第177話 バーバーヤーガとベーコンフランスとホットウィスキーミルクと
「くちんくちん! さぶいれすぅ……」
ワタツミちゃんの弱点、寒さに弱いわ。というか、スカート短すぎなんじゃないかしら? そんなワタツミちゃんにミカンちゃんがめんどくさそうな顔をしてポイと投げた物は使い捨て懐炉。なんというか雑な対応よね。
「勇者様ぁ、ありがとうございまふー」
「礼には及ばざれり、その辺で配ってり」
よくみるとポケットティッシュ付きでどこぞのコンタクトレンズのお店のチラシ付きだわ。街頭で配ってたのをそのままあげたのね。
「確かに最近寒いであるな! よし、今日は湯豆腐にでもするであるか?」
デュラさんのナイスな提案。それに私たちは笑顔が漏れる。そんな時、ガチャリと扉が開かれたわ。
「「「!!!」」」
ミカンちゃん、デュラさん、ワタツミちゃんが反応。これは所謂あれね。やばい系の何かが来た感じね。
誰も見に行かないので、仕方なく私が立ち上がって玄関にお出迎えに行くと、
「悪いごはいねぇがぁあああ!」
とあら、山伏みたいな格好をした女の子。これはあれかしら?
「もしかして、ナマハゲさんですか?」
「誰がハゲだ! 私は森の賢妖バーバ・ヤーガー! 悪いごの気配を感じ謎の扉を開けたらここに出たのだ」
「そうなんですか……悪い子、まぁデュラさんは魔王軍だけど、とびきりの良い子ですし……まぁ、バーバ・ヤーガーさん、寒かったでしょう? とりあえず私たちとお酒でも飲んで温まりません?」
気難しいかもしれないけど悪い人(?)じゃなさそうなので、そう誘ってみると、バーバ・ヤーガーさんは私に微笑んで指を刺した。
「ええご!」
「あー、はいありがとうございます。どうぞこちらへ」
私はきちんととんがりブーツを脱いで裏向けるバーバ・ヤーガーさんに親近感を湧きながらリビングに連れて行くと、ミカンちゃんが顔面蒼白で……
「ば、ババァなりぃ!」
「悪いごぉ! みづげだぁあああ!」
あー、ミカンちゃん、まぁ確かに悪い子寄りね。片付けとか一切しないし、逃げ出そうとするミカンちゃんに向けて印を組む。
「オンマリイシエリソウカ! ふん、捕縛魔法!」
「ぎゃああああ! 捕まったりぃ……」
壁抜けで逃げようとしたミカンちゃんを捕まえて、バーバ・ヤーガーさんは自分の拳をはぁああと温めているわ。すごい昭和の感じがとてつもなくするわ。
でもワタツミちゃんとデュラさんは……
「あの勇者をいとも簡単にぃ」
「すごいれすぅ……」
バーバ・ヤーガーさん……ググるとスラヴ系神話の魔女あるいは神仙の類。要するに悪い心を持っている人には悪い者として良い心を持っている人には良い者として関わる要するに法律がなかった頃のルール付で生まれた寓話でしょうね。でもそんな寓話のバーバ・ヤーガーさんはミカンちゃんに拳骨を喰らわしたわ。
「痛いなりぃ!」
「小さい頃から変わらず悪さばっかりしてからに! 私の愛しの拳骨で天に還してやろかぁあ!」
「勇者反省せり……これを収めれり」
あー、これ嘘ね。そしてミカンちゃん、多分部屋で食べようと思って買っていたベーコンフランスを差し出したわ。
「ほう、ほうほうほうほう! えぇこ!」
嘘でしょ! 物に釣られて許したわ。まぁ、ミカンちゃんがちょっと怒られてるの面白かったけど、ベーコンフランスを食べるなら、ちょっとお酒は何にしようかしら……
「ホットミルクウィスキーでも飲みましょうか?」
「おぉ、カウボーイカクテルとは違うであるか?」
「うん、コールドドリンクがカウボーイカクテルだけど、普通にホットミルクでウィスキーを割って飲むお酒ですよ」
「くちんくちんなので、ほっとミルクがいいれすぅ!」
そんなちょっと寒くてもミカンちゃんは、
「えぇ! 勇者しゅわしゅわがいい!」
小学校の頃、いたわよねぇ。いつでもどこでもどんな季節でも炭酸飲料飲んでる子。何かの宗教かしら?
