第185話 砂漠の国の王子とお家居酒屋ごっことむぎ焼酎・壱岐と
アサナム・リズリット王子は作物を育てるには環境悪く、安定した水の供給ができない自分の国、スナ・バ・カーリ国を繁栄させる為の叡智を求め、エルフ達の里で伝説上の人物ハイエルフのセラ・ヴィフォ・シュレクトセットに会いに行くもエルフ達もここ数年彼女の姿を見てはいないという。
豊穣の女神・ニケに祈る毎日、神はいないのか? 神が何をしてくれた? 神で民と国を救えぬのであれば魔道に堕ちようと魔物達の巣窟。ザナルガランは闇魔界の魔王を求めるも魔王は不在、代わりに魔王の娘にめちゃくちゃおもてなしされ数々のご馳走を振る舞われ、自国との差を見せつけられた王子は失意の末、国民達、そして両親である王と王妃に合わせる顔なく、適当に借りた街の宿屋の扉を開いた時……
「いらっしゃいませであるぞ!」
悪魔の中でも有数の危険魔物、デュラハンだ! しかし首だけ、国王である父からかつて勇者より賜ったというナイフ。フェニックス・ブレードを構える。
「すみません、私はこの家の家主の犬神金糸雀です。それミカンちゃんの小刀ですよね? そういう危ない物は当店ではしまってもらっていいですか?」
「…………!」
三本ラインの入った上下が揃った異様に上質な生地でできた服をきた女性。カナリアと名乗ったその女性はテキパキと何やら赤い膨らんだ物をデュラハンに話しながら取り付けている。
「デュラさん、赤提灯この辺でいいかしら?」
「うむ! 間違いないであるな! テレビを壁の上に配置するとなおよしのようである。来訪客殿、我はこの居酒屋・“いせかい“の店主デュラハンである! ささっ! 座って座ってである!」
それはアサナムからすれば異様な光景だった。恐らくは人間と思われる。女性、胸が大きめ。唇は薄い、年齢はいかほどだろうか? 見たことのない人種、黒髪に見たことのない髪型(今の金糸雀さんはボブウルフ)。
綺麗な女性だ。たまに笑いかけてくるとグッと来る。
「ええっと……」
「私はアサ……いや、ナムと呼んで欲しい」
王子である事をバレてはいけない。しかし、ここはお店らしい。カナリア嬢は上質な紙に料理やお酒のメニューを書いてある物を持ってきた。
「店主のデュラさん特製のお料理です。本日のおすすめはこちらです」
お酒
・レモンサワー
・ハイボール
・ビール(アサヒスーパードライ)
・季節の日本酒
・季節の焼酎(麦・芋・蕎麦)
メニュー
・シーザーサラダ
・だし巻き卵
・唐揚げ
・オムライス
・揚げ出し豆腐
シメ
・お茶漬け
・チキンラーメン
・アイスクリーム
と見知らぬ物ばかり、というか文字が読める。アサナム王子はこれはもしかしたら自国をどうにかできるヒントがあるかもしれないと悪魔の手でも借りたい思いで聞いた。
手持ちの金は砂金の大粒があといくつか入っている。それで足りるだろう。
「このような場所は初めてで、何かおすすめあるだろうか?」
「勇者、レモンサワーと唐揚げなりにけり!」
「わたしわぁ! 季節の日本酒とだし巻きをお願いしますぅ。デュラお兄ちゃん」
「うぉおおお! いつの間に!」
アサナム王子の両隣に天女と思えるような麗しい美女? 美少女が座っている。彼女らは? いや、聞くまでもない。恐らく自分は死したのだろうと確信した。死すれば地獄か、生きていた時の行いで満ち足りた生活が約束される天国に行くという。ここが天国なのだろう。
「そうであるなぁ、お酒は強い方であるか?」
「私の国では負けなしでありました」
「では、麦のお湯わりと揚げ出し豆腐などいかがであるか?」
「デュラさん、それを頂こう」
「喜んで! であるぞ! 金糸雀殿、焼酎を選んでいただけるであるか?」
「はーい」
この店……銘柄は分からないがとんでもなく酒の量がある。食堂ではなく酒場という事なんだろう。
カナリアさんが私が飲む酒を選んでくれたらしい。
