第161話 織田信長と酢豚とグレンフィディック18年と
「金糸雀お姉ちゃん」
「どしたのワタツミちゃん?」
「この、子孫にフィギュアスケーターがいる戦国武将の人なんですけどぉ、人間人生50年って、短かすぎませんかぁ?」
「戦国時代だからそこら中で戦争してたし今ほど栄養も足りないし、病気とかになったら神頼みだから50歳まで生きられたら御の字だったのよ。もちろん長生きな人は100歳近くまで生きた人もいたと思うわよ」
ミカンちゃんがぴこぴこゲームをしながら「えぇ、勇者。立花道雪の方がいいかもー」「我は細川幽斎であるな」なんか戦国武将のお話になってるけど、戦国武将といえばそうね……というか日本史とか全然得意じゃないからあんまり知らないわね。
「ところで本日何食べる? 昨日買い物に行ったから結構なんでもできると思うけど?」
デュラさんがふよふよと浮いて冷蔵庫の中身を見て、考えてるわね。最近デュラさんは冷蔵庫の食材に無駄が出ないように計算してるのよね。野菜が古くなりそうならピクルスとか漬物にしてくれるし、
「酢豚を作って良いであるか? この前、ようつべの料理研究家が作る酢豚を見て真似てみたいと思ったである」
「デュラハンお兄ちゃん、私はそれでいいですぅ」
「勇者もデュラさんの作るのでおけまるなりけり」
デュラさん、元々騎士だっただけあって家事全般すごいきっちりやってくれるのよね。酢豚か、豚を揚げるのが面倒なので自分ではあんまり作らないのよね。そんな料理もデュラさんは面倒臭がらずに作ってくれるから大助かりね。
そりゃいろはさんも給金払ってでもデュラさんの料理食べたくなるわよね。
「勇者の動画チャンネルでもデュラさんの闇魔界レシピコーナーは人気なり」
えっ! デュラさん、動画配信してるの? 初めて聞いたんだけど! ワタツミちゃんも「あぁ、クラスの男の子もぉ、見てるって言ってましたぁ」
男の子を強調するのがアレだけど、割と人気の番組なのね。このメンツだし、お酒は紹興酒でも飲もうかしら? とか思っていたら、
「誰かおらんのかぁ?」
とやや甲高い声が響いて、ミカンちゃんが見に行くと、「偉そうなオッサンが来たり」と言うので見に行くと……
「私はこの部屋の家主の犬神金糸雀ですが……貴方は?」
「ワシを知らんのか? しかしここは南蛮の物で囲まれた部屋か? あるいは、まぁいい。ワシは平の朝臣、織田上総介三郎、信長だ」
お、おぉ……このめちゃくちゃ長い諱は……まさにあれね。
「信長公ですか、そうですか」
「女。貴様、来世人か?」
「まぁ、そういうことになりますね。未来人と多分言うんだと思います」
「行く末の分からぬ場所より来れり人か、良い言葉だな」
信長公、なんか何もかもわかってる感じね。というか異世界からだけじゃなくて、戦国時代からもついに来ちゃったわね。そういえば前に忍者とか来てたっけ……
いや、私からすれば異世界も戦国時代も似たようなもんだけど……
「えぇ! 信長なり? 勇者、驚を隠せず! ラノベの主人公か何かだと思ってり! 実在してたのに思わず驚愕と勇者ははっきり申す」
「……この娘、わけの分からぬ喋り方をするな。して、ワシは何故ここに来たのやら? 金糸雀と言ったな? わかるか?」
「いやぁ、どうでしょう。はは……とりあえず今から食事なんで一緒にどうですか?」
「はっはっは! 肝の座った女子だ。馳走になろう」
私とミカンちゃんがあの織田信長が来たと伝えたらデュラさんは放心状態なのに対してワタツミちゃんは、
「へぇ、これがあの人間人生五十年のぉ。初めましてぇ、ワタツミですぅ」
「ほぉ、海と申すか娘、なんとも不思議な縁よな」
お酒は……発泡酒でも消化しようかと思ってたけど……信長来ちゃったなら話が変わるわね。良い日本酒でも……うーん、そうねぇ……ここは南蛮かぶれの信長公の為に、私のとっておき開けちゃうか、
「本日は信長公もいるわけなんで、グレンフィディックの18年開けちゃうわよ」
飲み方はまぁ、まずはストレートで味わってもらおうかしら、
ティスティンググラスに全員分少量を注ぐと、
「金糸雀よ。これは酒か? ちと量が少なくはないか?」
「信長殿。これは度数が極めて高い酒である。ゆっくりと舐めるように飲む酒であるぞ!」
ウィスキーどころか焼酎も多分ほとんどメジャーじゃなかった時代だからこれはインパクト大でしょうね。
「では、人間人生五十年に乾杯! 是非もなし!」
「「「ぜひもなしー!」」」
「ははははは! どこでも宴は愉快なものだな! 乾杯」
信長公、クイッとやっちゃったわよ。甘酒が主流の戦国武将に果たしてウィスキーは……
「うまい! 喉が焼ける熱の後にふんわりと感じるなんらかの果実、その中に麦もあるな。なんという凄まじい酒か……お代わりを」
「きついなりけりぃ!」
「ほほ……これは良いウィスキーであるな。さすがは金糸雀殿、秘蔵」
「はぁ、おいすぃーですぅ」
鹿の谷を意味するグレンフィディック、その18年物が私は一番美味しいと思ってるわ。ストレートで飲むのが一番なんだけど、酢豚と合わせるとなると、加水した方がいいのよね。
ちょっと勿体無いけど、ソーダ割りにしようかしら、
「じゃあ、デュラさんの酢豚も食べましょうか」
取り皿にとって信長公にも差し出すと、信長公は「これは肉か? こっちは野菜。甘酢か……食す前から分かる」
実食!