「ミカンちゃんはハイボール作ってあげるわ」
確かにベーコンフランスはハイボールとかビールも合うのよねぇ!
ベーコンフランスを軽くトースターで温めて、その間にお酒の準備。マグカップにお湯を注いで温めるとお湯を捨ててウィスキー、ホットミルク。蜂蜜にシナモン、輪切りレモンを入れて完成。
ミカンちゃんはレモンを絞ったトリスハイね。
「では乾杯しましょうか!」
私がそう言うとバーバ・ヤーガーさんはマグカップを掲げて、
「えぇこ達に乾杯!」
「かんぱーい!」
「乾杯である!」
「乾杯れすぅ」
「勇者いいこなりぃ」
と素で嘘を言うミカンちゃん、私たちはホットミルクで割ってあるウィスキーを飲んでほふぅと深いため息をつく。そろそろ冬が近づいてきているなぁとホットカクテルを飲むと思うわね。
「これは美味い。暖かい酒とは珍しい。えぇこ!」
と私を指さしてバーバ・ヤーガーさんは褒めるので、「どうぞどうぞ、ベーコンフランスも合いますよ」と勧めてみる。日本のパン屋さんのパンは世界一よ。フランスのパリでも、アメリカのニューヨークでもイタリアのミラノでもなく、日本のその辺のパン屋さんのパンが一番美味しいわ。
これは食文化が作業として食べるか、趣味嗜好として食べるかの違いなのよね。
「うまーい! こんな美味いパン食べた事がない! えぇこ!」
ビデフランスの皆さん、良い子です! 私たちもバーバ・ヤーガーさんが口をつけた後に続いて食べる。あぁ、これこれ、自宅では再現不可能な味わいと歯ごたえなのよね。たまに大学の帰りに、ビデフランスでバゲットを一本買ってカットサービスで2cmにしてもらった物を持ってワインバルで飲むんだけど、至福のひと言よね。
「おぉ、食事感がグッとでて体もしっかり温まるであるな! これは湯豆腐は明日に持ち越しである!」
デュラさんは残念そうな顔をするわけでもなく、私たちにそう言うのでバーバ・ヤーガーさんの中でデュラさんの心配りに気づいたらしく、
「えぇこ!」
と褒められる。
「バーバ・ヤーガー殿に褒められるとは光栄であるぞ! その伝説噂には聞いていたが、勇者が知り合いとは世の中は狭いであるな!」
そう、それね。
「勇者の母が忙しい時、ババァを森にまで探しに行って勇者を預けれり……」
そんな伝説の存在にミカンちゃんのお母さん託児所代わりにしてたの……本当にあの親あってこの子ありを体現している親子ね。
「勇者の母はえぇ子! 毎日新鮮な果物を届けてくれるからな! けど、勇者は……本当に……」
あぁ、ミカンちゃん今でも結構ぶっ飛んでるのに、子供の頃とかもっとヤバそうよね。むしろ普通の人じゃ相手が務まらないから数々の人外や神様みたいな人に育てられて……勇者になったの必然じゃない。
私たちはポカポカになりながら、ホットウィスキーカクテルを楽しんでいると、バーバ・ヤーガーさんが私たちを見て、
「お前達は勇者以外みんなえぇ子だから、私の秘技で面白い物を見せてやろうか? そう、これはお前達へと続く世界。その覗き見ができるんだ! ワクワクするだろう? この美味い酒のお礼だ! それ! アンビラウンケン!」
バーバ・ヤーガーさんが木の枝みたいな何か、多分ハリーポッター的な杖を取り出して、絶対スラヴ系関係なさそうな呪文を唱えると、私、デュラさん、ワタツミちゃんの周囲が光り輝くわ!
「わわっ! なんですかこれ?」
「強制的な転移魔法? いや、それとも違う」
「不思議な力れすぅ……」
私達はミカンちゃんを残して、私の部屋からダイブしたわ。
そして私の目の前には長髪の優男さん、名前をナナシさんと名乗り、ナナシさんと部屋に帰る為のダイブが始まるの。