第155話 魔王軍三柱・怪鳥王シレイヌスと焼きトンとジムビームアップルハイボールと
いつも誤字報告などしていただき、本っとうにありがとうございます!
「狼亞ちゃん、タンカレーのショットを」
「分かった。お待たせだ」
冷凍庫でキンキンに冷やしてあるロンドンのドライジン。犬神狼亞ちゃん。私の従姉妹にして超高級ホテルのバーで働く女性バーテンダー。またの名をバーメイドさん。私の憧れであり、びっくりするくらい同性からの人気も半端じゃない。今日は狼亞ちゃんのバーテンダーの師匠のお店を手伝って小さいバーでお仕事をしているので私も飲みに来たの。
「マスターマスター!」
「マスター、お代わりっす!」
狼亞ちゃんは私以外にはとても綺麗な接客をしているのよね。微笑を崩さずに、お客さんの前で、
「お待たせ致しました。ご注文はお決まりですか?」
酒クレイジーの兄貴ですら認めるカクテルの技術、犬神家の遺伝子が本当に流れているのかというくらいモデルさんみたいなスタイルはこの店に常連客が大勢できるのも頷けるわ。
「今日はミカンちゃんとかワタツミちゃん来てねーんすか? あの美少女見るのも楽しみだったんすけど」
「本日はお二人はいらしていませんね」
あーあー! 聞こえなーい! 二杯目はギネスでももらおうかしら、ジンのストレートからギネスって順番逆じゃん! とか言う人いるけど、私はなんでも飲めるからいいのよ。
「マスター! 10人行ける?」
「いらっしゃいませ小松様! どうぞ」
「じゃあとりあえずビールお願いね」
「かしこまりました」
なんか人増えてきたわね。バーでとりあえずビールって何よ! とりあえずって! 狼亞ちゃんに聞けば古今東西どんなビールでもおすすめしてくれるのに、銘柄何よ! と、私が口を挟みそうなので、そろそろ、
「狼亞ちゃん、お勘定」
「金糸雀、私の奢りだ。また来てくれ!」
男前っ! そりゃ、狼亞ちゃん、女子高時代は中高六年間王子様だったわけよ。私は狼亞ちゃんに手を振って、常連のお客さんにお辞儀をするとお店を出る。
すると、そんなすぐ近くで鼻腔をくすぐるいい匂い。焼き鳥? いいえ、これは……
「焼きトン(ホルモンの焼き串)!」
大阪発祥で、今現在は東京でお目にかかる方が多いらしいのよね。さっきまでチョコレートとジンとかだったのでお腹空いてきたわね。
みんなにお土産も兼ねて買っていこうかしら。
「おじさーん! 焼きトン50本!」
「あいよ。お嬢ちゃんフードファイターかい?」
「違いますー! 家にいるみんなで食べるんですよ! 大喰らいが一杯いるんでそのお土産です」
「アンタもしかして、カナリアーちゃんかい?」
「えぇ、イントネーションちょっとおかしいですけど、確かに私は金糸雀です」「あのめんこい子。アズリたんちゃんの知り合いかい。もう50本おまけだ! もってけ! ウチのカカァが腰をやって倒れた時にな。アズリたんちゃんが腰に触れるとカカァの骨に転移したガンが消えちまったんだ! 家来のかなりあーがいつも困っている人を助けるのはいい事だと言っていたから行っただけと言って帰っちまってな! 俺りゃ泣いちまったよ。あの子、聖女って言うんだろな」
いえ、魔王の娘ですよ。聖女ちゃんは、ちょっと頭がアレな子ね。と、親父さんは感動して焼きトンを大量におまけしてくれたので私はほこほこして家に帰ると家が大惨事だったわ。
「デュラハン貴様ぁ! アズリタン様をこのような狭い部屋に隔離し何事か!」
「し、シレイヌス様、これにはわけがあるのである!」
「言い訳など聞きたくない! 勇者まで共にいるではないか!」
「クハハハハハ! シレイヌスよ! 騒がしい。周りの住民に迷惑だ静かにせよ!」
「アズリタン様。このような空気の悪いところにいてはなりません! 今、魔王様もご不在で、我ら三柱。ディダロス。ウラボラスとそしてこの私、怪鳥王シレイヌスが三千世界をお探し、ようやくアズリたん様をお見付けできたのです!」
私が「ただいまー」と家に戻るとこの大騒ぎ、察するにデュラさんより位が高くて、当然アズリたんちゃんより位の低そうな人が来たわけね。ナイスバディなすっごい美人。腰のあたりから羽が生えていなければ、ゴージャスタウン(歌舞伎町)辺りに生息してそうな人ね。
