第141話 ガネーシャとサモサとアムルット(インドウィスキー)と
「クハハハハ! 勇者よ! セミの抜け殻とセミの観察に行こうではないか!」
「えぇ、勇者、クソ暑い中そんな拷問お断りなり」
最近アズリたんちゃんはセミに興味津々。突然現れて街全体を制圧しているとセミは魔王軍に通じる事があるとかないとか、私たちからしたらセミの騒音を聞くと夏が来たなって思うだけなんだけど、確かに突如街全体を支配してる感のあるセミを異世界の人が見たらそんな感想も覚えるのかもしれないわね。
「ミカンちゃん、ちょっとは付き合ってあげなさいよ! お姉ちゃんでしょ?」
「勇者、一人っ子なりにけり」
「そういう意味じゃなくて」
私とミカンちゃんがそう話していると、ドンとニケ様が私のサマードレスを着てリビングにやってきたわ。
「この服、悪くないんですが、少し大きめなのに胸の辺りが窮屈ですねぇ」
それは遠回しに、ニケ様はスタイルが良くて胸が大きいからと言いたいのかしら? ニケ様は私と戦争をしたいのかしら?
「そりゃすみませんねぇ、私が太っていて胸が小さくて」
「金糸雀ちゃん、僻まなくてもいいんですよ? 相手は女神ですから、ところで何か揉め事ですか?」
ニケ様、ほんと美人じゃなかったら百回は殺してるかもしれないわね。私はアズリたんちゃんとミカンちゃんの話をニケ様にすると、
「まぁ、二人は勇者と次期魔王。本来、このように仲良くしている事が異常ですからねぇ」
いや、まぁそうなんでしょうけど……それ言ったら私なんて異世界の人達と生活してるんだから……
「ミカンちゃんここ数日殆ど家から出てないんだから散歩がてら皇居あたりまでアズリたんちゃん連れて行ってあげなさいよ! 帰りにポケセン寄ってきたらいいじゃない? 二人ともポケカ集めてるんでしょ?」
主にミカンちゃんが集めているポケカ、近所のゲーム屋さんで小学生ボコってるらしいミカンちゃん。それを聞いてアズリたんちゃんに手を差し出すミカンちゃん。
「やむなしなりぃ!」
「クハハハ! それでこそ勇者だ! 参ろうか? 全方位熱耐性バフを余と勇者にかけてやろう」
「勇者も紫外線を全て反射する加護を勇者とアズリたんにかけり」
ちょっと待ってミカンちゃん! それ私にもかけて! 二人とも全然焼けてないと思ったらそういう事するのね! 異世界の人ってさぁ……
「いってきまーなり」
「クハハハハ! デュラハンよ。留守を任せた。物乞い女神が余の家来の金糸雀に無理強いをせぬよう見張っておけ」
「ははっ! 任されたである! 勇者、殿下をよろしくである」
「任されたりぃ!」
魔王軍と勇者は超仲良しなのに、ニケ様のこの扱われよう。と言うか、珍しい三人組になっちゃったわね。
「じゃあ、私たち三人は家事でもしましょうか? ニケ様はお掃除、デュラさんは洗濯。私はお昼ご飯とお風呂掃除でいいですか?」
パチン!
ニケ様は指を鳴らすと、
「お掃除ですか? 今、この部屋のあらゆる塵、ゴミ、害虫の類を抹消させましたけど?」
!!!!!!!!!!
