第148話 【10万PV突破感謝特別編】犬神家の一族とオードブルセットとフェイバリットリカーと
おかげさまで10万PVを超えました。
大変感謝申し上げます!
酒飲み女子大生の金糸雀さんと異世界の人が飲み散らかすだけの作品ですが、今後もお楽しみいただければ幸いです!
プシュっとよなよなエールを飲みながら私は来訪者の話を聞いていた。
「一度挨拶にこようと思っていたが、ここが兄さんの部屋か、いい部屋だな。酒屋の倉庫の様だ」
「それ褒め言葉なんですか? 狼亜ちゃん」
今、私の部屋に唐突にやってきたのは犬神狼亜、二十四歳。女性でありながら東京の外国人向け超高級ホテルでバーテンダー、あるいはバーメイドに従事している私の従姉妹なのよね。流石にこのケイオスな住人達を見られるわけにはいくまいと私はみんなに上野動物園に行ってもらってるわ。
なんか私に話があってきたらしいんだけど、話というのが……
「私のバーテンダーとしての師匠が細々と経営しているバーでバイトしてみないか? お前やりたがってたろ?」
「え? いやまぁ、何故かその流れで今やガールズバーで働いてますけど唐突ね。流石にバイト3つ掛け持ちは私でも無理よりの無理なんだけど」
「金糸雀」
「何?」
「セミっているだろ? あいつらがなぜ最後仰向けになるのか知ってるか?
「え?」
「奴らは命が尽きる最後の一瞬まで空を見ていたいと願ってるかららしい。奴らは苦しんでるんじゃない。空を見上げて一生を振り返り、空の中に未来を願い、空の上の世界を思い描いてるんだとこの前来ていたアメリカのお客様が言っていた」
「セミって背中に目があるから腹側からだと前見えないんじゃないかったっけ?」
「そうか、セミなんて1ミリも興味ないから気づかなかったよ。確かに近づくと逃げるのは背中に目があるからか、あのクソメリケン人、適当吹きやがったな。どっちもキモいな。ところで何かカクテルを作ってくれ」
強引! なんの話よ。というか、普段異世界組と一緒にいたから忘れてたけど、私の一族ってみんなちょっとアレな人が多いのよね。仕方がないから、タンカレーのNo.10を取り出してジントニックを作ってみる。
「はいどうぞ」
「あぁ、いただきます。普通だな」
くっそー……
「じゃあ狼亜ちゃん作ってよ!」
「良かろう。さすが兄さんの部屋だけあってジン一つとってもよりどりみどりだな。No.10は正解の一つだが、そうだな……ボタニックにするか」
ボタニック・プレミアムジン。香水容器を思わせる独特の形状のジンね。ところでそれどこにあったのかしら? この家、ジンだけでも百種類以上あるから私も全ては把握してないのよね。
「金糸雀はトニックウォーターにシュイップスを使ったが、私はフィーバーツリーを使わせてもらおうか」
そう言うと、冷凍庫からロックアイスを取り出してさっと洗うとグラスに入れてステア。続いてジンを入れる?
「狼亜ちゃん、ライム絞らないの?」
クスりと笑うと狼亜ちゃんは続けるわ。ライムを絞らずにステアして、続いてトニックウォーターを注いだ。最後にライムを絞ってそのままライムをグラスに落とした。少し潰して軽くステア。
そして私にウィンク。
「お待たせしました。当部屋限定のジントニックでございます」
「うぉ、かっけぇ! 頂きます。んんっ! うまっ私の作ったのとぜんっぜん違うわ!」
「そりゃ一応私はプロだぞ?」
狼亜ちゃんは、腕も一流だけど近い遺伝子がどこかに流れているとは思えない端正なルックスで男性はもとより、女性客からのファンも滅茶苦茶いるよのよね。昔狼亜ちゃんが女学生時代、狼亜ちゃんの通う女子校の学園祭に招待されたけど、完全に今と同じ王子キャラだったわね。
しかし、美味しい。相手はプロとはいえ、少し凹むわね。
ピンポーン!
「オードブル届いたみたいね。とってくるわ」
私が玄関に向かうと……そこには配達員の人じゃなくて……
「おぅ、カナか。いいもん食ってんな?」
「あ……あ……兄貴ぃ!」
そう、元々この部屋の住人であり、私の正真正銘の兄貴が目の前にいるじゃない。どういう事? こいつ、異世界でよろしくやってるんじゃなかったかしら?
