第198話 ベルゼブブとバーニャカウダーとカンチャンチャラと
「かなりあー! かなりあー!」
「どうしたのミカンちゃん?」
身体が中学生くらいになってからなんだかすこぶる軽いのよね。まぁ、多分ここ最近お酒飲んでないからと言うのが一番かもしれないけど……ミカンちゃん朝から騒がしいわね。
「どうしたのミカンちゃん?」
「スピーカー死んだ……悲しみ」
あー、メルカリで私が前に買った型落ちしたスマートスピーカーか、まぁよく持ったものよね。
「スピーカーさんが……」
「なんと! あの夜寝るときに歌を歌ってくれるスピーカー殿が……葬式をするであるか?」
「賛成なり」
「賛成れす!」
えぇ! 正気なのこの異世界組……なんというか祭壇のような物が作られてスマートスピーカーの為のお供物をして、デュラさんに至っては料理を始めちゃったわ。トントントンと野菜を切り始めるデュラさん。
「デュラさんは何を作ってるんですか?」
「バーニャカウダという料理を作ってみようと思うぞ!」
なんでまた……
ガチャリ。
「誰か来たみたいだけど?」
「今はスピーカーの為に喪に服したり」
そんな大事にしてた描写あったかしら? とりあえず私が見に行くとして、玄関に来ているのは……
制服を来た前髪で表情が隠れた男の子? 触覚みたいな2本のやたら長いアホ毛が特徴のあるあるいは青年? 顔が分からないので年齢が見えてこないわね。
「ええっと、神様ですか? 亞人ですか? モンスターですか?」
「えっと……悪魔です。ベルゼブブって言います」
「そうですか、有名な名前ですね。どうぞこちらへ。私はこの部屋の家主の犬神金糸雀です」
「そんな若さで凄いナチュラルに対応してくれますね」
「まぁ、慣れてますから」
戸惑うベルゼブブさんだけど、今私の部屋がとてもカオスな事になってるのよね。ベルゼブブさんとリビングに向かうと、そこには喪に服したような顔をしている三人。テーブルにはクロスまで引いてバーニャカウダが用意されてるわ。何これ……
「みんな、悪魔のベルゼブブさんよ」
「誰かお亡くなりにでも?」
何かを察して暗い顔をしているベルゼブブさんに私はまぁ、簡単に普段使っている物が壊れたのでその葬式を始めているとヤバい話を伝えたところ、
「それはなんと……私も祈らせてください。かつては神と呼ばれていた時代もありましたから」
そう言ってベルゼブブさんは腰を低くして両手を握り祈りを捧げてるわ。それはなんとも美して見惚れそうなんだけど、祈りを捧げている相手が……
スマートスピーカーじゃなければ私も感動くらいしたかもしれないけど異世界の人ってなんか私たちとは感性違うと再認識したわね。
「ベルゼブブ殿、聞きしに勝る悪魔の王であるな! ささ、スピーカー殿の為に共に盃を交わそうではないか」
「ラム酒なり!」
えーっと飲むお酒まで決めてるのね。ラムなんて珍しいわね。と、思ったら陶器のグラスを人数分デュラさんが用意してるんだけど……
「もしかしてカクテル?」
「さすがは金糸雀殿であるな! カンチャンチャラなる酒を作ってみようと思っているであるぞ!」
300年くらい前のキューバの復刻カクテルの事よね。材料はラム、蜂蜜、ライムジュースが基本だけど日本ではソーダ水を混ぜる事がしばしばね。
「カクテルの方は私が手伝うわね」
「頼んだであるぞ。金糸雀殿の為に勇者にこれを買ってもらったである!」
「えっへんなりにけり!」
「わふー、勇者様わぁ、金糸雀お姉ちゃんの為に買ったんれすよ」
とドンと置かれたのは……「ノンアルコールラムシロップ……世の中こんな物まで登場してるのね」「金糸雀さんは子供なのでお酒が飲めないからですね」とかベルゼブブさん好き放題言ってくれるけど、飲みたいのよ! お酒っ! なんでか異世界組がやたら私にお酒飲ませないから禁断症状出そうなのよ。
まぁ、でも気を取り直して、カンチャンチャラはほんと簡単なカクテルなのよね。陶器の容器に氷を入れてラム、蜂蜜を溶かした水、あるいはお湯を入れてライムジュース、そこで強くステアして最後にソーダ水。カットライムとストローを添えて完成。
……私のノンアルコールラム版も作ったわよ。完全にジュースじゃない。バーニャカウダーとカンチャンチャラってなんか意識高い女子会みたいなメニューなのに、中心に壊れたスマートスピーカーをおいてなんのサバトかしら。
「今まで勇者達に沢山の楽しみを与えてくれたスピーカーに、乾杯なりぃ!」
「スピーカーさぁん、乾杯れす!」
「スピーカー殿、ゆるりと休むがいい。乾杯」
「きっとここな三方に想われ逝くこの道具は本望でしょう。乾杯」
ほんと何これ、とりあえず「乾杯」
ストローなので、ちゅーっとカンチャンチャラを吸って、まぁ私のはラム味ハニーライムソーダだけど。普通に美味しいわね。確かにラム酒っぽさがあるわ。
「うみゃああああああ! 勇者これしゅきぃいい!」
炭酸だもんね。ミカンちゃん好きでしょうよ。本来のカンチャラは蜂蜜たっぷりでラムも質の悪い物を使ったって聞いてるけど今やラムベースのど本命くらいまでには成り上がったわよね。
「バーニャカウダもどうぞであるぞ! 少し、我アレンジを効かせているである!」
そこにはニンジン、スイートコーン、パプリカ、大根、こんにゃく、焼き豆腐? これってもしかして……ニンニクベースのバーニャカウダソースにほんのりと味噌が香る。田楽アレンジ!
