第178話 旧酔いどれエルフと旧キリンラガーと兄貴の皿うどんと
「金糸雀ちゃん、ここは一体……」
「ナナシさん、ここは私の部屋です……ですが」
「ですが?」
消臭剤の匂いが違う。こんなパリピの香りはしないし、部屋にあるお酒のラインナップが昨日までと違う。そしてそのお酒のラインナップの中、アーリータイムズ(バーボンウィスキー)のパッケージからして……
「ここは過去の私の部屋っぽいですね」
「……お酒から時代を読み取るって君たちは……アレだね」
「えぇ?」
「こっちのお話です」
ナナシさんは超有名な魔法使いらしいんだけど、次元の狭間に取り残されていたとかでバーバヤーガさんの件で私と偶然出会って二人で元の世界にお互い戻る共闘戦線中なのよね。
そんな中最低な歌が聞こえてくるわ。
「酒が君の幸せ! 何を飲んで喜ぶ、分からないまま潰れる。そんなのはいーやだー! ふぅ! 良い湯だったぞ犬神さーーん?」
わしゃわしゃと綺麗な髪を拭きながら、ピンと横に伸びた耳。私はナナシさんの目を隠してその人物に注意した。
「コラー! セラさん! 上きてから出てきてください! ミカンちゃんでもそんなはしたない事しませんよー!」
そう、酔いどれエルフのセラさんです。セラさんは私の顔をみる。
「んんん? んんんん? だ、誰だお前達! 犬神さんの知り合いか?」
そうだった。私、兄貴の部屋に住み着いてた頃のセラさん会ってないから当然知らないわねぇ。そんな中で、頭をかきながら一仕事終えたらしい兄貴が出てきた。
やば! 兄貴、めっちゃ睨みつけてくる。ずんずんとこっちによってきて!
「い、犬神さん! こいつら勝手に家に上がってるぞ!」
スパーン!
「い、痛い! なんで私を折檻したんだ犬神さん」
「おい、セラ。どんな格好で風呂からあがってんだよぉ。髪乾かして、水分取って服きて上がってくる。これ、現代人な? お前、珍民族で原始人だからそういう風習なかったかもしれないけど、俺、教えたよな? あと、守らないと放り出すって言ったよな? あぁ?」
「ひぃぃいいい、ごめんなさい! この通りだ」
「お前の土下座は見飽きた。さっさと服着てこい」
そして私たちを見て、「で? 金糸雀と……んん? アンタは、まぁいいや。なんでいるんだ?」
ここは正直に行くか、
「兄貴、実は……私たちは3年後の未来からきたんだけど、戻る方法がわからなくて……信じられないかもしれないけど」
「そうか、てことはお前、やれる口か?」
さすが兄貴、秒で信じた。
「そりゃもうやれる口だよ」
「ふーん、とりまビールでも飲むか?」
ガチャリと兄貴が冷蔵庫を見せた中で、私は驚愕する。そこには2023年現在でも普通に販売されている麒麟ラガー。だけど今の麒麟ラガーは2020年に新麒麟ラガーとしてリニューアルされているのよね。苦味を残しつつ味わい深い物となった反面、パンチがなくなったの。というのも昨今の若者が苦いビールが苦手だという事もあり現在の麒麟ラガーに落ち着き、麒麟も主力商品をラガーから一番搾りに変えた背景もあるのかもね。
「すげー! 旧麒麟ラガーだ!」
「は? カナ、頭大丈夫か?」
「いやいや、兄貴! この麒麟ラガー2020年でなくなるから!」
「マジで? 買い貯めしとかないとダメぢゃん」
そっか、これで兄貴はあんなに旧麒麟ラガーを買いだめしてたのか、だから成人した私も残っていたのを飲めたわけね。あれは消費期限ギリギリだったけど、これはまさに最近作られた旧麒麟ラガーね。
「つまみ、なんか作るか……そっちの」
「ナナシです」
「ふーん、ナナシね。皿うどん好きだろ? そんな顔をしてる。作るから待ってて」
「え? 兄貴とナナシさん知り合い?」
「はて、どこかで会ったでしょうか?」
兄貴、いつ見ても料理手際いいわねぇ。デュラさんがいたら色々聞いてたでしょうね。そして料理上手だからできるアレンジ。普通の皿うどんをお店の味に変えてしまう魔法ね。
そうそう、長く使った大きな中華鍋でなんでも作るのよね兄貴。兄貴達クラスになるとフライパンを育てるとか言ってシーズンングを繰り返して安物の調理器具が名人の使う領域に達してるのよね。
そう、兄貴の飲み友達と兄貴が飲んでる時は私は未成年だったから、羨ましかったのよね。
「ほい、お待ったさん!」
デーンと大皿に皿うどんを作って小皿で取り分けるスタイル。付け合わせにザーサイと春巻きまで……くっ! あの短時間で兄貴やる!
「わー! 美味しそうだなー! ご馳走じゃないかー!」
セラさん、結構兄貴の部屋にいた頃はガキっぽかったのね。着替えは当時の女子の流行り、ビッグシルエットに身を包んでるわ。病み系の前身だったかしら?
