第171話 聖剣の刀鍛冶と照り焼きチキンサンドとサミクラウスと
「あれ、デュラさん朝早くから朝食の準備とは別にサンドイッチですか?」
「おー、おはようであるぞ! 金糸雀殿、起こしてしまったであるか?」
最近、ガチで飲みすぎな私は朝からランニングをキメているんだけど、デュラさんがトントントンとお料理をしているの。多分、お味噌汁とサバの塩焼きは朝食用。もう一つの照り焼きチキンを挟んだチキンサンドは……
「本日ワタツミ殿が学校で体育祭という催しがあるらしく、お弁当が欲しいと相談されていたである! 体育祭なる物を調べてみたところ中々激しい運動をいくつも行うようなのでパワーがつくように照り焼きチキンサンドとコールスローを持たせようと思ってな! そちら、準備の方も万全である! 350mlの水筒にはカルピスを500mlの水筒にはノンシュガーレモンティーを入れてあるである」
綺麗に畳まれたソックスに制服と、体操服。そしてワタツミちゃんの鞄。私は……いや、この光景を見て多分誰もが思うんじゃないかしら?
「もう完全にお母さんですよ! 一応、ワタツミちゃん留学生なんですから、もう少しなんでも自分でやらせないと」
「おぉ、そうであるか? 次回からは気をつけるとしよう」
デュラさん、もとい異世界からやってきたデュラハンは私の世界で圧倒的な家事スキルを身につけたわ。首だけなのに……元々アズリたんちゃんがいた時も世話好きだなーって思ってたけど……
「わー遅刻遅刻れすぅ!」
あー、あざと。野菜ジュースを飲みながら隣の部屋からワタツミちゃんがやってくると制服をパタパタ着替え、カバンに体操服を入れて、デュラさんから「お弁当であるぞ! 友達とおかず交換できるように多めに入れておいたである!」「デュラ兄様、ありがとうございますぅ」と受け取って家を出て行ったわ。
「全くだらしないと勇者は憤慨す!」
ミカンちゃんがコストコで売ってる巨大なクマのぬいぐるみと共に癖毛だらけでやってくる。大きめのシャツ一枚で寝てるのがまたミカンちゃんもあざとく、そして…………
「勇者が言える事ではないな」
「ミカンちゃん、絶対言ったらダメなやつね」
もう、だらしなさで言えばミカンちゃんは殿堂入りクラス。ポイポイ着ている物をその辺に脱ぎ散らかすし、伝説の勇者の剣はプラモデル作る時とかに使いっぱなしでよくリビングに放置してあるし、よく物を無くして同じ物を買った頃に出てきたり、思い出せばキリがないわ。
「ふぁーあ! 前髪が少し伸びたり……サモン・ミラクル・ゲート!」
そう言ってどこかからナイフみたいな大きさの勇者の剣を取り出すと前髪をさっと切ってまた勇者の剣を適当に戸棚の上に置く。いつものミカンちゃんのコーナーと言ってもいいソファーの上であぐらをかいて、
「勇者、オナカ・ペコリーナ三世なりぃ」
と言うのでデュラさんが、超能力でクシを使ってミカンちゃんの髪をときながら朝食の準備をしていると……
ガチャリ……
こんな朝からは結構珍しいわね。デュラさんに身支度してもらってるミカンちゃんの代わりに私が迎えにいくと、
「あらやだイケおじ」
そこには筋肉質なナイスイケメンおじ様が立っていたわ。白髪混じりの短髪、瞳は茶色、身長は180cm程かしら? 40代くらいかしら? 異世界の人なんでもう少し若いのかも?? 手には大きなグローブをしているわね。
「おや? 夕餉の鳥でも取ろうとしたら不思議な扉があったから開けてみたら、こんな部屋に繋がってるんかい」
「おはようございます。私は犬神金糸雀です。この家の家主ですぅ!」
リビングから、
「金糸雀きもーい!」
と声色を変えた私にどこからでも反応するミカンちゃん。そんな私の自己紹介におじ様は丁寧に腰を折ってぺこりとお辞儀。
「わしゃ、刀鍛冶のソスカ。ソスカ・ケスギ・テカライ。まぁ今は世捨て人見たいなもんね。みんなは愛称としてソースって言うわな?」
ダメよダメダメ。私の中で今、コロッケに蓋がとれてびしゃびしゃにソースがかかった情景が浮かぶけど、異世界の名前だから……
「あの……今から私たち朝食なんですけどご一緒にどうですか?」
「朝食かね? わしゃ、今から一杯やってねようと思ってたんだけどね」
「はは、お酒もありますよ」
「そりゃ、興味深いね」
ソスカさんを連れてリビングに、二人に紹介すると、
「「ソースかけすぎて辛い」」
なんでそのイントネーションで言っちゃうかなぁ。向こうではそれが普通な名前なんだから笑っちゃダメよ!
