第160話 エクスマキナと冷しゃぶとパナシェと
炊飯器が壊れたわ。炊飯器って壊れるの? いや、機械だから壊れるんだろうけど、実は私はご飯派なのでご飯を炊いて冷凍保存して食べる分だけレンジで温めてご飯を食べる一般的な節約方法を取っているんだけど、本日ご飯を炊いて冷凍保存する日だったんだけど、コンセントに刺しても炊飯器がうんともすんとも言わなくなったのよね。
「炊飯器の霊圧が……消えたなり」
ミカンちゃんがいう通り、完全にご臨終してるわね。炊飯器の買い替えとか予想だにしない出費ね。炊飯器の問題点はそこそこいいのを買わないとご飯を炊いた時の味に雲泥の差が出るという点ね。フライパンとかで炊いてもいいんだけどガス代より電気代の方が安く済むので、今度ヨドバシにでも行ってみましょうか……
「今日はビールでものもっか? あれ? ワタツミちゃんは?」
「あのビッチはガッコーというところの雄共に貢がれにいけり」
ほんと、身も蓋もないんだけどその通りとしか言いようがないのよね。男子の友達と遊んでるところは何度か見たけど、女子の友達ワタツミちゃんいるのかしら?
「じゃあ、久しぶりにいつもの3人飲みましょうか?」
「うむ、殿下も魔王城にお帰りになられ一安心である」
「勇者しゅわしゅわ飲みたいかも」
「もう、ミカンちゃんはいつも炭酸飲んでるでしょ!」
ギィと私の家の扉が開く。いや、ちょっと待って。そんな重そうな音しないわよ? 私が玄関を見にいくと目が明らかにカメラアイっぽい女性?
「あの、こんにちは……この部屋の家主の犬神金糸雀です。貴女は?」
ぐりんと人とは思えない首の動きで私を捉えると……こわいこわい! 何これ? 殺されるの?
とか思ったら私の前に跪いて私の手の甲にキス。
えっ! えぇ! 何これ!
「見麗しいヒューマンの雌型。犬神金糸雀様。私はMJK社−60021号、エクス・マキナです。現在、アタラクシアインビジブルエイカーを探しており、もしお持ちであれば少し分けていただけませんか?」
何それ……
「ご、ごめんなさい。そのアタラクシアなんとかは私は持ってないですね」
「そうですか、それは残念です。では私は星々を渡る旅の途中ですので、では」
そう言って行ってしまいそうなエクス・マキナさんの前に三ツ矢サイダーを飲みながらやってきたわ。
「誰がきたり?」
「おぉ! アタラクシアインビジブルエイカー!」
「えぇ、ミカンちゃんの飲んでる三ツ矢サイダーがアタラクシアインビジブルエイカーなの?」
驚く私とエクス・マキナさんに対してミカンちゃんは、
「頭大丈夫なり?」
「より目麗しい辛辣の君よ! 私はMJK社−60021号、エクス・マキナです。貴女」
「勇者なり」
「そう、勇者様がお飲みになられているそれこそがアタラクシアインビジブルエイカー。少しおわけいただけますか?」
「良き良き! かなりあ達と飲み会なりけり! マキナも参加せり」
「ではお言葉に甘えて」
えっと、この機械っぽいマキナさんは飲み食いできるのかしら……私はデュラさんが冷しゃぶを作って超能力で持ってきてくれるリビングに戻る。
「うむ! ツケダレをいくつか作ってみたである! 玉ねぎポン酢、ゴマだれにレモンマヨネーズダレである」
「おや、首だけで生命を維持する事は不可能。私と同じエクス・マキナですか? どこの会社の商品でしょうか?」
「ムムッ、何やら難解なスペルを申されているであるな!」
マキナさんはデュラさんを同じ機械だと思っているんでしょうね。
多分、
「あの、マキナさん。こちらデュラハンのデュラさんです。生きてるか死んでるかというとちょっと私もわからないですけど、機械的な存在じゃないんですよ」
「私の造られた世界よりも科学力が発達しているということですね」
「言っていることが全く持ってわからんであるが、ささ! 食べようである」
だめだわこれ……
リビングで私たちはアサヒスーパードライを前に、乾杯の音頭。
「じゃ、じゃあかんぱ……」
「か、金糸雀様……これはエレキテルグルテンナーソ……これは私には濃すぎて……」
「あー、やっぱりビールとか飲めないですよね」
「ではなく……少々私には濃すぎるので薄めてもらえれば」
「飲めるんですか?」
「はい、弱いんですが好き寄りの好きです」
なるほど、私の世界よりも科学の進んだどこかでは機械の女の子も平然と飲酒ができるのね。まさにドラえもんみたいな身体の構造かしら?
