第205話 ケンタウロスとイカフライとエビスビールと
これは呪いが解けた翌日の話よ。
私は、今。お酒を飲める喜びを全身で噛み締めているわ。今日は特別な日と言って過言じゃないわ。というか、初めてお酒を飲んだ日のように、冷蔵庫に冷やしているのよ。エビスビールを! どこでも売っているエビスビール。何故このビールをチョイスしたかというと、私が最初に飲んだプレミアムビールがエビスビールだったからね。
「金糸雀殿ぉ! 今日はイカフライで良かったであるか?」
「いかフライ大好きれすー! デュラハンお兄ちゃん、お手伝いしますよー」
「ワタツミ殿、かたじけないであるぞ! では我がイカを切ってゆくので、衣をよろしくである!」
「ラジャーれす!」
今日は私の希望でイカフライ。あの日もそうだったわね。ママが作ってくれたイカフライで私は初めてお酒を飲んだわ。あの時は爆弾ハナタレ(芋焼酎)だったけど、記念すべき最初の日に食べたおつまみ。イカフライ。フライなのにあっさりしているような気分にさせてくれる魔のおつまみね。
「レモン、タルタルソース、塩、ウスターソース。まぁこんなところでいいわよね。ビールを急速冷蔵するわ」
素人にはオススメできない技ね。ビールの缶を冷凍庫に放り込むの。忘れていると凍って最悪破裂してしまうの。凍る前に取り出し、キンキンに冷えている状態で飲めるの。
ジュワッ! デュラさんがフライを揚げ始めてるわ。出来上がる前にグラスも冷やしておきましょう。冬でもビールを楽しむ為には暖房をやや強めにかけて、さらにミカンちゃんが封印されたみたいに出てこないこたつの温度も上げてあるわ。
「ミカンちゃん、もうそろそろ出来上がるから、こたつから出てらっしゃい!」
ミカンちゃんは顔だけこたつから出して私を見ると、「かなりあ可愛くなきー」とこの世の終わりでも見たように言うので「失礼ね」と返したらミカンちゃんはこたつの中に頭ごとすっぽりと隠れる。
何? 何を訴えたいのか全然分からないわね。
「これ、勇者! こたつの中で生活すると風邪をひくであるぞ! 出てくるである! 美味しいイカフライが揚げたてである」
「勇者様ぁ、美味しいれすよー!」
天岩戸からもそもそ出てくるようにミカンちゃんはずるんとこたつから出現したわ。
「勇者、こたつの中で冬眠せり」
「死ぬわよ……ほらバカな事言ってないで、お酒飲みましょ! お酒!」
「かなりあきもーい! 前の方がよかったり」
中学時代の私、めちゃくちゃ推されてるじゃないの。もうそんなことより私はビール呑みたいのー! 飲んで飲んで! 呑み散らかしたいのヨォ!
冷凍庫で冷やしているビールを取りに行こうとした時、
ガチャリ。
ああん、もう今日に限っては来なくてもいいのに、私は仕方がなく玄関に向かうと……うーん、凄い人来たわ。神はどうしてこんな造形を世に出してしまったのかしら? ビールに酔って生み出したのかしら?
「ウマ娘さんですか?」
「まぁ……そういえなくもないですが、ケンタウロスのケルスです」
上半身が女の子で下半身が馬よ。これが最近流行っているあのソシャゲ発のって冗談は置いておいて、凄いわね。
「えーっと、どうぞ。この家の家主の犬神金糸雀です」
「はて、犬神……聞いた事があるような。お邪魔します。蹄で床を傷つけないように室内用の靴を履かせてもらおうかな」
「あっ、はい」
へぇ、そんな感じなのね。私はケンタウロスさんをリビングに招くと、デュラさん、ミカンちゃんが驚きの顔を隠せない。
「ケンタウロスなりぃ!」
「おぉおおお! 勇者、我、初めてみたである! 握手してほしいであるが、我首だけであるしな」
「可愛いいなりぃ!」
どうやら異世界レア種族系なのね。
「えっえっ? 勇者に……大悪魔? それにそちらの神々しい方は、まさか? 神様かな?」
「お気になさらず。居候のネオニート勇者のミカンちゃんと、私の家政婦兼、料理長のデュラさんと私が保護者をしている神々の世界からの留学生のワタツミちゃんです」
「えっ?」
「あの、ケンタウロスさん、お客様に悪いんですけど……ビール飲んでいいですか? 私、禁断症状出てて」
「もしやと思うのですが、セキレイの関係者かな?」
「犬神鶺鴒は私のお婆ちゃんです」
「えー! 60年くらい前に会った時は金糸雀さんくらいだったのに」
「そりゃそうでしょ、そんなことよりビール」
「どうぞどうぞ!」
私は我慢できない子供のように冷凍庫を開けて缶ビールを取り出すと、次に飲むビールを投入して同じく冷凍庫で冷やしていたジョッキm人数分取り出して準備万端よ!