「ニケ様……貴女」
「うむ。貴様、誠に女神だったのだな」
「全くお二人とも、これでも私は」
ニケ様が呆れた顔で何かを言おうとしたので、
「異世界の魔物を異界に送り返したであるな」
「確か、人間と魔物と神々を引き連れて全盛期のニケ様が一番前ででしたっけ?」
私たちの話を聞いてニケ様は、
「あら、流石に有名すぎて、知れ渡っていたんですねぇ」
いやいや、貴女が飲んで酔った時に必ず話すお話じゃないですか、それしか自慢話がないから私たちは過去の栄光にいまだに縋っている疑惑を持ってたんですけど……嬉しそうなのでここを突くのはやめておこうかしら。
「ニケ様はじゃあ私たちが終わるまでテレビでも見ててください」
「金糸雀ちゃん、女神はこれが食べたいですよ!」
近所のインド料理店の広告、その中のサモサを指さしているので、なんか異世界の食べ物っぽいわねと思った私は、
「じゃあサモサをお昼ご飯に作りますので」
サモサはジャガイモと豆が詰まったインド風パイ料理ね。流石に本場の味にまでは近づけれないけど、ジャガイモと枝豆とスパイスの類はS &Bのカレー粉で代用。そして薄力粉で生地を作って日本版サモサくらいならね。鳥のもも肉とポパイポタージュにゴールデンカレーをひとかけ落としてほうれん草カレーも作ってそれっぽいメニュー完成ね。
「二人ともお待たせ!」
三角巾をしたデュラさんも洗濯を終えたらしくふよふよと浮いて戻ってくる。洗濯を終えただけじゃなくて「金糸雀殿。風呂掃除も終わってるであるぞ」
もうデュラさんってもしかしてそう言う家事の神様かなんかなんじゃないかしら。
「デュラさんありがとうございます! さぁ、座って座って、ちょっと面白いお酒持ってきますよ」
「楽しみであるな! 我、首だけであるから座ると言うより置くみたいな感じであるな」
なんかこの自虐ギャグに思えるデュラさんの言葉も懐かしく思えるわね。たくさん家事を手伝ってくれるデュラさんの為に…………。
「今日はミカンちゃんもアズリたんちゃんもいないので、ニケ様も少しは飲んでいいですよ! インドウィスキーです!」
スコッチとインドのモルトを混ぜてあるインドウィスキーの中でもかなりの高級品。アムルット。兄貴的には飲んでもいいお酒という事だからありがたくいただくわ。
「おぉ! カリィの国のウィスキーであるか! 楽しみであるな!」
ガチャリ。
来たわね。ニケ様、デュラさんも恐れていないので普通の人っぽいわね。私が出迎えて……
「ぞ、ゾウさん?」
「あっ……ガネーシャです……すみませんすみません」
ガネーシャ……ガネーシャ……なんか聞いたことあるけど、こういう時はグーグル先生ね。
困難や障害を取り除き福をもたらすとされる、豊穣や知識、商業の神様。確かオーディンさんも……ニケ様もそれらの神様の側面があったわよね……
「いらっしゃいませ。私はこの家の家主の金糸雀です」
「あの……ニケ様を捕らえに来ました。そのお食事中……すみません」
なんか凄い腰が低いわねガネーシャさん。でももう毎回神様が家に来てるのって……
「ニケ様ぁ! ニケ様逮捕しにガネーシャさん来てますよ! ガネーシャさんどうぞこちらへ」
「ありがとうございます。すみませんすみません!」
リビングに戻ると、ニケ様が凄いドヤ顔で待っているわ。デュラさんはガネーシャさんを見て、
「これは魔物のような神であるな! 名のある邪神であるか?」
うん、まぁパッと見そう思えなくもないけど、私たちからすればガネーシャさんは福の神なんですよね。それにしてもなぜニケ様はあのオーディンさんの時とは違ってこんな態度なんだろう。
「あら、ガネーシャ。お久しぶりですね?」
「ニケ様、あの……」
「さぁ、今から私が加護を与えている金糸雀ちゃんが作られたお食事を食べながらお話を伺いましょう!」
いや、ニケ様、あんたの逮捕についてじゃない。さてはガネーシャさんが気の弱いことにつけ込んで流そうとしてるわね。
「と、とりあえずどうぞ」
「すみませんすみません」
インドウィスキーは割と優しい味わいなので、ちょっと濃いめにハイボールから行きましょうか、
「じゃあ、ニケ様の逮捕記念に乾杯!」
「乾杯である!」
「すみません、乾杯」
「何を言っているのですか? かんぱい」
