第149話 大神とカルパスとバカルディモヒートと
「金糸雀よ。余は疑問に思うことがあるぞ!」
「どうしたのアズリたんちゃん」
アズリたんちゃんはブックオフで売ってた適当な大学の赤本をスラスラと解きながら私に質問をしてくるけど、受験時の数学とかは流石にもう答えられる自信ないんだけどね。というか魔王って凄いのね。まだ小学生くらいのハズなのに算数のドリルでも行うくらいの感覚で進めてるわ。来た頃に算数のドリルを買ってあげたんだけど、明らかに吸収速度が人間のそれじゃないわね。
オッドアイにギザ歯を除けば完璧な美幼女なのに。
そんなアズリたんちゃんは遊び相手のミカンちゃんがサバゲーのオフ会に行ってしまったのでお家で静かにお勉強中。
「カルパスとサラミの違いは何か?」
「カルパスはロシア料理でサラミはイタリア料理ね。カルパスは豚と牛、それに鶏のひき肉で作るドライソーセージだから割と安価なのに対して、サラミは豚と牛のひき肉で作るからちょっと高いの、ちなみにペパロニになるとアメリカの魔改造サラミでチリペッパーとかで味付けしているものね」
私がスマホで最近流行りらしいファッションやら馬鹿みたいなダンスをしている動画を見ながら答えると、
「うむ、金糸雀殿はなんでも知っているであるな」
「なんでもじゃないですよ。むしろ、アズリたんちゃんの今進めている大学受験問題なんか聞かれたら答えられる自信ないですよ。でもカルパスとサラミならウチに常備してますから食べ比べてみましょうか?」
乾物系のおつまみを保管している棚を開けると、サキイカの特大パックがなくなっているわ。多分、ニケ様ね。ミカンちゃんなら食べた分、買って何か入れてるハズだから……ニケ様ってなんか突然やってきたニートの親戚とかって感じよね。見てくれが良すぎなければ絶対私放り出してたわ。
美人に弱い自分が辛いわね。
「ニケ様! カルパスとサラミ食べますけどきますか?」
寝室の扉、もとい天の岩戸が開かれると、そこにはサキイカを頬張っているニケ様の姿。ごめんなさい。きっと信仰している人だっているハズなのに、勝利の女神だった筈の美人がこんな風で、本当にごめんなさい。
「わかりました。そこまで金糸雀ちゃんが言うなら食べましょうね!」
のそのそと起き上がってきてニケ様は動きやすいという理由でトレーニングウェアを着てるわ。なんか、ニケ様って童貞を殺す系の格好好きよね。
部屋のだる着はジャージかフリースでしょう! でもどっちをきても美人は似合うから嫌になるわ。
ピンポーン!
あら、誰か来たわ。
「はーい、いらっしゃい!」
配達の人かな?
ガチャリとドアを開けて、私はそう言うパターンもあるのかという事を知ったわ。
「久しぶりだのぉ! 金糸雀よ」
「お稲荷さん? で……こちらは?」
あー、もう多分。私この人きっと知ってるわ凄い和風な冠をした古代巫女装束の女性明らかにお稲荷さんより上位にいそうな……
なんというか、キリストがキリスト教徒全ての父なら、日本人全ての母と言っても良さそうな……
「金糸雀、驚いて失神するな。こちらにおわすは我ら八百万の神の最高神が一人、大姉様。天照の大神様であらせられるぞ! ちなみに大日如来殿は双子の妹君じゃ」
同一視されてるけど、別々だったのね。と言うか、天照さん。
「ウィッス! 日本の母やってまーす! ニュアンスはカタカナでアマテラスって呼んでね! 愛しい私の子ら」
ヤンママな感じなのね。
「いらっしゃいませ。どうぞどうぞ。多分、ニケ様関係ですよね?」
お稲荷さんの登場に、オーディエンスであるデュラさんも大興奮。
「おぉ! お稲荷殿。よくぞまいられた! こちら、我が君主の後継者である殿下。アズリタン様である!」
「デュラさん、久しいの! おぉ、これはまためんこい!」
「クハハハハハ! 強力な神族か! 良い、余と力比べをせよ!」