「はいみんな自分で自分のジョッキにエビス入れてね!」
しゅぽん! ああん、ビールが返事しているいい音。最高、この香り、今すぐに私に飲んでってエビス様が笑ってるみたい。
「はい、私のお酒解禁とケンタウロスさんとの出会いを祝して! 乾杯!」
ややみんなのテンションが低い。
「「「「乾杯」」」」
ゴキュゴキュ。
あぁあああああ!
「ああああああ! いきかえるぅう!!! ぷひゃああ! ミカンちゃんじゃないけど、うみゃああああ!」
そう、私の血液にビールが流れるように、じわじわと命が注がれていくようにさいっこう。
「金糸雀殿、良かったであるな……」
「かなりあきもーい」
「金糸雀お姉ちゃん、ドン引きれす」
そして、ケンタウロスさんは、
「セキレイとは大違いかな。あの娘は凄いドライだったし、でもこの麦酒、めちゃくちゃ美味しいかな」
そりゃそうよ。プレミアムビールの第一人者、エビスビールなんだから。それに合わせるのはイカフライよ。
「デュラさん、イカフライ頂きますね。ケンタウロスさんもどうぞどうぞ」
「あ、うん。いただきますかな」
ナイフとフォークで小さく切って一口。ああん、上品! レモンをかけて一口。さいっこう!
「うんみゃい! しゅわしゅわお代わりなりけりー!」
「はいどうぞ」
ドンと新しいエビスを出して次々にビールを飲み干していく私達。みんな付き合ってもらうわよ。
次はタルタルをかけて、
「デュラさん、外はサクサク。中はふんわり……腕を上げたわね」
「きょ、恐縮であるぞ。うむ」
「デュラさん全然飲んでないじゃない! ほら、1Lジョッキ持ってくるからどんどんいっちゃってくださいよ」
「うむである」
ロング缶が4本、まぁやや早めのペースね。でも今まで飲めなかった私の身体は求めてるわ。
ガチャリ。
「わー! みんなの女神ですよー!」
げ! と言いながらミカンちゃんが部屋を飛び出していくので、ニケ様ご来店ね。私はエビスビールを持って、
「ニケ様いらっしゃい! 今日は飲んで飲んで! はいエビス」
「あら、金糸雀ちゃん、ご機嫌ですねぇ! ではお言葉に甘えて」
ああん、塩で食べるイカフライもサイコー! んぐんぐ、ビールが五臓六腑に染み渡るわ。
「聞いてますか? ニケ様、酒は毒でしかなくて薬にはならないとか最近の分かったとか報告しているくっだらない科学雑誌があるんですよ。そんなの知ってるわよ! 知ってても飲むの、バカじゃないの?」
「金糸雀ちゃん! 私はですね! かつて人間達を導き」
「そんなくだらない話やめて私の話聞いてくださいよ。タバコもしない、お酒も飲まない。健康第一? 知ったこっちゃないわよ。私にはお酒しか楽しみがないの」
私はこの日の為に買い込んだ空になった48缶のエビスビールロング缶を見て安心と満足したわ。
「うん、セキレイの孫はちょっとアレな子かな。ご馳走になりました。ではまた」
「うむ、いつもの金糸雀殿はこうじゃないんであるがな、また遊びに来るといいであるぞ」
「待ってますれすよー!」
デュラさんとワタツミちゃんがぶっ壊れた私の代わりにちゃんとお見送りをしてくれてたみたい。私はその日、ニケ様と謎の絆が深まったような気がしたわ。




