第191話 勇者の師匠とラミーチョコケーキ(銀座コージーコーナー)とクラーケン(ラム酒)と
最速で、真っ直ぐに一直線に冬の空気が流れてきているこの時期、ロッテの有名なお菓子が売られるのよ。おやつに食べてよし、おつまみにしてよし、大人のチョコレート。ロッテのバッカス、ラミー、カルヴァドス、ストロベリーブランデー。かくいう私の部屋の冷蔵庫にもそれぞれ常備しているんだけど……
ミカンちゃんと二人でちょっとお買い物ついでに意外と安価にケーキが買える銀座コージーコーナーに立ち寄ってみたら……
「かなりあ! ラミーと紗々のコラボケーキなりぃ! 勇者これ食べたし! 伝説になりけり!」
まぁ、毎年売ってるんだけど、そういえば買った事無かったわねと思っていくつか購入して家に戻ったところ……
「よっ! ミカン、久しいな」
そこにはポニーテール。ミカンちゃんより濃いオレンジ色の髪をした姉御肌な感じの女性、年齢は30前後くらいかしら? 特攻服に木刀持ってるけど……
「げっ! 師匠なりにけり」
ふーん、またややこしそうな人来たわね。デュラさんがお茶を出しながら、驚愕しているわ。
「で、伝説の育て屋。ザボン・デ・カスギール殿が勇者の師匠であったか! 勇者の強さが納得であるな。ザボン殿は我が方、魔王軍の指導にも一時期来てくれていたであるな」
「おう、デュラハン。お前さんは首だけになってスッキリしたな」
「いやはや、身体を元の世界に忘れてきたであるよ」
「ギャハハハハハ! そんな事あんの?」
話に入れないワタツミちゃんのお尻をザボンさん触ったわ。「ひゃんれす!」そしてグイッと自分の横に座らせると、
「お嬢ちゃん名前は? 彼氏はいるの? 年は? お姉さんといい事しない?」
あっ、この人最悪だわ。
「師匠は男女構わず可愛い物に目がなき、手籠にしようとせり」
「それ、ヌイグルミとか好きなキャラじゃなくてただの犯罪者じゃない」
「やめてくらさいー!」
息荒くワタツミちゃんに触れるザボンさん。まぁ、とりあえず私異世界から留学生であるワタツミちゃんの保護者だし、
「あの、ウチの子に手を出すのやめてくれませんか?」
「あぁ? お前さんは?」
「この家の家主の犬神金糸雀です」
「ほぉ、珍しい服を着ているな? それによく見ればそこそこ可愛いな。吾輩はザボン。育て屋だ。吾輩好みに育てていたら勇者だったり魔王の幹部だったりがどんどん排出され、才能を見出す天才だぜ。なぁ? ミカン」
「勇者最初からクソ才能ありけり、師匠はただ飯食いのクソ師匠なり」
ミカンちゃんとザボンさんの関係性に1ミリも興味がわかないのは多分、どっちも適当そうな性格だからね。この師匠あってこの勇者ありね。
まぁ、とりあえずお茶菓子でもと思った時、サワっと私のお尻をザボンさんが撫でたわ。
「ザボンさん」
「あぁ?」
「今のは高くつく」
「……おぉ、ソーリー」
「この部屋で今から、えっちいのは禁止です。次行ったら知りませんよ?」
「オーケー。話し合おうぜ」
こういうお客さんガールズバーにはクソ程いるから、その一人だと思えばどうとでもなるか、私はワタツミちゃんの肩に触れて、
「もう大丈夫よ」
「は……はいれす。ガチガチ」
なんかワタツミちゃんが私をみながら滅茶苦茶怯えてるんだけど、ちょっとー! そういうの傷つくからー! ねーミカンちゃん?
ミカンちゃんはプイと顔を避ける。最後の頼みの綱、デュラさんを見ると、
「さすがは金糸雀殿である! 魔王軍三柱でも今の睨みは凄んだであろうな! 世界中のありとあらゆる殺意を込めた視線であった。吾輩も震えが止まらぬ! ワッハッハ! 一本取られたである!」
出たわ。出た出た! 小学校の頃いじめっ子注意したらいじめっ子ギャン泣きして何故か先生に私だけが怒られるとかあったわよね。
この微妙な空気を変えてくれる物があるとしたらそれは……
「今日は私のボトル。ダークラムのクラーケン開けちゃうわよ!」
そうあのウチにもやってきたクラーケンさんをモチーフにしたダークラム。まぁ、イカ墨みたいに真っ黒だからじゃないかと思うんだけど、ボトルにもクラーケンが刻印されていて渋い子。
「わわっ! クラーケンお姉ちゃんのお酒れすぅ」
「真っ黒クロスケなりにけり」
「ダークラムであるか……これは楽しみであるな」
ふふっ、お酒好きはお酒を出したら1分前の事は忘れるのよ。そんな中、ザボンさんは「酒か」とあまり乗り気じゃない感じね。
「ザボンさんお酒苦手ですか?」
「いや、吾輩酒好きだぜ」
「なら良かったです。お酒の相手は本日はケーキです。ラムレーズンのお菓子。ロッテ。ラミーとコラボした銀座コージーコーナーのラミーチョコケーキでいただきましょう」
みんなにショットグラスでクラーケンを注ぐと、ラミーチョコケーキをおつまみにお酒とケーキ、この狂おしい程のマリアージュ。
「じゃあ、ミカンちゃんの師匠、ザボンさんに乾杯!」
クリスタルグラスなので上に掲げるだけで、かんぱーい! とみんなで一口。ああん。やっぱりクラーケンはお酒も神様も裏切らないなぁ。
