第137話 聖女と梅酒の梅と彩煌の梅酒と
「ニケ様、ほんとお酒やめてください。なんか、アウト寄りのアウトですよ。というかゲームセットです」
「金糸雀ちゃん、馬鹿な事を言うのはおよしなさい。女神を含めた神々にとってお酒というものはなくてはならない物なんです」
「お酒は人生に彩りを与えてくれる素晴らしい物ですがあくまで脇役ですよ。お酒のせいで人間関係崩してたらそれはもうアルコール外来治療にお世話にならないといけないやつですよ」
私は兄貴の集落で、ニケ様と一緒に謝ってあげました。スラちゃんにこっぴどく何故か私も叱られたのは腑に落ちないけど、私が元の世界に帰る為に特殊な魔法を使える人を知らないか尋ねた所、ファナリル聖教会という宗教団体のトップの聖女王様ならと聞いたんだけど、あのスラちゃんですら震え上がっていたのでどんな人よ聖女様。
というかファナリル聖教会って※46話エクソシスト、103話神官参照。
なんかヤバい人しかいなかった気がするんだけど、聖女様ってそれらのトップよね? まぁ、ヤバい人なんだろうけどこれでも変な異世界の人達を相手にしてきた私だからどんな人が出てきてもそんな動じないでしょう。
それに手土産にニケ様に持ってきてもらった梅酒もあるし。
馬車に揺られ、船に乗り、また馬車に揺られ、小型飛龍という生物に乗り、私たちはやってきたわ。ファナリル聖教会の本拠地がある西の地域、ジェノスザイン。
私は明らかにヤバい宗教の巨大な建物が見える入管の門の前で兄貴の集落からの紹介状を見せた。
「あのこんにちは、聖女様に謁見の予約をしたいんですけど」
「入信ですか? お布施ですか?」
あはは、やべぇ……
「ですから、聖女様に」
「冗談です冗談です! どうぞこちらの簡単な書類を書いてください」
私は受け取った入信書類をビリビリに破ると、入管の人を無視してこのジェノスザインという国に入国したわ。パパとママから押し売りと宗教勧誘だけは関わるなと言われてきたけど、まさか自分からこんな怪しげな宗教の国にやってくるとは思わなかったわ。
「良い子の皆さん、今日は聖ファナリルのお話をしましょうね」
あら、美人のお姉さんが子供達を集めて聖書のお話かしら? 保育士さんみたいで案外イカれているのは一部で普通の宗教法人かもしれないわね。
「世の中には神を名乗る悪しき者がいます。神とはそもそも聖ファナリルの事を言うのです。それ以外は全て、化け物です! 聖ファナリルの加護の元にいる私たちは最後の日を迎えても再生の日に再び生き返る事ができるのです! それ以外の愚か極まりない邪教徒は皆死に絶えるでしょう。さぁ、皆さんご一緒に! 聖ファナリルのみが唯一の神です!」
「「「「「せいふぁなりるのみがゆいいつのかみです!」」」」」
「はいよくできました」
うん、問題を起こすカルト教団は大抵一神教なのよね。私の世界でもトップ3の内2つは一神教よね。問題起こしまくりだし。
そもそも最古の宗教であるゾロアスター教は多神教なのに、どこをどうしたら一神教ってのが生まれるのかしら。
「すみませーん! 聖女様どこですかー?」
私はそこらじゅう聞き回っていくと、
「おや、いつぞやの犬神さん」
「あら、ミカンちゃんと自分の仕える神マウント合戦の神官のブドーさん」
私はブドーさんに事情を話すと、聖女様がいる場所を教えてもらったわ。聖女様は今、悪魔に取り憑かれた家族のお祓い最中だとか……あるある心霊詐欺の一つね。
私がそう思った時、私の横にいるニケ様が……
「金糸雀ちゃん、凄まじい力の悪魔です。私たち神々に匹敵するような」
マジすか、私は恐る恐る、小さい教会の扉を「お邪魔しまーす」と開けてみると、そこにはイッちゃった目をした父親、母親、そしてその子供。さらに血だらけで倒れているこの教会の神父様とシスターかしら。
そんな中、たくさんの刃物が突き刺さり血を流しながらも立っている女の子、蒼い髪をした高価な純白のローブ、そしてはち切れんばかりの巨乳。喧嘩好きそうな顔をした美少女。
「ははははははは! いいじゃねぇか、いい! いい! いい! オイ! ファナリルのクソ神。私に力をお与えください! このクソ家族に取り憑いたクソ悪魔を抹殺する神の力をよぉ! 私の事愛してるんだろ? クソ神ぃ!」
さぁ、私は何を見せられているんだろう。その蒼い髪をした女の子は「慈愛の光、ホーリーライト!」とか言いながらお父さんをぶん殴り、「救済の癒し、リザレクション!」とか言いながらお母さんをぶん殴り、最後は子供にメンチを切ると、「究極の祈り、エイジス・ゴスペル」とか言って全員をバッタバッタと倒した後、変な風に曲がっている自分の腕に「オイ、クソ神ぃ! 私の腕を治せやカスぅ! キュア!」とか言って綺麗に折れた腕が元通りね。
