第179話 レオグリフとカオマンガイとシンハビールと
「金糸雀ちゃん、結構暑いですね?」
「えぇ、この暑さは……異世界の暑さじゃないとなんとなく分かります。セラさんめ、どこに私たちを飛ばしたのよ……ったく」
私とナナシさんは目下、謎の密林を歩いてます。日差しが強く湿気が強い、そして日本の夏のようなんだけど……暑すぎるというよりはなんだか暖かい感が強い。多分、東南アジア系の気候だと思うんだけど……
「アンタら何やってん?」
そこには長い黒髪、タンクトップに迷彩柄の長いズボンを入った女の人。日に焼けてても魅力的な美女。私達をむふーと興味深そうに見つめている何処かで見た事があるような気がするのはきっと私の勘違いじゃないハズね。
この人は……
「私達はとある理由でここに迷い込んだっぽいんですけど……ここは一体どこでしょう? あっ、私は犬神金糸雀で、こちらはナナシさん。大魔法使いだそうです」
私とナナシさんを見て女性は……
「アタマ・ダイジョウブデスカ?」
とカタコトで至極当然の事を言われたわ。今まで、普通に受け入れてくれる兄貴とかだったのでそりゃそうよね。頭沸いてると思われても仕方がないわね。
どうしようかしら……
「あー、この国。頭大丈夫? な人は貴女達だけじゃないし、いいよいいよ。助けてあげる。一応私NPO団体の人間だから、私は羽生よなが、金糸雀だっけ? 名付け親の顔が見てみたい名前なんね」
うん、貴女です。
ママ!
私はなんとなく、ママに私がママの娘である事を明かすと、色々ややこしそうなので黙っておく事にしたわ。どちらかというと私も兄貴もパパ寄りのドライな性格なのよね。
「あの、羽生さんはNPOでどんなお仕事を?」
「このタイでねー、まぁちょっと今から仕事だから来る? 子供が憧れるカッケー仕事?」
ここタイなんだ。
ママ、子供の頃から才色兼備でママ友との関係も良好、テンションが妙に高いだけで至って普通のママと思ってけど、昔の話全然聞いた事ないのよね。
てくてくと私達が向かった先は小さな小屋だったわ。
そして、私は入った瞬間、後悔した。
そこにいた全員に銃火器を向けられてる。ひぇええと声を私があげようとした時、ママが……
「どぅどぅどぅ! タイにチンパンジーはいなかろ? 光もん降ろしてよく見いよ。代打ちできてん。子供達の憧れの仕事、NPO団体の羽生よながよ」
こんな仕事、子供が憧れてたら世も末よママ。
そこは、明らかに日本の極道とタイのマフィアらしき人達の巣窟。そして雀卓が置かれてるわ。こういうのってヤクザ映画とか漫画だけの世界じゃないのね。
「はー、ファミコンで勝負とかの方がいいじゃんね?」
「いやぁ、どうかしら」
「喋ってねぇで席につけや! オラァああアマ!」
私はいつも通りの反応、そしてママも
「「あ゛?」」
一瞬凄んだヤクザとマフィア。一変してママが雀卓に座ると、向こうから他の二人が座って、ママとヤクザ全員とマフィア全員の視線が私に向く。
えっ?
「金糸雀、ちょっと手伝って! コンビ打ち対決! わー! パチパチ!」
うん、麻雀なんてやった事ないんだけど、というかママ何してるの?
「えっ、無理」
「まぁまぁ、座って座って」
ルールも知らないゲームをどうしろと……ママは私に耳打ちするわ。「ゲームが始まったら牌を引いて、ツモって言ったらいいけん」と、ツモってあがりよね? えっ? 麻雀ってそういうゲームなの?
