第150話 ワタツミとむね肉唐揚げと山崎ハイボール缶と
ついに発売されわね。
何が? 最高級ハイボール缶。山崎。1缶600円という怪物じみたハイボール缶よ。こんな高級なお酒、私がポンポンと購入できるわけがないんだけど……兄貴がこっちに帰ってきた時に購入してたみたい。段ボール箱で一つ40缶20000円という戦慄を覚える価格帯ね。兄貴が自分が飲めないのにこんなお酒を用意した理由……そういえば今日来るんだったわね。異世界からの留学生。
一体どんな人がくるのか戦々恐々としている私達。
「ぷはーなりぃ! 夏の高校野球面白し!」
「うむ、高校球児達の持つ熱意は冒険者のそれに似て我もたぎるである」
「くははははは! うむ、元の世界に帰ったら余も魔物達とやきうをするぞ」
異世界の人たちもスポーツ好きなのよね。ラグビーもバレーも世界水泳も楽しんでたわね。私には分からないけど、アズリタンちゃんはゴルフも楽しそうにみてたっけ。
今日のオツマミというかご飯のおかずは胸肉の唐揚げよ。何故胸肉かっていうと……私の天敵である体重計が私に嘘を教えてくるからヘルシー路線でね。
「ちゃちゃっと唐揚げ作っちゃうのでデュラさん手伝っていただけますか?」
「分かったである。しかし、クソ女神がいないと部屋が静かであるな」
「余もお手伝いをしてやろう。なんなりと申すといい金糸雀よ」
「あー! アズリたんちゃんえらーい。じゃあ、お皿とお箸を並べてね」
ミカンちゃんに聞かせるように言ってみてもミカンちゃんはニケ様のいない部屋でくつろいでるわね。そんなミカンちゃんがぴくりと反応。仰向けで玄関側を見て、デュラさんが続いて……お皿と話を並べているアズリたんちゃんは玄関に向かってる。
「誰か来たのね」
ピーンポーン。
インターホン?
ガチャリとドアの開く音。
「ここが犬神さんのお家ですかぁー。賑やかですねー。これはこれは、ザナルガランのアズリたん様、お出迎えありがとうございますぅ」
「クハハハハハ! 余がりびんぐに連れて行ってやろう」
何か、凄い陽キャの反応を感じるわねぇ。アズリたんちゃんが連れてやってきたのは……清楚なブラウスに黒いギンガムチェックのハイウエストのスカート、ご丁寧にシックな茶のコルセットを巻いてる原宿あたりにいそうな女の子。髪の色は栗色、瞳も茶色。良く言えば見惚れちゃう可愛い女の子、悪く言えば異世界から来た人にしてはなんだか普通ね。
「こんにちは、私は兄貴の妹で犬神金糸雀です。貴女が、うちにホームステイされる方かしら?」
「はいー。ふつつかものですがぁーよろしくお願いしますぅ! レヴィアタンお姉様の妹のワタツミですぅ! ピース!」
あぁ、ああ! ああ! レヴィアタンさんの。お姉さんの方は凄いソワソワしてて控えめなのにワタツミちゃんは凄いグイグイくるわね。大体姉妹ってこんな感じよね。妹の方がモテたりするのよね。
「げ、ワタツミ来たれり……」
「勇者様ぁ! お久しぶりですぅ! 最近、勇者様のお話を聞かなかったので心配してましたぁ」
「二人は知り合いなのかしら?」
一応、レヴィアタンさんって海の神様だからワタツミちゃんもそう言う感じだと思うのよね。
「幼馴染なりけり」
「幼馴染ですぅ! ブイ!」
いちいち、なんかこうあざとさの押し付けをしてくるわねぇ。二人の育った集落はあざとい族か何かかしら。それにしてもミカンちゃんの幼馴染、人間いなくない?
「そう……なのね。まぁ、とりあえずワタツミさんいらっしゃい。歓迎会らしい歓迎会じゃないけど、ちょうど唐揚げも出来上がったので、ご飯にしましょうか」
私は兄貴が購入した山崎ハイボール缶を用意すると、純氷、そしてグラスを用意。この山崎ハイボール缶はそのまま飲んだらダメなのよ。
ちなみに、私の部屋にも山崎のノンエイジはあるけど、山崎ハイボール缶はオリジナルブレンドとの事だから自家製での再現は不可能ね。
「果たして一缶600円の価値があるのかしら? そして、ワタツミちゃんのホームステイに乾杯! アズリたんちゃんはプレミアムジンジャエールよ」
「「「「かんぱーい!」」」」
私は、一般的にサントリーのウィスキー山崎に関して美味しいとは思うけど、そこまでの高評価じゃないのよね。12年も18年も飲んだ事はあるわ。でも、その値段を払わなくても他に美味しいウィスキーは沢山あると思うし、わざわざ山崎をハイボールにするくらいなら白州の方がいいと思ってるくらい。
なのに……
「うまっ……」
居酒屋の一杯の価格を取るだけはあるわ。
「ほほう。これは実に香り高い」
うん、余韻は流石に缶だから少ししか続かないけど、これ凄いわ。
「はひゃああ! 美味しいお酒ですねぇ」
目をくの字にしておいしさを表すワダツミさん。これあれね。これから大学にどうにかして通うわけだけど、相当数の日本のチェリーボーイ達を殺すつもりかしら?
