第188話 闇堕ち勇者と高野豆腐の煮物とトリスハイボール缶〈新橋トリスバー監修 辛口ジンジャー〉と
「えー、カナりん金髪やめたんだー! ピアスもすくねー」
「橙、もうJKじゃねーし、はいはい。来月同窓会ね。行く行く」
私の高校時代の親友である天樹橙から同窓会のお知らせでビデオ通話がかかってきたわ。積もる話もあったからゆっくりと通話してたかったんだけど、この日は私は一刻も早く電話を切りたかったのよね。
「じゃあ、そろそろ切るよ」
「えー? カナりんなんでそんな電話切りたがるの? もしかして男?」
「いや、男というか勇者というか、悪魔というか、神というか?」
「それ絶対男じゃん! みーせーろ! みーせーろ!」
ブチっ!
橙は昔からこういう奴だったわ。人のパーソナルスペースに平気で土足で踏み込んでくる。
そして……クソモテた。男子ってあのペタペタ触ってくる距離近いちょっと可愛い女の子に惚れすぎなのよ。橙は現在、三人の男性から貢がれて逆ヒモ状態で生活しているわ。一応本人は自称イラストレーターとか言っているけど、橙が絵を描いているところを私は学生時代に一度も見た事はない。
そんな人生舐め腐っている橙と今度久しぶりに会えるのは楽しみだけど、今の問題は……
「黒き勇者なり!」
「元勇者なり!」
ミカンちゃんが増えたという事なのよね。いつも見飽きたミカンちゃんはオレンジ色の姫カットミディアム。オレンジの瞳に白い肌。本日はエゾモモンガの着ぐるみパジャマを着てるわ。
方やもう一人のミカンちゃんはどんよりとしたワインレッドの瞳に褐色の肌、髪型は姫カットポニーテール。完全に2Pカラーのミカンちゃんね。
「ええっと、ミカンちゃんともう人のミカンちゃん」
「勇者なり!」
「元勇者なり!」
面倒臭いわねぇ。デュラさんもワタツミちゃんも開いた口が塞がらないわよ。私は一番可能性のある事を二人に言ってみた。
「どうせ双子なんでしょ? そういうのいいから」
「「否なりにけりぃ!」」
これは橙から電話がかかってくる十五分前、ミカンちゃんが“ねるねるねるね“を作ろうとリビングにやってきた時、平然と玄関からもう一人のミカンちゃん、
「元勇者、ミカン・オレンジーヌ・フォースなり」
「黒い勇者なり!」
「元勇者なり!」
という事なのよね。今はミカンちゃんと仲良く“ねるねるねるね“を練ってるわ。完成した“ねるねるねるね“をパクリと食べて。
「「うみゃい!」」
無害そうだけど、これはどういう事なのかしら? 初めてミカンちゃんが来た頃の服装に似てるライトな感じの防具をつけた服装だけど全体的に黒いというか暗いのよね。
まぁ、考えても仕方がないわね。という事で飲みましょうか……今日は煮物が食べたい気分なので、
「デュラさん、高野豆腐の煮物作りましょっか?」
「おぉ、いいであるな。青みが何か欲しいであるが……スナップエンドウなどで代用できるであるか?」
「いいですね! 入れてみましょうか?」
私たちが煮物を作っている間、ミカンちゃんと黒いミカンちゃんはゲームをしたり、ソファーに寝転がって漫画を読みながらお菓子を食べたり、ワタツミちゃんに二人してやや苦手意識を持っていたりと本当に完全に同一人物としか思えない行動の数々。ミカンちゃんはこれみよがしに動画で『勇者が増えてみた』とかいうクソ動画をアップしてるわね。
煮物が完成したところで、お酒のチョイスなんだけど、ミカンちゃん二人いるし、ここは炭酸系、数日前に発売されたトリスのトリスハイボール缶〈新橋トリスバー監修 辛口ジンジャー〉にしようかしら。
このお酒は新橋トリスバーで人気のメニューに近い味を一般販売にしたのよね。辛口のジンジャーエールとライム浸漬酒の味わいもあって今までのトリスハイボールとは一線を画す物になったわね。
「みんなとりあえず一杯やりましょう」
大きなお皿に一杯の高野豆腐、色合いにスナップエンドウ。そしてトリスハイボール缶〈新橋トリスバー監修 辛口ジンジャー〉とハイボール用グラスに氷を入れて、全員の手元に行き渡ると、
「もう一人の勇者に乾杯なりにけりぃ!」
ミカンちゃんの音頭と共に「乾杯である! 黒勇者!」「黒い勇者様ぁ乾杯れすー!」「かんぱーい!」と難しい事を考える前に御神酒の一杯よ。
くぅううう! これこれ、新橋トリスバーのバーテンダーさんがトリスベースのカクテル作ってくれるのよねぇ。
「ほほー、少し舐めていたである。これは上品であるな」
「うまうまれすぅ!」
これはもしかすると2倍になってあれが出るかもしれないわねぇ。
「「うみゃあああああああああ! 勇者(元勇者)これしゅきぃいいいい!」」
