよ。デュラさんは?」
「うむ、まぁ口に合わない物という食べ物も中にはあるであるが、この金糸雀殿の世界においてはないであるな。うますぎるである」
これは私の推論なんだけど、異世界の人は日本に来たから食べ物美味しいと言えるんだと思うわ。世界で一番食べ物が美味しい国、イタリアと一般的に言われてるけど、はっきり言って、サイゼリアの方が1000倍はイタリアの現地飯より美味しいわね。
要するに世界一食べ物が美味しい日本に来た異世界の人、あるいは世界一食べ物が美味しくてバリエーションの多い日本だからこそ、異世界に行く人が多いんでしょう。
だって……私の知る限り、神様系が……
「金糸雀ちゃん! 今日の美味しい食べ物はなんですか?」
「ニケ様、とりあえずお餅でも食べながらお待ちください」
こんな神様ばっかりだから、多分異世界に呼ばれる人間ってのは選定されてるんでしょうね。美味しい食べ物を出せる可能性がある人材を優先的に……。これが私の一年間における異世界の住人、種族、神々と関わったレポートね。
「今日はもう何もしたくないので冷蔵庫にあるおせち料理の残りでもつつきましょうか?」
私は冷蔵庫からカマボコ、卵焼きと取り出して、食べるのを忘れていたニシンの昆布巻きを出して、お酒は……流石に日本酒飲みすぎたんで、ビールかしら。
「みんなハートランドでいい?」
「おけまるー!」
「おぉ、麒麟の旧プレミアムビールであるな!」
「女神にふさわしお酒ですか?」
緑色の無骨な瓶を全員分用意する。ニケ様がいるのにミカンちゃんが出ていかないのは誰が見るのか分からない赤穂浪士の特番を見る為、アレってこういう層が見てたのね。
「忠臣蔵すげー」
「でも、キラさんをぶち殺しに行くのって藩の人たちの再雇用先探す為だったのよね」
「えぇ? 忠臣蔵が普段ゴミ以下なのに、キラぶち殺して、俺またなんかやっちまいましたかね? 的な物語じゃなき?」
「違うわね。忠臣蔵はそうね。言うなればそれでも守りたい藩があるんだ! 的な感じで切腹までもっていく物語ね」
「げ! 八時間も見て損したり」
「まぁ、ビールでも飲みましょ」
よく冷えたハートランドを持ってくると、私は少しにやけるわね。キリンビールの商品でありながら、キリンのロゴも入れず、一見すると海外の製品に見える。その味はピルスナーで麦芽100%、えびすやプレモル等と並ぶ実はプレミアムビールなのよね。軽いラウンジバーとかだとビールはハートランドを使われている事が多かったりするわね。
ガチャリ。
さて、ハートランドに吸い寄せられてきたのは誰かしら? ニケ様があからさまに嫌そうな顔をして、
「どなたか知りませんが、神でしょう? 入っていらっしゃい!」
とほぼ全身をコタツに入れながら言う勝利の女神ってなんなんだろう。ニケ様に呼ばれて入ってきたのは……
「きゃわわわわ! 男の子? 女の子?」
「えっと、阿修羅明王です。いちおー、男の子?」
「えぇ、かーわーいーいー! 座って座って! 私、犬神金糸雀でーす! いちおー、彼氏募集中? みたいな?」
「かなりあきもーい」
キューティクルのきいた黒髪、やや襟足は長いけど、清潔感があって、黒を基調に、金と紫の刺繍が入った中華系なのか和風なのか形容し難い着物に身を包んだ。
美少年。
はい、美少年です! 歳の頃は14、5かしら? まぁ、神様なんで見た目と年齢は違うんでしょうけど、ニケ様がほぼ全身をコタツに埋めたまま。
「なんですか! そのシャンとしない情けない姿は! 神という者はですね! 私のように、ここにいる皆に信仰されるべく、神々しくなければならないのです! 貴方、あしゅらなんとかさん! 私を見習いなさい!」
「えっとー」
「クソ女神の言う事は聞かなくてよき! 勇者の隣が空いてり」
ミカンちゃんずるい! あー、でもミカンちゃんは美少年だからじゃなくて、ニケ様から守る為に阿修羅さんを横に座らせただけよね。
「でも、この女神様は」
「阿修羅明王殿。名のある神、あるいは邪神の類とお見受けする。そのクソ女神の言う事に反応してはならぬである! ささ! 寒かったであろう! おこたで温まるといい」
流石にクソ女神、クソ女神言われたニケ様はめちゃくちゃ怒ってコタツから出てきたわ。
「勇者、デュラハン! なんですか! あなた達はこの女神の加護を受けておりながら! 主神に対してなんという物いいでしょう!」
「勇者の主神、マフデトガラモンなり」
「我が主は魔王アズリエル様、ただ一人であるな」
そう、ニケ様はちょいちょい自分を私たちが信仰している事にしたがる癖あるのよね。これが宗教団体だったら結構、ホラーよね。まぁ、収拾がつかなくなる前に、私は全員にハートランドを用意して、
「阿修羅さん、つまらない物しかないですけどどうぞ! 乾杯しましょう」
「いえいえ、こんなご馳走でおもてなしされたのは久しぶりです。だって、僕は日本では神様ですけど、多くの地域では悪神ですから、素直に嬉しい!」
美少年が本当に屈託のない笑顔で微笑んでるわ。
ダメ、ダメよ私。こんなん全人類信仰不可避でしょ!
