第153話 ライラプスと回鍋肉とムーンアウスレーゼー(ドイツワイン)と
「これはどういう事か説明してもらっていいかしら?」
部屋ににゃあにゃあと猫の鳴き声がするのね。アズリたんちゃんの頭の上に猫が乗っていて、首輪がついているので野良じゃないっぽいけど。
「ぬこなり! 勇者、ぬこすきー」
「うん、猫可愛いわよね。じゃなくて、どこからこの猫さん拾って来たのかしら? アズリたんちゃん。元の場所に返しに行かなきゃ」
「クハハハハ! こやつ、余に助けを求めておった故、こうして余の家来とした! クハハハハハ!」
「えぇ……」
ちょっとどういう事かいまいち分からないので、私がデュラさんを探して説明してもらおうと思ったんだけど……
「あれデュラさんは?」
「いろはのところー、コンビニでばったりいろはに会ってその途中で拉致されたりぃ」
えぇ……デュラさんを専属コックか何かだと思ってるのかしら、アズリたんちゃんとミカンちゃんが肉まんを持っているのは、あれかしら? 買収されたのかしら?
「金糸雀お姉ちゃん、その猫さん。飼い主さんにいじめられてるんですよぉ。だからぁアズっちが保護してるんですぅ」
スマホアプリでダンスの練習をしながら簡潔に教えてくれるワタツミちゃん。要するに昨今問題になっているペット虐待している人から助けたという事ね。
「そういうのはお巡りさんに任せて、ウチは猫飼えないからね」
スマホでお巡りさんに連絡して、私はかくかくしかじかと説明をしたわけだけど、こういうのは中々難しいらしく、とりあえず警察が猫を保護してくれたものの、このままだと多分飼い主の元に帰って最悪の事態だとあの猫さんは大変な事になりそうね。
と心配している私だったけど、
「クハハハハ! 金糸雀よ。心配するでない。余がすでにかの者の元飼い主に報復をした! クハハハハハハ! 今頃、絶望の夜に打ちひしがれている事であろう! クハハハハハ!」
王者のポーズでそう高笑いするアズリたんちゃん、殺してないみたいだけど、一体何をしたのかしら……
「あらゆるデバフをアズリたんがクソ飼い主にかけり、クソ飼い主はハードラックとダンスっちまってり!」
「クハハハハ! ダンスちまっておる!」
何言ってるのこの子達……きっと漫喫か何かで古い漫画でも読んで影響されてるわね。猫の一件が終わったので、今日のお昼ご飯は……
「今日、ご飯あるから回鍋肉でいいかしら?」
「勇者回鍋肉、スキー!」
「クハハハハ! 良い。許す」
ワタツミちゃんは今、JKに流行っているらしい変なダンスの練習中、と思ったら突然の自撮りを初めて話聞いてないからまぁいいでしょう。
そういえば、中華系の食べ物ってワインと合うってこの前いろはさんが言ってたわね。ワインセラーにある白ワインなんか開けてみましょうか、
ガチャリ。
「はいはい、こんにち……やだイケメン!」
私は相手がイケメンであれば明らかに私たちの世界の服装じゃなったり、明らかに動物らしい耳とか牙とか爪とかあっても気にならないわ。
私は外見至上主義だから。
ワントーン高い声で、
「いらっしゃーい」
「こんにちわん」
うん、焦茶の髪色の中に青いメッシュが入ったアイドルみたいな男の子。でも耳があるわね。犬の。
「私はこの家の家主の犬神金糸雀です」
「犬の神様? わんはライラプスだわん」
ライラプスさん、うーん知らないわねぇ。ググると……アルテミスの飼い犬らしいわね。ギリシャ神話といえばルッキンズムの塊みたいな物語よね。不細工だからという理由で自分の子供を迷宮に放置して帰ったり、美しいという理由だけど男でも女でも見境なく手を出す神様とかいるのよね。
「ライラプスさんは一体どうしてこんなところに?」
「女神ニケの処刑だわん」
あれ……ニケ様の色々のやらかしって一応決着ついたハズなんだけど、それともまたなんかやらかしたのかしら?
