第192話 アウルベアとファミチキとアサヒ・ザ・ダブル(ファミマ限定ビール)と
“ファミリーマートはいいねぇ! リリンの生み出した食文化の極みだよ。そは思わないか? 犬神金糸雀くん“
お酒が売る程ある家の問題点は、言わずもなが管理がクソ大変という事ね。日本酒やワインは温度を嫌うので適温で保存しておかないといけないしかと言って温度に強い蒸留酒もあんまり日の当たるところには置いておけない。
そして、新製品が出る度に兄貴が行きつけの酒屋で購入予約をしているのでほぼ毎日なんらかのお酒が届くのよね。
という事で今日は棚卸し。
一般家庭で棚卸してるのは多分、私くらいでしょうね。
「デュラさん、普段飲みのボトルウィスキー何本ありますか?」
「角が4、ブラックニッカが2、ジムビームが1であるな」
「ジムビーム買い足しですね。ミカンちゃん、ビールは?」
「うまし!」
「違うわよ。リスト通りの個数になってるか見てよ」
「えぇ! クソめんどい」
そんなこんなで私の部屋のお酒の棚卸しをするのに朝から初めてお昼頃まで時間がかかったわ。次回はワタツミちゃんのお部屋のある物、次は貸しロッカーに入れてる分ね。
「お昼はコンビニでいいかしら?」
「勇者コンビニすきー、共に参り!」
「では我はワタツミ殿と片付けておくであるな!」
「デュラさんとワタツミちゃんは何か欲しい物ある?」
二人はなんでも大丈夫というので、行ってみて考えましょうか……コンビニ飯の美味しさは結構天井知らずなのよね。味が濃いからお酒に合うだけかもしれないけど……
「勇者ファミキチ!」
「ファミチキでしょ! それだとミカンちゃんがファミマ狂い宣言してるみたいよ」
無難にファミチキもありねぇ。バンズも買ってサラダも買えば一食できるじゃない。カゴにバンズとサラダを入れてファミチキを買って帰ろうとした私の視線に……
「ん? これは?」
お酒コーナーにコンビニ限定酒。一つはファミリーマートブランドのキリンが作っている発泡酒。
そしてもう一つは……
「アサヒ・ザ・ダブル。へぇ、また売ってるんだ。これ買って帰ろうかしら」
店員さんに言って二パック持ってきてもらうとそれもう購入。バックヤードにあった物だから冷えてないけど、部屋に缶ビールの急速冷却器が棚卸しの時に出て来たからあれを使ってみましょうか、
「ただいまー!」
「ただいまなりぃ!」
「お邪魔します」
私とミカンちゃんが振り返った横には、身の丈3メートルはありそうな熊? いや、顔が……クマじゃない。何これ? フクロウ?
「あ、あ、あ! アウルベアなリィ! わーい!」
ミカンちゃんが抱きつこうとするので、そのアウルベアさんは、「どうどう! 自分そんな安いアウルベアじゃないんで!」とお断りを入れたわ。
アウルベアさんと私たちはリビングに入ると、ワタツミちゃんが「わわ! アウルベアさんれす!」とデュラさんは「おぉ! これは珍しい。幻獣アウルベア殿」と異世界組は芸能人にでも会ったミーハーな人みたいに目を輝かせてる。
「あー、サインはオーケーでーす! ところでここどこですか?」
「ここは私の部屋です。私は犬神金糸雀。で、他のみんなは居候ですね」
「異世界じゃん! じゃあ金糸雀くんは異世界人じゃん! すげぇ!」
明らかにモンスターっぽい人にそんな風に驚かれるのちょっと新鮮ね。最近私も異世界からくる人に慣れきってたからアウルベアさんが売れ出して調子乗ってる芸能人っぽくても全然気にならなかったけど、元々古いゲームが初出典のモンスターなのね。という事は都市伝説系じゃないのかしら……それか、異世界産が初出でそれをオマージュしてゲームに出したのかしら? 謎は深まるばかりね。
「今から私たち昼食兼昼呑みするんですけど、アウルベアさんもご一緒にどうですか?」
「自分結構グルメですよー? ちょいちょいダメだししちゃうかもしれないですけどオーケー?」
「おや? それは私の世界のファミリーマートに対する挑戦ですね! 各コンビニが上げ底弁当を出す中で、謝罪するくらい容量を増やした商品を出す程とち狂った庶民の味方ファミリーマートへ」
「金糸雀さんは自信がおありだ!」
両手を手に向けておやおやポーズのアウルベアさん、異世界組に笑いを誘そおうとしたみたいだけど、すでに三人は私の世界の食べ物に胃袋を掴まれてるのよ。刮目なさい!
チン!
オーブントースターで焦げ目がつかない程度に温めたファミチキバンズにマヨ、ケチャップ、タバスコを両面に塗ってファミチキをサンド。そしてタンパク質が取れる鶏むね肉のサラダを大皿に人数分出して取り皿を用意。
そーしーてー!
