第195話 アガレスとデュラさんの殿下揚げとノンアルコールハイネケンと
今週末から少し海外に行って来ます。海外のお酒文化や、ペアリングとか色々学べたらいいなと思います。
皆様、本当に毎回 誤字報告ありがとうございます!
「なんでやねん!」
生まれて初めて私はこの言葉を口にしたわ。というのも……今の私は身長が少し縮んで生え際だけが黒い金髪、左耳にはピアスがずらりと並び、ジャンパースカートの制服を着ている。これはそう、中学生の頃の私が鏡に映っていたわ。
「ププププ! かなりあ進化前なり!」
「ちょっとミカンちゃん! 笑ってないで元に戻せない?」
「勇者できぬ!」
私をこんな目に合わせた張本人は……デュラさんに出してもらったお茶を飲みながら沢庵齧ってるわ。
「アガレスさん、元に戻してくださいよ!」
そう、悪魔のアガレスさん。時間を司どる悪魔らしく、お部屋に招いたらお近づきの印にと、人間の誰しもが一度は願う若返りを時間逆行で施してくれたわけね。というか、正直もっと年齢がいった時に来なさいよ。そして何故か分からないけど、私は今中坊の頃の姿をしているというわけ。
「良かれと思ったけど、気に入らなかったわけさ? ごめーん! それ元に戻せないやつなわけさ」
三つ編み男子、アガレスさん。やや隈があるのは寝不足だからなのか、爪は黒いマニュキアをつけている・ザ! 最近の子って感じの自由なファッションね。
「アガレス殿、どうにかならぬであるか? あれは金糸雀殿が困り果ててしまうである」
悪魔なのに悪魔に交渉してくれるデュラさん。それにしてもこのアガレスさん、悪い意味でマイペースなのよね。ワタツミちゃんが珍しく女子の友達と遊びに行くとか言ったから槍でも降るかと思ったら悪魔がやってきて笛を吹いて私が中学生時代の姿になったわ。
桶屋も儲からないわよ。
「デュラさん、腹へりペコリーななりっ!」
「そうね。とりあえずお腹すいたし何か食べてから考えましょうか」
「うむ、我は金糸雀殿のその立ち直りの早さいつも感服であるぞ」
「さすがは勇者、悪魔、神に囲まれても普通に生活できるわけさ。並の精神構造ではないというわけさ」
何を言っているのかしらこのアガレスさん、時間を司どる悪魔らしいけど、リビングで寛いでいる彼は完全に遊びに来た親戚の子くらいの感じで馴染んでるし……
「今日は金糸雀殿に教わった唐揚げの我、アレンジ版であるぞ!」
「えー、なになに? あれにどうアレンジするの?」
「うおー! うおー! 唐揚げなりぃ!」
デュラさんはジップロックを用意すると……醤油大さじ3、みりん大さじ1、にんにくすりおろし一かけ、それに料理酒じゃなくて……
「葡萄酒?」
「あえて日本酒を使わず糖度の高い葡萄リキュールを使う事で金糸雀殿と差別化をはかったであるよ!」
葡萄リキュール……私はその考えには至らなかったわ。さらにデュラさんはなぜか塩タレをニンニク抜きで作り始めたんだけど、後で揚げた唐揚げに載せるのかしら?
「ここが我のアレンジである! 漬け込みダレその2である。勇者がねるねるねるねるを作っている時に考えたのであるぞ!」
そんな……漬け込みダレにさらに追加するって事? 意味が分からない。完全に味が喧嘩するじゃない。
「へぇ、デュラハンくん、料理もできるわけさ? 首だけなのに」
「うむ、いや! 身体を元の世界に置いてきた事で料理に目覚めたくらいはあるぞ!」
超能力使えるデュラさん、そもそも何でデュラハンは首と胴体が別々なのかしら?
「怨敵である勇者がいながらこの場所では争いがないわけさ?」
「金糸雀殿の部屋、領地であるからな。神々や魔獣の類ですらその道理に従う事になっておる」
「へぇ、神話に語られる桃源郷というわけさ?」
「あの、アガレスさん、どうやったら元に戻れるのか方法は何かないんですか?」
「時間を進める力を持った者でも来ないと難しいわけさ」
「えぇ、勇者このままのかなりあがいい! かわゆし!」
いや、やめて……田舎の中坊ってオシャレとヤンキーを勘違いしてるのよ。この格好で東京に修学旅行で行った時、当時の東京のお洒落学生と友達になろうとして話しかけたら無言で財布を差し出された私の気持ちわかるかしら?
「まぁ、今なら一周回ってお洒落で済むかもしれないけど、にしても……中坊の姿はまずいでしょ。色々と、お酒とか……お酒とかさ」
「この世界は酒を飲むのに年齢制限があるわけさ?」
「そうですよ。この身体どう考えても十四歳くらいじゃないですか、流石にこれで飲酒……しても別によくね? 戸籍上私はもう二十歳なんだから……」
ミカンちゃんがニンマリと笑って冷蔵庫の方へ駆けていく。そして持ってきたのは……緑の瓶が嬉しい。
「ハイネケン! ……のノンアルコールじゃない」
「勇者緑のしゅわしゅわなり」
ミカンちゃんは通常のハイネケンを持ってきたんだけど……
「自分もお酒は飲めない側なわけさ!」
「おぉ、ではアガレス殿にもノンアルハイネケンを勇者、グラスも。我は勇者と同じ通常のハイネケンである」
「ラジャーなりぃ!」
ちょっと待って、ちょっと待って!
