第209話 ゾンビと厚切りベーコンとサンタ・ヘレナ・アルパカ・カベルネ・メルローと
「勇者、ゲーオフの忘年会かもー」
「我、いろは殿にパーティー料理を依頼されているである」
「デュラさんは出張料理人なのかしら?」
そう、年末のこんな時期に一人にさせられたんだけど……まぁ別にいいんだけどさ。二人とも意外とパリピなのよね。
はいはい、どうせ私はインキャですよー。クリスマスでお金使って、正月でまたお金かかるから、節約料理でも食べようかしら。
「何かこの辺に……缶つま、とりあえずキープね。ここで日本酒をきゅーっとやってもいいんだけど、大晦日、元旦で浴びる程日本酒を飲むだろうから、ハウスワインストックになんかあったっけ?」
兄貴は熟成する高級ワインはワインセラーに、熟成する安めのワインは別のワインセラーに、そしてボックスワインやその他日常飲みするワインは暗所、私の部屋で言うと屋根裏ね。そこからゴソゴソと手を伸ばして取り出した一本。
「アルパカかー、そういえば最近飲んでなかったわね。キャンプの時、兄貴がこれでよくホットワイン作ってくれたわね。よし、苦味がきつめだけど、今日はこいつで一杯やろうかしら」
ガチャリ。
なんというか懐かしいわね。私一人で異世界からの住人をおもてなしか、さてさてモンスターなのか、人なのか、誰がきたのかしら?
「いらっしゃ……貴女は? 失礼だけど人間? それともモンスターかしら?」
玄関に立っている人は女性……と思わしき何か、舞妓さんのような……いや歌舞伎俳優のような濃いメイク。そして香水かしら? 鼻をつくくらいキツい香り、
「そうですねー、元人間です。私、ゾンビです。名前は、もう忘れちゃいました」
「私はこの家の家主の犬神金糸雀です。よければどうぞ上がってください」
ゾンビ……というと、あの徘徊して腐敗臭が凄くて噛まれたらゾンビになるアレよね? でも私の前にいる女性らしきゾンビはおそらくそういう感じじゃないわね。こっちでは見た事のない毛糸の服、しいていえばブータンとかにありそうな服装。
そして、
「お邪魔します!」
と言って靴を並べて玄関に置く、なんと言うか礼儀正しいゾンビさんね。ところでゾンビって何か飲食できるのかしら? とかは私は思わないのよね。なぜならスケルトンさんが前、家にやってきた時も普通に飲食できてたから、
「今からかるーく、一杯やろうとしてたんですけど、ゾンビさんはお酒なんて?」
「大好きですよ! ずーっと昔、ゾンビになる前はよく飲んでた気がします」
ゾンビになる前って一体どのくらい前の話をしているんだろう? まぁ、でもそんな事どうでもいいわよね。今年、サントリーがオールドの干支ボトルを出してない事くらいどうでもいいわね。
「どうぞお好きな席にかけてください。ゾンビさんというのもアレなのでゾン子さんと呼ばせていただきますね」
「はーい」
ゾン子さん、行儀良く椅子にかけて待ってくれているので、私はチューリップグラスを用意するとアルパカをトクトクトクとグラスの半分程まで注ぐ、アルパカとか安めのワインはめちゃくちゃ甘いか、苦味を残す渋さがあるかのどっちかなので、普段飲みでも気にする場合は口が大きなワイングラスを使ってできるだけ開かせてあげて飲むとそこそこ美味しく飲めるのよね。
まぁ、私一人だと面倒だからあんまりそんな手間はかけないけど……激安ワインは葡萄ジュースで簡易的に作ってるから安いとか聞いた事あるわね。
ウェルチとか葡萄ジュースに酵母入れて放置してたらワインになるから確かにそんな作り方だとボトル一本5、600円くらいで作れるわよね。
「じゃあゾン子さん、乾杯」
「私たちの出会いにかんぱーい!」
チンとグラスを合わせて一口、うん。アルパカね。決して不味くないけど、めちゃくちゃ美味しいワイン! ともならない無難な味ね。だけど、ワイン通の人達でこのワインを否定する輩がたまーにいるんだけど、葡萄の味はしっかりするし、値段を考えるとはっきり言って美味しいワインに部類すると思うわね。まぁ、私はワイン通というわけじゃないから、激安から高級ワインまで一年に100ボトル程度しか飲まないけどね。
「おいしーーーーーー! 遥か昔の記憶でもこんな美味しい葡萄酒は初めてです!」
