第182話 アーサー王とマカロニサラダとスーパーニッカと
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気がついたら知らない天井だったわ。意識は凄いしっかりしている。早く家に帰ってデュラさんやミカンちゃん、ワタツミちゃんとご飯を食べないとなんて思っていると……
「犬神さん、犬神金糸雀さん、聞こえますか?」
私にそう言うのは看護婦さん、いや……今は男女差別云々で看護師って言うだったかしら? 面倒臭い世の中になったわよね。やけに驚いている看護師の女性は私にライトなんか向けて「私の言葉が分かりましたら頷いてください」とか言うので、
「聞こえてます。眩しいのでそのライト消してください」
と答えると、お医者さんを連れてきて、慌てた様子で私の状況を確認。私は私の記憶を辿る。ナナシさんと色んな時代を渡って、最終的にミカンちゃんの力で元の部屋に戻ってきたハズだったんだけど……お医者さんに聞かされた話。
「事故?」
私は大学のサークルで旅行に行く最中、先輩が運転していた人数過多の違反ワンボックスカーが峠道で横転、そしてサークルメンバー達に多くの死傷者が出て、私も意識不明のまま長期にわたり昏睡状態だったらしいわ。
そんな馬鹿な話があるわけない。私は私の部屋に戻る事にしたわ。もう少し入院をと言われていたけど、お酒の出ない病院にいたらそれこそ死んでしまう。兄貴のあの部屋に帰れば、みんながいつも通り迎えてくれるハズに違いない。
変わらない街並み、変わらない私のマンション、そして部屋。
ガチャリ。
何度も誰かが来る時に聞いたドアの開閉音。私は出来る限り明るく、そしてわざとらしく大きな声で、
「たっだいまー! ちょっとなんか入院しちゃっててー」
と言ってみるも、部屋は不気味な程に静かで、本来であればこれがあるべき姿なんだけど人の気配を感じない。
「デュラさーん? ミカンちゃん? ワタツミちゃん。いないの? あれ? 参ったな。居酒屋にでも行ってるのかしら? いやいや、JKのワタツミちゃん連れていけないでしょ……」
一人でツッコミを入れてみるも虚しく、部屋の匂いは長い間、閉め切っていたであろう籠った匂いがする。寝室を開けてみても、キッチンを見ても、そこには私がこの部屋に住み出した頃の姿しかなく、ミカンちゃんのガラクタもデュラさんが集めていた調理器具も何もなかった。
「えっと……あれって、全部。無かった事だったのかしら……そりゃそうよね……部屋でお酒飲んでたら誰か異世界からやってくるなんて、普通に考えればおかしいもん」
それでも私は、ミカンちゃんがずっと寝転んでいたクッションだとか、デュラさんがいつも家事を手伝ってくれていた場所を見てみんなの形跡を探す。
探す……それが虚しい事だと気づくと、ふと涙が溢れてきたわ。
「今日は何を飲むであるか? って言ってよ……勇者、しゅわしゅわがいいって言ってよ……」
私は兄貴のリカーラックを見て、無造作に一本のボトルの掴む。少し変わった形状のボトル。それはスーパーニッカ、お酒を飲もう。人は心の痛みに打ち勝てる程強くない。そこから逃げる術を大人は知っている。病院から帰ってくる途中、スーパーで購入した30%引きのマカロニサラダ。
ご機嫌な晩酌よ。
スーパーニッカは、ニッカウィスキーの竹鶴さんが前年に亡くなった最愛の妻、リタさんへ感謝と追悼の意を込めて作ったウィスキーなのよね。女性らしさを出した曲線美のボトルに、優しく芳醇な香りがするまさに、ニッカウィスキーを超えたニッカウィスキー。当然ハイボールや水割りがオススメなんだけど、ストレートも割と美味しいのよね。
