第162話 ファイナルエージェント、あるいは食堂の男と月見バーガー(マクドナルド)とウィッチドクターと
6月ですね。
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この日は私達にとって忘れられない日になるのよね。三連休でも貧乏学生の私が行く所と行ったらバイト先と図書館くらいな物で、家に帰るとデュラさんがお風呂を沸かしてくれて洗濯に掃除も終わらせてくれているからありがたいんだけど、本日ミカンちゃんがたまに受けるモデルのバイト(時給換算だと私のバイト代のおおよそ3倍)代が入ったとかで今日はミカンちゃんがご馳走してくれる。
一食浮くからなんでもいいんだけど、多分高確率でジャンクフードになるでしょうね。
大体、カフェのバイトが時給1000円ちょっとでガールズバーの方が、ドリンクを入れてくれる常連さんのおかげで時給3000円弱。ごく稀に従姉妹の狼亜ちゃんにヘルプで呼ばれるバーテンダーのバイトが日給で5000円。月収にして十四、五万なのにミカンちゃんったら数時間で数万稼いでくるんだもん。
なんか怪しい事してないわよね?
「たっだいまー! 疲れたー」
「おかりなさいであるぞ! 金糸雀殿、風呂は沸いておるからお先にどうぞである!」
「わー、ありがとー! じゃあ入ってくるね」
私が着替えを持って風呂に向かった時、ミカンちゃんのテンションの上がる声で、
「カノッサ機関から来れり?」
「そう……とも言える。が、違うとも言える」
見知らぬ誰かの声、もうすで誰か来てるのね。私はミカンちゃんと一緒に使ってるボディーソープを手に取りながら、必ず誰かプラス1以上で食卓を囲んでいるけど、そこまで食費に影響が出ないのは、兄貴が無限とも言えるレベルで購入しているお酒メインだからね。
それにしても今日は何を食べるのかしら? それに合わせたお酒のチョイスを……
まぁ、見てから考えよっか……汗を拭って、私は新しいジャージに袖を通すと、リビングに、
眼光鋭い青年、学生くらいかしら? 日本人よね。すごいオーラを感じるんだけどこの人。
「いらっしゃい。私は」
「いい、言わなくていい。犬神金糸雀、20歳。Bランク大学の経済学部。趣味は酒、好きなタイプはイケメンか美人。祖父が古武術の達人でアームロックが得意技、酒を飲む時は救われていないといけないという独特の感性を持つ。スリーサイズは、失礼に値するからやめておこうか」
「……貴方は?」
「名乗る程の名前はない」
自虐的に笑う姿がなんか腹たつわね。突然ルルルルルルと男性の電話が鳴る。スマホじゃなくてパカパカの電話ね。
「俺だ。あぁ、今接触中だ。室内の戦闘領域は10万6000ハドウ。余裕で殲滅可能だ。異世界の勇者、神、魔物。恐るるにたらん。気づかれる前に切るぞ」
と電話を切ると、再びニヒルな笑みを浮かべる彼をミカンちゃんが、
「ファイナルエージェントなり! カノッサ機関のエージェントにして曲者揃いのえージェンを束ねるリーダー。別名を食堂の男なり」
「なるほど……異世界の勇者、侮れん情報網か」
何この会話……そんな事より私はもうお腹ぺこぺこなのよね。なんでもいいからお腹に入れたい気分なの、
「ところで今日のご飯はなんなの?」
私がそう言うと、ワタツミちゃんが見覚えのある紙袋を持ってきてくれたわ。子供の頃は少しだけ嬉しかったけど、最近あんまり食べた記憶がない、
「マック買ってきたんだ」
「今日わぁ、お月見するってぇミ勇者様がぁ」
月見バーガーにドリンクは珍しくバニラシェイク? そしてサイドメニューの所在が不明ね。
「お待たせであるぞぉ! ポテトフライのチェダーチーズかけの完成である」
まさかのアレンジメニューをデュラさんが作ってくれてたのね。というか、昔マックにこういうメニューあったわよね。
「お酒はどうしようかしら……」
「上から二段、右から四番……」
テーブルに座りながら手で三角形の形を作りながら私を睨みつけるように見つめるファイナルエージェントさん……てか長い。彼の言うリカーラックの場所を見ると、
「バカルディブラック!」
成程、私ならゴールドを選ぶところだけど、味の濃いジャンク系の食べ物だったらこっちの方が合いそうね。私が驚きファイナルエージェントさんを見ると、にぃと嗤う。なんだかなぁ……
「ベタにコーラで割りでいい?」
「おけまるなりぃ!」
「コークわり美味しいれすぅ!」
と二人が了承したんだけど、私は念の為にファイナルエージェントさんに視線を移すと、
ルルルルルルル!