「入れなかろう? どけよ」
兄貴は自分の元部屋に入るやいなや、冷蔵庫からアサヒスーパードライ、サッポロ黒ラベル、サントリー香るエールのロング缶を取り出したわ。銘柄はなんでもいいんでしょう。
それを一気に、
「んぐんぐ、かー! やっぱこっちのビールは最高だな。ほんと、異世界のビールはなんか一味足らんからな。プレミアムビールも随分味変わったな」
ものの数秒でロング缶3本を空にすると狼亜ちゃんと目が合った。
「兄さん、久しぶり」
「ロアかぁ、みん内にどえらい美人になったな? 今は韓流アイドルか?」
「バーデンダーだ。兄さんは未だフリーランサーか?」
「今は異世界で商店街作りだな。クソ面倒だけど」
「それは大変だな。ところでジントニックを作りあっていたんだが、兄さんもどう?」
「ジントニックか、そうだなぁ」
嘘でしょ……さらっと異世界の話流れたけど……でも兄貴が作るジントニックは気になるわ……
いきなりスマホ取り出して電話し始めたわ。
「もしもし、ダンタリアン? 鳴門持ってきて、ダッシュ! 5分以内」
あのダンタリアンさんを呼び出したわ。
5分後、
「ありがとう。これこれ、うん。帰っていいよ」
「えー、嘘でしょ犬ちゃん、ちょっと入れてよぉ。久々じゃん」
「お前ウザいから、はいさよなら」
酷っ……兄貴、こんなだわ。懐かしいながら、今異世界の人が沢山住んでるとか知られたら私、殺されるかも……それにしても鳴門って?
「今の俺の気分でジントニック作るなら、これだな。トニックウォーターは無難も無難。日本のウィルキンソンのトニックウォーター。ジンはジャパニーズジン。ジャパニーズならなんでもいいけど、産地を合わせたいから東経135度兵庫ドライジン、でライムじゃなくて、淡路みかん。またの名を幻の柑橘類・鳴門オレンジな」
そうそう、お酒にかけての情熱がやばすぎるのよ。全て兵庫県産の材料(ウィルキンソンは日本中に工場あるけど元々兵庫なのよ)
兄貴は私たちを見て笑うと、オレンジをすりおろしてロックアイスと一緒にグラスに入れる。そこでステア。ジンを入れてステア、トニックウォーターを注いで軽くステア。
「はい、お待ちどうさん。名作映画とかけて、俺の作ったジントニックとかける! その心は? まぁ飲んでみて」
兄貴は地頭がいい。
会社員という生活は絶対に性に合わないと子供の頃から言っていてその通り、投資配当とフリーランサー就業による生活を有言実行していた。
そして、このジントニック……
「「余韻がすごい」」
「はい、せいかーい!」
バーテンダーのそれも世界的な狼亜ちゃんより美味しいジントニックを作っちゃうんだもんな……私たちがお酒を好きな人間だとしたら、兄貴はお酒を愛している人間なんだろうな。
きもっ……
「よっしゃ、じゃあこのクソ高そうなチーズやら生ハムやら入ってるオードブル食べようぜ。それぞれのとっておきだそうか?」
ドン!
ドン!
狼亜ちゃんはシャトームーン。ロストチャイルドのナンバー4ね。兄貴はやっぱりブランデーか、レミーマルタンのルイ十三世。
出さないとダメかぁ……これは私が大学卒業時にでも飲もうと思ってたのに……
「ロンサカパXO、渋いな」
ダークラムどころかヘビーラムよ。
これならアンタ達でも満足でしょ!
「金糸雀さ、違うよな? それ、カムフラだな?」
「げ……兄貴はなんでそんな事が……」
「美味しい物を最後に食べる金糸雀が、さっと出し惜しみせずに出すのがクソ怪しい」
「言われてみればそうだな。クソキョどってるし」
異世界組のみんなもそうだけど、クソクソ言いすぎなのよ。日本の品位が失われてるわよ。
あーもう、わかったわよ。
「もう……これは私が結婚したときに開けるつもりだったのにぃ」
「ほぉ、いいの持ってるな。ブラントンのストレートフロムザバレルか」
はぁ、二人と違って私は貧乏大学生なんだから。搾取するのはやめてほしい限りね。
本来であればそれぞれ記念日に開けて楽しむようなレベルのお酒を同時に開栓するなんてお酒の神様からバチが当たるわよ。
「じゃあ、私のワインから行こうか? そうだな。合わせるのはやはり生ハムが良かろう。兄さんの部屋はグラスの揃いも私の働く店以上だな」
やや広めのワイングラスを三脚用意すると狼亜ちゃんはそれにそれぞれ注いでくれる。お店で飲んだらグラスワイン一杯1万以上するでしょうね。
ちゃんとしたデキャンタでデキャンタージュしてくれる狼亜ちゃん。
「僭越ながら、私のフェイバリットで乾杯を。エレガントにな」
グラスは当てずに軽く掲げて、
「「乾杯!」」