うん、なんかインド料理もそうなんだけど、きつめの味付けのように思えて大体優しい味わいの物が多いのよね。このアムレットも凄い上品な口あたり。
「うまっ! であるな! これは……中々、50度もあるであるか? なのにアルコール感を感じさせなぬな」
「でしょ! 兄貴、こんな高級ウィスキーありがとうございます」
「はぁ……おいすぃ……おいすぃです。金糸雀様」
「様なんてつけないでくださいよ! ガネーシャさんの方が神様なんですから! ほらほら、サモサとほうれん草のカレーも作りましたからどうぞどうぞ」
ガネーシャさんはサモサとカレーを前に満面の笑みに、「ガネーシャ殿。金糸雀殿の料理は世界一であるぞ!」だなんて大袈裟な事を言ってくれるから、ガネーシャさんが食べるのを私はじっと見つめて……
「おいすぃ……! おいすぃです金糸雀様!」
「あはは良かったです。ウィスキーお代わりどうですか?」
「いただきますぃ!」
私もサモサを……うん。まぁ、日本人の好きなピロシキ的な味に落ち着いたわね。ほうれん草カレーの方は……
「金糸雀ちゃん! なんですかこの緑色のカレーは! おいしすぎます!」
「あぁ、ありがとうございます。ニケ様はその一杯でやめてくださいね? 面倒臭いので」
「金糸雀ちゃん、お代わりぃ!」
全く話聞かないんですよね。ニケ様……
「おぉ、ひよこ豆ではなく枝豆というところが、実におつまみ感が半端ないである。このカレーも金糸雀殿独自の手法でおつまみカレーに進化しているである。このウィスキーとよくあう事この上なし」
デュラさんのお墨付きを頂いたので中々の出来なんでしょう。私も安心して、うん。高級インドウィスキーなんていつ以来かしら。うんまぁ。
二杯目は濃いめのロックよ。
「かなりあぢゃん!」
うっせー女神様ねぇ……もう、仕方ない。同じく薄めのロックで……
「んぐ……かなりあちゃん、このお酒、濃いめの方が美味しいんですけど?」
くっそ、なんで酔っ払ってんのにそういう事だけわかるのかしら……やむなしニケ様のグラスにも注いであげる。
私はこの時……気を抜いていたの。お酒を飲んで人が変わるのはニケ様だけじゃない事、この前のオーディンさんもそうだったけど……
「ヲイ、ニケ。面倒かけやがってよぉ! オイ?」
まさか……これを言っているのは……さっきまで象の顔をしていて、今やヤンキーにしか見えない眉間に皺を寄せているドレッドへアのヤンキー。
なんでもググるとガネーシャさんのお父さんはシヴァ神とかいう暴走族のヘッドみたいなやばい神様で、その息子のガネーシャさんは……まぁ、そういう事なのね。
「オイ、金糸雀。酒ストレートで! お前も飲めよ! そっちの首だけのやつも! もちろんニケカスも」
「えぇ、ストレートですかぁ……」
「こん中でストレートで酒飲めないとかいうひよってる奴いる? いねぇよなぁ?」
ほう……私やデュラさんにそう言いますか……私はデュラさんと視線を合わせる。
“金糸雀殿……“
“デュラさん、潰しましょう“
そんでニケ様と一緒に帰ってもらいましょう。ここ数日今の所三分の二でウザ絡みする神様来てるんだけど……
「かだりあぢゃん、なんかポーッとしますよぉ?」
意外も意外、ガネーシャさん、クソ弱くて、微妙に弱いニケ様の相手を今してるんだけど……
「金糸雀殿、もうストレートでやらなくてもよくはないであるか? 我も少々回ってきたであるが」
私より若干弱いデュラさんが回ってきたってことは結構飲んじゃったわね。帰ってもらおうとした、ガネーシャさん寝ちゃったし、ニケ様は……
「かつてシヴァという失礼極まりない神がですねぇ……聞いてますか? がなりあぢゃ……デュラハンもなんでぐるぐる回ってるんで……」
とりあえず、二人を寝室に運んで酔いが覚めたから帰ってもらいましょう。ちょっと飲ませすぎちゃったけど、これは神様相手だからできる事で、普通の人は適量考えてお酒は楽しまなきゃダメね。
ガンガン。また誰か来た……
「こんにちは、金糸雀さん。ちょっと一杯飲ませてください!」
酔いどれエルフのセラさん来ちゃった……もう面倒くせーなぁー、少しフラフラしているデュラさんに……私は、
「デュラさん、もう一人潰しますけど、お付き合い頂けますか?」
「……承知したである」