第199話 駆け出し冒険者と蟹すきと黒松白鹿純米と
その日、私たちはとても殺気立っていたわ。何故なら、ミカンちゃんとワタツミちゃんが近所の商店街の福引でズワイガニを三杯も当ててきたから、カニよカニ。言わずと知れた高級食材。
「これモンスターなり?」
「うむ、シーモンスター軍の中にこのような姿をした者がいたハズである」
「これわぁ、蟹さんれすぅ! 金糸雀お姉ちゃん、今日は蟹さんでお鍋れすねぇ!」
蟹食べるなんていつ以来かしら、どこかの地域の学校では給食にカニが丸々一匹出るとかいう都市伝説があるみたいだけど、私は一人暮らしを始めてからセコガニ以外の蟹を食べた覚えたがないわ。
「デュラさん、ミカンちゃん。ズワイガニ様よ。カニの中の王、硬い殻の中に秘めし甘く味わい深いそれはまだ恋を知らない乙女のごとしよ」
「金糸雀殿、一体どうしたである?」
「ロリかなりあ、語れり……」
テレビでは某アメフトが有名な大学が大麻所持使用で廃部になるとかくだらないニュースが流れてるけど、小僧共が葉っぱ吸ってないでカニで吸ってなさいよ。そもそも最近大麻グミとか流行ってたけど、ロッテのバッカスやラミーの方が安くて気持ちよくなれるじゃない。
「バカじゃないの!」
「金糸雀お姉ちゃんが壊れた」
「どうどうであるぞ! 金糸雀殿」
するとミカンちゃんが私をぎゅっと抱きしめだしたわ。何これ? それにしてもミカンちゃんめちゃくちゃいい匂いするわね。なんというか柑橘類の……
「勇者はロリかなりあがとち狂っても見放さず! 勇者お姉ちゃんなりけり」
「ミカンちゃん、何気に毒を吐くのをやめてちょうだいな。まぁ、私がとち狂うぐらい美味しい食べ物って事。デュラさん、命をかけてカニすきつくりますよ!」
「う、うぬ! 心得た」
カニすきの心は母心、生きたまま丸々三杯。カニ様、御命いただきます! 足と胴体に分けて、蟹味噌を取り出すと一旦ボイル。そして足に包丁を入れて食べやすいように切り込みをどんどん入れていくの。
「勇者、ロリかなりあがエプロンつけて料理してるのぐっとこれり!」
「ミカンちゃんが美少女じゃなかったらヤバいおっさんの発言よそれ」
うん、鏡を見ると金髪に染めてた頃、中二の頃の私が映ってるわけだけど、なんというかこの頃の私、目つき悪いわねぇ。
「今日くらいはお酒飲ませてよ」
「ダメなり! お酒は二十歳になってからなりけり」
「それ言ったらミカンちゃんも大概アウトでしょ!」
「勇者この世界の法律関係なし」
「法律の話したら私、二十歳なんだからセーフじゃない」
「ダメなりぃ!」
すこぶる調子がいいのと化粧しなくても肌もぷにぷにしてるから多分、ガチ中坊の頃の身体なんでしょうけど、お酒飲めないのはかなり辛いわ。
「これ、勇者。金糸雀殿も我慢をしておるのだ。我らも我慢するとしようではないか」
デュラさん!
「そうれすね! という事で商店街で安かったこれを飲もうれす! 大事なお酒わぁ、金糸雀お姉ちゃんが元に戻ってかられすよ」
トンとワタツミちゃんが置いたのはカップ酒、白鹿黒松純米……結構いいお酒よそれ! というかずーるーいー!
「そうであるなこれで我慢である!」
えっ! デュラさん。
「えぇー勇者しゅわしゅわがいい」
贅沢言わないでよ! 飲めるんだから!
