第167話 錬金術師見習いと梨と純米 神蔵(ルリ)と
バリ! ボリ! と私達は沢庵を食べてお茶を楽しんでいるそんな秋晴れの昼間。私も課題をしながらまったりと、日本人の心を一番穏やかにさせる季節って多分秋よね。読書の秋とか運動の秋とか勉強の秋とか芸術の秋とかね。
秋つければいいってもんじゃないと思うんだけど、ミカンちゃんはソファーでお昼寝中、鼻ちょうちんを作って寝ているところとかちょいちょいキャラ付けを感じるわね。
「この国では秋の味覚は素敵な物が多いれすねぇ?」
確かにそうよね。秋刀魚、栗、さつまいも、柿、銀杏。数えればキリがないわね。というか春も秋も冬も素敵な味覚は多いんだけど、多分秋の紅葉コントラストが素敵感を醸し出してるんでしょね。
リンゴーン!
あら、配達の人かしら? インターフォンが鳴るので私は玄関に行ってみると、大きな段ボール箱。
「狼碧ちゃんからね」
従姉妹のバーテンダー、狼碧ちゃんが何かを送ってくれたみたい。開けてみると……
「あっ! 梨、おいしそー!」
「りんごれすかぁ?」
「うーん、まぁ林檎の仲間ね! 同じバラ科で、林檎は原産国が絶妙にどこか分からないのよね。梨は恐らく原種が中国と言われてるわね。瑞々しくて梨は美味しいわよ! 一つ食べてみよっか?」
私は包丁を取り出すとささっと皮を剥いて、一口サイズに切り分けると爪楊枝を刺してみんなに「はいどうぞ」と、
実食!
しゃくしゃくして、瑞々しくて甘くて、
「わわ! おいしーれす」
「うみゃああああ!」
「美味いであるな。殿下にも食べさせてあげたかったである」
当然、異世界組にも好評ね。林檎よりアレルギーの心配も少ないイメージが強いけど、最近高くて自分で買う事あんまりないのよね。狼碧ちゃん、ありがとう!
コンコンコンコン!
五回玄関がノックされてる。ユニバーサルスタイルね。私が玄関を見に行くとそこには大きな帽子を被り、中華風な格好をした男の子。
「山で材料収集していて突然の雨で洞窟で時間潰してたらこの扉を見つけたんで少しお邪魔しても? 僕は錬金術師見習いのトラビスです」
「あー、全然全然! どうぞどうぞ。私はこの部屋の家主の犬神金糸雀です」
「ありがとうございます。犬神さん」
錬金術師って今でいう所の科学者とかお医者さんとかよね。トラビスさんを連れてリビングに戻ると、三人がシャクシャク、シャクシャクと梨を楽しんでる。これはミカンちゃんハマった感じね。
「うみゃあああ! 心がふわふわするなりけりぃ」
ぶっ飛んだ顔で梨を食べているミカンちゃん、ハッピーターンの粉とか吸わせたら大変な事になりそうね。
「これはまた珍しい人々が集まってるね」
「あぁ、まぁそうですねぇ。みんな錬金術師見習いのトラビスさんよ」
錬金術師と聞いてデュラさんとワタツミちゃんが直視してるけど、ミカンちゃんは梨に夢中。ミカンちゃんがうみゃーうみゃー言うから最近、私が猫でも飼ってると思われてるのよね。
「それは一体何を食べられているんで?」
「あー、梨ですよ。トラビスさんもどうぞ」
「いただきます」
しゃくっと口の中に入れた瞬間、トラビスさんの表情が変わったわ。そして私、それにみんなを見て、
「なんですかこの果物! こんな味、瑞々しさ、王侯貴族でも食べていませんよ!」
うーん、まぁ多分そうでしょうね。多分、日本のフルーツは世界一だから、世界一という事は異世界でそれに勝る果物は存在しないわね。神々の住む場所にもないってニケ様も言ってたし、
「梨です」
「無し? なるほど、ここで見聞きした事は内密にという事」
「そうじゃなくて、梨っていう食べ物です。ここで見聞きした事は多分、あらゆるところで広まってますので別に大丈夫ですよ。あとトラビスさんはお酒飲める方ですか? 梨に合うお酒見繕いますので」
「あー、はい、師匠とよく飲んでましたので大好きです」
「そうなんですね! よかった!」
フルーツに合わせるお酒といえば、スパークリングワインがいいんだけど、本日は兄貴の日本酒用冷蔵庫の消費をしたかったのよね。
「松井酒造、神蔵のルリです」
お洒落な青のボトルに入ったスパークリング清酒、おすすめの料理はイタ飯という昨今のシャンパンに対抗したスパークリング清酒シリーズの四番バッターと私は思ってるの。
シャンパングラスに注いで、
「じゃあ乾杯しましょ!」
グラスを軽く合わせて乾杯! ミカンちゃんの、
「うんミャああああああああ! 勇者これしゅきぃ!」
アヘ顔になってるわね。度数は7度前後、いい感じにスッキリしてて、それでいて白桃みたいなフルーティーさが持ち味ね。
「うおー! これは美味いであるな!」
「うわぁ、瓶も綺麗れすねぇ! 写真とろー」
酒瓶と自撮りするJKってヤバいわね。後々デジタルタトゥーにならなければいいけど、トラビスさんはグラスの神蔵・ルリを飲み干して、
「うますぎる。さっきの果物といい……ここってシャンバラ?」
「住めば都というけど、ここは桃源郷じゃないわね。税金えぐいし、でもお酒は美味しいわね。はい、どんどんやっちゃって!」
私は新しいボトルを用意してみんなでワイワイ飲んでいる最中に、一つ梨を薄く切っていく、
「おや、金糸雀殿。パイでも焼くのであるか?」
「ううん、ちょっと一度やってみたい飲み方があるんですよ。魔王を使います」
これ、成功するか分からないから試した事なかったんだけど、やってみましょうか、本来は桃にシャンパンにブランデーで作るカクテル。
薄く切った梨を容器に入れて、そこにいも焼酎・魔王を注ぐ。そして……神蔵・ルリと割って呑むカクテル。
王様のカクテルの日本版、名付けて!