「おい、ボンクラのクソカス共、起きろ! ヒール」
倒れていた神父様達は涙を流しながらこの美少女に祈りを捧げるポーズ。まさか、まさかだけど……
「聖女王プリン・アラモード様。なんというお慈悲、今死んでも悔いがありませんぞ」
「じゃあ死ねよクソカスがぁ、オイ! ぼさっとしてねーでポーションだせポーション!」
「ただいま!」
なんか袋にポーションを入れて、聖女様はすーはーすーはーなんかどことなく既視感のあるビジュアルで吸ってるけどポーションってこういう感じでヤバい薬キメるみたいに使うやつだったかしら……
「で? テメェはなんだぁ?」
「あぁ、ええっと私は犬神金糸雀です。ちょっとわけあって」
「犬神……クソ女。お前兄貴がいないか?」
「えぇいますよ」
「そうか、そうかそうか! 北の! ぶち殺してやる!」
「あぁ、まぁ兄貴はぶち殺してくれて構わないので、とりあえず一杯やりません? いいの持ってきたんで」
「アン? 見ない色のポーションだな」
私はこのプリンちゃんの言葉に、
「ふっふっふっ! 見ない色のポーション? えぇ、この梅酒はそんじょそこらの梅酒じゃあありません事よ聖女様。あの魔王を作っている酒造で作られるめちゃウマ梅酒ですわ。宅配注文でも魔王と同じで一本しか頼めないんだから」
「お、おう。で? 私にぶち殺される事じゃなくて用があるってなんだ? 化け物退治か? いいぜ行ってやる」
凄い、爆乳美少女だけどすっごい血祭りにしか興味がないさすがはファナリル聖教会のトップね。自分の宗教の神様をリスペクトする気も1ミリもないもの。私はガラスのグラスに魔法で作ってもらった氷をポトンと落とすとそこに梅酒を注ぐ。
「彩煌の梅酒。オンザロックです」
最高と彩煌を多分かけてるんでしょうね。おつまみは、この梅酒を購入するとつけてくれるこの梅酒を作る際に使われた梅の実。
「じゃあ乾杯しましょう」
「いい匂いだな。フン、乾杯」
かちんこと乾杯してプリンちゃんはゴクリと梅酒を飲み干すと……反応なし、だいたいミカンちゃんあたりなら、うみゃあああああああ! って叫び出すハズなのに……
「あらぁ。口に甘い甘露ですこと」
えっ? 目の前のプリンちゃんは髪の色がいつの間にやら金色に変わり、頭頂部だけがやや茶色のプリンカラーに変わり、そして口調もまたお淑やかに……
「金糸雀ちゃん、お酒を飲むと性格が変わるタイプですね。恥ずかしかぎりです!」
ニケ様がやれやれという表情でそう言うので、私はニケ様に反応するのをやめたわ。もしかするとこれはいい感じの裏返りじゃないかしら?
「プリンちゃん、もう一杯どうぞ?」
「いいんですかぁ? ではもう一杯」
きゃわわわわわ! クラブとかラウンジに行くオッサンの気持ちが分かるわぁ。私もクイっと飲み干して、梅の実をプリンちゃんに差し出す。
「梅の実も美味しいわよ。そして次はお湯わりね」
コポコポとお湯で割った彩煌の梅酒の香り高い事。小さく梅の実をカリリと齧って「あっ、美味しい!」と言って私ににっこりと笑うプリンちゃん、これは指名ね。ボトルも入れたくなるわね。というかプリンちゃん、髪の毛さらっさらで、肌は剥きたての卵みたいにツヤッツヤね。
「プリンちゃんはお肌や髪の手入れってどうしてるの?」
お湯割りをフーフーと冷まして一口。そして私を上目遣いに見ると小悪魔的な笑顔、これヤバいな。私が男の子なら秒で一目惚れね。
「私には、様々な神々が加護をくれるのでぇ、それで手入れなんかしなくてもいいですの」
うん、秒でファナリル聖教会の一神教の教えが崩れ去ったわね。そしてミカンちゃんと言い、アズリたんちゃんといいチート狡すぎでしょ! 私にも加護与えてくださいよニケ様!
「さっきからお話を聞いていれば神々が誰でも思い通りになるような口ぶりですね! プリン・アラモード! 私はそうはいきませんよ!」
「あらぁ……あらあら? テメェ、クソ女神じゃねぇか! よくまぁ、どの面下げてノコノコやってきたんだコラぁ!」
私は神父様とシスターの人にソーダ水を持ってきてもらうと、梅酒のソーダ割りを作って梅の実を一つポトンと落としたわ。私はそれを飲みながら、普段とは違い、ニケ様の話もニケ様の力も全く通用しないプリンちゃんに追いかけ回されているその姿を見ながら、カリリと最後の梅の実を味わって、教会の人に聞いてみたわ。
「どこか遠くのところに行ける場所や、そういう魔法を使える人とか知りませんか?」
というか、本気でここのままだと大学が夏休みに突入しちゃうわ。むしろ夏休み期間だけ異世界に行けるとかだったらどれだけ良かったかしら。