いざ、実食ね。
「あっ! これおいし。デュラさん凄いツイストよこれ!」
多分、ソースにチーズも混ぜてあるから味噌と喧嘩しないのね。ニンニク、味噌、チーズに合わない食材なんて逆にないわよ。バーニャカウダが日本風おつまみに早変わりね。
で、カンチャンチャラで飲むとさぞかし美味しいでしょうね。
「うん、凄く美味しい。ところで、この部屋は? 神、名のある悪魔、そして超越した人間?」
「勇者なり!」
「そうですか、それと金糸雀さんは普通の少女。どういうご関係で?」
これを説明するのも超面倒なので私は世界共通言語の「かくかくしかじか」を使ってみると「あーなるほど」とベルゼブブさんは理解してくれたわ。
これ言語どころかなんらかのスペルじゃないのかしら。
「逆にベルゼブブさんはどうして我が家に?」
「いえ、少しばかり神々と小競り合いがありましてね。我らが代表のルシファーという者がいるのですが」
「あー! ルシファーさん! 以前来ましたよ」
「ルシファーが神々とお酒の席で揉めたらしくてですね」
「へぇ、ちなみになぜ?」
「どっちがいいお酒とおつまみを食べたかで……恐らく、ここに迷い込んで分かりました。ここの話でしょう」
「多分そうですね。なんかすみません」
「いえいえ」
ベルゼブブさん、なんか苦労人っぽいわね。私の家にいる間くらいはまったりしてほしいわね。私は二杯目のカンチャンチャラをいれてあげるとトンとベルゼブブさんの手元に、
「すみません。催促させちゃってましたか?」
「違いますよ。私の部屋ではグラスが空いたら普通におかわりが出てきます」
「勇者も!」
「私もほしいれすぅ」
「我も我も」
仕方ないわねぇ。私はお酒を飲めないからせめて本物の香りだけでも楽しんで全員分のカンチャンチャラを作って差し出してあげる。
「ありがとうございます。金糸雀さん。一つだけ悔しいなと思う事があるんです」
「なんですか?」
「神々も悪魔もみんなここに来ると、とても高貴な服を着た美女にもてなしを受けたと聞いていたので……あっ、違いますよ! ワタツミ神も勇者さんも金糸雀さんもそれぞれ華がありますが、皆声を揃えて言っていた人物が今はここにいないようなので」
ミカンちゃんがじと目で私を見てるのほんとやめて。多分、あれね。ジャージを着ている普段の私の事ね。美女って言われるの普通に嬉しいけど、異世界組みんな耽美秀麗だから馬鹿にされてるような気がしてならないのよね。
「あの、まぁその美女? はいませんけど今日は楽しんでください! もっかい乾杯しましょ乾杯!」
「あっ……はい!」
本日、ニケ様も来ないし私のスマートリモコンを送る会は楽しく過ぎていったわ。ベルゼブブさんのお帰り玄関前で私の前に跪き、
「金糸雀さん、貴女はその年で非常に魅力的な女性でした。あと4、5歳成長されていたらプロポーズをしていました。これ、私のお礼です」
そう言って、漆黒のリボンを私に結ってくれたベルゼブブさんの前髪から顔が見えた時、ちょ、超イケメンじゃない! 獣みたいなパープルアイ、なのに優しく微笑んでくれて……いやーん! かーわーいーい!
「はっ! かなりあからキモいオーラを感じれり!」
「ミカンちゃん黙って! ベルゼブブさん是非また来てくださいね!」
「はい! 機会があれば、次は何かお土産をご用意します」
そう、悪魔の王子と言われたベルゼブブさんはめっちゃ王子だったわ。私はお酒が飲めないとかそんな些細な事がどうでも良くなるくらいほこほこしてたんだけど、
ガチャリ。
「みっなさー」
「帰ってください」
私がお酒を飲めない間はニケ様は出禁です。
ちなみにスマートスピーカーはゴミ箱に捨ててミカンちゃん新しいのを密林でポチってたわ。