第159話 ムシュフシュとざざ虫の缶詰と角ハイボール缶・濃い目
「あの、経営学科の犬神さんですよね?」
んん? 大学のキャンパスで高身長のイタリア系のイケメンに声をかけられた私、こういう時は私の声色が1段階高くなる。
「えっ、そうですけど……何か用ですか?」
「僕はマルコ、文化学科の三年生、君の事をジウに聞いたんだけど」
「あー。ジウさんに」
「付き合ってくれないか?」
そう、ロマンスは突然にやってくるのよ!
私、モテ期到来? モテ期って幼稚園の頃に一回あったかどうかくらいで忘れてたけど、女子は少なくとも2、3回くるって聞いてたけどこれがそうなの? なんか大体社会人に一回はあるとか聞いたんでそこまで待ってようと思ってたけど、パパ。ママ。もしかしたらグローバルな赤ちゃんを孫として見せられるかもしれないわ!
とか思った瞬間が私にもあったわ。
あのクソ伊達男は「ニポンノー、デントーテキナ、タベモノカタケド、コワクテタベラレナイカラ、アゲマース。サケモ、アゲーマース」と私に押し付けてきたのよね。
そんな悲劇の私はクソ重い荷物を持ちながら家に帰る。こんな時、一人だと泣いてしまっていたかもしれないけど、ただいまを言える家があるのは心の支えね。
「ただいま」
すると大体。
「お帰りであるぞ!」
「おかりかも」
「お帰りなさいお姉ちゃん」
「お邪魔してるっす!」
最後の一人誰? まぁいいわ。どうせ異世界の人でしょ。とことん飲んでもらいましょう。
「て、事があったのよー」
「えー、かなりあきもーい」
ミカンちゃんは私にキモいキモいすぐ言うのよそで言っちゃダメよ! 私は耐性あるけど、心折れる人もいるんだから、
「我的には金糸雀殿はあれであるな、愛嬌があるである」
地味にこういう遠回しな方が女の子は傷つくのよ!
「金糸雀お姉ちゃんわぁ! 可愛いですぅ」
出た出た! ガチで可愛い側の女の子の言う可愛いというのはただの“音“こんにちは! と言うくらい息を吸って吐くように可愛いという言葉をつくのよ。
そんな風に卑屈になっている私に、
「ここの主の金糸雀さんっすね? ちょー可愛い、ちょータイプっす!」
えぇ! どんなイケメ……蛇がいるわ。それもでっかい、アナコンダみたいな。でも喋るので、
「あ、ありがとうございます。えっと、犬神金糸雀です。あなたは?」
「あー、挨拶が遅れたっす! 自分、ワタツミの従兄弟でムシュフシュっす。自分の母ちゃん、ティアマトっていうんすけど、同じ海の神の一族っす」
「ムシュくんわぁ、近くに来たのでぇ、寄ってくれましたぁ」
聞いた事ない名前ね。ググってみるとティアマトさんって言うのはどうも日本のイザナミみたいな設定の神様なのね。源流はどっちかっぽいわね。
あー、だから日本産みたいなワタツミちゃんと従兄弟なのかしら? ムシュフシュさんは八岐大蛇的な設定っぽいわね。日本は9人兄弟だけど、ムシュフシュさんは11人兄弟ね。
昔って短命だったから子沢山なのが凄いみたいな考えが日本も世界もあったのかしらね? そうやって神話から当時の状況を汲み取っていくと歴史学者的な人達は面白いのかもしれないけど、
私は全然興味ないわね。
「いらっしゃいムシュフシュさん、今からお酒飲もうと思ってたんですけど行ける口ですよね」
「自分、酒には目がないっす!」
と言う事でクソ伊達男に貰ったおつまみとお酒を私はここでご開帳する事にしたわ。
そこには大量の角ハイボール缶・濃いめ。そして、ざざ虫の大和煮と書かれた缶詰。ほとんど食べられず、お酒も殆ど飲めなかったんだって、
私の豆知識なんだけど、外国の人って意外とお酒飲まないのよね。というか、日本人の飲み方がちょっと世界的に見てもアレらしいのよね。
「今日のおつまみはざざ虫の大和煮。日本は一応世界でも有数の食虫文化を持ってるのよね。イナゴは前に食べたけど、ざざ虫もまぁ慣れれば美味しいわよ」
異世界の人達の私はやって行けるところその一がこう言うところね。虫を出そうと何を出そうとそれが食べ物である以上。
「ほぉ、美味そうであるな」
「むしー! 勇者イナゴがいい! エビみたいなりぃ」
「自分! 意外かもしれねーっすけ! 虫大好きなんす」
ごめんなさい。ムシュフシュさんは普段から虫とか食べてると勝手に思ってたわ。そしてたった一人、
