第142話 ノーデンスと冷や汁と冷酒とお福政宗・越後の冷酒と
「暑いなりぃ……今日はひやむぎ!」
「クハハハハ! 余は十割そばを好む」
「冷やし中華も美味いであるな!」
「こら! 勇者に魔王一味、ここは“やっこ“です!」
夏の冷たい食べ物の好みをそれぞれを話すみんな。日本フリークの外国人みたいね。まぁ、広義の意味ではそうなんだけど……ひやむぎは流石に飽きたし、十割そば作るのも面倒なのよね。となると冷やし中華と冷奴がベストかしら……
ピンポーン!
あっ、誰か来た? インターフォンが鳴るという事は異世界からの人じゃないわね。私が玄関に向かうと、そこには普通の配送業者のお兄さん。
「ハンコいいっすか?」
「はい! お疲れ様です」
ええっと……恐竜図鑑。これはアズリたんちゃんかしら? 新作のゲーム、これはミカンちゃんね。次は魚専用包丁、サカナイフ。デュラさんだなぁ。
そして……浴衣? なにこれ、ミカンちゃんが着るわけないから、ニケ様? ベビードールといい……薄着好きねぇ。
※浴衣は一応、昔は下着扱いだったのよ。
あっ! 冷や汁セット……きゅうりと豆腐はあるし、今日はこれにしましょうか? どこぞの名物冷や汁。麦飯と冷や汁。アズリたんちゃんとニケ様は麦茶で、私たちは……冷酒で一杯やりましょうか。
ゴンゴンゴン!
これは異世界の人ね。もう音で認識できるようになった私って異世界上級者かもしれないわね。実際、しばらく向こうに滞在もしてたけど……
「アズリたんちゃんお出迎えお願いできる?」
「クハハハハ! 家来の言う事に耳を傾けるのも魔王の勤めだ」
そう言ってアズリたんちゃんが玄関に向かうと、「ぎゃあああ魔王の娘っ!」と甲高い声が聞こえて、アズリたんちゃんに手を引かれて戻ってきたのは……
「ハンターの人ですか?」
猟銃を担いだ女の人、普通の人というか危険人物きたわ。最近怪物みたいな人が来ても驚かなくなったけど銃はリアルに怖いわね。
「ちゃーす、ノーデンスです。と言っても知ってる人なんていないっしょ?」
「旧神であろう?」
「旧神であるな!」
「旧神なりにけり」
ニケ様曰く魔王一味とミカンちゃんはノーデンスさんの事を知っているようで、旧神ってどういう意味かしら? ググると……創作物のクトゥルフ神話上の昔の神様なのね。意外と凝ってるわね。昔のイングランド信仰神がモデルなのね。
「いらっしゃいませノーデンスさん。私は犬神金糸雀。この家の家主です」
「おねしゃす! 女神いるじゃないっすか、確かニケ君だっけ?」
「ノーデンス様、お久しぶりです」
あっ、よそ行きの女神の顔をしているニケ様。という事はニケ様を追って来ている神様じゃないという事ね。
「なんか、この扉、神域と繋がっているから何事かと思ってやって来たけどどういう事?」
通りで最近神様系ばっかりくるなーとか思ってたけど、そういう事だったのね。もうそれって絶対ニケ様を逮捕するためでしょ。
「かくかくしかじかなり」
ノーデンスさんにミカンちゃんが耳打ちすると、ノーデンスさんはバツが悪そうな顔をして……
「ニケ君、そいつぁまずいぜ? 早くオーク箱に入れられて、綺麗になってからシャバに出た方がいいんじゃないかい?」
豚箱的なね。
「ノーデンス様。皆勘違いしているんです」
「いや、君の酒癖の悪さは知ってるし、いつかこんな事になるんじゃないかなって心配してたし……」
うわぁ、思われている人には思われてるじゃないですかニケ様……私は冷や汁とおにぎりと冷酒、そしてキンキンに冷えた麦茶を用意して、
「まずはご飯にしませんか? ノーデンスさんもよろしければ」