どうやらこれは日本の極道とタイのマフィアのなんらかの話し合いの席らしいわ。それもママが教えてくれた。
「なんか、日本の旅行客が騙されて渡されたお土産の中に麻薬が入ってて持ち出しで捕まってるから、それを助けるのにこちらさんの協力が必要で、私たちは旅行客を助けたい。ヤクザさんはお金と悪い事をするシマが欲しい。でタイのマフィアはお金をくれれば協力するけど足元を見てくる。そしてヤクザの介入は嫌。ドンパチするのも馬鹿らしい。という事で本当はファミコンで対戦を私は所望したんやけど、なんかカッコつけて麻雀よ。トビで終わり。一人2千500万のお金を持って、買った側の総取り。それでいいんやね?」
頷く双方。
うん、全くもって意味が分からないぞ。そんな中、始まった麻雀。ママが高速で牌を積み上げてサイコロを振ってゲームスタート。ママ、タイのマフィアの人、もう一回、タイのマフィアの人が牌を引いて、私の番。指を刺して「これ?」と聞くと全員が頷くのでそれを引いて、
「ツモ? これでいいの?」
場の空気が止まったわ。ヤクザの人とタイのマフィアの人が私の方に来て確認する。
「地和、大三元、字一色、四暗刻……単騎。ご、5倍役満……全員トビ……」
「はい、お疲れしたー! 帰るよ金糸雀、ナナシさん」
場の空気とは真逆のママのテンション。
なんか全然分からないけど、終わったらしいわ。タイのマフィアの人が納得いかないとママに銃を向ける。ヤクザの人も銃を出すけど、ママは「どぅ、どぅ、どぅ」とヤクザとその他マフィアの人の銃を下ろさせて、ママに銃を向ける人に、ゆっくりと近づくと何かを耳打ち、
すると震えて銃を落としちゃった。
何これ? ママは積んであるビールを見つけて、
「おっ! シンハービールいっぱい! もらってかーえろ! もらうね! ありがとー! 二人とも飲むでしょ? 手伝って」
それは異様な光景だったわ。ママがそう言って、銃を持ったヤクザとマフィアがいる中、備蓄されていたシンハービールを勝手に二ケース持ち上げてそのまま入り口から出て、歩いてママの住んでいるらしいログハウスみたいな場所に帰っている私たち。ママのヤバい行動にヤクザもマフィアも引いてるんでしょうね。怖いじゃなく、あっ! こいつヤバい奴だ! みたいな。
「レオさーん、ただいまー!」
「ヨナガお帰り、ケガなかったか?」
「ナカッタよー」
ママのこのカタコトはこの人の真似事か……ん? レオさんと呼んでいる人。女性らしい体のラインだけど、胸はなく男性のよう。明らかに人外の耳とか尻尾とか生えてるわね。
「猫人系の獣人でしょうか? それにして中々神々しいような」
ナナシさんも首を捻る中、レオさんは木製のテーブルに料理を運んできてくれるわ。これは……シンガポールチキンライスなどからなる中華系鳥飯。タイではカオマンガイ!
「オナカ空いたでしょー? タクサンあるけん、タベテー!」
レオさん、ママの適当な日本語を覚えちゃって……ところでこのレオさんは一体。私がじーっとレオさんを見つめていると、
「こらー、金糸雀! 失礼だろー! レオさんはレオグリフって言ってタイの有名な神様よー! 二礼、二拍手、一礼すればごりあくアリアリだから! さっきも一撃だったじゃんね! ちなみにその辺散歩してて出会って拾った。料理が最強に美味いから住んでもらってるよ!」
「ソンナコトナイヨー! ガルーダ様がサイキョウね」
「えぇー、でも最強はビールじゃない?」
あーダメだ。ママのノリに流される。ママ、昔から買い物帰りに、犬とか猫とか売れないミュージシャンとか、立ちんぼの女の子とか拾って帰ってくるのよ。そんな中、何度か人外じゃないのもいたような気がするわ。
もう何も考えないようにしよ。
「よし、じゃあ今日も世の為、人の為に汗水流して働いたので、もしゃりますか! シンハービールで乾杯だべ!」
シンハービールに刻印されているガルーダマークは王室お墨付き、そして真ん中にあるラベリングされたレオグリフ。タイのプレミアムビール。タイ料理に合わせてなのか、お国柄なのか、甘めのビールなのよね。