「クハハハハ! 金糸雀よ。余がお帰りなさいを言ってやろう」
「ありがとう。ただいまアズリたんちゃん」
その瞬間、私に向けてナイフみたいな羽が顔目掛けて飛んできたので、それをアズリたんちゃんがニコニコした笑顔のまま掴んで止めてくれたわ。
「シレイヌス、貴様は血塗られている程美しいが、金糸雀に手を出す事は余が許さぬ」
「アズリタン様ぁ! 私は……私は貴女様の事を第一に」
「クハハハハハハ! 全ての魔王軍は余の事を第一に考えるのは当然」
さて、リビングでは某男性アイドルグループの性被害事件のニュースを興味深そうにみているワタツミちゃんと、ひっくり返ってポテチを食べているミカンちゃんの姿。
家主である私ができる事は、大量に買ってきた焼きトンを見せて、
「とりあえず食事にしない? シレイヌスさん、私はこの家の家主の犬神金糸雀です。ご一緒にどうですか?」
「人間風情が私に話しかけるな! 耳が腐る!」
「クハハハハハ! シレイヌスよ。金糸雀はディダロスと杯を交わした仲、言わば貴様と対等。そして余の一番の家来だ」
「そ、そんなぁ……」
なんかシレイヌスさん、可愛いわね。というか、私びっくりするくらい恨まれた目で見られてるわね。病みやすそうな感じからやっぱりゴージャスタウン(歌舞伎町)の人みたいね。
「焼きトン買ってきたので、お酒はハイボールでいいわよね? ここは角よりジムビームね」
全員分ジムビームハイボールを作って、アズリたんちゃんには三ツ矢サイダーを用意。のそのそと起き上がってきたみかんちゃんと未だテレビを食い入るように見ているワタツミちゃんを呼んで、
アズリたんちゃんがグラスを掲げて、
「余の怪鳥王シレイヌスに乾杯!」
「乾杯である!」
「乾杯なりぃ!」
「乾杯ですぅ!」
ウェーイかんぱーい! と私もグラスを掲げると、シレイヌスさんはポロポロと涙を流し始めた。この人、結構ぴえん系(病み系)ね。
「あず、あず、アズリタン様がぁ、私を私を余の! と言って下さったぁー! アズリタン様ぁ、永久におつかえいたしますぅ」
オレンジを皮ごとすりおろしてオレンジハイボールがジムビームはベターだけど、本日はアップル味のついたジムビームなので、ロックアイスとソーダ水で割るだけで、
「うんみゃああああ! 勇者このハイボールしゅきぃ!」
「うむ、ジムビームにしては味がついているであるな……林檎であるか?」
「そうですよ! 本日はアップルジムビームのハイボールです。シレイヌスさん、どうですか?」
「ふん、人間が好みそうな野蛮な味だ」
とか言いながら結構飲んでるので、口にあったみたいね。じゃあ、ここで焼きトンをお皿に並べて、玉ねぎとピーマンでも焼こうかしら、不思議と焼き野菜って串物に合うのよね。
「はい、お待たせ! 好きなの食べてね! レバーとハラミとシロ、タンにシロコロホルモンかしら?」
デュラさんがアズリたんちゃんが怪我しないように串から外してあげていると、シレイヌスさんが「デュラハン! 貴様のような身分がアズリタン様のお世話をされるとは何事か!」
と恫喝されるので、
「申し訳ないである。我しか殿下の面倒を見させて差し上げれる者がおらず」
「どいていなさい。アズリタン様は私がお世話をするのです! 貴様はそこで人間と勇者と飲み交わしていれば良い」
という事で、デュラさんはヤレヤレという表情で私たちの元に来て、レバー串を超能力で浮かび上がらせると一口。
「うまい! これは実に美味いである!」
「勇者ハラミスキー! 玉ねぎ焼いたのもスキー!」
「私はぁシリコロホルモンがすきですぅ! お酒もおいしー」
私はすぐさま2杯目のハイボールを作っていると、献身的というか、かなり大事にフーフ冷ましてアズリたんちゃんに焼きトンを食べさせているシレイヌスさん。ニコニコと笑顔を向けながらこちらをじっと見ているアズリたんちゃんと目があったので、私はシレイヌスさんに声をかけたわ。
「シレイヌスさん、アズリたんちゃん、こっちでみんなとワイワイ食べたそうですけど、一緒にワイワイ飲みませんか?」
「犬神……貴様、兄がいるだろう?」
「えぇ、はい」
「兄妹揃って、アズリタン様を籠絡しようとは、死にたいのか?」
