第135話 【GW特別編】 魔王様と角打ちと三つ目小僧と
こんにちは、天童ひなです。魔王様はサボテンに水をやりながら蝉の声に耳を澄ましています。やはり、上に立つ者はこのうだるような暑さであるとか、騒音以外の何ものでもない虫ケラの鳴き声も普通に受け流す事ができるんでしょうか?
「うー暑い、暑いですぅ。魔王様ぁ」
かたや、魔王様の魔王軍の雑用係らしいダークエルフさんは溶けそうです。
「くーはっはっは! えあこんを入れると良かろう! なぁに、でんきだいとやらは余が支払ってやる。ひなも良かろう?」
「あー、全然大丈夫ですけど」
私がエアコンのリモコンに触れようとするとダークエルフさんは私の腕をガシっと掴みます。
「ま、魔王様が我慢なされていて私とひなが涼もうだなんて、そんな滅相もない……」
いや、私はまぁ、まだ我慢できますけど、ダークエルフさん、どさくさに紛れて私も名前に入れましたね。このダークエルフさん最近金糸雀さんがガールズバーをお休みされているので、代わりにダークエルフさんにヘルプで入ってもらっていますが、金糸雀さんばりの辛辣さで絶賛人気上昇中です。
「さて、今日はひなは休みか?」
「あー、そうですね。今日はお休みです」
「では、行くか、面白い所を余は見つけたぞ! くーはっはっは! ついて来るといい!」
魔王様はそう言うと立ち上がる。一体、何を見つけたのか少し嫌な予感がしますが……ダークエルフさんは魔王様の言葉には絶対服従ですから、せっせと準備をしています。魔王様の行動地域は多岐に渡るようですが、神田地区が特に好きみたいですね。昭和風情の街並みが好きなんでしょうか?
私、魔王様、ダークエルフさん。明らかにおかしな三人組を前にしても東京の人たちは気にも止めません。東京はげに恐ろしい街ですね。
そんな中、私達の行き先でうずくまっている男の子がいます。
「くーはっはっは! ガリガリくんの食べ過ぎで腹でも下したか?」
「実に愚か極まりないですね! 魔王様!」
「いやいや、救急車でしょ、きみ大丈夫?」
私が男の子に近寄ると、男の子は顔を私に向けました。
「だぁいじょぉぶぅ!」
「あら、目が三つあるんですね。お洒落ですよ!」
「えっ?」
「えっ? どうかした?」
「怖くないの?」
「えっ? 私が?」
「えっ?」
あー、この男の子、魔王様とかダークエルフさん側なんでしょうか? 最近、魔王様と暮らしてからそういうのに疎くなっている自分がいるんですよね。この前も“本当に恐ろしい怪奇映像スペシャル“なる番組を魔王様と見たんですが、
『ひなの国は歴史上で大きな戦争や災害が腐る程あったのであろう? そこで当然沢山の人間が死に至った。して霊とやらがいるなら、そういうのがわんさかその辺を歩いていて、ひなの家にも腐るほどおらぬとおかしくないか? この霊能力者とやらが言っているこの場所には、ゴーストの類も余には見えぬし、何もおらんぞ! くーはっはっは!』
とナチュラルに霊の否定をされていたり、魔王様の部下の人が普通に化け物じみた人だったりするので鈍くなっていたんです。
「貴方は誰ですか? 魔王様の家来ですか?」
「お、俺は三つ目小僧だよ……東京の街に古くから住む。妖怪さ」
「へぇ、妖怪って本当にいたんですね。魔王様、妖怪ですよ!」
「ほぉ」
私と魔王様が三つ目小僧さんにスマホを向けるので、三つ目小僧さんは……
「最近の連中は俺を見ても驚くどころかすぐにそのスマホを向けやがって……というかなんだよお前ら、人間じゃないのか?」
パンツスーツ姿のダークエルフさんが見下す表情で三つ目小僧さんをスマホで検索して……
「目まぐるしく進み、まわる世界の中でたかだか三つ目がある程度で、驚かし続けれるとか本当に思っているのか? 貴様のような種族はすぐにでも滅ぶだろうな! その点、私は魔王様及び、魔王城の雑用係として! 大変名誉な身分を与えられている! 貴様はそこで三つ目以外のアイデンティティなく滅んでいけ!」
「そ、そんなぁ……」
辛辣だなぁ、妖怪って確かに意味不明な理由で存在している者が多いんですよね。人間の癖とか自然現象の理由付けに妖怪という存在が生まれたからなんですが……確かに今じぶん、目が三つある程度では驚かないですよね。もしかしたらそういう病気の人かもしれないとむしろ空気読まれるかもしれませんし、
「くーはっはっは! 気に入った! 三つ目があるだけで今までやってきたのはこの変わりない街に通じる! 余と来るがいい! 面白い所に連れて行ってやろう!」
「ま、魔王……様」
三つ目小僧さんもどうやら魔王様のカリスマにやられたようで、ついてきますが、果たして魔王様は一体どこに行こうというのでしょうか?
