第134話 デミゴッドと雪塩と純米生貯蔵夏酒と
「いらっしゃせー」
「かなりあ、今日も可愛いな!」
「ありがとうございます」
「一杯奢るぜ。のめよ!」
「いただきます」
「四日後、元迷いの森にあるフードコートに一緒に行かないか?」
「四日後は元の世界に帰ってるかもしれないので行きません」
働かざる者食うべからずという言葉があるように、私はクルシュナさんが働いているギルドの酒場でお手伝いをする事にしました。まぁ、ガールズバーに来るお客さんとどっこいどっこいくらいの客層で、逆に言えばギルドの酒場に来る人は大半が冒険者なので、ややこしい奴は……
「カナリアさん、4番テーブルのお客さん、暴れてるのでお願いできる?」
「はいはい、ウォッカをたっぷり入れたエールを用意してもらえますか?」
酔いつぶして外に放り出せばいいんで楽なのよね。私の世界では秒で問題になりそうだけど、そもそも異世界ではお客様は神様じゃないのよね……なぜなら……
「カナリアちゃん! お魚の揚げ物まだですか!」
ニケ様とか普通にリアル神様がやってくるからなのよね……実際、お客様は神様です思想で仕事をすると客が調子乗るから、異世界くらいがいいのかもしれないわね。
今回ニケ様に来てもらった理由は持ってきて欲しいお酒があったからなんだけど、いい加減元の世界に帰る事を考えないといけないわね。
「はいはい、ニケ様、例のお酒は持って来てくれましたか?」
「これで良かったですか?」
素面の時はニケ様はまぁ、普通の美人なんで無害なんだけど、女の子好きな冒険者達がニケ様に絡まないのはお酒を与えた後がややこしいのを私以上に知っている絡みたいね。というかギルドの酒場でニケ様、お酒禁止ってデカデカと書かれているブラックなお客さん扱い。
神様ですら、お客様はこういう扱いを受ける異世界万歳ね。
パンと魚の揚げ物と果物のジュースを与えて代わりに私はお酒を受け取る。このお酒は最近お友達になった冒険者さんと飲もうと思ってるのよね。
「カナリアさん、オーダー入りました」
「はいはーい! 任せて」
割とまともな料理が存在して、調味料も揃っているので、私も腕がなるわね。接客、調理、そしてマナーの悪い冒険者を飲み潰す事が大抵の仕事だけど、なんだかこの世界の人達、幸福度高そうね。みんな笑顔なんだもん。
経営学を学んでいる私からすると、この日雇いその日暮らしをモットーとする冒険者達、生活が成り立つのはありえないんだけど……要するに冒険者ギルドって組合なのよね。必要最低限のサポートを受けられるので食い繋ぐ事はできるし、ここにいる全ての人が協力関係にあって依頼は一般から国営の物まで揃っていて独占が存在しない奇跡のバランスで成り立っているわ。
文化、文明レベルが上がって紙幣経済がより重要度の高い物に変わるとこの状況は崩れそうだけど、今の所大丈夫そうね。
私の結論として……
「私の世界の人間は異世界に来ちゃダメね」
異世界は禁足地よ。この笑顔を守ろうと思ったら、私たちが踏み荒らさない方がいいわね。
「カナちゃん! 来たよ!」
鈴を転がしたというのが表現としてこれほど似合う女の子はいるかしら? 白いローブに身を包んで、顔を隠した冒険者の女の子がやってきたわ。私が待っていた異世界に来て知り合ったお友達、メディさん。
「カナリアちゃん! 女神がいるのに、デミゴッドの方が嬉しそうにするのは少し寂しいですよ!」
いやぁ、まぁ……友達が来て喜ぶのは普通じゃないですか、ニケ様はまぁ……ねぇ。
「メディさんいらっしゃい! 前言ってた甘くて美味しいお酒用意してるので座ってください」
私はニケ様に持ってきてもらったお酒の袋を開けると、そこには純米生貯蔵夏酒、そして……あら、雪塩がついてるわね。
「これで、本来ならキンキンに冷やして飲むお酒なんだけど、魔法とかで冷やせる?」
「おまかせあれ!」
夏を思わせる涼しい瓶にメディさんは触れると、中身が凍る一歩手前まで冷やしてくれるので、ガラス製のショットグラスを借りてくると、小皿に雪塩を盛って……
「何故か分からないけど、雪塩があったのでこれを舐めながら、飲んでみてください! 塩って言っても雪塩はあんまり塩辛くないので、日本酒の冷のおつまみにもってこいなんです!」
私のその言葉を聞いてメディさんは不思議な顔を、そして……冒険者達は、
「塩で酒飲むなんて、そんな話聞いた事ねーぜ!」
「ダハハハハハ! かなりあはポンプみたいに酒を飲むから味は二の次なんだ!」
あいつら後で飲み潰そう。
そんな外野の言葉は無視無視、日本酒の最高の肴の一つは塩なんだから、そんな飲み方を知らない連中は人生損してるわね。