「マ? じゃ、じゃあいただきゃーす!」
なんか適当なフリーターみたいな喋り方のノーデンスさん。でも神様だけあってまともな人ね。
みんなのぐい呑みにお福政宗・越後の冷酒とを注いで、アズリたんちゃんとニケ様には麦茶を注いで。
「旧神ノーデンスに乾杯なりぃ!」
「クハハハハ! 旧神に!」
「旧神殿に!」
「乾杯!」
「ちょっと皆さん! 勝利の女神にも乾杯してください!」
逃亡して人間の住処に立てこもっている時点でもう、負けてるんですよニケ様。気づいてください。
「これ! うますぎっしょ!」
開眼してノーデンスさんは冷酒のボトルを見る。私はすかさずノーデンスさんのぐい呑みに注いであげる。
「うむ、冷酒専用とはここまでキリリとするであるな」
「うんみゃい! シュワシュワが欲しいかもー」
「クハハハハ! 麦茶も美味い!」
「あのぉ、金糸雀ちゃーん、女神もお酒を」
「みんな口にあってよかったわ! ニケ様はダメです。さぁ、今日のおつまみは冷や汁。麦飯に冷や汁ぶっかけて食べてくださいね!」
元祖ねこまんまは冷や汁から来てるのかしら? この冷や汁を突きながら入れる冷酒の応えられない事。
「う、うまっ……金糸雀君。君は神を殺す気っしょ? こんな美味い酒と食事は初めて」
神様って普段なに食ってるのかしら? いくらでもあるのでお腹いっぱいお食べなさい。アズリたんちゃんはスプーンで上品に食べ「美味い! クハハハハ!」と、ミカンちゃんは……もう行儀悪いんだから! 足を上げてかっこんでる。
「うんみゃああああ! おかわりなりぃ!」
自分で炊飯器からご飯をよそって冷や汁をかけると、冷酒を一献。目が合ったデュラさんとぐい呑みを合わせてカチンと音が鳴る。
「冷や汁に冷や酒、たまらんであるな!」
「たまらんなりぃ! 旧神も乾杯なりぃ!」
「ウェーイ! 乾杯っしょー!」
そんな中つまらなさそうに冷や汁をしゃくしゃくと食べているのはニケ様。もう、他の神様がチヤホヤされると小さい子みたいに嫉妬するんだから。
「金糸雀ちゃん! 女神も冷や汁お代わりです」
「はいはい、ご飯重めにしときますね」
あれ? ニケ様、なんか酔ってない? 麦茶しか飲んでないハズなのに……据わった目でこっちを見つめてるけど……ニケ様の元に冷や汁を運ぶついでにグラスを確認すると……
「ニケ様、これ! ホワイトホース(ウィスキー)じゃないですか! しかも水割りじゃなくてグラス一杯ストレートに氷3個って……」
「どうせ、金糸雀ちゃんも旧神の方がいいんでしょ?」
「まぁ、どちらかといえば」
「違うなら態度で表してください!」
「えぇ、違わないんですけど」
冷や汁を泣きじゃくりながらかっこむ女神様っているのかなぁ。ノーデンスさんは口の周りにご飯粒をつけたまま。
「ニケ君は以前から問題児だったんだ」
「でしょうね」
「だから問題児なので金糸雀君、ニケ君をよろしく頼むよ!」
「えっ?」
約束は守ためにあるから約束を守ために全力を使います的な小泉構文のようなスペルを私に残してノーデンスさんは最後に冷酒をクイっと一杯飲んで私の部屋を出て行きました。
「金糸雀殿」
「はい」
「旧神ノーデンスはとんでもない物を忘れていったであるな?」
「えぇ、どうしたらいいんでしょうねこれ?」
ウィンチェスターと書かれているガチの猟銃が私の部屋に置いていかれました。警察に提出したらいいのかしら? というかこれほんと困るわね。
「金糸雀ちゃん! 聞いてますか?」
一瞬、お巡りさんにニケ様と猟銃押し付けようかと私はこの時思ったけど、深呼吸してなんとか踏みとどまったわ。