第138話 メルクリウスとネギ焼きとキリン一番搾り黒生と
リビングにて、私たちはニケ様を中心にちょっとしたプチ会議中です。流石にこのままじゃダメでしょうとニケ様を説得するハズなんだけど、
「さ、最悪かもー! 勇者、ドン引きなりにけり」
「うむ、クソ女神ここに極まれりであるな」
「クハハハハハハ! いつかこうなる事は自明だ!」
異世界でのお話とニケ様が今どういう状況にあるかを説明した所、みんなのこの反応ね。ニケ様はというと、
「皆さん、過ぎたことをとやかく言うのはやめましょう。今現在、神々が私達を狙ってくるでしょう。しかし安心してください! 私は勝利の女神です!」
ちょっと待って、ちょっと待って! なんかニケ様、神々と喧嘩するつもり? しかも私たちを巻き込んで、そうなると私はこの家の家主であるからこう言わなきゃダメよ?
「あのニケ様、もうお家に帰っていただいていいですか?」
「金糸雀ちゃん、私の住処はおそらく神兵達がウロウロしていて戻れないですよ! ですから、私も皆さんと一緒にしばらく生活します! 女神と生活ができるなんて幸せ者ですよ!」
うん。最悪だわ。確かにニケ様は綺麗だし正直一緒に暮らすのもみんなと違って私は少し悪くないかなとか思うんだけど……今回は酒癖がーとかじゃなくて……もろ犯罪者だもん。こんな女神様匿ってたら言葉通り天罰受けそうなのよね。
「皆さん、元気を出して! さぁ何か美味しい物でも食べて元気を出しましょう!」
「ど、どの口がそれを言えり……勇者は耳を疑えり」
なんというかアズリたんちゃんの教育上悪いと思ったのか、デュラさんが……「殿下、あちらの部屋で勇者が編集したDVDでもご覧になられるである!」と生ゴミでも見るような目をニケ様に向けて寝室へ行っちゃった。
ニケ様は……
「じゃ、じゃあどうすれば良かったんですかぁ! 皆さん、女神に大して少し酷過ぎますよ!」
キレた。しかも意味不明な逆ギレね。どうすればいいか? そんなの自首すればいいと思うんだけど、ニケ様にはそのつもりはないみたいね。
「とりあえず、何か作りましょうか」
冷蔵庫を開けると……さすがデュラさん、めちゃくちゃ綺麗。それも“冷蔵庫は開けたら閉める“とミカンちゃんに対してのメッセージも張り紙してあり、数日分の食事も作ってタッパーに小分けされてるし……じゃあ、これら料理をいただくのは悪いので……何か、ネギあるわね。ネギ焼きでも作ろうかしら。小麦粉あれば出来るし、卵と水と練って、時短の100均お好み焼きレンジプレートに乗せて数分加熱すれば……
「はい完成! ミカンちゃん、アズリたんちゃん呼んできて」
「了解なりぃ!」
そう言って寝室に行くと見せかけて、ミカンちゃんは脱走。どんだけニケ様嫌なのよ。仕方がないから、「ニケ様、二人を呼んできてもらっていいですか?」「女神を使うなんていけない子ですね!」とか言ってるけど無視、早よいけ!
ニケ様が「魔王の娘ぇ! デュラハン! ご飯ですよー!」とか言って呼んでくれてるんだけど……だけどね。
「むぐむぐ。うまい! 褒めて使わす。人間」
大きな簪みたいな髪飾りをつけた女の子が私の作ったネギ焼きをバクバク食べているんだけど……
「貴女、いつからここに?」
「勝利の女神と人間がここにやってきた時には」
結構前じゃない。私はこの謎の来訪者にとりあえず自己紹介する事にしたわ。
「私はこの家の家主の犬神金糸雀です」
なんかこの自己紹介も懐かしいわね。すると、少女は頭を下げて、
「ご丁寧に、我が名は商いと盗賊の女神。メルクリウス」
女神きたー! これはまさか……まさかまさか……
ニケ様の追っ手では?