「騙されたと思って塩を舐めてから、夏酒を飲んでみて」
塩といえば、テキーラが有名だけど、日本酒も同じくらい有名な飲み方なんだから! メディさんは塩をぺろり。
「あっ! このお塩、全然辛くない」
「でしょでしょ! そこで追いかけるように夏酒を引っ掛けて!」
「はい」
こくんとメディさんは飲んで、俯く。
「……こ、これは……応えられません。カナちゃん、神はお酒への感受性が凄いんですよ! 半分神の私に……こんなの飲ませて……」
悶えるメディさん、なんか少しエロいわね。どうしよう、これ飲ませたらダメなやつだったかしら? お酒が好きだって言ってたので、ハズレにくそうなの選んだんだけど……
「おかわり!」
にぱっと無邪気に笑うメディさん。あらあら、虜になっちゃったかしら? 私のグラスにも注いで、塩を舐めて一口。
くぅうううう! これはいいわねぇ! ニケ様が物欲しそうにこっちを見ているけど無視よ無視。私は半神のメディさんと仲良くなった理由、そしてお酒をご馳走している意味は……
「異世界に行ける方法って何か分かったかしら?」
「カナちゃん、それがですね。一つ分かったんです」
使えない勝利の女神とは違って、メディさんは色々な場所を冒険する半神の冒険者さん。私が元の世界に帰る為、もといこの世界から異世界にいく方法を調べてくれている報酬としてお酒を一緒に飲んでるの。そして何か手掛かりが見つかったらしいわね。
「このノビスの街から出て北に十キロ程進んだ先にかつて迷いの森と呼ばれた広大な森があったんです。今はそこには魔物達とすむ人間が暮らしていて、そこにいる人間がどうも異世界から来た人って話なのです。そこに行けば何か手掛かりが掴めるんじゃないかな?」
おぉ! 異世界っぽい流れになってきたわね。私は手酌で夏酒を注ぐとクイっと、メディさんのグラスにも注いで雪塩を舐める。
「うぅん! 最高ぉ! こんなお酒、よほどの高級品ですよね? いただいて良かったんですか?」
「そんな高級品じゃないわよ! この時期限定だけど、全然飲んで飲んで! 日本酒はあんまり長持ちしないから飲み切ってしまった方がいいし」
透き通った水にしか見えない夏酒を見て、ギルドの一緒に働いているみんながやってくる。
「なになに? それお酒なの? 私にも飲ませて!」
「私も私も!」
と、ギルドの酒場のみんなが各々に夏酒を飲んで雪塩をぺろりと舐める。みんな今までに飲んだことのない甘いお酒と高品質がすぎる塩を前に驚きを隠せない。
「おいし!」
「うん! おつまみも塩だったら太らないよね! これいいね!」
日本酒は独特なお酒よね。このギルドの酒場で飲めるのはエールとワイン、そして何で作っているかは不明のウォッカ、というか火酒。2本用意していた夏酒がなくなって雪塩も半分くらい舐めてしまったあたりで、メディさんが船を漕いでる。
日本酒ってなんか回りやすいわよね。
「上の部屋借りますね!」
従業員専用の仮眠室。そこに私はメディさんを背負って連れて行く。綺麗な女の子がギルドの酒場で酔い潰れたら碌な事にならないでしょうし……メディさんからは元の世界に戻れる情報も得たし、万々歳ね。明日の午前中に向かえば、その集落に到着できるかしら?
そんなふうな事を思って酒場に戻ると、私がこの酒場で厄介になってから四回は潰した常連がやってきたわ。
「人間エールタンクかなりあ! 今日こそは俺が、この酒場で一番飲める奴だって証明してやる! ギルドの依頼を請け負って用意してきた高級ワインだ! 飲まないとは言わせない!」
全く、飽きないわねぇ。この世界が幼いなと思う事は飲む量を一定数競うお酒の飲み方を知らない大学生みたいな冒険者がたまにいる事ね。まぁ、いいでしょう。丁度飲み足りなかったし、飲む相手になってくれるなら……
「いいわよ! でも、ちゃんと料理も注文しなさいよ!」
私は私専用の木製1パイントジョッキを持ってくると、酒樽を持ってきた冒険者の座る席の対面側に座った。
「みんなじゃんじゃんおつまみ持ってきて! この冒険者さんの奢りだから!」
それに冒険者、酒場のみんなは盛り上がる。毎日、お祭り騒ぎみたいなここ、嫌いじゃないんだけどね。
バタンと倒れる冒険者さん、まだ5、6杯程なんだけど、疲れでも溜まってるのかしら? 私の飲み友といえば、やっぱりミカンちゃんとデュラさんよね。そろそろ恋しくなってきたから本格的に帰らないと、私は二人目の挑戦者が私の対面席に座るのを見ながらハッカの棒をパキンと折って咀嚼したわ。
明日帰れるかしら?
どさくさに紛れて三人目の挑戦者がニケ様じゃない! 誰か止めなさいよ!