第164話 エルダードワーフとアジのたたきとシャリキンと
「ふーん、やっぱり異世界で一番危ない存在はドラゴンなのね」
本日はみんなに異世界についてのお話を聞いてるの。意外も意外だったのは、魔物からすると人間程の脅威は存在しないという事。
「なんか魔物に日夜恐れて生活している人間みたいなイメージがあったわ」
「恐らく、最初期はそうだったのかも知れぬであるが、人間の学習スピードは驚異の一言であるぞ。それぞれがほぼオールラウンダーのように魔法を覚え、我らに対抗策をもち、勇者や聖女など魔王様に届くような人間まで生まれておるからな。ドラゴンはあれであるな。人間からも我々魔物からしても災害みたいなもの、戦うより逃げた方が得策である」
ミカンちゃんはVRゲームをしながらソファーに寝っ転がって、
「人間は人間をも騙して襲ってくるなりけり、勇者もかつて冒険をしていた頃は魔物と同等数人間と戦ったものなりっ!」
「ミカンちゃんは本気でもう旅する気なさそうなのヤバいわね」
ワタツミちゃんは自撮りしながら「お姉ちゃんと何度か人間や魔物の集落を滅しましたけどぉ、心が痛みましたぁ。間引きは定期的にしないと調和が取れないのれすぅ」
レヴィアタンさんとワタツミちゃん、怖っ。なんというか、私達の世界でも確かに人間増えすぎてヤバい現象起きてるけど、やり方がバグってるわね。
リーンゴーン!
とインターフォンが鳴るので配達屋さんか何かを届けてくれたみたい。私が取りに行くと、それは……実家からアジのお刺身が冷凍で届いたわ。
「みんな! 今日はアジのタタキよ」
「うおー! 勇者、魚好きぃ!」
お魚大好きミカンちゃんは大興奮ね。ワタツミちゃんは「タタキってなんれすかぁ?」と言う事なので、私はデュラさんをチラりと見る。
「金糸雀殿、やるであるか?」
「そうね。あんまりタタキすぎないように気をつけてね」
「了解である」
ガチャリ、この音は多分、異世界からの来訪者ね。ワタツミちゃんが見に行ってくれると、
「こ、これは! 龍神の妹君、このようなところで!」
「面ぉ、あげてくらさぁい! 留学してますぅ」
ワタツミちゃんのお知り合いということは神様とかそういう感じの人かしら? リビングにやってきたのは豪華な衣装に身を包んだ小さいおじさん。
「あちらがぁ、ホームステイ先のぉ、保護者のぉ、金糸雀お姉ちゃんれすぅ」
「あ、こんにちは。犬神金糸雀です」
「ご丁寧に、私はドワーフの国の王。エルダードワーフのニクスキー・サカ・ナスカーンだ! よろしく頼む」
ググる前に、デュラさんが、
「エルダードワーフとは、これは珍しい」
「魔物か! みな、私の後ろに」
いつも通りの説明の後に、ニクスキーさんを説得して私たちはテーブルにニクスキーさんを招いたわ。
「ちょうどアジのタタキもできたところである。生姜、ネギ、ミョウガ、そして臭みとりに大葉も刻んでおるぞ!」
うん、下手なアレンジをしないところがデュラさんらしいわね! 光り物の相手をするのは焼酎がベストかしら? そういえば昨日。面白い物作ってたんだったわ!
「お酒はホッピーでいいかしら? あとバイスサワーも持ってくるわね」
大衆居酒屋の酒、ホッピーとバイスサワー。でもこのお酒が今日はメインじゃないのよ。
昨日私がジップロックに入れて凍らしていた物を持ってくる。
「それは……氷か? 珍しい容器に入っているおるな」
さすがは王様となると氷が出てきても驚かないわね……というかこの人達魔法で氷出せるもんね。
「これはですねー。お酒です」
「「「!!!!!」」」
あーいいわね。その反応。宝焼酎のキンミヤを凍らせて作るお酒よ。ちなみに凍らせる専用のキンミヤも売ってるから手軽に試したい時はそれを買うのがおすすめね。
「20度の度数のお酒だと家庭用冷凍庫で凍っちゃうのよ。そんな凍った焼酎の氷を使ってホッピーやバイスサワーを作れば? 薄くならないの!」
まぁ、日本人なら誰しもが一度は考えるこの飲み方、商品として出しちゃう。宝酒造さんはさすがとしか言いようがないわね。
私はしゃりしゃりになったキンミヤ焼酎。公式ネームでシャリキンで割ったホッピーを人数分用意すると、
「じゃあ! ニクスキー王に何故か魚を出してしまっているけど、そんなの関係ねー! 乾杯!」
かんぱーい! とグラスをがちょんことつけて、んぐんぐ! ニクスキー王もいい飲みっぷりね。
「ぷひゅー! 冷たくて頭キンキンなりにけりぃ! うんみゃー!」
「ほんと、ちべたいれすぅ!」
「うおぉ! これは美味い。そして飲みすぎてしまいそうな酒であるな」
