第146話 アメノウズメとごぼうの甘唐揚げとキリンウィスキー陸と
「自分こういう者です」
「芸能プロダクション、GO SHIN TAI、アメノウズメさん……」
「はい!」
私たちが最近の地下アイドルは凄い! みたいなクソ番組にウチのどうしょうもない女神様が出演しているのに引いていた私たちの元にニケ様を連れてやってきたのがこのぐるぐる眼鏡をかけてジーパンとTシャツに身を包んだ女性……いいえ、私の今までの勘でこの人は人じゃないわね。
「で?」
「ニケさんはこれからのアイドル界を背負っていける器です。勝利の女神で最強のアイドルです! 弱点なんてありませんよ! 勝利をその瞳に宿してるんです! アイドルになるにも住所が必要なんです。是非、是非。完全勝利の為に犬神さんの住所をお貸しください!」
なんかどっかで、いや街中とかでも聞いた事あるフレーズだなぁ。でも弱点だらけなのよねぇ、今なんか犯罪犯して逃亡中だからニケ様のアイデンティティの勝利ですら怪しいのよね。
「金糸雀ちゃん、ウズメがここまで頼んでいるんですから、意固地にならずにお貸ししてあげない」
は? ニケ様、なんか私がニケ様をアイドルにさせたくないみたいになってるけど、別にどうでもいいのよね。でも私の住所晒すとか何それ?
「クソ女神がアイドル、きもーい」
「クハハハハハ! 本来女神とは偶像されるものではないのか?」
「殿下、よもやこのクソ女神にはアイドルの神性すら無くなっているである」
「何を言っているんですか? 私がこの世界でより信仰される事で、世界は一つよくなっていくんですよ!」
ボロカスに言われても全然応えてない所はなんかこう……闇深そうな芸能界でもやっていけそうだけど……というかこのアメノウズメさんが来た事で買い物に行く暇がなくて、出来合いをアズリたんちゃんに買ってきてもらったのよね。お駄賃に百円分のオヤツとしてコアラのマーチを買ってミカンちゃんとデュラさんと美味しそうに食べてるのを見て、私もそっちに混ざりたいわ。
「犬神さん、かつてバルドルというそれはそれは美しい神がいたんです」
「はぁ」
「しかし、バルドルは住んでいるところを特定されて、悪質なファンであったロキという者に志半ばで殺されてしまうんです。ロキは誰かに信仰された事も誰かの事を信仰した事もなかったんです」
「は、はぁ……」
「ロキにとって嘘はとびきりの信仰だったんです。ロキは自分の推しのバルドルを殺したことで気づいたんです。そんなロキの嘘がいつか本当の信仰になるという事を」
「は?」
何言ってんのこの人、日本でおkよこれ……何これ? アイドルってあの見てくれ揃えた女の子が歌って踊るアレじゃなくてガチの信仰心の話をしているのかしら?
「あの、ぶっちゃけニケ様がアイドルになろうとなるまいと正直私はどっちでもいいんですけど、その場合はもうこの家から出て頂いてですね」
「金糸雀ちゃん、わがままを言っちゃダメですよ?」
「犬神さん! ニケさんは誰もが目を奪われ、完全で至高のアイドルなんです。金輪際現れない、勝利の星の生まれ変わりなんです! どうか」
アメノウズメさん、喋らせてると、一曲出来上がりそうね。そんななんか娘は芸能界に入れん! な頑固父ポジに私がいるような状況で、ミカンちゃんとアズリたんちゃんが、
「かなりあーお腹すいたー、その世界一無意味な話は終われり?」
「クハハハハ! 金糸雀よ。貴様の為にコアラのマーチを5個残しておいてやったありがたく食すといい!」
アズリたんちゃんきゃわわわわわ! あとミカンちゃんブレないわね。世界一意味のある旅を放棄してる勇者が言うとなんか凄いわね。
「とりあえずご飯食べながら続きにしましょうか? アメノウズメさんもどうぞ」
スーパーの袋から助六寿司、ガリ、カレイのフライ。野菜天盛り合わせ、そしてごぼうの甘唐揚げ。アズリたんちゃんのチョイスなんか渋いわね。しかも私の買い物に付き合ってくれてるから、ちゃんと30%オフ以上の割引率の物を買ってきてくれてる! えらい!