「将軍のカクテル!」
盛り上がっているみんなを実験にするのは悪いので、流石に味見は私からしようかしら。さて、魔王のスッキリしすぎている感じは梨で柔らかくなってるはず……
「んん! んまー! これはキテるわ! みんなもやってみて!」
「えぇ、勇者普通のままがいいー!」
ミカンちゃんがそういうので、私はデュラさんとワタツミちゃんとトラビスさんにカクテルを注ぐ。三人は恐る恐るそれを口にして、
「おーいーしー!」
「おぉおお! これはなんという破壊力」
「……凄すぎる」
普通の芋焼酎だと主張しすぎるから魔王じゃないと多分この味にはならないわね。ブランデーで妥協しなくて良かったわ! とみんなを見て安心していると、ミカンちゃんがグラスを差し出してくるわね。
「あれ? ミカンちゃんは普通に呑むんじゃなかったっけ?」
「毒味は終わったなりけり! 勇者もいただけり!」
「もう! 調子いいわねぇ! はいどうぞ」
んぐんぐんぐとミカンちゃんは飲み干して、遠くを見つめてるわ。
そしてくるわね。
「んみゃあああああああ!」
魔王を吸った梨もいいおつまみになるし、最高ね。私たちがいい気持ちで飲んでいるとトラビスさんが、
「犬神さんは錬金術師ですか? これらの材料を使って、美味しいお酒がさらに美味しくなっちゃった……」
「錬金術師じゃないですけど、まぁカクテルを作るのはそういうのに近いかもしれませんね。味を楽しむものや見た目を楽しむ物もあるので何をどの分量で作ればそうなるか考えてトライアンドエラーです」
トラビスさんは私の話を聞いて頷くと、
「僕も錬金術の師匠から出された最終試験の為に今、色々検証中なんですけど、勇気をもらえたような気がしました」
「そなんですね! それは良かったです。ちなみに最終試験はどんな物を作るんですか?」
「不老不死の薬です」
あー! あー! あぁ!
かつて、私の世界でも不老不死の薬を作ろうとした人達がいたのよね。その最初の原材料が東の黄金の国、ジパングのお酒。要するに日本酒を蒸留した物で最初の焼酎だったとか聞いた事あるわ。
不老不死のお酒といえば、酒屋でエリクサーが売ってたわね。要するに私の世界では実現不可能だった薬。
「トラビスさんの世界では不老不死の薬ってあるの?」
「ないですよ」
私はミカンちゃん達を見るけど、みな首を横に振るので存在しないんでしょうね……でも存在しない物を作る事が最終試験って……
「トラビスさん、その最終試験受からなかったらどうするの?」
「まだ師匠の弟子のままですね。炊事洗濯、掃除と全部任されているので、それともおさらばできるといいんですが……」
トラビスさん、完全に錬金術の師匠とやらに騙されてるわね。私たちが止めようとした時、トラビスさんは……
「ではそろそろ師匠の食事を作る時間なので、師匠は僕がいないので何もできないので」
「あっ……」
と私が呼び止める前にトラビスさんは元の世界に戻っていきました。幸せそうなのがまだ救いかしら……トラビスさんは永遠にその師匠さんのお弟子さんなのか、私には分からないけど、
ガチャりと扉を開いてやってきた女神様。
「みっなさーん! 今日は不老不死の薬を手に入れたので見せてあげにきましたよー! 金糸雀ちゃん、お酒!」
ほら、最悪のタイミング。もう少し早くきたらそれをトラビスさんに譲ってあげれば卒業試験もクリアだったのに、というか神様に不老不死の薬とか必要なのかしらと、発泡酒を飲みながら幸せそうにしているニケ様を見て考える今日このごろね。