ガチャリ。
この状況で誰かきたわね。
「ミカンちゃんお出迎えしてきて」
「えぇ、めんどい! ワタツミいけり」
「はいれす!」
白菜、豆腐、マロニーちゃん。その全てがカニ様を引き立ててくれる名脇役達ね。ぐつぐつと似たつ鍋を眺めていると、
「お邪魔します。こんにちは!」
「こんにちは、貴方は?」
なんだかモブ感の凄い男の子がやってきたわね。きっと値打ち物じゃないロングソードに新品みたいな装備の数々。
「あの、駆け出し冒険者のライダーです。薬草を摘むクエストの途中に森でキマイラに襲われて、逃げた所ここに」
「それは大変でしたね。私はこの家の家主の犬神金糸雀です。疲れたでしょう? 一緒に鍋でもどうですか?」
グゥううとお腹が鳴るライダーくん。「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……も、モンスター!」とデュラさんを見てロングソードを構えるので「どうどう! 駆け出し冒険者よ。命を軽んじるものではない。貴殿では我には傷一つつけららぬぞ。そんな事よりカニすきができた故、座るといい」
首だけのデュラハン。デュラさんでも凄い名のある大悪魔なのよね。本来、駆け出しで出会ったら冒険はそこで終わりくらいあるのかしら、
「雑魚冒険者、ここでは争いは禁止なりけり」
「あ、貴女は……伝説の勇者様……が突き指して治療の為に立ち寄った村で生まれた由緒正しき柑橘類農家出の勇者様、ミカン・オレンジーヌ様では?」
「いかにも勇者なり!」
ミカンちゃんそんな感じなのね。
「わふー、早く蟹さん食べましょうよぉー」
「こ、こちらは女神様?」
「私わぁ、そういえばそうなんれすかねぇ」
よく考えればワタツミちゃん女の子だから女神っちゃー女神ね。私はパンパンと手を叩いて「ほら、お鍋食べるわよ」とみんなをテーブルに集合させて、
「じゃあ、みんなカニ様に手を合わせて……」
いただきます!
乾杯よりも先にカニ様を堪能しなきゃね。私達はしばらく無言でカニ様と向かい合ったわ。うん、控えめに言って最高ね。
「んまー! んまー! カニすげー! んまー! 勇者すきー!」
「うおっ! なんというダシであるか、激うまであるな」
「わふー! 美味しいれすぅ」
みんな大満足ね。
ここで、きゅーっとお酒をね。
「では熱燗できたであるぞ! 金糸雀殿は甘酒であるぞ」
なぜ……まぁ気を取り直して、
「「「「乾杯!」」」」
この白鹿黒松純米は最高の水と最高の米で作られてるカップ酒界のスターマインよ。まずいわけがないじゃない! 何故私は甘酒なのよ……
「熱々お酒んみゃい! 火炎系の加護がかかりけり」
「これは……カップ酒とは思えぬ美味さであるな」
「わふわふー! 能力がアップするれふ」
そんな大騒ぎを小さく手をあげて、
「あのみなさん、これモンスターですか?」
カニを指さして恐る恐るそう言うライダーさんに私達は無言で2本目のカニの足に手を伸ばすわ。ライダーさんにはそれだけで十分だったみたいね。
「ぼ、僕も! んんっ! これ、凄い美味しい! このお酒もポカポカするし、こんな食べ物。地上に存在するわけがない!」
私達はそう言うライダーさんを優しく微笑んで、再び無言でカニ様と語らうわ。私は白鹿黒松の香りを嗅ぎながら、カニ様を、カニを食べる時は全てから解き離れたような気持ちになるわね。坐禅の1000倍は無になれる気がするわ。お鍋の中が空になった時。
「カニ雑炊作ろっか?」
私の声かけを持ってして、静寂の空間からざわざわと声が漏れ始める。おいしかったね? 美味しかったなり、美味すぎるである。
そして……
「あの、皆さんは一体何者なんでしょう?」
ライダーさんは恐る恐る。駆け出しの自分がここに至るのはおかしい、もしかして自分はキマイラに殺されたのかと? そんな不安を打ち消すようにミカンちゃんが、
「雑魚冒険者にはこれを勇者が与えり!」
出たー! ミカンちゃんの量産型勇者の剣。また一人、勇者の剣を持った野良の冒険者が異世界に送られるのね。私はタッパーにカニ雑炊を入れてあげると、
「ライダーさん、これ早めに温めて食べてくださいね!」
「ありがとうございます!」
元の世界に戻ったライダーさんが飢餓で苦しんでいる村でカニ雑炊をみんなに少しずつ振る舞った所。みるみるうちに元気になり、村の農耕作業効率が4000%増え、彼が後の世で流れ勇者ライダーさんとして語り継がれる事なんてこたつでみかんを食べている私たちが知る事は永遠になかったわ。