「私……ノンアルなの?」
「うむ、この世界では20歳未満の者の飲酒は、「未成年者飲酒禁止法」により禁止されているとあるであるな? これに違反した場合は50万円以下の罰金が課されることとされていると記載がある。 また、酒類を扱う販売業者や飲食業者は、20歳未満の者の飲酒防止に資するため、年齢確認等の必要な措置を講ずることとされている。現時点での保護者は我と勇者である事から、金糸雀殿……すまぬ!」
すまぬではな済まないわよ! いや、ほんのちょっとだけテンション上がった自分もいたわよ。でもお酒が飲めないなんて完全に私のアイデンティティーを殺しに来てるじゃない。
ジュワッ! カラカラカラ! しゅわっとデュラさんが漬け込みダレの味付けの日本酒を葡萄酒に変えた唐揚げをあげて、どんどん揚げて、そして一旦別皿に集める。
余熱で中まで火を通したら、漬けダレ2に揚げた唐揚げを潜らせて、別の衣を軽くつけてからの二度挙げ。
何この調理方法。
「完成である! 魔王城名物予定の殿下揚げ(仮)であるぞ」
この唐揚げ、いや殿下揚げ……完全に私の作る唐揚げを凌駕してるわ。こんな……こんなこんな……!
「ああーん! なんでこんな美味しそうなおつまみでお酒食べられないのよー!」
「かなりあ、超可愛いなり! いつもキモいのに!」
「うむ、失礼ではあるが、実に可愛げがあるであるな!」
「うん、金糸雀ちゃん、可愛いわけさ!」
「うるさい! うるさい! うるさーい!」
ミカンちゃんが殿下揚げをフーフーして私に食べさせようとしてくるけど……実際ミカンちゃん16、7くらいなんだからあんまり今の私と年変わらないでしょ。
「とりあえず乾杯しましょ」
「乾杯なりぃ!」
「乾杯であるぞ!」
「乾杯なわけさ!」
うん、凄いハイネケンっぽいけど、ハイネケンじゃないわね。改めて殿下揚げを、
実食!
「うま……」
「うきゃあああああ! この唐揚げつよつよなりぃい! うみゃあああああ!」
「美味しいわけさ」
1段階目は薄めの片栗粉で揚げて、2段階めは最初の味を殺さないように上にシオダレ味をつけてそれを包み込むように薄いバッター液の衣で包んである。唐揚げ入りコロッケみたいな? 何これ……
「おぉ、好評で良かったであるぞ! うむ、予想通りの味であるが……まだ改良の余地がありそうであるな」
ミカンちゃんが、カッカッカとハイネケンを飲み干して、
「勇者麦酒お代わりなりぃ! ハイネケンうまし!」
ひょいぱくと殿下揚げを食べてはビール、ビールを飲んでは殿下揚げ、唐揚げの食べ方としては法律に則ったような素晴らしいリズムでミカンちゃんが食べているわ。
ミカンちゃんの大喰らいに合わせて残るくらい殿下揚げを作っているデュラさん……私は……お酒が飲めなくて、
悔しい……もう、こうなったらこのノンアルハイネケンに焼酎でも混ぜてやろうかしら?
「かなりあ! お酒はダメり!」
「いいじゃないちょっとくらい!」
「金糸雀殿、今回は我慢であるぞ! 子供の身体で飲酒はどういう悪影響があるか分からぬであるからな!」
これが悪魔の言うセリフか! デュラさーーん! はぁ、酔えもしないノンアルハイネケンだけど、美味しいのが唯一の救いね。
私だけがなんかノレてない状態でガチャりと扉が開いたわ。
「みっ、なさーん! なんでもできる女神がきましたよー!」
あっ、ニケ様なら治せるんじゃないかしら? いいところに来たじゃないニケ様、今日はたっぷり飲ませてあげるし、いくらでもくだらない話も聞いてあげるわ。
「ニケ様、ちょっと手違いで子供になっちゃったんで、元の姿に戻してくれませんか?」
「あらぁ、可愛らしい姿ですね! でもごめんなさい金糸雀ちゃん、私は勝利と豊穣の女神です。時間は司っていません! そんな事より、いい匂いですね!」
「チッ、使えねー女神様だなぁ、ニケ様、お引き取りください。今すぐ」
「えぇ! なんですか金糸雀ちゃん」
「いいから帰ってください」
私は怒りに任せてニケ様を追い返してしまった事を少しだけ悪い事をしたなと思いながら、お腹が一杯になったアガレスさんも爪楊枝を咥えて、玄関へ、
「ご馳走様というわけさ! じゃ諸君、さようならというわけさ」
とか言ってさらっと帰って行ったんだけど……これから私、どうすんのよ?
大学……はオンラインでいいとして、お酒よお酒ぇ!