「お酒は……」
「かなりあ、しゅわしゅわぁ!」
ビールでもいいんだけど、出来合いはカロリー高めだから、ここはハイボールね。角瓶もいいけど、今日は陸にしましょうか。
グラスを6つ、ハイボールを5つ、ジンジャエールを1つ。もう職業病くらいさっさと用意できるようになったわね。
「じゃあ、とりあえずニケ様のアイドルデビューとこの家からの門出を祝って!」
「「かんぱーい!」」
ミカンちゃんとデュラさんは元気よくそうグラスをカチンと合わせるわね。アズリたんちゃんは、
「クハハハハ! 実にめでたい乾杯」
「ニケさん、これからよろしくお願いします!」
「こら! 金糸雀ちゃん、私は実家から通いますよ!」
いつからニケ様の実家になったの……。
ゴクゴクとミカンちゃんが飲み干して、
「ぷひゅーーーー! うみゃああああ! 勇者は海苔巻きがすき! マヨネーズをたっぷりかけり」
ミカンちゃんサラダ巻き食べてからありとあらゆる海苔巻きにマヨネーズ掛けるのよね。
「クハハハハ、余はお稲荷さんを好む」
「殿下、あーんである! お稲荷さんを食べさせるであるぞ!」
異世界組に大人気の助六寿司。
アメノウズメさんはそんな中、ごぼうの甘唐揚げを一つ摘んで「????」という顔をしてパクリ。
「おいしーーーーー!」
うん、ごぼうの最適解の一つと言っていい程美味しいわよね。お肉食べてるみたいなガッツリ感あるのよね。まぁ、ハイボールがよく進むのよ。
「どれどれ、アメノウズメ。少し大げさがすぎるというものです……ん? これは! 金糸雀ちゃん! 美味しいです(怒)!」
なんでキレ気味に報告してくるのかしら、まぁ別にいいけど。でもこの反応がミカンちゃんとデュラさん、そしてアズリたんちゃんを動かしたのね。
「えぇ、勇者ごぼう嫌いじゃないけど地味だからあまり食べず。いただけり!」
「クハハハハ! これは鶏皮の唐揚げではなかったか? 一ついただこう」
「殿下、牛蒡という地面に埋まっている木の根みたいな野菜であるな。我も一口」
久々にご近所迷惑レベルのうんみゃあああああシャウトをミカンちゃんが響かせたわ。アズリたんちゃんも気に入って、デュラさんも新感覚に驚き、当然。
「シュワシュワお代わりなりぃ」
「我も」
「余もジンジャエールをお代わりだ」
三人分作るなら六人分作るのも一緒なので、私は自分とニケ様、アメノウズメさんのハイボールも作って二杯目。
「でもこれいつの間にか惣菜屋さんでも扱われて酒泥棒よねぇ。家でも作れなくないけどなんか惣菜のジャンク感で食べた方が美味しく感じるのよー。エンジンかかってきたわね。もー一杯!」
野菜天とカレイの唐揚げも突きつつ、今日のお惣菜群の中で地味な見た目から、一番成り上がったのはごぼうの甘唐揚げね。
「犬神さん、さっきのお話ですが」
「お断りします。ニケ様も自分の夢(?)を本気で追いかけたいなら、甘えは捨てて家をでてください!」
「金糸雀ちゃん……」
だって100%なんらかの不祥事起こすじゃない。それでテレビ局とか私の家に集まってきたら、確実に兄貴に殺される私の未来しかないじゃない。
私は陸で作ったハイボールを掲げて、もう一度ニケ様に激励を送ったわ。
「ニケ様がアイドルとして成功する事を祈って!」
ニケ様はこんな小さい部屋に収まっていていい器じゃないのよ。私達はここで美味しいお酒に美味しいオツマミを食べながら視聴者として楽しませてもらうわ!
ニケ様がそのルックスからそこそこ売れるんじゃないかと私は予想していたけど……ニケ様と一緒にテレビに出演したアメノウズメさん。彼女はごぼうの甘辛揚げだったわ。カメラが映った瞬間、何かに滑ってこけてあの牛乳瓶の蓋みたいなメガネが外れるや否や、そこには清純系国民アイドル的なヴィジュアルの女の子が……
そうなのよね。
ニケ様ってどちらかというと女子ウケする美人でオタ受けしにくいのよ。いわゆるドルオタはひよっちゃう雰囲気持ってる超美人だから……
結果、三日後にテレビで歌って踊る、アメノウズメさん。ググると彼女は芸能の神様らしいのよね。そりゃもういくら勝利の女神だろうがなんだろうが勝てるわけないじゃない。
「もう! 金糸雀ちゃん、麦酒おかわリィ! 今の私ではアメウノウズメには勝てません! 金糸雀ちゃん、私を導いてください!」
もう、なんだかなぁ、ニケ様。最近、あまりにも不憫で私くらいは信者になってあげようか本気で考えちゃうなぁ。秒でアイドル卒業して普通の女神様に戻ったニケ様の為に冷蔵庫からプレミアムクラフトビールをトンと差し出して私はニケ様のクソうざいお説教を「うんうん、そうですね」と聞いてあげる事にしたわ。