そして元祖、オタサーの姫ならぬ勇者。
ミカンちゃん。
「こぉりゅれぇ、うんみゃああああああああ! 勇者、これしゅき! しゅきぃいいいい!」
炭酸大好きミカンちゃんも満足の一本ね。9%アルコール度数のハイボールなのに、はっきり言って安い缶のお酒にありがちな嫌なアルコール感が全くないわ。さすがは山崎ね。
そんな山崎ハイボール缶に合わせるおつまみはヘルシーだけどマヨネーズに漬け込み柔らかくした胸肉唐揚げよ。
「ハイボールの感動があるうちにどうぞ!」
全員同時に実食。
アズリたんちゃんが上品にナイフとフォークで切り分けてパクり。そしてにっこりと愛らしく微笑んで。
「うまい! 褒めて遣わす」
「ありがたき幸せである。しかし、確かに胸肉なのにパサパサ感が全くないであるな! 金糸雀殿は見事としか言いようがあるまいである」
「マヨネーズと麺つゆ、そして二人が沖縄に行った時に買ってきてくれた雪塩で漬け込んでるからよ。うん、これはハイボールの最高の女房ね」
ハイカラ、誰が言い出したのかその相性のいい事。炭酸系のお酒が大好きなミカンちゃんは当然、ジャンク系のおつまみも大好きよね。パクパクと食べ進めて、
「うんみゃい! からあげがいる間にシュワシュワ、シュワシュワのコクがある間にからあげ、無限天国なりぃ!」
「勇者様とアズリたん様がそこまで言うならぁ、あぁ! おいしぃれすぅ! 金糸雀さんもはい、あーん!」
ええっ、ちょっとぉ、可愛い子にそう言うことされると私も? やぶさかではないというか……
「あーん!」
やーん! 自分で作ったのに食べさせてもらうと美味しい。からの、山崎ハイボールよ! 二缶飲んだら千円超えるってほんと脅威ね。
でも、兄貴が買ってきたストックが一杯あるから……
「二本目飲むひとぉ!」
元気よく私が手を挙げるとデュラさんは「我も」、ミカンちゃんが「勇者も」と言うので、ワタツミさんが、「いただきましゅぅ。ポヤポヤしてきましたぁ」と手を挙げて振るので、2本目は少し氷少なめの小料理屋のハイボールよ。
氷入れないで飲んでみるとどんな味かしら? ちょっと残ったのを飲んでみると……あぁ、これは氷入れる事を推奨してるだけあって、ちょっと物足りないわね。
「ところで、ワタツミは勇者と同じ部屋で寝れり? クソ女神みたいに押し入れしかなき」
ニケ様、どうやって寝てたのかと思ったけど、ドラえもんじゃあるまいし……ワタツミさんの部屋はね……
「実は誰が住んでいるか不明だった左隣の部屋、実は兄貴の酒ストック部屋だったので、一室片付けて、ベットを用意したからそこを使ってもらおうと思うわ。多分、ワタツミさん玄関から出ると異世界帰っちゃうから、ミカンちゃん外出るの手伝ってあげて」
「えぇ、超めんどくさし……」
そんなこと言わずにと思ったら……ワタツミさんは指輪を私に見せてくれる。何かしら?
「金糸雀さん、わたしわぁ、犬神さんのお知り合いから留学ぉ〜勧められたのでぇ、ここにいる皆さんと違って転移してないのでぇ、大丈夫れすぅ! この指輪があれば犬神さんや金糸雀さんの国の機関の方に元の世界とこの世界の行き来を許可してもらえるんですぅ」
ほぉ、異世界って認知されてたのね。政府の中では……資源確保とかできないのかしら? ググっても異世界についてどこに書かれていないのでトップシークレットなのかしら?
「犬神さんの国はお金持ちれすねぇ! 私の世界に、沢山の金を送ってくださいましたぁ」
あぁ、異世界にまでお金配り外交しちゃうの……というかワタツミさん、確かにインターホン押して普通に入ってきたわ。
「そ、そうなんだ。じゃあミカンちゃんはいらないわね」
「はいぃ、これからよろしくですぅ!」
かくてして、私の家に異世界からの留学生、ワタツミさんがやってきました。先住の異世界組がいるからこれと言って何も驚かなかったんだけど……
「留学先って私の通ってる大学だったりするのかしら?」
「それがぁ、ここみたいですぅ」
なになに?
「一覧台学園附属……高校……えっ? ワタツミさんJK?」
「いかにもー! 年齢的にそうらしいのですぅ」
いや、普通に飲酒させちゃったけど……いやいや、ミカンちゃんもそういえばそうだったけど……
異世界はお酒を飲む明確な年齢制限がないんだけど、法治国家日本はそういうわけには……
ワタツミさんのもつ恐らくトップシークレットの紙には、異世界からの来賓であり、海の神様の妹であるワタツミさんには特例が認められているわ。流石に学内での飲酒や吸血行動……は行えない事を約束してもらう代わり、学外ではそれらは縛られないと……
吸血……は?
「金糸雀さーん、デザートに血、吸っていいれすかぁ?」
「普通にダメ」
これから忙しくなりそうね。