「クハハハハ! 良い匂いがする!」
アズリたんちゃんが大事そうにデュラさんを抱えてニケ様とやってきたわ。凄い絵面ね。ニケ様はメルクリウスさんを見て、
「あ、貴女はメルクリウス…………なぜここに……」
メルクリウスさんはニケ様を見るや否や、短剣を取り出して……そんな感じ? ニケ様、成仏してくださいね。とか思ってたらネギ焼きを短剣で等分してくれたわ。
「女神ニケ、久しいな。同じく追われる身となったと聞きつけ参った」
「メルクリウス、元気でしたか? 神兵達から逃れ、今やどこにいるものかと思っていましたが! 今日はめでたいですね! 金糸雀ちゃん、本日は何を飲むんですか?」
そういえばそうね。本日は……
「さっき冷蔵庫から出して温度を常温に慣れさせておいた黒ビールでも飲みましょうか? アズリたんちゃんとニケ様はコカコーラです」
私はそう言って、麒麟の一番搾り黒生を三人のグラスに、そしてコーラを二人分グラスに注ぐと、
「なんか犯罪者が二人いるみたいですが、一刻も早く二人が罪を償う事に乾杯!」
「クハハハハハハ! ろくな女神がおらん!」
「殿下、同じ空気をあまり吸ってはいけないである!」
「まぁ! なんという事ですか!」
「グゥのねもでない。面目ない」
そして乾杯!
黒ビールって温度を少し室温に慣れさせて飲むって教えてくれたのは従姉妹の姉さんだったなぁ。そう言えば今近場で働いているので一度会いに行かなきゃ。黒生、ラガー系のビールなのね。前のスタウトはエール系だったのに、私はどちらかというと黒ビール飲まないんだけど、これは中々……
「おいしー」
「確かに深みのある麦酒であるな! それも黒いのが良いである!」
「そうだね。これは中々イケる。ニケは今だに酒乱の気が抜けていないか」
メルクリウスさんはニケ様の旧知の仲の一人なので、だから飲ませると厄介なのは知ってるのね。
「ところでメルクリウスさんは何をして追われているんですか?」
「些細で重要な事。主神がやらかした問題を暴露した結果権力の前に屈服し逃げ出した。哀れな女神」
いや……いやいやいや……私とデュラさんのメルクリウスさんを見る目が変わったわ。メルクリウスさんは「麦酒おかわり」と言うのでおかわりを入れてあげるとネギ焼きを実に美味しそうに食べる。ビールが飲めなくて恨めしそうな顔をしているニケ様に対して私たちは空気を呼んでいたんだけど、アズリたんちゃんが……
「メルクリウス、貴様。なんら悪くはない! 余が許す、それに比べてニケは恥ずかしいぞ! クハハハハハハ! 酒ぐせの悪さから人間や魔物に迷惑をかけてお尋ね者だ! おもしろし!」
あーあ。言っちゃった。ニケ様は私たちの目を掻い潜って、黒生を取ると、コカコーラと半々で割って、即席でカクテル。ディーゼルを作ってそれを一気飲み。
そして、
「このネギしか入っていないお好み焼きはなんですか! 美味しいじゃないですか! 金糸雀ちゃん!」
とまぁいつものようにウザ絡みが始まりました。
それにしてもニケ様とメルクリウスさんは明確にベクトルの違う理由で咎人、咎神? にっているわ。というか、メルクリウスさんはなんか神話とかにありそうな腑に落ちない理由での咎なのに、ニケ様は自業自得というか……
「デュラハン! どうして魔王の娘にばかり食べさせて女神には奉仕しないのですかっ!」
何言ってんのこの女神様……
「……女神よ。悪魔の我が言うのもなんであるが、自重せよ……」
じたばたじたば暴れるニケ様にメルクリウスさんは黒生を飲みながら、ねぎ焼きを食べて「ニケ、昔から変わらない」とか言っちゃうんだけど、昔から変わらないの? なんかアテナ様の中ではもう少しクールでニヒルな女神様だった的なお話だったんだけど……
「かなりあちゃん、食べさせてー!」
「あーもう、はいはい! ニケ様。アズリたんちゃんがいるんですから少しは空気読んでくださいよ。はいあーん」
「あーん。おいしい! かなりあちゃん、次はお酒」
「あーはいはい」
コーラ飲ませとけばいいかな。メルクリウスさんは綺麗に一番搾り黒生を飲み終え、ねぎ焼きも堪能するとさっと立ち上がった。
「世話になった。これにてメルクリウスは姿を消す」
「もう少しゆっくりしていけばいいじゃないですか! ニケ様と積る話もあるんじゃないですか?」
「その状態のニケは面倒くさい」
確かに……そして私は最後にメルクリウスさんが意味深な言葉を残して帰って行くのを忘れもしないわ。
「神々に追われる身は危険と隣り合わせ、洒落にならない神々がやってくると思うけどニケには元気でねと伝えておいて! じゃあ」
「はい……はい? なんて」
やばげな神様がニケ様追ってるでしょ? 私の部屋に来るでしょ? やばいやばいやばい! ちょっとニケ様、どうにかして追い出す方法を考えないといけないわね。
どうして勇者よりも魔王軍よりも女神が一番私に迷惑をかけているのかしら? 私は無意味なことだと考えるのをやめたわ。