本日のお酒、ファミマ限定。アサヒ・ザ・ダブルをクラフトビール用のグラスと共に準備万端ね。グラスに沿うように、続いて空気を入れるように、再び沿うように、最後は空気を入れながら泡を作って4回入れ。
「それじゃあファミマに乾杯よ!」
「かんぱいなりぃ!」
「コンビニ飯、驚きであるな! 乾杯である!」
「ファミマわぁ濃厚なめらかショコラケーキがすきれすぅ! 乾杯れす!」
「はは、ファミマってなんです。とりま乾杯!」
ん? んん? 去年より明らかに美味しくなってるわね。というか完全にこれ缶ビールで飲むお酒じゃないわ。エールの香りとピルスナーの苦味がお互いの良さを殺さずに黄金比で口の中に広がるわね。もっと口の広いグラスを使うべきだったかしら?
「ははー、麦酒でここまで広がるのも珍しいであるな」
「わふー、うまうまれす!」
そしてミカンちゃんとアウルベアさんは固まってるわね。フルフルと震えて、ミカンちゃんはまぁ、いつものアレでしょ。
「うんみゃあああああああああ!」
「んじゃあこりゃああああああ!」
アウルベアさん目が飛びててるわ。それだけの感動だったのかしら? ミカンちゃん甘めのお酒が好きなイメージあるんだけど、一番好きなのは結局ビールなのよね。
「こんな麦酒、幻獣界のどこを探しても見つからないですよ? えぇ? なんでこんな美味しいの? え?」
うまさに頭がやられてるじゃない。ビールだけでこれなら、ファミリーマートの伝家の宝刀を前にしたらどうなるのかしら?
「ファミチキバーガーもどうぞ! めっちゃビールに合いますから」
少し私のアレンジもしてるけど、いざ実食。ぱぁくとみんな一齧り、日本人の好きな柔らかくてモチモチのバンズ。これだけでも結構美味しいのにファミチキと一緒になると仲良い子同士の仕事よ。
「んまぁ」
「くそう、単純なのに美味いであるな」
「おいすぃれす!」
「うまうまなりぃ! 勇者ファミキチすきー!」
「ファミマ通の人好きみたいよ! ミカンちゃん、うふふ」
アウルベアさんはファミチキバーガーを食べながら固まる。というか白目剥いているわね。あら? 頭がフクロウだから鶏肉は不味かったかしら? いやでもフクロウって猛禽類よね? というか熊って完全に肉食寄りの雑食だし。
「完全に自分の世界の食文化を凌駕している……」
「あの、まだサラダもありますからどうぞ」
小皿にとったサラダをアウルベアさんは恐る恐る見つめ、そして苦手な物を食べる子供みたいに目を瞑ってフォークでかっこんでるわ。
「ファミリーマートでしたか? そこは一体どこにある世界なんです?」
「いやぁ、日本だけでもそこら中にあるし確かアジアにもあるんじゃないかしら?」
ぐらりとアウルベアさんは貧血を起こしそうになったわ。そりゃそうよね? 異世界なんて日本と違ってそこら中にコンビニやらスーパーやらあるわけないもの。私たちからすればジャンクフード一つとっても異世界では王侯貴族ですら口にした事がないような美食だもんね。
「ほらほら、アウルベアさん。ビールもまだ沢山あるのでどんどん飲んでください」
「いや、やめておきます。このビールはこの一杯をゆっくり楽しみたい。これらのご馳走もゆっくりと、こんな素晴らしい食事ができるのはそれだけ文化的で平和な証拠ですね」
何気なく食べてたけど、飲食への感謝の気持ち的な物は少しおろそかになってかもしれないわね。コンビニでいっかみたいな感じで買ってきたけど、どれもめちゃくちゃ美味しいし、お金出せばなんでも買えてしまう飽和の時代にアウルベアさんは私に一石を投じてくれたわ。
という事で、
「アウルベアさん、良ければこれビール一パック持って帰ってお知り合いと飲んでください。食のありがたみを教えていただいた感じの御礼です」
「いいんですか?」
「オーケー!」
最初のアウルベアさんの真似をしてみるとアウルベアさんはクスりと笑ったわ。少し自分が調子乗ってたのを恥じたのかもしれないわね。
そしてアウルベアサンは立ち上がると両手を広げた。
「自分安いアウルベアじゃないですけど、これはハグに値しますね! どうぞみなさん心ゆくまで!」
「ゆーしゃ! 勇者ハグしたい!」
「わ、我も我も!」
「わらしもー!」
そんなアウルベアさんのハグは貴重なのかしら、じゃ、じゃあ私も。という事でアウルベアさんにハグをしてもらったんだけど……めっちゃいい匂いでめっちゃあったかくでめっちゃ気持ちいい! これ癖になるわ!
「ファミリーマートはいいねぇ! リリンの生み出した食文化の極みだよ。そは思わないか? 犬神金糸雀くん」
そう言って親指を立ててアウルベアさんは元の世界に帰って行った。私たちは言っている事の意味は1ミリも理解できなかったけど余韻を残したまま、入れ替わりでやってきたニケ様が、せっかくニケ様の分も用意していたファミチキとファミチキバンズを見て、
「ファミマ、コンビニ飯じゃないですか! 手抜きですよ! 金糸雀ちゃん!」
と飽和の時代に完全に染まった女神の言葉は何故だか分からないけれど、全然耳に入ってこなかったわ。