「麦は基本的に飲みやすい焼酎ですけど、初めて飲む方はジンやテキーラと同じくらい癖を感じるらしいので、ちょっとウィスキーに近い口当たりの壱岐にしてみます。スーパーゴールドの22です。少しだけショットでもどうぞ」
イキ? どういう意味だろう? 私は「いただきます」と香りを香る。甘い、何らかの果物のような香り、そしてコクがある。
しかしなんだこのキツい酒は……普段私が飲んでいるエールとは比べ物にならない。
「凄い酒です。イキとはどういう意味なんですか?」
「壱岐は、地名ですよ! このお酒はシャンパンとかと同じでこの地方で使った物で作った物しか壱岐を名乗れないお酒になります。貯蔵方法はホワイトオーク樽に壱岐をつめて貯蔵したのがこちら、スーパーゴールドです。炭酸割りとかカクテルに使うのがいい感じなんですけど、お湯割りも美味しいですよ!」
両隣の天女達にも「はい、ミカンちゃんレモンサワー、ワタツミちゃんも陸ハイボールお待たせ、私はスーパードライにしようかしら、デュラさんは?」
「我もスーパードライと言いたいところであるが、壱岐のお湯割りが気になるであるな。ナム殿と同じ物を頂こう」
(なんという店だ! 店主と家主のカナリアさんも飲むのか? ははーん! これは料金、私持ちという事なのか? 両隣の天女達は恐らくサービスなんだろう)
「それでは我のやってみたかった居酒屋ごっこと第一のお客であるナム殿に乾杯!」
「かんぱーい!」
「乾杯なりぃ!」
「乾杯れすぅ!」
グラスをカツンと当てる文化に戸惑いながらもアサナム王子は「乾杯!」とお酒を口にする。信じられなかった。暖かいお酒、ワインを温めて寒い日を凌ぐ事はある。だが、これは違う。
「うますぎる! 香りが立ち、この料理は……雲のようにふわふわと柔らかく……こんな食べ物、存在するのか? いや、ここは天国であったか……デュラさん、カナリアさん。砂金の大粒、手持ちはこれで全部だ。足りるだろうか?」
テーブルに出した砂金の大粒は六個、国の大事な資金。これだけの食べ物、これだけの天女を侍らせて足りるか分からないが……
「あー、お店やさんごっこなんで、お金はいりませんよ。デュラさんも自分の腕試しをしたいって言ってメニューも全部デュラさんのお小遣いからですから」
お金は不要、そんな馬鹿な……アサナム王子は王侯貴族として他国に外交で行った際、スナ・バ・カーリ国との国力の差を見せつける為に贅の限りを尽くしたご馳走を振る舞わられたが、そのどれよりも豪華で、気品があり、美味い。
「今日は暑いなりぃ!」
「み、ミカンさん! そんな破廉恥な!」
隣の天女が服を脱いだ。下着姿になっているので目のやり場に困る。そんなミカンちゃんを金糸雀さんが注意する。
「ほら、お客さんいるのに、脱がない! ミカンちゃんはもうちょっと慎みなさいよ」
「スポーツウェアなりぃ! SNSでも部屋着にしている連中がおおき!」
「あざとくて、意識高い系の人たちよ、影響されないで! ナムさん、お酒のお代わりどうですか?」
「いただきます……」
アサナム王子は、涙した。ここにいる人達は神々あるいはその遣いなのだと、しばらく皆と酒盛りをし、シメのチキンラーメンなる至宝のスープと贅の限りを尽くした各国のアイスクリームなど比べ物にならないうまさを誇るハーゲンダッツなるアイスクリームに感動しこの部屋を後にした。
死んだと思っていたアサナム王子は気がつくと自国に帰っており、神々の使いのもてなしをできる限り再現する為に、
「国中から美女を集めよ! 今より、新しい国づくりを行う」
居酒屋と全く違う構想で作られたアサナム王子によるスナ・バ・カーリ国の名物。際どい服をきた美女達がおもてなしをしてくれる酒場。美女達のお酒代をお客さんが支払う事で国外の資産を多く集める策。
お忍びで世界各国の王侯貴族がやってくるようになる。アサナム王子が王になる頃、この功績をスナ・バ・カーリ国の人々は尊敬の念を込めて彼をこう呼んだ。
キャ・バクー・ラ王(偉大なる)と。
当然、居酒屋ごっこをしていた金糸雀さん達が知る由もない。