第144話 アザゼルと麻婆茄子と氷結無糖レモンと
「金糸雀ちゃん」
「はい?」
「カップ焼きそばって焼きそばじゃなくないですか?」
まだその話をしますか……それは古来から討論されていてそれが原因で薔薇戦争が起きたり源平合戦が起きたりしている禁忌の話よ。
関西人はたこ焼き器を持ってるの? と聞くけど、平均三個は家にあると大学の友達にガチギレされたわね。
それくらい、もう聞かれるのが面倒くさい内容だわ。
「カップ焼きそばは焼きそばじゃありません」
私はもうその一言でニケ様を黙らせる事に成功したかに思えたんだけど……
「金糸雀ちゃんって恋人とかいないんですか?」
はぁ? は?
それ聞いちゃうんですか? もうそれって神殺しを私にしろって言ってるような物ですよ? えぇ、犬神って実際神殺しの呪術ですけど……
「なーんて冗談です! いるわけありませんよね?」
やだこの女神様、殺したい! 今日はミカンちゃんとデュラさんが大好きな野球。それも一年に一回しかない高校野球なのでいろはさんの家でビール飲みながら野球観戦しに行ったから私は一人で勉強しようと思ったらニケ様が……
「球を棒で叩いて走って球を取るのに何が楽しいんですか?」
ほぼ全てのスポーツを否定する女神の容赦ない一言でここに残ったのよね。ニケ様、私の横にちょこんと座ってめちゃくちゃいい匂いするし、めちゃくちゃ綺麗なんだけど……もう本人の酒癖のアレを知っていると美人にめちゃくちゃ弱い私でももうなんとも思わないのよね。
ゴミ箱に入らなかったテッシュくらいの存在感ね。
「ところで金糸雀ちゃん、お昼はどうしますか?」
「お昼は素麺でも」
「えぇ! また素麺ですかぁ! 昨日も一昨日もその前も素麺でしたよ」
イラっ! としたけど、私も子供の頃にママに同じ事言ったわ。ママごめんなさい。確かに私ですら食べる手が止まるくらいには素麺に飽きた感はあったわね。アズリたんちゃんくらいしか喜んで食べてないかも……
ミカンちゃんの口数が減ったのもここ数日だし……
「何か……麻婆茄子の素があるじゃない! 麻婆茄子はどうですか?」
「女神的にいいと思います!」
なんか腹立つなぁ!
とりあえず二人なんで少しだけアレンジした物にしようかしら。実は今まで一人飲みだったから割とアレンジレシピを楽しんでいたんだけど、最近四人分とか五人分作ってたので手間がかかる事は避けてたのよね。
ひき肉に茄子、そして青唐辛子に卵。
レッツクンキング!
ガチャリ。
「ニケ様、ちょっとみてきてもらっていいですか?」
「金糸雀ちゃん、私は女神ですよ! 女神をあごで使うなんて恥を知りなさい!」
「もう犯罪者だから女神じゃないかもしれませんよ? 御託はいいので玄関に行ってください」
めっちゃこっちを睨んで頬を膨らませているニケ様、きっとニケ様の事を私が知らなければクソ可愛いと思ったかもしれませんが、今や殺意しか湧かないのはなんでかしら?
「なんですか! 今から麻婆茄子を食べるのでお引き取りくださ……貴女はアザゼル!」
「おや? おやおやぁ? お尋ね者のニケじゃないですかぁ!」
「くっ! 女神の名において滅します!」
「できますか? 強者たるこの悪魔の名を持つ神に!」
なんか私の家の玄関でファンタジーな話をしてますけど、麻婆茄子に温玉を乗せて完成したので、
「二人ともとりあえずご飯食べましょー!」
ニケ様とアザゼルさん。パンツスタイルのスーツ姿で、私を見るなり、近寄ってくると、
「お嬢さん、何か願いはないですぅ? 魂を代償にあらゆる願いを叶えますよぉ? あっ、ちなみに私ぃ、こういう者ですぅ」
なになに、あなたの心の隙間完全に塞ぐ悪魔です……どっかのサラリーマンみたいな職業なのね。
「なんでもって何でも何ですか? ちなみにこの部屋の家主の犬神金糸雀です」
「えぇ、何ですもですよ!」
いろはさんなら、ニケ様とどっちが強いの? とか聞きそうねぇ。まぁ、私の魂をくれてやってまで叶えたい願いなんてないわね。
「まぁ、間に合ってます。冷める前にどうぞ上がってください!」
「金糸雀ちゃん、悪魔ですよ!」
「デュラさんも悪魔ですからね。それに今回が初めてってわけじゃないですし、お酒は……氷結とかでもいいですか? 私の体重とか諸々の問題で無糖レモンを買ってきました」