私たちはハートランドをグラスに注いで、
「じゃあ、阿修羅くんとの出会いに乾杯! あっ、阿修羅くんとか言っちゃった!」
「かなりあ、きもっ!」
ちょっと、ミカンちゃんがマジで引いてるんだけど、私たちはとりあえず駆けつけ命の水、もといハートランドを一杯。
「うみゃあああああ! これなりぃいいい!」
「おほっ! すっきりと、ホップ感が甘いであるな」
「ハートランド、流石よね。オランダとかのビールに近いくらいあるわよね」
私たちがいつも通り、かまぼこなんかをわさび醤油でつついていると、ニケ様が阿修羅くんに絡み出したわ。
「貴方! そうやって可愛いだけだとこの世界やっていけませんからね!」
芸能界かよ神様の世界。お茶でも飲むようにビールグラスを持ってズズっと阿修羅くんはビールを飲みながら、
「甘露甘露です。で? お姉様、と言うべきか、年増の貴女ってそんな偉いですか?」
あっ、これ、酒飲ませると性格変わるやつだ。年増と言われてニケ様、顔面真っ赤だわ! まずいまずい!
「ほら! 阿修羅くんにニケ様。ニシンの昆布巻きよー! 美味しいからどうぞ!」
「ありがとうございます。金糸雀さん」
「金糸雀ちゃん、アーン!」
ニケ様、ウゼェ! でも食べさせてあげないとさらにうるさいから、私はお箸で摘んでニケ様の口の中に入れてあげる。もむもむと食べると、「金糸雀ちゃん、美味しい!」となぜか怒りながら喜んでるわ。
そんな横で上品にお箸を使ってニシンの昆布巻きを一口。
「わぁああ、美味しい。お姉さん、本当は信仰とかされてなくて焦ってんでょ? 僕みたいな新人の神にどんどん先越されてさ。今って可愛いだけじゃなくて、配慮ができて利口じゃないとこの世界生きていけないですよ?」
だから芸能界なの?
阿修羅くん、割と猛毒気味のアイドルみたいね。ニシンの昆布巻きを私たちは食べながらハートランドで喉を潤す。
「うみゃあああああ!」
「うまーい! である」
「ほんとこれ、スーパーで買ったやつだけど凄い美味しいわね」
と神々の罵り合いをBGMにしばらく堪能。
どうやら、最近神々の中でも序列があるのはおかしいんじゃないかとか、一夫多妻の神は今後の人間の信仰方針に男尊女卑の傾向が出るんじゃないかとか、昨今問題になってそうな話が繰り広げられているわ。
「であるからして、私は思うのですよ! 邪神だろうと悪神だろうと別にいいじゃないって!」
おや? ニケ様、今までのやらかしがあるのでそういう神様を神様の世界に入れて自分の犯罪歴を隠そうとしているのが見え見えですね。
でも阿修羅くんはそれに感銘を受けちゃったわ。
「ニケお姉様って呼んでもいいですか?」
「仕方がありませんね阿修羅、貴方を私の弟子神にしましょう。いつでもここにきて私に相談するんですよ!」
嘘でしょ! 可愛い阿修羅くんをニケ様が籠絡したわ。そしてニケ様は玄関まで阿修羅くんを送り届けると、一言。
「あーいう、新参ははじめの内に潰しておかないといけませんからね! これ、勝利の鉄則です!」
神々がわがままな理由が少し分かったわ。
この人たち、結局人間が信仰する為に生み出されてるから、終わってるんだ。
神って……




