第166話 アマゾネスと鳥南蛮と吉村知事の酒(日本酒)と
「エリオ君、何か食べたい物あるかしら?」
「いいえ、お構いなく」
可愛くねー! 今日は、いろはさんが何処からともなく連れてきた男の子を預かってるわ。いろはさんの子供? と聞いたら、知り合いの俳優夫婦に押し付けられたから私にまた貸ししに来たとか、ちょっと言っている意味が分からない状況ね。そして、おやつを出しても全然手をつけないし、なんか“まんが世界の偉人達“的な小学校の図書室とかにありそうな本を真剣に読んでるわ。
まぁ、別に私子供嫌いじゃないからいいんだけど、問題があるとすれば……ソファーに寝っ転がってゲームをしているミカンちゃんとか、今は寝室に隠れてもらっているデュラさんとか、最近私に対してよそよそしいワタツミちゃんは男の子達と何処かに遊びに行って、現在テーブルで私は小学校五年生のエリオ君を前に、コーヒーを飲みながら……
(いろはさん、早く迎えにきなさいヨォ!)
と限界が近づいてたわ。
ピピピピッピ! 私のスマホが鳴る。するとエリオ君の腕につけている腕時計……オーデマピゲ(ちょー高い腕時計ね)じゃない。を見て、時間を確認。そしてまた本に視線を戻すので、
「お昼ご飯にしよっか」
「はい、お任せします」
ぴくんとミカンちゃんのアホ毛が逆立つわ。ご飯に反応したのね。ほんと、ミカンちゃんの生態ってどうなっているのかしら、
「デュラさーん、何か作りたいものありますか? あっ!」
いつもの感じで私がデュラさんを呼んだので、デュラさんが、ふよふよと浮いて戻ってくるわ。
「我、見つかっても良かったであるか? まぁ、そうであるな。鶏が余っておるので、親子丼、夏の間に買ったお蕎麦があるので鶏南蛮なんていかがであるか?」
「…………」
エリオ君、飛んでいる生首を見て「飛頭蛮……」と驚くんだけど、よく知ってるわね。というか、怖がってなさげだけど……
「おや、お坊ちゃん。我はデュラハンである。魔王軍大幹部。皆は我の事をデュラさんと呼ぶであるな。お坊ちゃんは蕎麦は食べられるであるか? 昨今はアレルギーが蔓延していると聞くであるが」
「た、食べれる。好き」
「おぉ、それは良かったである。では腕によりをかけて作ろうか? まぁ、我、腕どころか、首から下はないであるがな」
クスっ。エリオ君が笑ったわ! デュラさんずるい! 私にはツーンとしているのに、ミカンちゃんがぴょんと飛び起きる。反動が凄すぎて一回転、そのままで床に片手をついて逆立ちしてから立ち上がると冷蔵庫に飲み物を取りに行く姿を見て、「す、すっげー!」と目を輝かせてミカンちゃんを見るのでミカンちゃんは「ん?」と少し考えると、片手でコーラのキャップをしゅぽっと外すと指の上にグラスを乗せてそこにコーラを注ぐ。
「勇者の奢りなり!」
「あ、ありがと」
ほらー! ほら、ほらー! 異世界組こういうところずるいのよね! 小学生男子の心を秒で掴んじゃうんだもん。
ガチャリ。
また誰か来たし……誰が来たのよ。私が出向こうとすると、ミカンちゃんがコーラのペットボトルをポイと捨てて、
「かなりあー、危ないかもー!」
「えっ?」
玄関の先には褐色の美人、がなんの躊躇もなくナイフを私に突き出すので、ミカンちゃんがそれを止める。
「死ねぇえええ!」
「死ねっていう方が死ねり!」
ミカンちゃんと女の人の壮絶な徒手格闘、そこにデュラさんが、「この異常な闘気……まさか」とデュラさんが見に行くと、女の人はデュラさんに向けて含み針。デュラさんが超能力でそれを止め、
「アマゾネスか」
あー、伝説の女戦士だったっけ? でも実在した可能性が極めて高いのよね。それにしてもミカンちゃんとデュラさん二人相手にできるってヤバいわね。そんな騒動にエリオ君が興味を持って「エリオ君危ないわよ!」というも、玄関へ、
アマゾネスさんとエリオ君が見つめ合う。アマゾネスさんはミカンちゃんとデュラさんの二人を抑えながら、目をハートにさせて、
「きゃわわわわ!」
エリオ君を抱きしめたわ。なんだ、ショタコンか……いやいやだめよ! また貸しされているとはいえ人様の子供なんだから、
「あの。アマゾネスさん。この家の家主の犬神金糸雀です」
「族長か、この子を貰い受けたい! 牛三十頭でどうか?」
「あー、なるほど……無理ですねぇ、代わりになんか女神様とかであれば無償でお渡しできますけど」
「交渉決裂か、ならばデュエルで奪い取るまで!」
なるほどね。そういう感じか、ほんと原始人は野蛮ね。とはいえ私も末端とは言え犬神家の人間、売られた喧嘩は買うしかないかしら?