麻婆茄子を前に、缶で直飲みで、
「じゃあとりあえず乾杯しましょうか?」
「いただきますぅ! あぁ、美味しそう。ヤバい女神がいなければ最高でしたぁ」
「乾杯です。嫌味な悪魔がいなければもう金糸雀ちゃんと楽しいお食事でしたのに」
これほどまでに露骨に嫌い合う間柄は初めてね。まぁ、飲めりゃ何でもいいけど。
「夏高みていいですかぁ? 私ぃ、この世界では夏高がとっても好きなんですぅ!」
夏の高校野球ね。テレビをつけながらアザゼルさんは氷結レモンをゴクリと……
「うまぁ! これはキリリとしてますぅ」
「麻婆茄子もどうぞ! 温卵潰しますね」
青唐辛子も入って激辛の味付けにしてある麻婆茄子だけど、温玉を潰す事で中辛くらいのマイルドさに早変わりよ。
「おぉ! これはもう名人の域ですぅ!」
「褒めすぎですよぅ!」
いやぁ、お世辞でも褒められると嬉しいですねぇ。とか思ってると、アザゼルさんは私の両手を掴んで、
「金糸雀さぁん、貴女を支えたいのでぅ。何か、叶えたい願いはありませんかぁ?」
「あはは。ないです」
「金糸雀さんも飲んでぇ、飲んでぇ!」
「あーはい、まぁ泥酔しても多分契約しないですよ。パパとママに言いつけられてるので、宗教と押し売りにだけは関わるなって」
さて、麻婆茄子は……うん! ガツンとくる辛さから一気にクリーミーな味わいに変わるところで、氷結レモン無糖よ。
「かー! 最高だわっ! あれ? ニケ様は、飲んでます?」
「飲んでますよー! 麻婆茄子も食べてますよー!」
あっれー、なんかニケ様、変な方にお酒入ってないかしら? まぁちびちびやってくれてるんで静かでいいけど。
「ねぇねぇ、金糸雀さぁん! 私酔ったみたいですぅ! 契約してくれれば楽になりそうですぅ! この前の人間なんて500兆円くれ! とか言うんですよぉ! 空気読みやがれデスぅ!」
どんな押し売りよ。まぁ、でも悪魔の契約って今とるの大変そうよね。大体何でもできちゃう世の中だから自分の魂の価値なんてお金でしか換算できないし、500兆円は妥当な金額だわ。でも流石にどんな願いでも! のどんなの度が過ぎているのはできないのね。
金融危機が起きるでしょうし、
「アザゼルさん達悪魔って実は何でもは叶えられないんですね」
「ほらぁ! 人間ってすぐそれいうんですぅ! 普通に考えれば遊んで暮らせるお金! とか異性にモテモテとかくらいが妥当ななんでも叶えられる願いですぅ!」
「アザゼルさん、お代わりどうです?」
「いただきますぅ!」
あっ! なんか二人とも変な回り方してると思ったら7%の飲んでるのね。て、私もか……どちらかといえば4%の方が美味しいのよね。
「金糸雀ちゃんは、私にはお代わりどうですって言ってくれないんですかぁ!」
「あーはいはい、お代わりどうです?」
「心がこもってないじゃないです!」
うっぜー……何このめんどくさい彼女みたいな反応。私、彼女どころか彼氏もいないけど……
とりあえず二人にお代わりを持ってきて与えていると……アザゼルさんが泣きながら麻婆茄子を食べてるわ。
「うめぇですぅ。うめぇですぅ!」
「金糸雀ちゃんは私にだけ麻婆茄子をよそってくれないんだー! わーん!」
あっ、誰か助けて……こういう時って不思議とお酒が回らないのよね。これって多分、ヤバい奴を見ててだんだん冷静になってるんでしょうね。
お酒の味はあるのに全然高揚感感じないもの。
そう、この時。私の肩に悪魔の羽を生やした私と天使の羽を生やした私が耳元で囁いたのよ。
『金糸雀。二人の氷結レモン無糖に40度の甲類焼酎を注いで度数を跳ね上げてぶっ潰しチマいなよ!』
『いけません金糸雀。相手は女神と一応神です。ですので、40度のプレミアムウォッカを注いで差し上げ、お休みになってもらいましょう』
じゃあ、どっちも行きますか……私、この二人が神々で本当に良かったなって思うのよね。
「お二人とも! ジョッキに入れましたのでどうぞ!」
「金糸雀さぁん、気がききますぅ!」
「そうやって私にだけで……んぐんぐ」
プシュ! 私は4本目の氷結無糖レモンのプルトップを開けながら、初出場の高校が常連校相手に頑張っている姿を見ながらすやすやと寝息を立てる二人を見ながら……
「女神も悪魔も寝ていると美人なのよね。もう永遠に寝ててくれないかしら」