「きゃあああぁ! 虫こわーい!」
あれね。学校で虫がでた時、男子の前で怖がる練習でしょそれ。私知ってるんだから、ワタツミちゃんがこの前窓開けてご飯食べてたら部屋に入ってきたオオスズメバチを箸で掴んでそのまま外に逃してあげていたの。
「はいみんなリアクションありがとうございます。今日は角ハイボール缶ね。コスパが悪くてあんまり買わないから私が普段作る角ハイと味比べでもしてみましょうか? 個人的には濃いめより普通の方が好きなんだけどね」
お店の味と銘打っているだけあって角ハイボール缶は氷さえ用意すれば確かに美味しいのよね。もしかしたらあのクソ伊達男達はそのまま缶ごと飲んでたんじゃないでしょうね? 最近分かったんだけど、酎ハイ缶とかも全部ロックアイスの入ったグラスに移してあげる事で超美味しくなる事に気づいたのよね。缶ごと行っていいのは多分ビールだけだと私は思ってるわ。
氷の入ったグラスを全員分用意して一応、ムシュフシュさんのグラスにはストローをつけておくわ。
「じゃあ、私に虫を押し付けたクソ野郎とムシュフシュさんに乾杯!」
かんぱーい! と私たちはグラスをコツンと合わせ御神酒代わりの一口目。まぁ、あれね。安定の角ハイボールね。角ってぶっちゃけハイボールとしてもめちゃくちゃ美味しいわけじゃないんだけど、なんかこう安心するというかハイボールってこれよね? みたいな刷り込みが行われてるくらい可もなく不可もない安定感がウリね。
「うまいっす! 自分、こんな酒初めてっす!」
「うんみゃい!」
「うむ、やはり角であるな」
「アル中カラカラぁ!」
異世界の人たちからすれば角でも相当美味しいみたいなんだけどね。じゃあ今日のメインディシュ。
ざざ虫の大和煮をみんなで実食ね。私っていつから普通にこう言う虫系もいけるようになったんだっけ……覚えてないわね。
いざ実食。
「あー、こう言う味だったわね。大和煮味の中に独特の苦味とタンパク質特有の甘味とこの歯応え、これは角が進むわね」
クイッと私は一本目を飲み干すと二本目に突入。そういえば苦味に対して日本人は世界でもトップクラスに旨み成分を感じる事ができるとか聞いた事あったわね。
「謎の虫! ププ! うんみゃだけど勇者イナゴの方が好きかもー」
「おぉ、虫ケラの分際で中々の味わいであるな」
そう言って二人とも角ハイお代わり、ワタツミちゃんは案外本当に食べられないのかしら?
そう思った私だったけど、ヒョイぱく、ヒョイぱくと綺麗なお箸使いで自分の分、そしてムシュフシュさんにも食べさせてお酒よりざざ虫の大和煮をメインで行っちゃってるわね。
「金糸雀お姉ちゃん、お酒ぇ、お代わりれすぅ」
「金糸雀さん、自分。不躾ですが同じくお代わりいいっすか?」
「全然、全然! この部屋、多分一生で飲みきれないくらいのお酒があるからいくらでも遠慮せずに飲んでくださいね」
「自分、ガチで金糸雀さんに惚れそうです」
「えー、そんな事言われてもお酒くらいしか出ないですよぅ」
ざざ虫の缶詰は勢いよく減っていく。そして比例するように角ハイボール缶・濃いめも次々と空の缶が積み上がっていくわ。
私はこんな光景を見て、そりゃ私モテ期なんて来ないわねとか思っていたら……
「金糸雀ちゃん、貴女は間違っていますよ!」
といつの間にか、炊飯器のご飯を勝手にお茶碗によそってパクパクと食べているニケ様の姿。普通に泥棒じゃない。
「何がですか……てか勝手にご飯食べないでくださいよ」
「むしゃむしゃ、この佃煮美味しいですね。金糸雀ちゃんはモテ期が来ていないとかふざけた事を言っていますが、金糸雀ちゃんはこの私たちの世界からくる住人に割と好意を持たれていた事が多かったでしょ」
そりゃまぁ、確かになんというか……人外みたいな人ばっかりですけど……と言うかまさか……
「そのまさかです! もう金糸雀ちゃんはモテ期を使いきっているんです」
「…………」
バカな……それじゃあ私は……
放心しかけている私にニケ様が、
「金糸雀ちゃん、この佃煮、材料はなんですか?」
「それはざざ虫と言ってトビケラという虫です」
「きゃあああああ! 虫ぃ!」
あっ、ニケ様腹立つなぁ。
なんか今日は気持ちが晴れないのでニケ様にお酒出して説教してもらおうかしら、もちろんおつまみはざざ虫で。