「別にそんなつもりはないですけど、アズリたんちゃんの気持ちはどうなりますか? 私たちが楽しそうなのにその輪に入れないなんて寂しいじゃないですか」
あっ、シレイヌスさん、激おこね。私に鋭くて長い爪を殺す気で向けてきたので、ミカンちゃんにワタツミちゃん、そしてデュラさんまでもが焼きトンの串を向けてそれを止めてくれる。
「デュラハン貴様、私に刃向かったのか!」
「ググっ、シレイヌス様。お怒りは我が受けるである。故に金糸雀殿にはどうか」
「ならんわ馬鹿者が!」
ボコんとシレイヌスさんの頭をアズリたんちゃんが叩いた。それに気が動転したようにシレイヌスさんがアズリたんちゃんを見つめ、
「シレイヌスいい加減にせよ。見苦しい。ここな“やきとん“美味いハズが全く美味しくない。金糸雀の言う通りだ。余はデュラハンと勇者と金糸雀、ワタツミ、そしてシレイヌス、貴様と共に食したいのだ。余に意見を言わせるな。闇魔界三柱であれば余の考える事、思う事、全て察せよ」
いつもの王者のポーズで、ニコニコしているけどアズリたんちゃんが珍しく怒っているわね。それにシレイヌスさんは、ジムビームのアップルハイボールを一気飲みして、
「だって……だってアズリタン様がぁ、他の奴らとばっかし仲良く、仲良くぅ。……うわぁあああああ! ごめんなさぁぁいいい。嫌いにならないでくださいましぃ」
うわっ、可愛い。ドSっぽい美女にこんなんされたら、男なら誰でもコロッといくわよ。私がやっても面倒くさい女止まりなので真似できないけど。
「アズリたんちゃん、もうシレイヌスさんも反省してるから、こっちで一緒に食べましょ! ね? シレイヌスさんも涙を拭いて、笑って、ハイボール作りますね」
「……だ! 黙れぇにんげぇん!」
「そこまでにせよシレイヌス。非礼がすぎる。魔王軍のグールの便所よりも小さい部屋だがここは歴とした金糸雀の城、故に三柱である貴様が礼を見せずどうする?」
「まことでじゃいますぅ! こんなゴブリンの物入れ程度の部屋でも、犬神妹の城です。……す、す……すまぬ許せ」
すんごいディスられたけどまぁいいわ。私はデュラさんとシレイヌスさんに焼きトンや串物はやっぱり串ごと食べるのがベストである事を伝えて、パクリと、アズリたんちゃん珍しそうに串を持って一つパクリ。
「うむ、このような食べ方の方が美味い! それぞれ塩加減、火加減が違うわけか! クハハハハハハ! おもしろし! これを作った者に褒美を取らせる」
多分、その褒美はもう焼きトン屋さんもらってるのよね。シレイヌスさんもすごい不機嫌だけど、アズリたんちゃんを真似てハラミをパクリ、しばらくもぐもぐと食べてハイボールで流すとすっごい笑顔。もう一本ハラミをとした時、
「勇者貴様、ハラミを食べすぎだろう?」
「勇者ハラミスキー! 早い者勝ちなりきりぃ!」
「殺す。外に出ろ!」
「えぇ、勇者面倒かも」
なんかこういうの久しぶりねぇ、私はタンで一杯。焼きトンってなんでこんなに美味しいのかしら、そんな風に和んでいたら、シレイヌスさんが突然立ち上がり、
「強烈な神格者の気配、アズリタン様、離れていてくださいまし、これは神。それも女神の反応。犬神に勇者、謀ったな!」
ガチャリとやってきたのは当然、前科付きの一応女神、ニケ様。そんなニケ様に向けてシレイヌスさんはナイフみたいな羽を飛ばすんだけど、ニケ様の前で全てそれは止まり、ニケ様に睨みつけられるとシレイヌスさんはへたり込むわ。一人だけ「アズリタン様、お逃げください」とか言ってるけど、
ニケ様は、
「すごい美味しそうな匂いがしましたので、女神参上です! さぁ、金糸雀ちゃん私にもお酒をお願いします! そこにいる闇の眷属は魔王の娘のお友達ですか? 行儀がなっていませんよ」
ニケ様、めちゃくちゃ強かったのね。
「うむ、余の家来にして余の初めての友、怪鳥王シレイヌスだ! クハハハハハ! 共に育った仲だ!」
友という言葉を聞いてシレイヌスさんは鼻血を出して大喜び、恋する乙女くらいの表情でシレイヌスさんはアズリたんちゃんとデュラさんにこう言ったの。
「アズリタン様、私がザナルガランまで連れてお帰りいたします。そしてついでにデュラハン、貴様もついてくるがいい」
なんてこった。
まさかの急展開ね。