そんなデュラさんとアズリたんちゃんを見た、ママ。もといアマテラスさんは、
「すっごいじゃん! この部屋神々だらけじゃん! よろー! アズっちもデュラっちも名の知れた神っぽいじゃん!」
そうなのよ。神道、わけわからないものは全部神様として祀っちゃうから、基本的に神か人かしかないのよね。
そりゃ、魔物とはいえ神と言われて悪い気はしないらしく。
「いやいやいや、我なんぞ邪神には遠く及ばぬである。が、殿下はその領域であるな!」
「うむ! 余は神をも超えておる! クハハハハハ!」
そんな和んだところで、私たちの母に出すにはちょっと違うかも知れないけど、来たお客さんをもてなすのは犬神家のモットーだから、
「お稲荷さん、アマテラスさん、今からお酒飲むんですけど、一緒にどうです? めちゃくちゃ洋酒にめちゃくちゃ洋風オツマミですけど」
「カナちゃん、今は神々もグローバル化が進んでっから! 私お神酒よりミード派なんでよろ!」
そりゃ、ニケ様が大五郎飲んでうざ絡みしますわね。という事で、私はロックアイスと炭酸で割るだけでモヒートが作れる。
バカルディモヒートを用意すると、潰したミントをさらに増して簡単モヒートを人数分用意するわ。アズリたんちゃんはカルピスウォーターね。
「じゃあ! いつも朝を運んでくれるアマテラスさんに乾杯!」
「大姉様に乾杯じゃあ!」
「乾杯である!」
「クハハハハハハ! 太陽神に乾杯!」
「ウェーイ! ありがとー! 乾杯ぃ!」
そんな中でめちゃくちゃテンション低い女神様が一人……「あっ、乾杯」。そういえば最高神だけどアマテラスさんって女神だものね。
そして5秒後にその結果が分かるわ。
「ちょ、ニケ。お前さぁ、やっちまったなぁ! あははははは! あのアテナがバチボコにキレたじゃん!」
アテナさんを呼び捨て、やっぱりニケ様より上位の女神様なのね。でもなんかアマテラスさんは優しそうだから慈悲くらいは与えてくれるんじゃないかしら。
「あのぉ、アマテラス様。本日はどのようなご用件で?」
「アグニ君とソルちゃんとラーとバルドルさんと話したんだけど、ニケお前、神やめるか? なぁ? 神舐めてんの? 私、全太陽神集めて話したんよ? この中でニケに神格持った方がいいとか思ってる奴いる? ってさ」
「アマテラス様、その」
「いねぇええよなぁあああ!」
「ひぃいい!」
あっ、アマテラスさん、めっちゃ怖い。よく見れば古代巫女装束特攻服みたいだし、さすがは日本の神々の総長ね。
「と言う事でニケ。お前はもう女神ニケじゃない。ただ一人の娘としてその人生を終えれし」
「そ、そんな天照様。私は……」
トンとアマテラスさんはモヒートをニケ様の前に置く。そしてサラミをパクリと食べて「あっ、これちょーうまい! カナちゃん、これおいしー」と笑顔を見せてくれるので私はただ笑う事にしたわ。ニケ様、私たち日本人において天照の大神だけは流石にねぇ……。
「クハハハハハ! サラミもカルパスもうまい!」
「殿下、塩辛いのでカルピスもしっかり飲むのであるぞ!」
「デュラハンよ。貴様もその酒愉しむといい! 今日はいい気分だ! アマテラス。知らぬ神だが、実に心地よい暗黒を持っている! クハハハハ!」
「アズっち、多分。かぁちゃん……イザナミが超やばい悪神だからじゃね? 私からすればアズっちもデュラっちも親戚みたいなもんだから! この宴、楽しんで! 楽しんで!」
「クハハハハ! 良い! 気に入った!」
「お、おぅである」
いや、ニケ様めっちゃキレられてる中で楽しめるの多分、アズリたんちゃんだけでしょ。私も静かにカルパス食べながらモヒートを……モヒートの優しい味わいがなんだか切ないわ。
お稲荷さんをチラリと見ると、片目を開けてモヒートの入ったグラスをちびりと飲んで、