ニクスキー王はグイグイと飲み干して、ジョッキをドンとおくと、驚愕の表情を私たちに見せるわ。
「なんという暴力的でうまい酒か! 麦酒なのか?」
「ビール。そうですね麦酒の代用品です。もー一杯どうです? あー、でもその前にアジのタタキどうぞ」
ニクスキー王はお箸をうまく扱えないのでスプーンですくって口に、「ニクスキー王、すかさずシャリキンです!」
「うむ」
私に言われるがままにシャリキンを口に含むと、さっぱりとしたシャリキンがアジの臭みを流してくれるのよね。焼酎ってほんと光り物とか馬刺しとかに合うのよね。
「見たこともない料理に見たこともない酒……いずれも我が国の文化を遥かに凌駕している……私の国では……再現不可」
ガクガクブルブルと震えながらそう言うニクスキーさんに、デュラさんが自分の作ったアジのタタキを食べて、シャリキンで喉を潤すと助け舟を出したわ。
「ニクスキー殿。確かに我も同じ事を考えたであるが、代用すれば良いのではないだろうか?」
「代用? デュラハンの首だけの」
「デュラさんなりぃ!」
「デュラさん、詳しく教えてもらえるか?」
私たちは時折シャリキンをお代わりし、デュラさんの作ったアジのタタキを食べながら、文化交流を図ったわ。ないものは似たような物で補えばいい。焼きワイン……ブランデーの事ね。を凍らせてシャリキンの代わりにすればいいとデュラさんは言ってるけど、ブランデー凍らせようと思うとかなり大変よ。
「勇者アジのお刺身だぁーいすきぃなりぃ!」
パクリと食べて、ミカンちゃんは目を瞑るとガッツポーズ。
「ふみゃああああああああ! アジうみゃあああああ!」
いつの間にかバイスサワーのシャリキン割り飲んでるわね。まぁ絶対合うんだけど、「勇者さまぁ、私もぉ、同じのがいいれすぅ!」「じ、自分で作りけり」とバイスサワーの瓶を渡すとなんという事でしょう。
ワタツミちゃん映えるハワイのリゾートとかで使われてそうなトロピカルカクテルグラスにバイスサワーを注いで、映え写真撮ってるんだけど……即、ワタツミちゃんの容姿に騙された男共が、アセロラドリンク? とかコメント入れてるけど、残念ね! 一見美しく見えるその飲み物は大衆酒場のおっさんご用達のバイスサワーよ。それもトドメにシャリキンで割ってあるわ。
「おぉ! 誠に美しい酒だ!」
「ニクスキぃおーもお注ぎしますよぉ!」
とワタツミちゃんに作ってもらってニクスキーさん嬉しそうねぇ。でもほんと、ニクスキーさんは悪くないんだけど、学校の制服着たワタツミちゃんがお酒作っておじさん顔のニクスキーさんに渡してるの見ると、そういういかがわしいお店にしか見えないわね。
「ふぅ、随分飲んでしまった」
結構沢山作ったアジのタタキだったけど、この人数でつついてたら流石になくなったわね。シャリキンも作った分、全部消費したし、ニクスキーさんが、
「今年で十八になったが、こんな楽しい宴は初めてだ」
ニクスキーさん、私より2歳も年下なのね。老け顔では説明がつかないのは種族が違うからなのかしら……
「そういえばニクスキーさんは何をしてて私の部屋に迷われたんですか?」
「長く確執があったエルフの国と二千年ぶりに国交を結ぶ事になったのだが、ドワーフの中でまだ若輩の私が力を見せるに、大量の金を贈り物にしようと考えたのだが、落石事故で、気がつくと扉に触れ、今に至る」
危機一発だったわね。私は金で思い出したことがあったのでワタツミちゃんを見ると、頷いてあの使い道に困る金塊を持ってきた。
「ニクスキー王ぅ、これをお持ちくださいぃ」
「なんと言う美しい金の塊、これは我らドワーフの技術を持ってしても作れない。こんな物いただけませぬ」
「いや、私の部屋にあっても結構困るのよねそれ、だから人助けだと思って持って帰ってもらっていいですか?」
私達のお願いと聞いてニクスキーさんは涙ながらにあの出所不明の金塊を持って帰ってくれる事になったわ。すると懐からニクスキーさんが、
「対等な交換ではないが、これはドワーフ族に伝わる。不幸から遠ざけるお守りだ。あまり大きな声では言えないが、とある勝利の女神様が我らの国にお忍びで立ち寄られ、飲食と一晩の宿のお礼にと置いて行った物。これを金糸雀女史に」
私たちはこのお守りいらねぇなと思ったけど、とりあえず笑顔で受け取ってニクスキー王に手を振ることにしたわ。
多分、あと1時間くらいしたらこのお守り作った女神様くるんだろうけど、
「衣食住たかって、クソお守り置いていくって、いよいよニケ様、救いようがなくなってきたわね」
とりあえず玄関にぶら下げておく事にしたわ。