第169話 異世界極道のヘケトと牛ハラミステーキと剣菱と
今日は日本酒の日、結果として本日日本酒を飲まなくていつ日本酒を飲むのか、私はカルディで購入したコーヒーを啜りながら考える。ちなみに今日はコーヒーの日でもあるわ。ミカンちゃんは先日から徹夜でネトゲをしていたらしくレッドブルを飲みながら朝食を食べてる。
「ワタツミちゃん朝ごはんは?」
「今はセブンのぉ、スムージーにハマってるのれすぅ!」
出たわねスムージー! あれ飲んで、サラダで済ませる女の子って何? 修行僧かなんかなの? そういえば、最近セブンイレブン、コーヒー以外にもスムージーマシーン置いてるのよね。
ほんと調子乗ってるわね! あとで買いにいこ。
「みんな今日のお酒は日本酒だけど何か希望ある?」
「勇者しゅわしゅわー!」
「スパークリング清酒か」
ミカンちゃんの意見を通すとスパークリングか、日本酒ハイボールのどっちかになりそうだけど、
「冷(酒)と奴というのも良いかもであるな!」
もう、ザ・日本人なデュラハンね! デュラさん。
「うー、わたしわぁ、ホット日本酒が好きれすぅ! レモンとか入れると美味しいれすねぇ」
ホット日本酒……、熱燗って言わないのがなんかアレね。でもレモン入れると熱燗完全飲料になるのよね。
みんなの希望を鑑みて……鑑みて……こういう時、兄貴ならこう言うでしょうね?
“日本酒の日なんだし、全部飲んだら良くね?“
私をして言えるけどあの化け物(兄貴)なら喜んでこの三人がぶっ倒れるまで飲ませるでしょうけど、私は節度のある女学生。
何でもかんでも一回で飲むのは酒飲みにあらずよ。それはただの落伍者、飲兵衛、酒に呑まれ、重力に引かれた愚かな地球人に他ならないわ。
「今日のお酒は……じゃじゃーん! どちゃくそ古い酒造メーカー、剣菱にしてみました! 昨今流行りの辛口じゃなくて甘口の日本酒らしい日本酒ね」
ガチャリ。
さぁ、今日は何がくるやら……あら、これはまた……とりあえず万国共通の挨拶ね
「こんにちは」
「手前、生国と発しまするはザナルガラン極西は円形湖底はケロケロ屋敷でござんす、種族はヘカト、魔王軍水魔団、別名魔王アズリエル組の若頭でござんす」
おぉ! 手のひらを差し出して。顔がカエル、その下は完全にやの付く自由業の人っぽいあれね。となると私も仁義を切らないと無礼かしら?
「えー、早速の仁義、ありがとうござんす。私は姓は犬神、名は金糸雀。この部屋の屋敷の主でござんす。という感じでいいかしら? ちょうど今から一杯やろうとしていたところ何ですけどどうですか?」
カエル頭のヘカトさんはニカっと笑うと履き物を脱いで、「ご相伴に」とリビングに連れて行くやいなや、腰の白鞘っぽい剣をミカンちゃんに向けて切り掛かったわ。
「勇者のど外道ぉ! ここで会ったが百年目じゃああ! ファナリル聖教会にチンコロしたんはおどれと聞いとる!」
突然の任侠展開にミカンちゃんは面倒臭そうに足の指で器用に勇者の剣(小刀みたいな小さいナイフ)を掴んでヘカトさんの一撃受け止めてるわ。
「勇者知らないかもー。あとここ不戦の部屋なりけり」
ミカンちゃんを見ると襲ってくる魔物系の人、久しぶりすぎてちょっと新鮮ね。そろそろこの辺りで、
「おぉ! これは、ヘカト殿ぉ!」
「その声はデュラハン様」
「様などと……我、そういえば超大幹部になったんであったな。ささっ! ヘカト殿。今日は良いハラミが入ったである。ハラミステーキを作るので、そこにかけて待っているであるぞ!」
「へ、へぇ!」
ワタツミちゃんがパンパンと隣に座るように
そういえば、アズリたんちゃんの一存でデュラさん格上げされたんだっけ? デュラさんは大きめのスキレットで焼いたハラミステーキ。
「なんと香しい! これが殿下が仰っていた異界の料理」
アズリたんちゃんめちゃくちゃ私の部屋に来た時の事、話してるのね。じゃあ日本酒の日を祝う為の剣菱を……
「じゃあみなさん。ぐい呑みを掲げてください! 日本酒の日に万歳! そしてデュラさんの同僚、ヘカトさんに乾杯!」
わー! 乾杯! と酒が飲める悦びに、ヘカトさんだけが口をつけないわね。
「どうしたんですか? ヘカトさん?」