「じゃあ、未来から来た妹とナナシさんにね! 乾杯と行きますか!」
「わー! うまそーかんぱーい!」
「いや、ご馳走になります! 乾杯!」
「これが旧麒麟ラガーね! 乾杯!」
クイッと私たちは飲み干し。
「ふー、うま」
「あー! あー! あー! うまーい!」
「いやはや、懐かしいですね」
私は三人がそうこう言っている中、感動していたわ。これ……このビリビリとしてガツンとくる苦味。これぞ昭和のビール。そしてしっかりと味わいが舌、鼻腔へと届く。もちろん、麒麟だけじゃなくて今のビールの方が味わい深いし、多分一般的には美味しいのかもしれないけど、世の中の日本のビールのイメージを作ったお酒を今私は飲んで言葉が出ないわね。
「なんだ? 口に合わなかったか? プレモルとかもあるけど変えるか?」
「ううん、兄貴おかわり、いい?」
基本的には面倒くさそうな顔をして淡々と日々を生きている兄貴が、イタズラ小僧のような顔で、ニヤリと咲ったわ。
「いいねぇ、やんなよ! カナ、酒飲みになるかー! この前来た時はど田舎のヤンキーみてーだったのになぁ!」
古いiPhoneで写真を見せる兄貴、それにセラさんもナナシさんも私も見て、私は……
「ちょ! 兄貴、その写真消せぇ! やめて……ほんと、なんか田舎のオシャレってなぜかヤンキーっぽくなるのよ……東京来て浮いたわよ」
片耳にたくさんついたピアス、今と違って明るい髪色で親友と東京に遊びに来た時に撮った一枚。ハチ公前でこれでもかというくらいの厚底を履いて……
「やーめーてー! いやぁああああああ」
「いいじゃん、このクソだせぇ感じが可愛いじゃんよ」
「うん、そうだな! 可愛いぞ金糸雀!」
「金糸雀ちゃんは今も可愛いですよ」
やめて、連中の可愛いは、美少女を相手にしているのではなく、マスコットを見て可愛いと言っているアレなのよ。
「まぁ、食えよ。新鮮さもなんもないが皿うどん好きだろ?」
「うん、いただきます」
もしゃっと実食。むぐむぐと私たちは食べる。なんでかなぁ、なんでこんなに美味しいのかなぁ……
「くぅう! 犬神さん、うまい! ビールお代わりだ!」
「はいよ!」
「ちべた! 犬神さん!」
冷たいビール缶をセラさんの首元につけてセラさんが悲鳴をあげる。なんなの? もしかして兄貴とセラさんいい感じなの? 私はカラシを多めにつけて春巻きをぱきりと食べ、旧麒麟ラガーで喉を潤す。
そこで聞いてみた。
「兄貴とセラさんって付き合ってるの?」
「……すぞ?」
えっ?
「兄貴、なんて?」
「カナ、殺すぞ? なんで俺がこのクソ珍民族と付き合わにゃならんのだ? なんの罰ゲームだ? 犬神家の呪いか? こいつ、害虫と同じで住み着いてんだよ。卵産んでかってに増えないだけマシなくらいで台所にいる黒い悪魔と足して変わらん」
えぇ、セラさんの扱い辛辣だったんだなぁ。セラさんはあの黒い虫呼ばわりされているのに気にもせずせっせと皿うどん、ザーサイ、春巻きを食べて、
「プハー! うまい!」
ごきゅ、ごきゅと旧麒麟ラガーで喉を潤してるわ。という私も既に五本目なんだけど、私はそんな付き合ってるわけじゃないのに同棲している二人の事をこれ以上追求すると兄貴に殺されかねないので、尋ねてみた。
「というか、私とナナシさん。時間を飛ばされちゃったみたいなんだけど、セラさんの魔法とかでどうにかならない?」
旧麒麟ラガーを飲み干したセラさんは少し考えてから、「時間系の魔法か、使えなくはないな」という事なんで私は、
「じゃあ、元の2023年に戻りたいのでお願いできます?」
胸にドンと手を当てて「任せておけ! これでもかつて女神や魔王達と異世界の魔物と戦ったことがあるんだ!」と、よくニケ様が酔ったら話す話をしだして、
「時を司どるクロノスよ!」
あら、なんだか本格的な感じの魔法をセラさんが使いそうね。兄貴はいつも通り興味なさそうにビールをちびちびやりながら私に小さく手を振る。
「かのもの達を、もといた場所へ……へっくちん!」
あーあ、まぁ、なんか起きるんじゃないかなと思ったわ。鼻水を垂らしたセラさんは「あっ、やっちゃった」と悪びれる様子もなく、私たちはまた時を旅行する事になるのね。
ナナシさんは、旧麒麟ラガーを一本拝借しているみたいで、そのラベルを見ながら……
「まぁ、なんとかなるでしょう!」
ほんとこの人大丈夫かしら?? 旧麒麟ラガーはどちゃくそ美味しかったけど!