やったわねアルパカ! きっと異世界なら一本一万円相当で売れるわよ。というかそういう商売しようかしら……ダメね。物の価値を跳ね上げるやり方はいずれ戦争を招きそう。私もアルパカを口にしながら、こんな味だったなとやけに懐かしんでるわ。こういうワインって大勢で食事する時とかにしか出さないから意外と飲まないのよね。赤は十分美味しいわ。たまに飲みきれないって人いるけど、そういう時はマグカップにスプーン二杯分のマーマーレードとアルパカを入れて電子レンジでチン、そんでシナモンパウダーかけて飲めば、夜のナイトキャップに簡易グリューワインの出来上がりね。寝起きが凄く良くなるそうよ。
※作者が試し、普段の5時半起きがガチで楽でした。個人差はあると思いますが、沸騰するくらいアルコール飛ばした物で行ったのでお試しあれ。
「おつまみ、こんな物しかないですけど、味ついてますのでそのままどうぞ! 缶つまシリーズの厚切りベーコンです」
「わぁ! 凄いコンパクトで、職人の技が光る容器だ事。いただきまーす!」
缶詰は日本が誇る最高の文化の一つだと私も思うわ。貧乏学生の私がデュラさん達と出会う前は白米に缶詰一つの弁当とかザラだったもの……というか、私JDなのに、ちょっと終わったランチタイム過ごしてたのね。
「ゾン子さん、アルパカと厚切りベーコン、合わせてみてください。美味しいですよ」
はいと、ゾン子さんはワインを一口、この人。ワインの飲み方分かってるわね。元々はどこかいいところのお嬢さんだったのかしら? そして厚切りベーコンを一つ、ゆっくりと咀嚼。ここには驚いたわ。異世界の人って食べた事のない衝撃で美味しさを表現するんだけど、このゾン子さんはしっかりと舌で美味しさを味わってる。
最後にもう一口アルパカを、
「うーん、さいこー!」
「えへへ、一人呑みだと寂しかったのでゾン子さんがきてくれてよかったですよ」
ふーんだ、ミカンちゃんもデュラさんもどっか行っちゃってさー、別に二人の自由だけどさー、ダメね。こういう気持ちで飲むとワインすすむのよね。
「金糸雀さん、飲み過ぎじゃないかしら?」
「えぇ? まだボトル3本目ですよ?」
「えっ?」
「え?」
「……言いにくいけど、飲み過ぎね」
「えっ?」
そっかー、デュラさんもミカンちゃんも私のペースで飲んでくれるから、忘れてたけど、私これが原因でサークル辞めたのよね。厚切りベーコンを食べながら私はグラスのワインを飲み干すと、天井の物置からアルパカを持ってきてスクリューキャップを自然に開ける。
「ゾン子さん、お代わりいりますか?」
「え、えぇ、いただきます。まだ飲むのね」
あ……普通に新しいボトルを出してたわ。でも、ワインはポリフェノールが一杯入ってるから健康や美容にもいいんだから!
※アルコールの過剰摂取はポリフェノールでどうこうできるわけは当然なくて危険ですので真似しなように、犬神家のアルコール分解能力はチートなので。
「くすくす、もう金糸雀さんったら! なんだか過去の記憶に金糸雀さんみたいなお友達がいたような気がするわ。あぁ、楽しい」
私はね。はっきり言って、犬くらい自分に好意がある人には懐く性格なのよね。特に兄貴が兄妹だったので、お姉ちゃんに凄い憧れがあったりするのよ。別に兄貴は兄貴でいい思い出しかなかったんだけどね……
「もっと飲んで飲んで」
「ふふ、もうこれ以上飲んだら酔ってしまうので大丈夫ですよ」
ゾンビって酔うんだ! とか少し失礼な事思っちゃったわ。小さい缶つま一つで安いアルパカを楽しんだ私達、ゾンビなので酔っているかどうか分からないけど、少しフラフラしているので酔ってるのよね。そんなゾン子さんを見てたら、
「無様な姿を見せる前に、お暇しますね?」
「はーい! あ、お土産にアルパカ何本か持って行きますか?」
「いいんですか? こんな美味しいワイン」
「全然、あとニ、三十本ストックありますから」
私はゾン子さんにアルパカを五本入れたトートバックを渡して玄関まで見送ったわ。
そういえば今日はニケ様来なかったわね。
と扉を見ると、そこには、出るに出れなかったヘタレなニケ様の姿。そしてニケ様は私にこう言ったわ。
「金糸雀ちゃん、こんな顔の美しい女神様が来た事ないかしら?」
「ないですね」