だったら話が早いわ。
「マキナさんはサイダーが欲しかったんですよね? サイダーとビールのカクテル。パナシェなんてどうでしょう」
私がカクテルのロンググラスにビールと三ツ矢サイダーでパナシェを作ると、それを見ていたミカンちゃんが、
「かなりあー! 勇者も! 勇者もそれのみたし」
「ほほう、シャンディガフとは違うであるな! 我も頂いてよろしいか?」
という事で今日は三ツ矢サイダーとアサヒスーパードライでパナシェに変更して、
「それじゃあ! オーバーテクノロジーに乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
ビアカクテルってビールが苦手な人に程飲んで欲しいわよね。コークビアとか飲みやすいカクテルは沢山あるしね。
「うんみゃあああああ! 勇者これしゅきぃ!」
「シャンディガフよりキリリとしているであるな」
さてさて、マキナさんは……
両手で上品にグラスを持ってごくごくと、するとすぐに顔が真っ赤に染まっていくわね。そういう機能付きなのかしら?
「ひゃああああ! これはきつい。ですがおいしー!」
「めっちゃ顔真っ赤ですけど大丈夫ですか?」
「今、毒素を分解しエネルギーにしている最中です。しかしこの高純度のアタラクシアインビジブルエイカーとエレキテルグルテンナーソがエグゼットする事でこんなにブレイブハートな現象が起きるとはこれは驚きを隠せませんな」
なんかクソゲーの説明を聞いているみたいな意味不明な単語のオンパレードね。まぁ、要するに三ツ矢サイダーとビール混ぜたらこんなに美味しい物ができる的なね。
「じゃあ、デュラさんの冷しゃぶ食べましょっか? どれどれ、ごまダレから……んーんまい!」
ミカンちゃんはレタスと一緒にレモンマヨネーズソースで、むぐむぐ咀嚼して「んみゃい!」と一言。マキナさんは……
「何らかの生物の肉片と思われる有機物と何らかの植物と思われる有機物。そして添加物のオンパレードの何らかの液体につけていただくのですね。ヒューマンの食生活は多く勉強してきましたが、これは珍しい食文化です。いただきます」
お箸を持つのに四苦八苦しながらマキナさんは玉ねぎポン酢でパクリと食べて……しばらく目を瞑り咀嚼。
咀嚼……
「これはいけません」
「口に合わなかったであるか? ぺーするといいである。何か吐くものを」
「いえ、私の知るヒューマンの食文化を完全に凌駕しています。見る限り、失礼を承知で申しますとこのお部屋にある物の文明水準はかなり低く見積もっていました……が、飲み物も食べ物も私を作ったヒューマンでは足元にも及びません」
バシっ! とお箸を置いて力説するマキナさん。栄養面から味付けから色々と私たちにはちんぷんかんぷんな説明を行ってくれた中で、
「大変ご馳走になりました。十分エネルギーを充填できたので、私はこのあたりで……おや、こちらの方は?」
こちらの方、先ほど寿命を迎えた炊飯器ね。私たちの飯炊要員の殉職のお知らせを話した所、
「うっ、うー! なんと、それほどまでにこちらの方は尽力され、金糸雀様達もそれはそれは大事にお使いになられていたのですね? こちら亡骸、私にくださりませんか? 丁重に弔って差し上げたいと思います」
「え、えぇ、まぁ別にいいけど」
ゴミとして出してもお金かかるしありがたいけど、炊飯器とか超文明の進んだ世界で必要なのかしら??
「それでは金糸雀様、勇者様、デュラ様。さようなら!」
「お気をつけてね!」
「マキナ、勇者の三ツ矢サイダーをやれり! 24本入りなりきり」
「マキナ殿。こちら先ほど使わなかったであるが、明日のおかずに作った肉味噌である。持って行くと良いであるぞ!」
私たちのお土産、まぁ私の炊飯器はゴミだけど。それを持ってマキナさんはぎこちないながらも確かに……
「ありがとうございます!」
笑ったんだと思う。
私達の日常はそれからも普通に続くのだけれど、実は地球より遠い場所でマキナさんはある報告をしていた事を私はこれからずっと後に別の星から来た宇宙人の人に聞くことになる。
“MJK社−60021号、エクス・マキナ。報告をお願いします“
「コピー。この度、破壊すべきか論争されているあの青い惑星。イセクワノリカッバンゲンニイナモウョシウドウイトルイテッナコオヲカンシイナクヨビタノコに関して、素晴らしい心を育てた知的生命が育ち、このように困っている私にこれらの貴重な物資を分け与えてくれる優しい存在ばかりでした。私は逆に勉強させられました。管理している私たちが頭でっかちになっているのではないか、いつか彼らが私たちと同じ場所で議論できる日を楽しみにしたいと、私の報告を終わります」
“貴重な報告、ご苦労。即刻、あの青い惑星を破壊する兵器の停止命令を下します“
私たちは飲み会の席で、地球もまたも救っていたという事。
でも、地球の人たちがいがみ合って、愚かな行為を繰り返していたら、いつか神の目線から地球という美しい惑星が滅ぶのかもしれないわね。
私はそんな事を考えながら、飲みすぎてトイレにこもっているハイエルフのセラさんと、酔いすぎてまた武勇伝を語りながら説教してくるニケ様の世話にため息の一つを吐くのだった。