バニラのような匂い、そして口に含むとダークチョコのような味わいからキツすぎないアルコール感が心地いいわ。
「んみゃ!」
「わわ、甘いれすぅ!」
「シロップのようであるな。ゆっくり温まるから酒である事をわからせてくれるである」
はい、デュラさん素晴らしい意見ありがとうございます。ザボンさんは、ペロリと舐めるように……
「はぁあああ……うんみゃああああああ!」
この人、ミカンちゃんの師匠だわ。恍惚の表情で暑くなってきたのか上着を脱いで、私を見ると手招き。
「金糸雀」
「なんですか?」
「これうみゃい! ブワッ!」
泣いた。
「師匠、酒クソ弱いなり。さっさと飲ませて眠らせるのが吉なりけり! かなりあグッジョブ!」
「なるほど……ほらほらザボンさん、ラミーケーキありますよ。ほら、私が切ってあげましょうね? あーん」
「あぁああ! うぅうう。あ、あーん」
みんなも一口大に切ってパクリ、「うみゃあああああああ!」「わわ、美味しすぎなのれす!」「これは我の作るケーキは足元にも及ばぬな……見事」とそれぞれのおいしさを爆発させて再びクラーケンを追っかけて、あぁ、おいしー。
もむもむとザボンさんはラミーチョコケーキを咀嚼して、再び泣いたわ。
「おいし、おいしぃいいい。みんな、よく育って吾輩感無量と言わざるおえん。あぁああ、それにしてもこんなケーキ、初めてうわぁあああん!」
そういえばショートケーキみたいなスポンジと生クリームのデコレーションケーキは日本発祥らしいわね。海外の人が度肝抜かれるんだから、異世界の人からしたらこんなの麻薬みたいなものよね。大麻グミなんて目じゃないわ。
「はいはい、ザボンさんもう一口。あーん」
「あ、あーん。こんな吾輩にぃ、吾輩に……金糸雀は、やさ……やさ……あぁあああ! やさじぃいい!」
なんか面白くなってきたわ。ミカンちゃんもザボンさんといた時、こうやってお世話してたのかしら……いや、絶対してないわね。無理矢理ワインでも飲ませて気絶させてたのかしら。
「うまうまなり! このケェキ。超つよつよぉ!」
「勇者様、美味しいれすねぇ!」
異世界組は銀座コージーコーナーの美味しさに脳が焼かれてるわね。さすがは庶民の味方系ケーキショップ。最近ショートケーキ一切れで2、3000円取る店とかどうかしてる中、美味しいケーキを安価に提供してくれる銀座コージコーナーには脱帽よ。
ガチャリ!
最悪のタイミングで来たわね。
今日、ニケ様の分のケーキないのよね。いくら手が届くケーキと言っても五個買うとそこそこするので、ちょっと私のお財布事情の問題で五人分しか無かったの。
「わぁあ、甘い匂いがしますねぇ! じゃじゃーん! 皆さんの女神が来ましたよー!」
両手をあげてわーいとニケ様が私たちに笑いかけてくるのを見て、私たちはみんなシンクロしたようにせっせとラミーチョコケーキを食べ終えたわ。私の分だけないとニケ様にキレ散らかされる前に……
「今日はなんですかなんですか? 金糸雀ちゃん、そちらは……」
奇跡が起きたわ。ニケ様を見てザボンさんは……立ち上がると、超泣きながら、「あぁあああ、ニケぇえええ、みんなやざじぃいい、みんなねぇ?」とニケ様にしがみついて、
「これ、デカローグが一人、強欲! おやめなさい! 私は金糸雀ちゃん達が待ってるんです!」
「待ってません」
「待ってなき」
「待ってはおらんな」
「あっ、男の子達から連絡れす!」
みんな心の声が秒で出たわ。あとワタツミちゃんの私モテるアピールやめて! ザボンさん、十戒の強欲だったのね。私はパンパンと手を叩くと、ミカンちゃんとデュラさんが理解したようにキッチンからお徳用の甘食(なんか、某氏みたいな形のお菓子ね)を持ってきたのでそれを私は受け取って、
「ニケ様、これお納めください。あとザボンさんの事よろしくお願いします」
「えっ? 金糸雀ちゃん、こんなに沢山のお菓子を! ようやく私の事を信仰する気になりましたね? 強欲、見なさい! この私の信仰心の高さを! 今日は天界のクソ不味いミードで乾杯ですよ!」
天界のお酒不味いのね。
「クソ女神! これをやれり!」
ミカンちゃんが放り投げた物をキャッチするニケ様。手にはバカルディのラムハイボール缶。あんまり売ってないのよね。クラーケンにコージーコーナーのケーキに対して甘食とラムハイボールだと天と地くらいの差はあるけど、ミカンちゃんなりに師匠であるザボンさんを思っての事かしら。
「勇者、貴女の心、確かにいただきました!」
と、凄い女神様っぽい顔でザボンさんを連れて戻って行ったニケ様、そんな二人がいなくなるのを見てミカンちゃんは、
「勇者閃けり! これから師匠をクソ女神にぶつけて帰らせるなりにけり! 勇者の安住の地を守れけり」
そう言っていつものソファーにひっくり返り、悪い笑顔で玄関の方を見てるミカンちゃん。
ザボンさん。貴女が育てた勇者、世界を救う事をやめて、そりゃもう令和の強欲を引き継いでますよ。