第170話 秘密結社の下っ端とポリッピー塩味と本麒麟と
10月、それは私たち酒飲みにとっては嬉しくあり、悲しい境目だったわ。10月1日に日本酒の日を通過した後、やって来たのはビールの減税と新ジャンルの増税。庶民の味方と言われてきた新ジャンルのお酒が10円近く高くなり、生ビールが10円近く安くなったわね。世界的に見ると日本はお酒をかなり安く買える国なので、タバコ増税が厳しくなってきたらそろそろお酒にとか言われているけど、お酒に関しては色々と圧力をかけれる人達がいるので今のところはまだ安心できるらしいわ!
うん、これは風の噂だけどね! 知ろうとしてはいけない、国の裏の姿といったところかしら?
そんな私だけど、第三のビールと発泡酒が各種類2ケースずつ届いたのよね。多分、兄貴が増税する前に送ってもらうようにお金を先払いしていたケースっぽいわね。あの化け物、これだけのお酒をストックして本当にどうするつもりなのかしら?小規模な酒屋よりはお酒が家にあるんだけど……
「おぉ、これはまた届いたであるなぁ。しかし税という者はいつの時代も民草に苦労をかけるであるな」
「デュラさん達魔物は税金とかって無縁そうよね」
「そうであるな。我々魔王軍は魔王様の作り出した流通経路に沿って生活をしていたであるから、最下層の魔物から大幹部クラスの我もなに不自由ない生活を約束されていたである」
「ちょっとそれ詳しく! 今書いているレポートの参考にしたいんだけど!」
私はそう言うと面白がったミカンちゃんと数2の教科書を持ってきたワタツミちゃんがソファーに腰掛けて、
「金糸雀おねぇちゃん、神々には税金はないのれす」
でしょうね……
「勇者、勇者特権で全て非課税なりけり!」
ずるっ! 一部の特権階級じゃない。
異世界の流通って私の世界より遥かに遅れているし、文明レベルも低いハズなのに、割と上手く回ってるのって……いくら考えても中抜きに対して徹底した対策がされているからに思えるんだけどどうなのかしら、
「偽麦酒達なり!」
「はっぽー酒とそれに似た何かれすね!」
「第三のビールってほんと、何なのかしらね」
ワタツミちゃんの部屋が元々お酒のストック場所だったわけだけど、そこが使えないので近所のレンタル倉庫に運ぶ用と部屋に置いておく用をみんなで分けながら、何を飲むか聞いてみると、
「勇者、本麒麟の気分かもー」
「地味に美味いであるからな」
「本麒麟はビールれすか? 発泡酒れすか? それとも第三の?」
「本麒麟は第三のビールよ。旧赤ラベルの麒麟ラガービールに似ているっていう事で大ウケしたんだけど、私からすれば愚の骨頂ね」
「じゃあ不味いんれすかぁ?」
「ううん、普通に美味しいわよ。ただ、いくらビールに似せたとしても、味で勝てても生ビールにはなり得ないのよね」
違いを挙げればキリがないけど、私からすれば舌触りも風味も味も全く違うわね。第三のビールは第三のビールというお酒の領域の中で戦っているので、もはやビールに似せる必要もないんじゃないかと私は悟り始めてるわ。
「じゃあ、本日は本麒麟いっとくから20本程冷やしておいて」
この後、間違いなく来る来訪者を含めて一人ロング缶4本もあれば十分でしょう。
「おつまみは……あちゃー、今日買い出しの日か、冷蔵庫に何にもないわね……仕方ない」
普段、サキイカとかピーナッツとかのおつまみをあんまり私たちは食べないのよね。でも一応、そういうのも備蓄してるの。
さて、何にしようかしら……
ガチャリ!
「わたし見てきますぅ!」
ととととワタツミちゃんが迎えにいくBGMがちょっと凄い事になっていたわ。
「いらっしゃいませなのれすよぉ!」
「私は秘密結社ラディアンの戦闘員ザッコーだ! ザコー!」
「頭、ハッピーセットれすかぁ?」
「何を! こいつ、人質にしてやる!」
「やめてくらさいー!」
なんかややこしい人がきて、ワタツミちゃんがぶっ飛んだ返をしたわねぇ。リビングにやってきたのは……さっきの会話とは様子が違って、秘密結社なんとかの全身クロタイツ姿のザッコーさんが、ワタツミちゃんの何らかの力でぐるぐる巻きになって連行させられている姿。
ザッコーさんが見たリビングでは……ミカンちゃんがペコちゃんのホップキャンディーを咥えてソファーでひっくり返っている姿、そして丁度おつまみの選別にデュラさんの頭を抱えて戸棚を見ている私たちの姿。
「こ、ここは秘密結社ラディアンの支部でしたか?」
ザッコーさんがそう言うので、ミカンちゃんがチラりと見て、
「ハロウィーンはまだなりけり」
「おぉ、夏も終わりだというのにこれはまたアレであるなぁ
異世界組ってたまに辛辣な時、あるのよね。ここは私が、
「えっと、こんにちは。私はこの部屋の主の犬神金糸雀です」
「そんな大層な名前の一般人は多分いませんね。秘密結社ラディアンの大幹部様とお見受けする」
「うん、違うけど……ここに来た人は大概何かお酒とおつまみ食べていくんだけど、ザッコーさんもどうですか?」
「えっ、いいんですか? じゃあお言葉に甘えて」
本麒麟のロング缶とグラス、そしてポリッピー塩味の入った小皿を前に、学生みたいな飲み会ね。というか私、学生だったわ。
「じゃあ増税後の新ジャンルに乾杯!」
かんぱーい! と本麒麟を入れたグラスをカチンと合わせて、うん。美味しいわね。でもこれはビールではない何かね。異世界組からしたら、第三のビールでも質の良い麦酒だって言ってるくらいだから全然楽しんでるわね。
「プハー! 勇者本麒麟すきぃー!」
「美味しいれすぅ! たもさんがCMしてるだけありまふねぇ!」
「うむ。おつまみによってはビールよりも新ジャンルの方が合う時があるであるからな! しかし、本麒麟美味いであるな」
そんな異世界組と違った反応をしているのがザッコーさん。
「ったくよー! 報酬に見合わぬ労働の後、ビールは高いし、発泡酒より安いからって第三種のビールを買うけど、その第三種も値上げしやがってよぉ……ちくしょう! うめぇええええ!」
なんだか、深刻ね。ポリッピーを私はポリポリ食べながらザッコーさんをしばらく観察ね。それにしても甘いビーナッツに塩あじの衣がめちゃくちゃお酒似合うわね。ポリッピーすご!