「ほい、迷い人、金糸雀とナナシに乾杯!」
「ワー、カンパイねー!」
「じゃあ、乾杯!」
「乾杯ですね」
酒飲みが四人集まってビールがあればやる事は世界各国変わらないわね。海外のビールってその土地土地で呑む事を考えられているから、タイの気候、料理の味付け、そんな物とベストマッチして、
「「「「プハー!」」」」
世界共通言語が飛び出したわ。さてさてさて、レオグリフさんの作ってくれたカオマンガイ。ナンプラーの入った玉ねぎタレで食べるみたいね。鳥を煮たスープで炊いたご飯と鶏肉にタレをかけて、
いざ実食。
「んん!」
「おぉ!」
私達が、う・ま・い・ぞ! と叫ぶ前に、ママが。
「うんまー! レオグリフさん結婚しちゃう?」
「あー、ヨナガは……ムリ」
あははははは! ママ、神様に振られてやんの! ぐっぐっぐっぐとシンハービールの二本目を飲み干したママは、
「まぁ、私はきっと白馬に乗った王子サマが迎えにくるからいいもん!」
と星でも眺めるように曇り空を見てそう言ってるわ。まぁ、実際パパと大恋愛の末に結婚したらしいけど、パパもよくママと結婚したわね。いや、してくれないと私生まれないから困るんだけど。
「よながさんはいいお母さんになれると思いますよ! 料理上手で優しく、楽しいお母さんですね」
「えぇ! ナナシさん、いうーー! はい、シンハービールのみねぇ!」
「はい、いただきます」
2ケースも持って帰ってきたシンハービールが私達のペースで飲むと殆ど無くなったのでママが、「ちょっとさっきのところにビール取りに行ってくるわ」と、ビール取りに戻ってきたママを見てヤクザの人とマフィアの人はどんな顔するのかちょっと気になったけど……
「フタリトモ、コマッテルナ? カナリアはヨナガのムスメ。チガウカ?」
「わぉ、さすがレオグリフさん、神様ですねぇ。その通りです。まぁ困ってますけど、こうしてお二人の宅飲みにあやかれましたし、シンハービール美味しいですし、レオグリフさんのカオマンガイ絶品ですし! 悪くないですよ」
「イイコトイッテクレル。チョットダケ手助けネ」
椅子の上であぐらをかいているレオグリフさんはスプーンでカオマンガイを食べながら念仏的なものを唱えてるわ。それを興味深そうにナナシさんはメモを取ってる。まぁ、魔法使いだし、勉強になるのかしら? 私からしたらタイ旅行に来てタイ料理とタイビールを飲みながら現地の出し物見てる感覚ね。
それにしてもほんとレオグリフさんの作ったカオマンガイ美味しいわ。
「レオグリフさんは何してるんですか?」
「吉兆ウラナイね! カナリアはこれからタクサン美味しいタベモノを食べて、フトルデショウ!」
「うわ、絶対当たってるやつじゃないそれ……ナナシさん、太らない魔法とかないんですか?」
「ありません。肥満予防は食生活と適度な運動と質のいい睡眠ですよ」
「この魔法使いはめちゃめちゃ普通の事を言うわね」
ふぅ、カオマンガイ美味しかったぁ!
「カナリア、オカワリいるか?」
「秒で私を太らそうとしないでください!」
「ソロソロ二人にオデムカエガきたよ」
えっ? ナナシさんが聞いてメモった呪文で魔法陣を描いたそれは私達を元の部屋かはたまた別の場所かに飛ばす準備ができたらしいわね。
そりゃ飲み食いして次行く場所でも同じよに飲み食いしてたら……太るわ……
「ママにお礼言ってないのが名残惜しいわね」
「ダイジョウブ」
「大丈夫ですよ」
「え? なんでです?」
レオグリフさんとナナシさんに私はこう言われた。
これから。
“私が生まれてきてくれてありがとうと散々ママに言われるんだから“
と……まぁ、若かりしぶっ飛んでる時代の可愛いママを見れて良かったかな。
兄貴、ママときたら次はパパかしら??
「金糸雀ちゃん」
「はい?」
「2本くすねておきました。時間旅行中の暇つぶしにどうですか?」
ナナシさんの手にはシンハービール。
この人、手癖悪いわねぇ。まぁ、私はそれを受け取って……
タイ式の乾杯。
「「チョンゲーオ!」」