「ついた! ここである!」
バン! と魔王様が指差す先は……
「酒屋さんですか?」
「さよう! この店、中で飲めるのだ! くーはっはっは! 実に面白い!」
あぁ……あぁあぁ! 魔王様、それ角打ちですよ……まさかそんなおじさん達のオアシスに若者四人(妖怪は若者か分からないですけど)でやってくるとは思いませんでしたね。
「くーはっはっは! オヤジ! 櫻政宗四つ! 貴様ら、つまみは好きに頼むと良い! 余が飲み食いさせてやろう!」
そう言って出目金型のがま口を取り出すと魔王様は器用に折りたたんである一万円札を一枚取り出しました。基本無駄遣いをせずに殆どダークエルフさんの生活費にしてあげている魔王様、その節約術を教えてほしいですね。
「はい、お待ち、自分で開けて飲んでね」
さすがは酒屋さんです。本来、飲み屋は瓶の王冠や蓋を外さずにお酒を提供してはいけません。お酒の提供と販売は別の資格になるんですけど……酒屋さんはお酒の販売資格が当然ありますので、こんなブレブレな事ができるんですよね。蓋のされている櫻政宗。菊正宗が有名ですが、実は日本酒作り最強のお水である宮水を最初に発見された会社が櫻政宗なんですよね。
前に金糸雀さんがお客さんとその話をしていました。
「くーはっはっは! 三つ目の小僧とこの面白き酒屋に! 乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
んっんっん……これは日本酒をあんまり飲まない私でも分かります。おいしめです! ワンカップ系の少しお高いお酒なんでしょうけど、なんか落伍者が呑むお酒というイメージが強いですが、魔王様にダークエルフさん、見ようによってはそこそこ可愛い顔をしている三つ目小僧さんが飲んでいるといきなりお洒落なお酒に見えるのはなんなんでしょうね?
「オヤジ、魚肉ソーセージに缶詰を所望する!」
「はいはい、まおうちゃん、好きなの取って食べとくれ」
「うむ!」
そして魔王様は顔馴染みみたいですね。まぁ、魔王様は誰とでも仲良くなれますし……
「オヤジ、同じものをおかわりだ! こやつら、よく飲むからな! くーはっはっは! 魚肉ソーセージもおかわりだ」
むぐむぐと魚肉ソーセージを食べながら、魔王様は缶つまの焼き鳥をちびちびと食べて、櫻政宗をこくりと一口。酒屋の立ち飲みでこんな様になる飲み方をする人、魔王様くらいですよ?
「魔王様。この三つ目小僧。ぜひ、魔王様の第一の家来に」
櫻政宗のおかわりを飲みながら、三つ目小僧さんがそう魔王様の横で片膝をつくので……ダークエルフさんがちょっとおこですね。
「貴様っ! 黙って聞いていれば魔王様の第一の家来だと? 魔王様、三柱様がいて、その下に四天王様がいて、さらにその下に八結集様がいて、さらにそのしたに十六魔神様がいて、各種魔王軍幹部様達がいて、それぞれの軍を纏めている方々がいて、一般魔王軍のさらに下に雑用係の私がいるというのに、その私を差し置いて、第一の家来とはなんという無礼!」
ダークエルフさん、そんな末端なのに魔王様の所にいる事が誇りなんですね。私、就職できなかったら本当にお世話になりましょうか……
「そんな下っぱに俺は用はないよ! 魔王様こそ、これからのイノベーションを妖怪達に与えるんだ!」
妖怪の世界も革新は必要なんでしょうね。
「オヤジ、くーはっはっは! 赤星をもらおうか?」
「適当に冷蔵庫に入っているの取っておいて」
魔王様はいつも通りニコニコと笑いながら、冷蔵庫からサッポロ赤ラベルを取るとそれをグラスに注いで呑んでます。そしてもう一つのグラスに同じものを注いで、
「オヤジ、お前も一杯やるといい。余の奢りである!」
「あー。ありがとね。おいといて」
私たちはしばらく魔王様のご馳走になると魔王様は一万円札を広げて、そこに置く。
「オヤジ、ご馳走になった。置いていくぞ?」
「はい、また来てね」
いくらなんでも一万円は高すぎないですか? 私は釣りはいいというお金持ちのアレだとばかり思っていたんですが……
お店を出ると張り紙が……
“店主2022年 7月に亡くなり、閉店となります。長い間ご愛好ありがとうございました“
えっ? えっ……よく見ると、お店は綺麗に片付けてあり、お酒どころか、何もありません。そして私たちが食べたゴミを魔王様がスーパーの袋に入れて持っています。
「ま、魔王様はこれは……」
「貴様らの世界の言葉で供養というのであろう? 毎年、オヤジが余に会いにくる故、出向いてやった! 貴様ら、ご苦労であった! らぁめんでも行くとするか?」
この前、テレビ番組で魔王様は霊が存在しない証明を知らず知らずに行っていましたが、今回はナチュラルに霊の存在を証明してしまいました。
まぁ……あんまり新鮮さも感じないんですけどね。