ポリポリ、パリパリ、ミカンちゃん達が美味しそうにポリッピーを楽しんでるわ。
「うきゃあああ! うみゃああああ! 勇者、ポリッピーすきー!」
「学校でもおやつに食べれそうれすぅ!」
それは流石にやばそうだからワタツミちゃん控えた方がいいわよ!
「この手頃感がいいであるな! そいいえば、ポリッピー炊き込みご飯という病みレシピがあったであるな。んぐんぐ! ほほー、本麒麟がよく合うである」
ポリッピーで炊き込みご飯って狂気の沙汰ね。ググったら本当にレシピ動画出てくるし……さて、ポリッピーを食べるザッコーさんは……
「この前の秘密結社の決算会でも幹部の怪人様とかはちゃんと宅配ピザとかあったのに、末端の戦闘員お俺たちは柿ピーとか、このポリッピーとかさ……あーいうところほんと昨今のあり方じゃねぇよなー。クソ、ポリッピーの美味さに涙が出そうにならぁ」
あんまり財政状況がよろしくないのかしら? というか、異世界組と秘密結社、天国と地獄みたいになってるわね。同じお酒とおつまみでこうも違うとか……なんか来るものがあるわ。
「みんなお代わりいる?」
「勇者お代わりー!」
「私もれすぅ」
「当然我も!」
そう、キラキラしていてとても楽しい飲み会。ワイワイ、ガヤガヤ、美味しいね! とポリッピーと本麒麟。夢や希望に満ち溢れている学生の飲み会みたいな空気に対して、
「あっ、自分もお代わりいいですか? ただで鱈腹飲めれば何でもいいんで、明日からまた一、戦闘員として怪人の皆さんにコキ使われるのかよぉ、やってらんねーよ」
俺の人生って一体何だったんだろう? みたいな絶望感に満ち溢れている社畜の晩酌みたいな光景。
「ザッコーさん」
「はい?」
私は本麒麟のロング缶をジョッキに注ぐと、それをグイッと一気に飲み干して見せる。一体何? という顔をしているザッコーさんに、
「きっとザッコーさん達戦闘員が一番組織で頑張っているのみんな知ってますよ。もし、ザッコーさん達がいなければそもそも成り立たなそうな職種ですし」
「犬神さん……」
「さぁ、飲んで! ここでは愚痴を溢さずにみんなで楽しく飲み、また明日からの激務の英気を養ってください!」
「そうですね。ありがとうございます! 飲むぞー! そして明日から仕事、誇りを持ってがんばります!」
「そのいきですよ! ファイトです!」
ガチャリ、誰かが入ってきたけど、ニケ様かしら? ふらふらとムーンウォークをしながらやってくる女性、彼女はハイエルフ。セラさん。相当酔ってるわね!
「金糸雀ー、お水!」
「はいはい、セラさんどうされました?」
「さっきアキバの方で、ヘンテコな格好をした怪人と名乗る連中がこのハイエルフである私に喧嘩売ってきたんだ! 何だっけ? 秘密結社ら、何とかとか言っててさー。頭ハッピーセットかよ! って私、いってやったんらよぉ! 聞いてるか? 金糸雀ぁ?」
「このエルフどっか引き取ってくれないかなー」
面倒くさい人がきたなーと思ってとりあえずリビングで水を飲まそうとした時、セラさんはケラケラ笑って、
「あー! あそこにさっきケンカ打ってきた奴らの下っ端いらぁ……」
「秘密結社ラディアンの事ですか?」
「そうそう、アキバにあった支部、私のデットリー・ファイアーボールで壊滅させてやったぞ! えっへん!」
私はザッコーさんを見ると、ザッコーさんは本麒麟をジョッキに注ぎながら暗い顔でポリッピーをポイと放り込んで咀嚼。
「あー、自分の就職先の支部ですねー。ははっ……もうあんなブラックな職場行かなくていいと思うと感謝しかありませんよ……ははっ」
決意表明した後に、就職先無くなるのきついわねぇ。私はザッコーさんにかけてあげる言葉もなかったので、セラさん共々、いい夢が見られるようにとりあえずお酌をしてあげたわ。
昔の人は言ったじゃない!
明日は明日の風が吹くってさ!