くはーーーーー、なんなのこのワイン。少なくともシャトームーンは飲んだ事あるけど、何年のお酒よ。確実に当たり年のシャトームーンだと思うけど……。
「まだ若めだな。2016年か?」
「凄いな兄さん。当たりだ。大当たり年だったから10本程仕入れておいた」
いや、もう怖いわよ。ソムリエでも年までは当てられないのよ。超能力者か何かなの? でも大当たり年でも比較的最近だから割と弾数はあるのね。希少価値を上げる為じゃなくて飲む為に買ってるのがやっぱり私と近い遺伝子の持ち主ね。
あぁ、結構お高いオードブルだけど本当にお酒を輝かせる為だけの存在になっちゃったわ。まぁ美味しいけど。
「次は、金糸雀の行ってみるか?」
あーはいはい。順番的にはそうね。はぁ、私のお馬さん(ブラントン・ストレートフロムザバレル)。はっきり言って私の中では後にも先にもこれを超えるバーボンは存在しないと思ってるわ。
「そうね。相棒はハーブチキンなんてどう?」
「意義なしだ」
「うん、うまそう」
「本来、ストレートで飲むのがベストだと思うけど、ここはオンザロックにするわ」
開栓。兄貴も狼亜ちゃんも目を瞑ってる。二人はそりゃ知ってるわよね。他ウィスキーでは到底到達できない程の香りなんだもん。何にも手を加えずに樽からそのまま入れてるからできる業よ。それをさらりロックアイスで無理やり開いたらもう人生観変わるわね。
あぁ、やっば。匂いだけで酔えそう。
ハーブチキンを一口。まぁ、無難に美味しいわね。その風味がある中でストレートフロムザバレルが入ると……
「美味いな……」
「あぁ、涙が出そうになる」
私なんてまさかなんでもない今日、これを開けられるとは思わなかった事で涙が出たわよ。
ナチュラルチーズを残してあるんだから、兄貴のそのクソ高い酒、さっさと開けなさいよね! がぶ飲みしてやるんだから!
兄貴はブランデーグラスを三脚用意して、そこに……
「そんなに入れるの?」
「テイスティングじゃないんだから、このくらいを30分くらい時間かけて飲むのがいいだろ? あと葉巻吸うから換気扇開くな?」
割となみなみと注いでくれたわ。この量、犬神家以外は30分とかじゃ絶対飲めない量よ。ナチュラルチーズを噛みながら、あるいはチョコレートの味がする葉巻の煙を楽しみながら、ゆっくりと……リカーラックにあっても絶対飲めない兄貴の秘蔵の酒を一口。チューリップグラスから香るフレーバーと口の中から鼻腔を通るそれらが普段私が飲んでるブランデーって何? と思わせるわね。
最高のお酒を飲んでいると「ほふぅ」というため息が出るのね。そんな中、思い出したように狼亜ちゃんが、
「ところで金糸雀、バーで働く気になったか?」
「なんの話?」
かくかくしかじかと私が説明すると兄貴は面白そうな顔をしてこう言ったわ。
「じゃあさ、お互いのとっておきを呑ませあったから、一つだけお願い聞かせられるってゲームしないか? ロアは金糸雀にバーでバイトさせるでいいな?」
「あぁ、構わない」
「金糸雀はなんかある?」
いきなり言われると困るわね。兄貴のブランデーを煽りながら……チーズを一口。
「きょ、今日飲んだお酒が欲しい……とか?」
「おしわかった」
兄貴は何故か部屋から出て行き、数分後。
ドン!
ドン!
ドン!
まじか……
兄貴が今日飲んだこの最高ランクのお酒を全部未開栓の状態で私の前に並べたわ。私は血のつながった兄貴なのに、兄貴のヤバさを随分忘れていたようね。
「これでいいな。じゃあ俺な? ちょっと異世界から一人、お前に預けたい奴いるから任せるわ。部屋はあるしな」
「ちょ! ちょっとまって……この部屋、あの兄貴ごめん。もう既に結構いるんよ」
私は正直にお酒の力を借りて現在の居候と勝手に住み着いている女神様について語ったわ。
すると……
「はぁ?」
やべぇ、キレられるの?
「少なくね?」
え? えぇ!
「右隣の部屋も含めて俺が学生時代十人は住んでたぞ」
「は? 右隣の部屋?」
「酒置き場に借りてるだろ?」
知らねぇ……ぽんぽん酒出てくるなぁと昔から思ってたけど2部屋借りてたの……私がお酒をレンタルロッカーに入れたりしてるのって一体……
「という事でよろしくな。俺は中々戻って来れないから、そいつの学校の手続きとか色々面倒見てやって、狼亜も暇な時は力になってやってくれよ」
「はい兄さん」
え?
私は今日、何を飲んだか考えながらこれからの事を考えるのをやめたわ。
そこらへんに転がっている缶や瓶を見ながら、犬神家が酒盛りすると全然酔わないから(私が一番弱いからね)後片付けクソ面倒なのよね。