「勇者と盃を交わすなんてできやしやせん」
ミカンちゃんは一杯目のぐい飲みを飲みほすと剣菱のソーダ割りを作り始めてるわね。
「勇者様ぁ、わたしわぁ、ホット日本酒を」
「じ、自分で作れけりぃ!」
とティファールをポンと置いて突き放すわね。そんな我関せずの二人を差し置いて、デュラさんが、
「ヘカト殿。勇者と我はこの部屋においては友である。飲み友というやつであるな。が、元の世界に戻った際はまた再び、敵となろう。殿下も共に食されていたのである。意地を張るのはよそうであるぞ!」
さて、デュラさんの諭し方は……ヘカトさんに届くのかしら? お手並み拝見といかせてもらおうかしら、私は二杯目、三杯目と剣菱を飲み、
「嗚呼、私は今日本酒を飲んでる! って感じね。この甘いのに、強いお酒。そういえば、剣菱ってやの付く自由業のお酒でもあったわね。ねぇねぇ、ヘカトさん、一ついいですか?」
私の突然の質問。それにヘカトさんは「なんです?」と聞き返すので、
「ヘカトさんの仁義って、誰の為の仁義ですか?」
「そ、そりゃあ、魔王様の」
「その魔王様ってミカンちゃんと飲んだらダメって言ったんですか?」
「魔王様と勇者は……」
すーっと私はぐい呑みからグラスに変えてトクトク、トクトクと日本酒を注ぐとそれをグイッと飲み干して。同じグラスになみなみと剣菱を注いでヘカトさんに差し出したわ。
「自分の為の仁義ですよね? きっとアズリたんちゃんもそのお父さんの魔王様もそんな仁義嫌がると思いますよ。まぁ、これは私の酒です。飲んでください」
私は知っているのよね。魔王軍の人たちの魔王様とアズリたんちゃんの信仰の深さ。もう完全にあれは宗教の領域ね。アズリたんちゃんとしばらく暮らして知ったけど、ほんと聖人みたいな子だったからね。ヘカトさんは私の差し出した剣菱をグイッと飲み干して、熱い息を吹いたわ。
「はぁー! うまい酒だ」
「いい飲みっぷりじゃないですか! はいお代わりどうぞ!」
「いただきやす!」
お酒ってさ、飲んでしまえばあとはどうとでもなるのよね。それにしてもヘカトさん中々飲める人ね。カエルってお酒好きそうなイメージ強いもんね。それは蛇か……
「ささっ、ハラミステーキと日本酒のマリアージュはぶっ飛ぶであるぞぉ!」
そうそう! 焼肉にはビールなんだけど、日本酒もまた合うのよねぇ。ミカンちゃんとワタツミちゃんがハラミステーキを実食。
「うんみゃああああああ! 焼肉久しぶりなりけりぃ!」
「わふー、美味しいれすぅ!」
そして二人はハラミステーキが口の中に残っている間に日本酒を、なんかヤバい薬でもやってる顔をしてるわねぇ。
じゃあ私も、デュラさんハラミステーキをおろしポン酢で食べるようにわざわざ作ってくれたのね。そんな私たちを見て、ヘカトさんは小さく切ったハラミステーキを一口、そしてぐい呑みで、
「ふぅ……これも実に美味い。殿下の仰る事に嘘偽りは無しか……勇者よ!」
「ん?」
「先ほどの無礼は詫びる。が元の世界に帰った時、あっしの剣の錆にさせてもらうのでそのことはお忘れなく」
「えぇー。別に大丈夫かもー、勇者この部屋に住み着くし」
ミカンちゃんが全く元の世界に帰るつもりがないから、魔王様との全面戦争は多分起きないのよね。
「ふっ、勇者が戻らないのであればその間に魔物のシマ、広げさせてもらいましょうか?」
侵略地域を増やそう的な意味かしら? それにミカンちゃんが少し驚き、デュラさんが、
「ヘカト殿! それは……」
「デュラハン様、これ以上は口を挟んじゃあいけねぇ。水魔軍。一世一代の大抗争、楽しませてもらいましょうか、じゃあ御免なさいよ」
そう言って去っていくヘカトさん、ちょっと微妙な空気が私の部屋の中で流れている中、こういう空気をぶち壊すのがたいてい……
「こーん! にーち! わー! 先ほど、玄関で私に刃を向けてきた雑魚モンスターがいたので、おたまじゃくしの魔物に退化させておきました! 全く物騒な世の中になりましたね! さぁ! 金糸雀ちゃん、今日は日本酒の日と聞いてますよぉ! 女神に献上するお酒は何ですか?」
時々、神様っているんだなって私は思う時がたまにあります。