第206話 ラストダンジョン前の村人と牛乳豆腐とホエーカクテルと
「牛乳うまー」
「うむ、殿下も好物であられた」
「ホットも美味しいれすぅ」
意外と異世界の人が好きな物、牛乳。それも牧場で飲める物とかじゃなくてスーパーで普通に売られている成分無調整の牛乳ね。私一人の時は500mlの物で事足りたんだけど、みんなが来てからほぼ毎日買い足しているわね。
「牛乳ってみんなの世界にはなかったの?」
私は大学で学んでいるテキストを読みながらなんとなく聞いてみたら、それなりに面白いお話を聞けたわ。
「私のぉ、住んでいるところわぁ、うしさんはいないんれすぅ。殺生が基本アウトなんれす」
神々の世界は牛乳どころから動物性タンパク質をとる機会がないらしいわね。だから神様はちょくちょく下界に降りて美食を楽しむみたい。
通りで、ニケ様みたいなモンスターを生み出してしまうのね。
「クソ女神がほぼ毎日魔王城に物乞いに来るのはそういう理由であったか……」
「クソ女神、ウザし! 勇者の住んでいるところはスモーの乳飲んでり、うまーだけど、クセつよつよぉ。牛乳しか勝たん」
「スモーって何?」
「うむ、魔物の子供も基本スモーの乳で育てるであるな。スモーの乳はまぁ、美味いのであるが、やはり牛乳に軍配が上がるであるな」
「だからスモーって何よ」
ヤギミルクはクセが強いからそんな感じなのかしら? 結局スモーについては何故か教えてくれないので、私は話を変えてみたわ。
「牛乳は年々苦手な子が多くなってるらしいわよ。私も嫌いじゃないけど、そんなしょっちゅうは飲まないわね。カクテルの割材にする事の方が多いし、後は料理に使ったり、おつまみ作ったりかしら」
「牛乳でオツマミであるか?」
「うん、すぐ作れるから今から作ってみましょうか? 北海道のソウルフードらしいですよ」
「是非お願いするである!」
「ではでは、牛乳豆腐を作りますね……要するに簡易チーズです。モッツァレラチーズ風にして四角く整形した物をそう言うらしいですけど、今回はカッテージチーズ風にします。用意するのは牛乳とお酢だけです」
ミルクパンを用意すると私は牛乳1L沸騰させない程度に沸かす。
沸かした牛乳、ホットミルクくらいの70度前後にして火を消してから酢を入れると10秒程まってからお玉でゆっくり、優しく混ぜていく。そして再び少し放置。
「おぉおお! 分離しているである」
「私も難しい事は分からないんだけど、牛乳のタンパク質にカゼインという成分があるんですよ。このカゼインはそもそもくっつかない反発する特徴があって、酢を入れる事でこのカゼインがくっついてチーズができるんです。料理は化学とよく言ったもので、化学反応ですね」
私は経済学部なのでちゃんとした理工学部系の人からしたらもう少し分かりやすく教えてくれるんだろうけど、そういう理由でチーズが作れるので、クラッカーにのせるチーズとか買うより牛乳で作った方が圧倒的に安い時があるわね。
「じゃあボウルをひいて、キッチンペーパーをのせたザルにチーズをこしていきます」
デュラさんの超能力で綺麗に分離してもらったチーズと、黄色い液体。
「勿体ないのでこのホエイでカクテルでも作ってみましょうか? 乳酸飲料なので、わりといろいろ合うと思いますよ」
ガチャリ。
「こんにちわー! ごめんください!」
あら、元気な声で誰かが来たわ。ミカンちゃん、そしてデュラさん、ワタツミちゃんまで玄関の方を見て何かすごい警戒しているわね。
また神様の類でも来たのかしら?