「大姉様、お言葉を失礼する。まぁワシが言うのもなんだが、ニケ様無くして人間のあらゆる事における闘争の信仰心を返せるものも無しではないかの?」
そうだったわ。お稲荷さんは豊穣の神様だから、勝利の女神であるニケ様の豊穣の側面に関してちょっと味方してあげてる。
「おーいーなーりぃー。お前、ほんと甘いのな? だから、日本の神々でいつも日本人ランキング5位以内を確保するんよ」
「ニケ様もまた勝利の女神といえば! であろうよ? なぁ、大姉様。もう一度だけチャンスをくれてやってはいかんか?」
「お、お稲荷ぃ……グスっ」
お稲荷様って結構上位の神様なのに、ニケ様ってそれより上なのね。やっぱ、そんな神様があんなクソな事してたらアウトでしょ。
「まぁ、まずはカナちゃーんお代わりぃ! これハッカきいてておいすぃー! でも気分乗らないなぁ、ニケ神やめるべきじゃね?」
ミントね。あー、ハッカか……
「すぐ作りますね」
塩味のサラミやカルパスと甘くてスッとするモヒートはよく合うのよね。私はウィンクしているお稲荷様を見て状況を理解したわ。それをすぐにデュラさんにウィンクで意思疎通。
「殿下、プリキュアのダンスを天照殿とお稲荷殿に披露されてはいかがか?」
「クハハハハハ! 勇者がおらぬが良い。見せてやろう!」
アズリたんちゃんの愛らしいダンスに合いの手を入れるお稲荷様、それをじっと眺めるアマテラスさん。
これは天の岩戸作戦!
私はモヒートを広めのジングラスに注いで豪華さを演出するわ。そしてデュラさんが凄いいい顔をしてシェフの帽子をすると、
カルパス料理を新玉ねぎと一緒にスパイスと共に揚げて、
「カルパスナゲットである! どうぞお口汚しにである」
「デュラっち料理できるの! スッゲー!」
私はニケ様を引っ張って寝室にクローゼットを開くと……私はいくつかの服をチョイスして、
「皆さーん! ニケ様のファッションショーですよー!」
私たちは飲んで、騒いで、音楽をかけて、踊って、下の階の人から苦情をもらう事を覚悟でアマテラスさんをモテなし喜ばせた。
「ふぅん、カナちゃん、おちゃけおかわり」
「はいどうぞ!」
私はモヒート職人になったつもりで延々とアマテラスさんにモヒートを作り続けたわ。
てかアマテラスさんお酒つよ……
「ふぅ、お稲荷。このくらいでいーい?」
「えぇ、最高のお捌きじゃ大姉様」
おや、これは……
「ニケぇ、お前。こんだけみんながしてくれるっつー事意味わかる?」
「はい、女神ニケを讃え、愛し、そして必要としているんです」
いや、ちょっと違うような。まぁ、可哀想かなとは思ったけれどもね。
「だったらしゃんとしろや! しゃんと! お前、筋通さなかったから次は神格剥奪すっぞ?」
「はい、肝に銘じますですはい」
名捌きはこれで終わりかなと思ったら思わぬ誤算が……
「じゃあニケ、お前。私と来い。各方面の神々に詫びいれてまわっからさ?」
「そ、そんな。金糸雀ちゃん!」
私はもう目を合わさない事にしたわ。ニケ様がズルズルと引っ張られていき、玄関ががしゃんと閉じられる音を聞いて、
嗚呼、ニケ様。最悪の逃避行編が終わったんだなと少々の寂しさと巨大な安堵と共に、狙ったかのようにミカンちゃんが帰ってきた。
「ただいまなリィ! お稲荷さーん!」
「おぉ、おぉ可愛い勇者だのぉ」
お稲荷さんは異世界にはいけないらしくてしばらく私の部屋でみんなと交流を重ねて、厚揚げと油揚げをお土産にミカンちゃんとアズリたんちゃんに引き止められながらも帰って行ったわ。
私は、ニケ様にお稲荷さんみたいな神様になれとは言わないから、少しでもお酒癖を治せるように遠くから見守っているわ。
そんな晩。
「みっなさーん! 女神が来ましたよー! いっぱい叱られた女神を慰めてください!」
もう来たわ。
どうなってんの神々の世界