ガチャリ。
「!!!!」
私は耳を疑ったわ。扉の開閉音。鍵はさっきちゃんと閉めた。まだお酒は口にしていない。私は酔っていない。だったら、これは……
「デュラさん? ミカンちゃん? ワタツミちゃん?」
玄関に向かうと、私は意気消沈と共に、小さな期待している自分がいたわ。だって、そこには三人の姿はないけど、代わりに……
「すまない。そこな娘。ここはどこか? 我が妻、ジェニファーに花を送ろうと森に入ると奇妙な扉を見つけそこを開くとここに通じていた。未だ妖精の力があるとは信じ難いが、そういった類の場所であろう」
二十代くらいの若い男性。偉そうだから、きっと位の高い人なんでしょうね。
私は深呼吸したわ。こんなの慣れているハズだったのに、心音が高鳴る。そして私は……
「ここは私の部屋で、私は犬神金糸雀です。貴方は?」
「めちゃくちゃ無礼な娘だな。我が名はペントドラゴン(大帝国の偉大なる指導者)。アーサーなり!」
アーサー王きたわね。なんかあんまり驚かないのは何故かしら。当時ってそういえば苗字はないからどこそこの、誰々。みたいな感じで通り名と本名なのよね。ガールズバーのひなちゃんが言ってたわ。
「アーサー王。そんなところで突っ立ってるのもあれなので、中へどうぞ」
「えっ? アーサー王。その呼ばれ方。ぐっとくるな!」
当時は王じゃ無かったのね。まぁ、私からすれば原始人だもんね。酋長みたいなイメージだったんでしょうね。飲み物はとりあえず。午後の紅茶のミルクティーでいいかしら……確かイギリスとかそっち系の人よね。
「どうぞ、キリンが誇る。日本を代表とする午後の紅茶です」
「何これ飲み物? いただこう」
あれ? そっか、紅茶が伝わったのってヨーロッパって結構遅くて17世紀頃なのよね。それも日本から伝わってるから元々、ティー(中国語のテー)じゃなくて茶。でチャーで伝わって、チャイとかチャーとかはそのまんま残ったのよね。ちなみに8世紀には茶の文化が日本には存在しているわ。
「うんみゃぁああああああ! なんじゃこりゃあああああ!」
そう、原始人のアーサー王からすれば激甘紅茶のミルクティーなんて脳を壊す程の衝撃でしょうね。なんか、この反応懐かしくて楽しくなってきた私は、ドンとスーパーニッカを取り出したわ。
「アーサー王、お酒はいける口ですか?」
「我は大酒飲みで有名なんだぞ? エールをジョッキで二杯、ミードを杯で一杯は飲む!」
少ねぇ! いや、私たちの現代日本の飲み方がおかしいのよね。5世紀頃を生きてたしょぼいお酒しか飲んだ事ないアーサー王に、現代日本で精製されたお酒飲ましたらぶっ飛んじゃうかもしれないけど、
「アーサー王。火のお酒です。アーサー王の時代から700年くらい後にはこれら火のお酒の醸造所が至る所にできます。きっとイギリス人で最初にアーサー王が飲まれるんじゃないでしょうか? ひとまずロックで、舐めるようにどうぞ」
「なんという香しい香り……」
「じゃあ乾杯!」
「おうよ!」
なんだが凄い懐かしいわ。グラスを軽く合わせてペロリとアーサー王は舐めると目を丸くしたわ。
「舌と喉が焼ける! 毒か!」
腰の大剣を私に向けるけど、私はアーサー王のロックグラスを持つと、それをクイっとグビっと飲んでみせる。そして私が熱い息を吐くので……
「毒ではない……体が熱い。やはり、酒。危険な酒だ」
「うふふ、アーサー王にはまだ700年くらい早かったですね。ではソーダ割りにしましょう。そしておつまみはマカロニサラダです」
スーパーニッカのハイボールを作ってトンとアーサー王に手渡す私、そしてマカロニサラダも食べやすいようにフォークを差し出すと、