「いらっしゃい。貴女は?」
「ザナルガラン領のイバヤジマ村の村人のエマです」
「これはこれは、私はこの部屋の家主の犬神金糸雀です。何か魔物に追われてこちらに? まぁ、とりあえずそんなところで立ち話もアレなので入ってっください」
見るからに普通そうな女性、歳の頃は三十代くらいかしら? 普通の村人って感じの服で、とても優しそう。
「ジェノサイドキングイノシシって言う獣を本日のお昼ご飯にしようと思って追いかけて森の中を進んだら扉があったのでここに迷い込んじゃいました」
名前からして普通の猪じゃないんでしょうね。多分ね。
「ジェノサイドキングイノシシは我が君、魔王様のザナルガラン領で野生に生息する最強クラスの獣型魔獣。イバヤジマ村。伝説には聞いていたであるが、存在していたのであるな……」
「あっ、首だけの魔物ですね! 排除します」
私の目の前からエマさんが……消えた。
そしてその瞬間ミカンちゃんが頭から天井にぶつかってるわ。エマさん、ミカンちゃんを据わった目で見て、
「魔物を守りましたね。この少女、操られてますね。洗脳を解きましょう」
凄いわ。明確にミカンちゃんがデュラさん守って力負けしたって事よね。デュラさんもまずいという顔をしている中、ワタツミちゃんが。
「ま、まってくらさい!」
と両手を広げて、エマさんに弁明。
「カクカクシカジカなんれす!」
果たして……結果はどうなるのかしら? エマさんはファイティングポーズをやめて、
「そういう事でしたか、大変失礼しました!」
「通じた!」
エマさんはイバヤジマ村の中でもか弱い女性らしい事を教えてくれたけど、多分、世界救えるくらい強そうなのは確定したわね。
ミカンちゃんが遠くに離れてエマさんを見ているけど、
「とりあえず今から私たち一杯やるんですけど、お酒とか行ける口ですか?」
「お酒は大好きですよ」
という事なので、私は冷やしたホエイとテキーラを氷と一緒にシェイカーに入れてシェイクするわ。
そしてレモン汁、グレナデンシロップをゆっくり落としてテキーラサンセットを人数分作る。
「わわー! 金糸雀さん、素敵なお酒を作られるんですね。田舎に住んでいるので都会のお酒なんて初めてです」
「はは、エマさんの世界にはないお酒かもしれないですね」
田舎というか、魔王城の近所の村よね。そんなホエイテキーラサンセットを作ると次は牛乳から作った牛乳豆腐をクラッカーの上にまぶして蜂蜜と黒胡椒を少々。
「はい、お待たせしました! じゃあ、魔王城近所の村人エマさんに乾杯!」
「乾杯です!」
「乾杯れすー!」
「乾杯である!」
「……乾杯なりぃ」
ミカンちゃんのテンションが極めて低いわね。そりゃそうか、一村人に圧倒されちゃったわけだもんね。
「ミカンちゃん、さっきはごめんなさいね! 仲直りしましょ!」
「えぇ、嫌かもー」
ミカンちゃん、はっきり物を言えるのは尊敬に値するけど、そこは折れなさいよ。私がそこは横から助ける「ほらほら、飲んで飲んで!」とホエイテキーラサンセットを一口。
絶妙な酸味に甘味、そしてテキーラの風味が思った以上にいいカクテルね。
「おぉ! うまい」
「美味しいれすー」
「ほんと! 村のお酒じゃこうはいかないわね!」
ミカンちゃんは? くぴりと飲んで、「んみゃい!」と美味しいけど機嫌が悪いパターンね。すかさず牛乳で作った牛乳豆腐が乗ったクラッカーをミカンちゃんの口に放り込む。
「むぐむぐ……ん!」
キマったみたいね。ミカンちゃんはバクバクと牛乳豆腐の乗ったクラッカーを食べて。
「んみゃあああああああああ!」
と少し違うverで雄叫びを上げてる。「ささ、みんなもエマさんもどうぞどうぞ!」と私もご一緒に、
うん。ささっと作った割にはいい味出してるわね。市販チーズと違って滑らかさが凄いわね。
「うまいである。これは殿下に是非食べさせてあげたいであるな」
デュラさんがそういうなら中々みたいね。エマさんも一つ食べて、にっこりと、
「なんて都会風な食べ物なんでしょう。このお酒も、この食べ物も! 食べれば食べるだけ元気になりますね」
うん、私にも分かるわ。エマさん、何やら凄いオーラに包まれてる。ミカンちゃんの警戒具合から多分、本気で神様とかクラスなんでしょうね。
まぁ、私にはあんまり関係のない事で、楽しくお酒が飲めれば……
「エマさんお代わりどうですか?」
「はーい! いただきます!」
私もシェイカーが振れて満足よ。楽しい楽しい飲み会の最中に、ガチャリと開く扉。ミカンちゃんの耳がぴくりと動いて逃げ出そうとするのでニケ様ね。
「あら、ミカンちゃんおでかけ」
「勇者はドロンせり……」
と言って壁抜けしようとした時、ニケ様が泣きながらエマさんを指さして私に、
「金糸雀ちゃん! その女神のオーラを出している小娘は誰ですか! 浮気ですか!」
ん? とミカンちゃんが部屋に戻ってくる。
この後、不思議な事が起こったわ。
私達はニケ様が既に酔っていてまた面倒なんだろうなって思ったのよ。
まぁ、不思議な事というより全く理解を超えている事なのよね……
ありのまま、今起こった事を語ると、
喚き散らかしてもうどうしょうもない害悪なニケ様がいつの間にか諭されていたわ……
何を言っているのか、多分分からないと思うけど、私も状況が理解できなかったのよね。ゲシュタルト崩壊を起こしそうだったわ……
真の女神だとか、奇跡だとかそんなチャチなものじゃ多分ないわね。
これが、ラストダンジョン前の村人の力の片鱗なのね。あれだけ苦手だったミカンちゃんが拝んでるもの……