彼の電話が鳴り始めた。それを気だるそうに取ると、足を組んで、
「俺だ。なに……呪術医を所望する……はぁ、面倒ごとはいつも俺の仕事か……了解した。犬神金糸雀、聞いての通りだ」
ミカンちゃんとワタツミちゃんが疑問符を頭に並べ、デュラさんはもう殆どこの状況についていけていない状態で私は……ファイナルエージェントさんの言わんとしている事の意味を理解しちゃったのよね。
めちゃくちゃ嫌だけど……
「ウィッチドクターですね?」
あまり国内ではメジャーじゃないけど、アメリカではそこそこ有名な、ラム酒のドクターペッパー割り。兄貴達が呪術医って言ってたのよね。ドクペならミカンちゃんが馬鹿みたいに購入してるからストックはいくらでもあるし……
ルルルルルル!
ファイナルエージェントさんの電話がまた鳴り出したわ。
「俺だ。犬神金糸雀の重要レベルを7に引き上げる。冗談? 俺が冗談を言うか? 奴は選ばれし者の知的飲料についての知見ひろい……あぁ、まさかだ。切るぞ」
そんなファイナルエージェントさんの電話をミカンちゃんは目を輝かせて「おぉ! おぉ!」と興奮してみてるわ。私からしたら、今だに夢みがちな厨二病、いえ大二病にしか見えないんだけど……
まぁ、とりあえず今日はウィッチドクターを作って、
「それじゃあ、その選ばれし者の知的飲料となんとか機関に乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
「かんぱい……か、久しく忘れていた言葉だな」
あぁ、これはそうねぇ……うん、ブラックラムの独特な風味にドクペがいい感じで噛み合ってるんだけど、人を選ぶ味ね。
「うんみゃあああああああ! 勇者、これしゅき! しゅきぃいいい!」
ミカンちゃんみたいなドクペ信者にはたまらない味なんでしょうね。デュラさんは……
「なんというか駄菓子みたいな味であるな。まぁ悪くないである」
「甘いですねぇ」
異世界組は驚くほど味に関して順応するの大助かりだわ。ファイナルエージェントさんもジョッキに口をつけてニヤリと笑っているからいい感じみたいね。
「これ、月見バーガーが引き立てり!」
「ポテトもうまいであるぞ! 食堂の男殿!」
ふっ、と笑うファイナルエージェントさんは、デュラさんの作ったチェダーチーズのかかったポテトを一つ取るとパクリ、そして「なるほど」と呟くと……シェイクを手に取って、
「まさか……食堂の男殿……それは」
シェイクの蓋を取ったファイナルエージェントさんはチェダーチーズのかかったポテトをバニラシェイクにディップして……
食べたわ。
「それわぁ、美味しいんですかぁ?」
「ファイナルエージェント……やばし……」
デュラさんは、自分の料理が拒絶されたと思ったのか顔面蒼白ね……えー! これも私が説明しないといけないのかしら……というか、なんで私はこんな事知ってるのかなぁ……
「ファイナルエージェントさんは、デュラさんの作ってくれたチェダーチーズかけポテトのおかげで、究極のポテトの食べ方を実行できたのよ」
「「「「!!!!!」」」」
あー! 全員が驚愕の表情で私を見るやめて……というかファイナルエージェントさんもそれはずるいわよ。
でも説明しないといけないわよね。
「そもそも、シェイクにポテトを浸して食べるのはマックの公式がオススメしてるのよ。そして有志のマック改造食い厨達が見つけたチーズを入れて飲むシェイクという物があって、その二つを組み合わされた食べ方は一つの正解の形ね。私はやらないけど」
これも兄貴や兄貴の友達のダンタリアンさん達が言ってたけど、このファイナルエージェントさん、兄貴達の飲み友じゃないでしょうね……
気づくとファイナルエージェントさんのジョッキが空。ミカンちゃんや私よりも一杯が早い……すぐにライムを絞って私は二杯目のウィッチドクターを作って渡すと、それを受け取って口につける。
次は目を瞑って本当に美味しそうに飲むわねぇ。
「それじゃあメインの月見バーガー食べましょうか……月見バーガーといえば、昔ジェネリック月見バーガーってのあったわよね」
って言ってもみんな知らないか……あー、あー、ファイナルエージェントさんにブッ刺さりね。月見バーガーを食べる手が止まってる。
ルルルルルル!