トリスウィスキーの缶ははっきり言って可もなく不可もない、ハイボール作るのですら面倒な時に代用するお酒みたいな認識なんだけど、このトリスハイボール缶〈新橋トリスバー監修 辛口ジンジャー〉は明らかにこの一本を求めたくなる美味しさね。
「じゃあ、古き良きトリスには古き良きおつまみが合うわ。高野豆腐もよくダシを吸ってるから……あぁ、うまい! なんなのこの食べ物、そこにすかさずトリハイよ」
私が満足した表情をするので、ダブルミカンちゃんも高野豆腐をパクリ、そして秒で気に入ったみたいね。
「うまうまなりぃ!」
「うまうまなりにけりぃ!」
ワタツミちゃんが高野豆腐をいかにして可愛く食べるか自撮りしながら「不思議な食べ物れす。でも美味しいのれす!」と今言った言葉をそのままSNSに掲載してるわ。
「味はやや薄めでもしっかり高野豆腐が吸うであるな! これは発見である」
デュラさんもトリハイを飲みながら高野豆腐の可能性に気付いたみたいね。サンドイッチにしたり、色々アレンジはできるんだけど、一番美味しい食べ方はこの基本の煮物よね。
「黒ミカンちゃんは今まで何してたの?」
まぁ、ミカンちゃんだからどうせなんか悪いキノコとか食べて増えてたりしたんでしょうとそんな軽い感じで話を振ったら黒ミカンちゃんが高野豆腐をハフハフしながら食べて話してくれたわ。
「元勇者、この現勇者とは別人になり」
「「「!!!!」」」
黒ミカンちゃんの話曰くある時、突然世界から勇者がいなくなった為、魔物達の勢いが増え、人間達は窮地に陥ったという事ね。多分突然世界から勇者がいなくなったのは私の家でネオニートしてるからね。
「魔物の力は激しく、世界各国の錬金術師が勇者の実家の柑橘類とか世の中にある素敵な物とかケミカル魔法薬ゼットを混ぜて、元勇者を作れり」
カートゥーンみたいな作られ方されたのね。
そんな黒ミカンちゃんは死ぬほど面倒くさかったけど、嫌々勇者パーティー達と魔物を退治、ついには魔王も倒したらしいの。
「元勇者、これで3食昼寝つき生活に突入と思えり……が、宇宙から空飛ぶ円盤が来たり、これを迎撃せよと人間は言えり、それが終わり、次は海から高度な文明を持った連中が地上を支配にしに来たり、それを迎撃せよと人間は言えり、次は異世界の魔物襲来なり……元勇者閃めけり! 人間滅ぼせば良き!」
あっ、これダメな方に入ったミカンちゃんだわ。
要するに働かずに生きて行く為の資産を蓄える為に働こう。みたいな黒ミカンちゃんは生まれて今一番やりがいのある仕事、終わればニートになれる人類滅亡を始めようとしてる感じね。
「勇者とは別世界線の人造勇者なり?」
「可なり! 元勇者、パターンB発見せり! 元勇者もここに住みつけばさもあらん」
「それは良き! 黒勇者乾杯なりにけり!」
「現勇者、乾杯なりぃ!」
ミカンちゃん二人とは笑えないジョークね。しかも二人、めちゃくちゃ仲良いわね。そもそも世界を救う事をやめた勇者と、代わりにそれを強いられたけど、結局ニートになりたい人造勇者だものね。
「ややこしいからフォースちゃんね」
「良き良き!」
「人間滅ぼしちゃダメよ」
「何故に?」
「滅ぼしたら美味しい食べ物もお酒も生産されなくなるでしょ?」
私たちは世間話でもするようにトリハイと高野豆腐を楽しみながら、倫理のお話をしたわ。というか人間作ろうとするその世界の倫理観も狂ってるし、さらに言えば、ミカンちゃんが世界を救う事をやめるのに問題があるのか……それともたった一人が放棄した事で滅ぶ世界ならその程度だと考えるべきなのか、経済学部の私にはこのあたりの事はちょっと分野じゃないから分からないけど、私がミカンちゃんとフォースちゃんに言える事は、
「クソみたいな理由で戦争おっ始める連中もそうだけど、誰が考えても迷惑のかかる事はしない事ね」
「おぉ、カナリアつよつよなり!」
「元勇者、間違いに気づけり!」
分かってくれたみたいね。ミカンちゃんはやりたくない事にはとことんやる気がないだけで素直ないい子だから、これで別世界線の異世界は救われたわね。
ふぅ!
これ、よく考えたら私の部屋起因で別世界線の異世界滅びかけてたって事だもんね。ミカンちゃんは泣きながら黒ミカンちゃん、フォースちゃんと抱き合いながら別れの挨拶を言ってフォースちゃんは別世界線の異世界に帰って行ったわ。
それから十分後、私たちは驚異の存在がやってくる事に戦慄を覚えたわ。
ガチャリ。
「「「!!!」」」
「「こーん! にーち! わー!」」
ニケ様が褐色のニケ様を連れてきた。私たちは右と左からバイノーラル音声のようにというかリアルに両サイドから、クソみたいな説教を受け、目の前が真っ白になったわ。