「わんは女神アルテミスの猟犬、女神ニケを処刑せよと司令を出された限り、必ず屠る所存だわん!」
あー、これあれね。アルテミスさんは会った事ないけどライラプスさんに指示出すだけ出して放置している感じね。まぁ、私には関係ないからいいか、普通のJDが神様達のいざこざに関わるとかないわぁ。
「ライラプスさん、今からお昼ご飯なんですけど食べて行きませんか?」
「間違えて来たわんも食べていいだわん?」
「えぇ、全然。こちらへどうぞ」
犬っぽい人といえばコボルトのガルンちゃんがいるけど、明確に違うところはガルンちゃんはもっとこう野良っぽいけど、ライラプスさんは躾のできたまさに猟犬みたいね。
さて、本日の回鍋肉は本当に簡単、麻婆豆腐とかと同じで豆板醤があれば作れるシリーズの一つね。
豆板醤、醤油、おろし生姜、甜麺醤、ごま油、適量使ってキャベツ、ピーマン、豚バラをささっと炒めて完成!
「はい、お待たせ! お酒は一般販売は中々されていないドイツのムーンシリーズ。アウスレーゼを選んでみたわ」
青いボトルが綺麗ね。ドイツワインって基本的に口当たりが良くてクセの少ないお酒が多いわね。このムーンは日本だと料亭とかで出される事が多いお酒ね。私からすれば食中酒というより食前酒って感じだけど、
「じゃあ乾杯しましょうか? アズリたんちゃんはなっちゃんのブドウね」
ワインをトクトクとみんなのグラスに注いで、
「それじゃあ! ライラプスさんとの出会いに乾杯!」
「いただきますだわん!」
かんぱーい! とみんなお神酒代わりの一口目。うん、相変わらず甘いわね。酸味は少なくてジュースって言われても分からない人いるかも。
「うまいわん!」
「うみゃあああなりぃ!」
「あー、おいしぃれすぅ」
じゃあ、今日のお昼ご飯。回鍋肉を食べてみましょうか? 安い伊万里焼の大皿に盛って取り皿を人数分。
「好きにとって食べてくださいね! ライラプスさん、最初はつぎますね」
「ありがとうだわん。犬神様」
「えー、犬神様って金糸雀でいいですよ」
「わかったわん! 金糸雀様」
「やーん金糸雀様って!」
さ、そろそろミカンちゃんのアレが聞けるかしら?
「うわっ、かなりあクソキモーい」
「はいはい、お味はどうかしら?」
みんなで実食。
まぁ、自分で作っただけあって安心安定の味ね。ここでムーンを一口。あー、はいはい。ワイン合うわね。
「うまいわん! うまいわーん! お肉とお野菜がなんかすごい事になってるわん! こんな食べ物食べた事ないわん!」
挙動不審な動きでライラプスさんがそう騒ぐので、私はとっても懐かしい気持ちになったわね。最近異世界の人って、テレビ慣れした一般人みたいに私たちの世界の食べ物とお酒に慣れて感動薄くなってるのよね。
「それでこのお酒! 凄いわん! すーっと入っていくわん!」
「うふふ、気に入ってくれて嬉しいわ。どんどん食べてくださいね!」
ワタツミちゃんがフーフーしてアズリたんちゃんに冷まして食べさせてあげてるわね。
「ミカンちゃん! キャベツばっかり食べないでちゃんとお肉とピーマンも食べてね」
「キャベツうまし!」
異世界の人あるある。野菜とお魚が肉より好きなのよね。保存がきいて年中とれる獣の肉の方が旬にしか採れない野菜や魚より手に入るからなんでしょうね。
「ふぅ、イケメンと美少女達に囲まれてまったり食べる食事、たまらないわねぇ、ライラプスさん興奮気味だけど、酒癖も悪くないし、イケメンだし。美味しそうに食べるし、イケメンだし、ライラプスさん、ご飯も食べますか?」
「いただくわん! 何から何まで、金糸雀様すまないわん!」
えー! お世話したーい!
とかテンション上げてるとまぁ、そろそろ何らかの横槍が入るのよね。
ガチャリ、ミカンちゃんが食事中に席を立ったからニケ様来たわね。
「こーん! にーち! わー! みんなの信仰する女神がきましたよ!」
するとお箸を置いて、口元を拭いたライラプスさんは上品に立ち上がると、真面目なイケメンの表情でこう言ったわ!
大事な事だからもう一度言うけど、真面目なイケメンフェイスで、
「女神ニケ、御命頂きに来たわん。涅槃に行くときがきたわん」