「もしもし俺だ。マビノギオンに記す事を許されなかった仮初の満月について犬神金糸雀は知っていぞ! 情報と違いすぎる……俺に殺人者になれと言うのか……」
もう、ヒーローショーでもみているようにミカンちゃんが楽しんで、デュラさんは「おぉ、今年の月見も美味いであるなー」とファイナルエージェントさんが無害だけどデュラさんと違う世界で生きている存在だと察して自ら関わりに行かないようにしてるわね。なんか、悟った親戚の叔父さんみたいだわ。
「えぇ、マジれすかぁ? ワタツミも行きたかったれすぅ……えぇ、二人っきり? どうしようかなぁ」
ワタツミちゃんは片手でハンバーガーを食べて時折お酒を煽りながら、学校の男子生徒と電話始めちゃったわ。凄い雌の顔をしてるけど、男子生徒達を弄んでるんでしょうね。
で、説明役にミカンちゃんが私を見るから私はジェネリック月見バーガーについて語ってあげる。
「かつて、エッグチーズバーガーとハンバーガーを購入すると300円だったの。当時の月見バーガーは340円で月見バーガーを買わずに魔改造で作ったら40円安いというマクドナルド算数の応用ね。これがジェネリック月見バーガー。有名なのはチーズバーガー二つ買った方がダブルチーズバーガーより安いという現象だったんだけど、今は値段の改訂でそう言うのがなくなったの」
「それも……奴らの仕業だ……どうやら俺たちと本気でやりあいたいらしい」
違うわよ。昨今の物価高と賃金供給が比例してないからよ。と言うかマックの値段が変わったのはマクドナルド算数に公式が気付いたからかもしれないわね。私はなんか疲れたので気がつくとウィッチドクターを三杯も飲んでて、計七杯のウィッチドクターを飲んだファイナルエージェントさんの電話が鳴った。
ルルルルルルル!
「俺だ。率直に述べる。犬神金糸雀はあのマッドノンベニストの兄貴とは違うらしい。ここはこのままでも問題ないだろう。何? 堕落と説法に導かれた女が向かっている……あぁ、すぐにここから退避する」
口元を拭くと、ファイナルエージェントさんは立ち上がった。
「この後すぐ、ここにアンゴルモアの化身が来る。逃げるなら今のうちだ」
ミカンちゃんは何かを察して慌てて部屋から出ていくわ。デュラさんは難しい顔をして、ワタツミちゃんは「えぇーカラオケれすかぁ? 行きますぅ」と夜遊びが確定して……私は最近、小さい子が来るくらいの気持ちで受け入れてるのよね。
「まぁ、私達くらい相手してあげないと可哀想ですから」
「あぁ、分かっている。それがお前達なりの考えだな。ラ・ヨダソウ・スティアーナ……」
そう言って寂しそうにファイナルエージェンさんは去って行ったわ。私は知っている。彼が最後に言った言葉に、特に意味はない事。
でも、ファイナルエージェントさんは、これから起こる事を予言してみせたからもしかしたら本当にどこかの組織のエージェントなのかもしれないけど、生涯パンピーである私にそれらを知る由はない。
でも、そういう組織が世界の調律をしているのだとしたら、昨今の頭の悪い各国の政治家が世界を回せているのも頷けるわね。
信じるか、信じないかは……
「うぉーい金糸雀ー、赤坂で飲んでいたハイエルフのセラが立ち寄りましたよぉーと、そこで女神と合ってなー、とりあえず一杯水を」
「金糸雀ちゃん、ただいまー、みんなの女神ですよ」
あら、アンゴルモアの大王が恐怖の大王まで連れてきたみたいね。