信長公のお箸を持つ持ち方のまた綺麗な事。パクリと食べて、開眼。これはデュラさんしてやったりね。野菜を焼いてから煮てあって、隠し味にニンニクを少し入れてあるわね。
これは信長公と同じで、
「うまぁい!」
「うんみゃああああ!」
私とワタツミちゃんの気持ちを代弁してくれる第六天魔王と勇者。すかさずここで私はレモンを絞ったグラスにやや濃いめのグレンフィディックハイボールをみんなの手元に、
「酢豚がいる内にグレンフィディックを、グレンフィディックがいる内に酢豚をやってみて!」
ゴクリ。
デュラさんが「これは危険な組み合わせであるな」とお箸が止まらない。ワタツミちゃんも無言でヒョイパク、ごくごくと……この子ほんと分かりやすいわね。自分の快楽を優先する……まぁ神様ってそんなもんなのかしら。
「信長、しゅわしゅわうましなりけり」
「ほぉ……口の中で破裂しよった! げに面白い酒。そして美味い! こんな愉快な宴はいつ以来か! 毛利のうつけを屠るのに良いハクがついたわぁ! 羽柴のアホぅにも自慢話をしてやるか! はっはっは!」
毛利ってあの有名な毛利元就かしら? どんな人達なのか聞いてみたいけど、お酒の席のお話は嘘八百だと思って今は飲み会を楽しみましょうか、
「首だけのデュラさんよ」
「なんであるか?」
「この料理作り方を教えてはくれぬか? 家来共に食わせてやりたくてな」
「信長は料理が得意だったのは事実なりけり! うおー、勇者興奮を隠せず!」
「良いであるぞ! しかし信長殿の世界にこれらを再現する物は」
デュラさんはネットで戦国時代に流通していた食べ物を探し、酢豚を考える。そして案外揃っているので、ピーマンの代わりにエンドウマメと唐辛子で代用。簡単なレシピを伝える。
「美味い! この味忘れぬようにたらふくいただくか」
「信長公、よかったらお酒。氷で加水するオンザロックもどうかしら?」
「ほぉ! 贅沢に氷を使ったワシに相応しい酒だな! 愉快、愉快」
気分をよくした信長公は私たちに舞を見せてくれたわ。センスを懐から出して、
“人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり“
私たちに睨みまで効かせてくれて、これは凄いわね。
ミカンちゃんはスタンドして拍手。
「うおー! うおー! リアル人間人生五十年なリィ!」
「ははははは! 貴様らワシの城に来た時は驚くべき宴で出迎えてやろうぞ! そろそろ家来共が心配する頃合いだろう。戻るとする。実にいい宴だったわ! まさに夢幻の如くな!」
そう言って信長公が私たちの部屋から去って行こうとした時、ワタツミちゃんが信長公の手を握った。
「どうした? ワシと来るか?」
「行っちゃダメぇ。信長さぁんのぉ、未来わぁ、それ以上はぁないですぅ」
もしかして、私でも知ってるあの事件かしら?
私はスマホを取り出すと、調べて信長公のあの史実を理解する。信長公は後の豊臣秀吉が毛利方との戦をしているからその助力の為に、本能寺に向かったのよ。
「信長ぁ! 勇者の剣。フェニックスブレード! これを持っていけり!」
バラバラと20本くらい勇者の剣を取り出すミカンちゃん、というか何本あるのよ勇者の剣。ミカンちゃんだけじゃなく、
「わ、我のファミリア、バーサークブレイズスピリットを連れて行くであるか!」
流石にこんな風に焦ると信長公にも何か察したんでしょうね。
「金糸雀よ。この世が日の本の未来か?」
「信長公からすれば」
「ワシが天下を取った暁にはこのような未来が待つか、故にこの信長、貴殿らの助力は要らぬ。貴様らも理想を持ち、信念に生きよ。理想や信念を見失った者は、戦う前から負けていると言えよう。そのような者は廃人と同じだ」
それでも、誰かが死んでしまうのを見殺しにはできないわよね。未来が少々変わったって誰も文句は言わないと思うの。
やっぱり、悲しいのはちょっとね。
「信長公!」
「そういえば貴様はこの城の主であったな。駄賃をやろう。ワシの小刀じゃ、ガキ共の玩具を作ったり、魚を捌くのによく使える。必死に生きてこそ、その生涯は光を放つと言える。さらばじゃ、我が友等よ」
こうして、織田信長は私の部屋から去っていったわ。私の部屋にある小刀が織田信長の持ち物だという証明は何もないけど、私たちは何も語らずとも、歴史に語られた織田信長に嘘偽りはないと知ったわね。
「こーん! ばーん! わー! 女神が来ましたよー! お帰りなさいはどうしましたかー!」
チッ! 誰かが舌打ちをした。