第152話 ソウルイーターとアチャールと白玉の露と
今日は大学に通い、バイトもない日なのよね。部屋に帰ればみんなが待っているので何か買って帰ってもいいんだけど、たまには一人の時間も大事よね。それにしても今日、同じ授業をとっているインド出身のアイシャさんにもらったアチャール(漬物)と韓国出身のジウさんにもらったキムチ(漬物)、私が漬けて二人にお返しにあげた沢庵の燻製。今度二人とも一緒にお酒を飲みたいわね。
二人は今どこに? 合コンだそうですよ? 私? 私は呼ばれてないわね。私が合コンに呼ばれる時って酔わせてお持ち帰りを考えている男の子がいる合コンくらいなのよね。
なんだか虚しくなってきたわ。
高校生達が帰宅、スタバのなんとかかんとかフラペチーノをあおりながら帰ってる……あんなクソ高いドリンクを毎回飲んでるけど、どんだけ最近の子はお小遣いもらってるのかしら……
男子五人に囲まれて、一人女の子……嗚呼、ダメね。あれ、ワタツミちゃんじゃない。少し見学しましょうか、
買い食いという青春のワンシーンだけどどれも貢がれてる感じね。
マックに入って、ポテト小に無糖の紅茶、他の男子はハンバーガーのセットなんかを食べてるのに少食アピールあざてぇ!!
お喋りも小一時間後に男子学生達と手を振りお別れ、家にまっすぐ帰ってくるのかしら? というか夏休みの学習登校から編入っていうのも凄いわね。
声をかけようとしたんだけど、ワタツミちゃんがトンカツのチェーン店の前で止まる。そこの一角にいるのは……ミカンちゃんがトンカツ定食を一心不乱に食べてるわね。アズリたんちゃんに、デュラさんもいるじゃない!
そんな店内にワタツミちゃんも入ると何か食券を買って……
ダブル上ロース豚カツ定食。
ご飯は特盛。
偶然を装ったかのようにミカンちゃん達のテーブルに、ミカンちゃんが少しだけ怪訝な表情をするけどアズリたんちゃんは笑顔でデュラさんにトンカツを食べさせてる。
あっ、私なんかのけものみたいで嫌ね。私も流石に豚カツ定食は食べられないからビールと唐揚げでも、と思ったけどダメ。今日はアチャールで飲むって決めたんだから、締めはキムチチャーハン。
みんながワイワイ食べている姿を横目に一人で家に帰宅よ。
本日は隠れた焼酎の銘酒を冷蔵庫で先割しているんだから、みんなが豚カツ定食を楽しんでいる間に久々の一人飲みよ。
ガチャリ。
あぁ、そうだったわね。みんながいるから結構忘れてたけど、なんの因果なのかこの部屋は私に一人飲みをさせようとしない力が働いているのよね。
「はいはい、いらっしゃ……えっ、死神さんですか?」
「人間の棲家。えっ? おいしゅしょうな匂いにちゅられてきましゅた。ソウルイターでしゅ」
思いっきり頭に“梵字“で死と書いてあるお面を斜めにつけた幼児と見せかけた異世界の住人ね死神と違って、魂を主食にする。まぁ悪魔的な存在みたいね。
「私は犬神金糸雀。この家の家主です」
「よろしゅくでしゅ! ところでしょこのしゅろい(白い)箱からいい匂いがしゅるでしゅ!」
「もしかして、お酒のめる方です?」
私がペットボトルで先割していた焼酎を見せると、キラッキラに輝いた瞳でソウルイーターさんは頷いたわ。
「飲める方でしゅ!」
「じゃ、じゃあやりましょうか。グラス用意しますね」
今回、冷蔵庫で一日寝かせた先割の焼酎。魔王で有名なお馴染みの白玉酒造、その安価な銘柄白玉の露よ。
「白玉の露、六に対して、水は硬水四で割ってるのでそのままどうぞ! じゃあ乾杯!」
「かーんぱーい!」
おぉ! 魔王と同じでピリリとした辛さに安心するコクがあるわね。ジュースでも飲む勢いでグビグビソウルイーターさんは先割を飲んで、
「ぷはー! たまんねぇ! 人間の魂しゃぶってるみてぇだなぁオイ!」