「恐ろしく精巧な食器だ。してこれは?」
「あぁ、昔のイギリス人って手で食べてたんですよね? これはフォークです。さして口に運んでください」
うん、マジで原始人ね。恐る恐るアーサー王はマカロニサラダを食べると……白目を剥いたわ。
「ウマーイ! 食の選定の剣やー!」
凄いテンションでマカロニサラダ、30%引きを食べながら、スーパーニッカハイボールを手に取って「すげぇ、ちべたい」と氷に驚きながらそれを口に、先ほどの度数で焼かれたのに注意してゆっくり飲んだ後、一気に飲み干して……
「エクスカリバー級! この酒はエクスカリバー級! カナリアよ! お前に円卓の騎士を任せたい」
「アーサー王、どうどう。おちついて。私はアホな会議ばかりしてる政治家には向きません。スーパーニッカもマカロニサラダも逃げませんから、ゆっくりどうぞ。あっ、食パンに挟んで食べますか?」
ヤマザキのダブルソフトにマカロニサラダを挟んであげてそれを渡すと、アーサー王が絶望したような表情を向けるわ。
「パン? これが? これパン?」
「えぇ、パンです。普段、アーサー王が食べてる石みたいなクソパンと違ってどちゃくそ柔らかいです」
何か非合法の麻薬でもやるような顔でアーサー王はダブルソフトで挟んだマカロニサラダを食べて、
「ほらぁあああああ! 絶対うまい奴だと思ったわああああ」
5世紀イギリス周辺の食文化クソなのよね。食事は業務みたいな物であんまり関心も無かったから平民も王族もおんなじ物食べてたという脅威の世界よ。そして食事のマナーという物も存在しないから、凄い食べ方汚いわね。
「ふぅ、満足した。カナリア。お前、ランスロット君の代わりに円卓の騎士にだな」
「アーサー王、ちょっとよくわかんないですけど、ランスロット君には優しくしておいた方がいい思いますよ。敵は本能寺にあり、みたいな感じにされるかもしれないので」
「えっ? あいつ裏切るんの? マジで?」
「いやぁ……どうでしょう」
信長みたいにガチでいた人ならいいんだけど、アーサー王って本当にいたかどうか分からないのよね。目の前にいるんだけど……。まぁ結構逸話が残ってるから多分、いたんじゃないかなとは私も思うんだけど、いたとしたら、ランスロット君に殺されるのガチっぽいから……ね。
「あいつ許せねぇ、ぶち殺してやる!」
お酒で気分が昂るタイプっぽいわね。私は面倒そうなので、玄関までアーサー王をお見送りしようとすると……
「カナリアよ。貴様を気に入った!」
「えっと……」
「しばらく厄介になる!」
えぇえええええ!
これは今後、私の部屋に円卓の騎士がやってきて、イケメン達が私を取り合う物語が始まるのである。
戻って来て久しぶりの晩酌時スーパーニッカを飲みながら酔った勢いで今の話をミカンちゃんに私がしてみると、
「みたいな感じはどう?」
「カナリアきもーい! クソラノベとクソ乙女ゲームに影響されすぎなりにけり、ろくな大人にならず」
「うむ、金糸雀殿の話において、何故イケてるメンズ達が金糸雀殿を取り合うのか、見えて来ぬであるな! 金糸雀殿はいい女であるが、それぞれイケてるメンズ達にも伴侶がいるのではないか?」
デュラさん、マジでやめて! 乙女ゲームのイケメン達になんで彼女いないの? とか考えたらダメなやつよ。
「金糸雀お姉ちゃん、乙女れすぅ……」
と三人がドン引きしながら、でもしばらく私がいなかったからかミカンちゃんは私の隣を離れようとしないわ。またどこか行かないようにとがっしり私の腕をホールドしてる可愛いミカンちゃんめ!
あー、やっぱこのメンツで飲まないと調子狂わね。