「構いませんが、腕力で喧嘩をすれば貴女に軍配が上がるでしょうし、知力で喧嘩をすれば私が有利でしょう。なら、これしかないですよね?」
どーんと私は一升瓶を置いたわ。
「よ、吉村知事なりけり!」
「おぉ、あの優秀な政治屋。酒になっておったであるか?」
優秀かどうかは分からないけど、吉村知事ご本人に許可をとって作られた日本酒。吉村知事のお酒。政治家としてあまり売られた喧嘩を買わない事で有名な吉村知事。そんな中立かつ、イケメンの吉村知事に中立してもらう意味でこのお酒を選ばしてもらったわ。
「アマゾネスさん、お酒の飲み比べ自信あります?」
「!!!! なるほど、どちらの所有物になるか……か・ ふん、集落最強。異名はアナコンダだ」
何言ってんのこの人、でもあれかしらうわばみ的なね。デュラさんは鶏南蛮を作って、「お坊ちゃん、勇者。鶏南蛮ができたであるぞー! 熱い内にどうぞである!」
「わーい! デュラさんのお蕎麦なりけり」
「いただきまーす!」
ちょっとー! めちゃくちゃ楽しそうじゃない。デュラさんが、すっと私とアマゾネスさん用の鳥南蛮も置いてくれる。エリオ君に私もあんな風に無邪気に笑いかけてほしいわ。
「ま、まずは乾杯しましょうか?」
トクトクトクとグラスに注いだお酒、いい香りね。大阪の日本酒って全国的には珍しいわよね。西日本だと兵庫、京都が圧倒的酒どころというのもあるんだけど、吉村知事の知名度は全国区ね。
「じゃあ、乾杯」
「ふん、すぐに眠らせてやる。乾杯」
ごくりと、あー! 山吹色の日本酒にフルーツ香る、いいお酒ね。なんでこんな日本酒が家にあるのか知らないけど、最後に穀物感も香るわ。
「ほぉ、うまい酒だな。お代わり」
「はいどうぞ」
「金糸雀、私もついでやろう」
「あ、どうも」
再びカツンとグラスを合わせる私達。そして私はアマゾネスさんにデュラさんの作った鳥南蛮も勧めたわ。
「日本酒によく合いますよ」
そう言って胡椒をかけると鳥を食べて、日本酒を一献。スープを飲んで日本酒を一献、そしてお蕎麦を啜って日本酒を一献。
「あぁ、日本人でよかった」
「このスープ、食材。そして金糸雀が用意した酒、なるほど……恐らくはお前神の類か? であれば魔物、素質を持った人間。そしてかわゆい少年を従えているわけか」
最後明らかにおかしいけど……あー、昔の王様とか殿様ってやたらショタ従えてたわね。王様とか殿様を神様と同義としている国もあるにはあるし、確かアマゾネスって広い意味では神様なんだっけ?
「まぁ、私は神様なんて大それた存在じゃないですよ。ただのお酒好きです。あのエリオ君は預かっている子なんでそもそも景品になんてできないんですよ」
クイッと日本酒を飲み干して、私は吉村知事の似顔絵がラベリングされたボトルを持ち上げると自分のグラスにトクトクトクと注いで、アマゾネスさんにお代わりはいるかとボトルを持ち上げてみせるが、
「いや、いい。というかそもそもこの勝負、金糸雀の勝ちだな……酒をこんなペースで呑む奴は初めてだ」
真っ赤な顔をしたアマゾネスさんは醜態を晒す前に手を前に出してそう言ったわ。そう! これよこれ! これがちゃんと自制のきく人のお酒の飲み方なの! なのに何処ぞの女神様や何処ぞのハイエルフときたら……
ちゅるちゅるとお蕎麦を啜って、スープまで飲み干すと、アマゾネスさんはにっこり笑ったわ。可愛く笑えるじゃない。帰るみたいなので私はアマゾネスさんに肩を貸して玄関まで向かう。
そこでアマゾネスさんは顔を真っ赤にして、
「金糸雀、今度は嫁入り道具と牛五十頭を持ってくる。さらばだ!」
「えっ? え?」
どちらの物になるかみたいな事言ってたわね。アマゾネスを酒で飲みまかすとそういう感じになるのね……ハハっと笑いながら私は三人のテーブルに向かうと、
エリオ君にプイと顔を背けられる。
「あれ、エリオ君どうしたの?」
「パパとママが言ってました。お昼からお酒を飲む人にろくな人はいないって!」
「え……ミカンちゃんとデュラさんは……コーラ、そう……」
ガチャリ。
「たっだいまー! 女神が戻ってきましたよー」
私はいつも通り空気を読まずに入ってきたニケ様に泣きついた。
「あらあら、金糸雀ちゃん、おねしょでもしましたか?」
「ニケ様、奢るので外で一杯やりましょう」
今までにない展開にニケ様は説教をするどころか、私の愚痴を延々と聞いて、それなりにまともな事を返してくれた気がするけど、三件目連れて行ったあたりで、ニケ様の姿が見えなくなったわ。
ばっくれやがったわね。