「えらく酒癖が悪いわね。オイ。ソウルイーターさん、おつまみはこのアチャールというインドのお漬物なんだけどどうぞ」
「ふえー、いい匂いじゃねぇかオイ! んじゃ一つ。うめぇ! カナやん
、うめぇぜはははは!」
「ソウルイーターさん分かる方ね。じゃあ私も、んまっ! 香辛料の味を先割で流してもう一口。いやー、本当たまらないですね。ソウルイーターさん、グラス空いてますけどどうですか?」
「悪いねぇ、いただこう! あとカナやんの魂もいただこう!」
「えー、なんですかそれぇ! ウケる!」
私も先割のお代わり、二人で飲むと1Lで作っていた先割が無くなったので次は2Lペットボトルの先割を持ってきて、
「ソウルイーターさん、グラス空いてますよ!」
「あ、あぁ」
アチャールをパクパクと食べながら、いいわねぇ。こういう静かな飲みも。きっとお漬物に焼酎だから太らないだろうし、どこかの女神様と違ってソウルイーターさんは口は悪くなるけど害悪じゃないし……でも静かね。
「ソウルイーターさん、大丈夫ですか? 水入りますか?」
「いやぁ、まらのめるよぉ? 飲めるからぁ」
「そうですか? じゃあ、どんどん行きましょう! 今頃みんなその辺のファミリー居酒屋で飲んでるでしょうし、私たちは私たちでどんどん楽しみましょう!」
「ご、ごうきだねぇ……」
私はなんだかソウルイーターさんがキラキラと輝いている事に気づいていたけど、きっとお酒とおつまみが美味しいからだと思ってたのよね。アチャールが無くなったので取りに帰ると……
「ソウルイーターさーん? あれ? どこに行ったのかしら?」
ソウルイーターさんがちょこんと座っていたあたりにはキラキラと輝く光の粉。ソウルイーターさんが忘れて行ったのかしら? とても謎は深まるばかりだったけど、私はソウルイーターさんが帰ってしまった事に少しばかりの寂しさを感じつつ、累計八杯目の先割に口をつけていると、異世界組のみんなが帰ってきたわ。
「ただいまなりぃ!」
「クハハハ! 金糸雀よ。出迎えよ! 余の帰還である!」
「金糸雀殿ぉ! お土産は砂肝の焼き鳥であるぞぉ!」
「金糸雀お姉ちゃん、ただいまですぅ!」
私はみんなが帰ってきた事に機嫌をよくして、「みんな、今飲み始めたところだから飲みましょ! いいお酒入れてるからさぁ!」
という風に話した所、全員がリビングに来て固まっていたわ。何かと思っていると、デュラさんが、
「金糸雀殿、この部屋。誰か来ていたであるか?」
「えっと、ソウルイーターさんが来てたわよ。でも、ほらぁ! この光る粉を残して帰っちゃったわ」
アズリたんちゃんがそれを見てクハハハハハといつものポーズで笑って、ミカンちゃんが私をジトっとした目で見て、ワタツミちゃんは私に尊敬の眼差しを向けて、異世界解説のデュラさんが教えてくれたわ。
「ソウルイーターは唐突に現れて魂を掻っ攫っていく災害みたいな存在である。今まで数々の冒険者や魔物が討伐しようとして返り討ちにあい、我らのような強力な者の前には姿を表さない存在である。言い伝えではソウルイーターを滅するとプラチナの粉を落とすという。して、ここにその伝説の中で語られた死を含めたあらゆる状態異常を治すプラチナの粉があるであるな」
「という事はどういう事だってばよ? って話なんだけど? 私、ソウルイーターさんと一緒に飲んでただけだけど?」
「おそらくは、飲み潰して滅したんであろうな。見事!」
「えぇ、かなりあぁ、勇者引くかもー」
ふーん、え? 結局どういう事? まぁ、よくわかんないけど、私は先割の焼酎にプラチナの粉をまぶして、
「まぁ、とりあえず飲まない?」
考えることをやめたわ。
ソウルイーターさんに乾杯!