「ハハっ、子供の頃からそれでよくいじめられたもんね」
いや、異世界でもやっぱいキラキラというかクソネームじゃない! どうして親御さんもなんでそんな名前になるようにしたのよ? 悪意しか感じないわ。
「しかしソスカ殿は晩酌時にきたであるか? ではこの朝食はあまり合わぬであるな。お昼に食べようと思っていたチキンサンドを朝にしてお昼はまたこの朝食で何か作るであるよ。それで良いであるか?」
「勇者かまわぬ!」
「朝からお酒って……ま、いいか。ソスカさんに出してあげるお酒……あー、ちょうどいい感じで熟成されたのがあったわね」
私はそう言うとお酒をストックしている所から瓶のビールを持ってきたわ。度数にして14%。オーストリアの熟成ビール。
「いい感じに素敵なソスカさんにお似合いの長期熟成ビールのサミクラウスです! このビールは瓶内での熟成が可能で五年くらい寝かしてあげるのが飲み頃なの。度数は高いからゆっくり楽しみましょ」
「こんな棺桶に片足ツッコンだじじに悪いねぇ」
と言う事で開栓! そして瓶からグラスにビールを注ぐ、琥珀色というよりやや赤みがかったビール。もうすでに香りが立っているわね。
「じゃあ、ソスカさんの最高の晩酌に、プロージット(乾杯)!」
「「「プロージット!」」」
オーストリア式乾杯。四人でやる時はプラスの形に腕がクロスしないようにするのがコツね。私も初めて飲むけど、何このビール。
「うぉ! この麦酒……こりゃすごいね」
「うむ、今まで我が飲んできた麦酒とは明らかに次元が違う所にいるであるな」
質のいいブランデーやラムを飲んでるみたいなコクと風味、そしてしっかりとこれがビールである事を最後には教えてくれる味わい。兄貴の妹で良かったと思える瞬間ね。
「うみゃああああああおおおおおーん」
ミカンちゃんが吠えたわ! 多分、この後に続く言葉は、
「こりゅれ! つよつよなりぃ! 勇者これしゅきぃ!」
もうアヘ顔になってるくらいミカンちゃんにはキマったのね。サミクラウスに合わせられるおつまみをデュラさんが作ってくれているので、
「じゃあ、チキンサンドも食べましょ!」
実食。焼き色がつくまで焼いてあるパンにシャキシャキのレタス、そしてトマトが詰まってて酸味と甘味の凱旋門賞やー! みたいな口の中ね。
「随分涼しくなってきたであるが、ワタツミ殿のお弁当の方は野菜ではなく卵にしておいたである。食中毒はワタツミ殿であればトータルキュアで治せるであろうがな」
出たわね異世界の人の毒くらいなんとでもなる理論。ソスカさんは照り焼きチキンサンドをパクリと食べると、
「おおおお! かつて王宮で聖剣を作らされた時、毎晩ご馳走を振る舞ってもらったが、そんな物が霞んで見える程、デュラハン君の作るこれは絶品だよ!」
「気に入ってもらえてよかったである。して、聖剣を作ったであるか?」
すると少し恥ずかしそうに、ソスカさんはサミクラウスをグラスに注ぐとゆっくり口につけて、
「聖剣だけじゃないね。魔剣だって沢山作ったよ。有名な魔剣だと闇の魔神剣とかね」
「おぉ、我が使っている魔剣である! あれはいいものだ」
「へぇ、そりゃよかったよ。それに魔王に献上する為に作った物だってあったねぇ」
「おぉ、あれは殿下が踏んで折ってしまったであるな」
なんか魔王に献上する剣の扱い雑くないかしら? とか私たちは笑いながらサミクラウスをちびちびと、時折チキンサンドに舌鼓を打って楽しんでいたら、ソスカさんが話し出した名前。
「色々作ったが、わしゃ生涯最高の作品は、伝説の剣。フェニックス・ブレードだねぇ。あれはもう二度と同じ物が作れる気がしないねぇ。知ってるかい? 今、そのフェニック・ブレードは勇者が所有し、七色の光を放ち、数々の伝説を残しているってー話さ! なんでも勇者は元奴隷だったって話よ。泣けるねー! 人に絶望して、魔王側に立ってもおかしかないのにさー」
あーあー、サチちゃん※第53話 の事ね。もうミカンちゃんが勇者って異世界組の元の世界では忘れ去られてるんじゃないの? ミカンちゃんを見ると、計画通りって顔してるわね。
「いやー、ここがどこかは分からないけど、恐らくは異世界。それも死の縁ってところかね?」
「えーとここは……」
「言わなくてもいいさね。なんせあちこちにフェニックス・ブレードが乱雑に置いてあるんだわ。こんな事、まともな場所じゃない」
ミカンちゃんが複製魔法で勇者の剣、大量に複製した結果なのよねー。これソスカさんブチギレ案件じゃないかしら?
「恐らく、三人はわしにもっと強力な聖剣を作れると期待している神々の化身ってところだろう」
「このじじい話聞かなさすぎなりけり」
マントをバット翻して、ソスカさんはきた時より何故かめちゃくちゃ若返った見た目に変わると、私たちにウィンク。
「作ろうじゃないの! フェニックス・ブレードを超える、最高の聖剣って奴をさ。今日飲ませてもらった麦酒。また五年後にみなさんをあっと驚かせて見せますよ!」
同じ人ってほとんどやって来ないんだけどね。
ガチャリと出て行ったソスカさんは気合いとやる気に満ち溢れていました。その最高の聖剣とやらが桶屋が儲かる理論で、なぜかその後ミカンちゃんの手元にやってくるんだけど、当然ミカンちゃんは無くした時の事を考えて、100本程複製しちゃうのよね。