第130話 異世界ギルドで虎人と唐揚げと異世界エールのボイラーメーカーと
さて、ニケ様はどこにいるのかしら?
“金糸雀ちゃん、金糸雀ちゃん! 私は今、金糸雀ちゃんの頭に直接話しかけています“
あぁ、よくあるやつね。そういうのいいんで、元の部屋に戻して貰っていいですか? というか出てきてもらっていいですか?
“金糸雀ちゃん! 世の中には摂理というものがあって、女神はおいそれと人の前に姿を現す事はできないんです“
あれぇ……おかしいな。週六くらいではニケ様いらしてた気がするんですけど……
“でも金糸雀ちゃん安心してください! 貴女がこの世界にやってくる予定はありませんでした。まさに予定のない異世界転移です!“
えぇ、だってニケ様が私の手を引っ張りましたからね。というかどうするんですか? バイトや大学あるんですけど?
“いろはちゃんに私がそれっぽくお伝えしておきますのでご安心を!“
全然、安心できないけど……
“なので! なので! 金糸雀ちゃんには一つだけ凄い力を女神の加護で与えてあげましたのでご心配なく!“
それって……もしかして実は凄い魔法の力とかで異世界でちやほやされちゃうあれですか……こうなるとあれよね。イケメンとかに言い寄られちゃう展開を期待しちゃうわ。
“金糸雀ちゃんのお部屋にあるお酒を取り出す事ができる力です!“
いらねー! というか何それ……ニケ様正気ですか? そんな力聞いた事ないですよ。狂気の沙汰ですよ。
“ほら、金糸雀ちゃん。今から金糸雀ちゃんの運命に導かれし仲間との出会いですよ! 目の前にある場所をよく見てください“
はぁ……なんですかそれ? 私は目の前にある豪華な木製の扉、ノックしてからゆっくりと開けてみる。
そこに広がるのは、ご大層な武器を背負った人とかゴロつきみたいな連中でごった返している……
「ギルド!」
“正解です! ここで金糸雀ちゃんは仲間を集めてですね! 冒険の旅を“
行きませんよ。めんどくさい。そもそも冒険者ってどういう収入体系なんですか、ドヤ街のタコ部屋作業の方がまだマシでしょう。これでも経営学専攻なんですからね。
とはいえ、中々興奮するものね。文字は読めないけど自分でもできる仕事を請け負って成功して報酬を受け取る。これ、ギルドの取り分はいくらくらいなのかしら? こんな豪華な建物が建てれるくらいだから、中抜き凄そうね。
「か、金糸雀じゃないか! こんな所にどうしたんだ?」
あら……私の名前を呼ぶ……この懐かしい声は……犬みたいな耳をした美女……私が兄貴の部屋に引っ越してから記念すべき最初にやってきた……
「ク、クルシュナさん!」
銀細工士で確かギルドの酒場で働いているとか言ってたわね。ギルドに併設している食堂兼酒場と言ったところかしら?
私はイカつい男性たちの中を突っ切って歩いて行くと、茶々をいれられる。
「お嬢ちゃん武器も持ってないけど、僧侶か? モンクかぁ? どうよウチのパーティーで可愛がってやろうか?」
お嬢ちゃん……いい響きね。日本人とか東洋人は若く見えるっていうもんね。そんな人たちに私は微笑を浮かべ、クルシュナさんの元へ、
「クルシュナさん、お久しぶりです。色々あって勝利という名の酒乱の女神様のせいでこっちにきちゃったみたいですね」
“金糸雀ちゃん、これもまた試練です“
…………どの口が、
「金糸雀、あの時は大変、ご馳走になった! もしよければ今回は私にご馳走させてくれないか? 口に合うかは分からないが、最近このあたりも、あまり大きな声では言えないがコボルトガール、グレーターデーモン、そして人型のゴーレムを連れたある冒険者のおかげで随分料理が美味しくなってな。まぁ、座ってくれ、ギルドの酒場は冒険者の家みたいなものだからな」
なるほど、住まいを持たない冒険者からすればギルドの酒場は宅飲みって事なのね。という事で、木製のテーブルに木製の椅子。周りを見渡すと、木製のジョッキ。たまらないわね。
「金糸雀、お待たせだ! ノビスの村、特製のエール。それにコッキーの唐揚げという食べ物だ。すごくうまいぞ。この辺りじゃないと食べられないからな」
唐揚げきたわ。
エールをと……
「お嬢ちゃんここいいかい?」
すっごいでっかい男性が私の丸テーブルの席に座った。それに他の冒険者の人達は少し動揺しているわね。まぁ、犬神家の一族はお酒を飲もうと言われれば、
「どうぞどうぞ」
「こりゃいいな。じゃあ乾杯だ」
「はいかんぱーい!」
うん、あれね……さっぱりしているエールね。海外のビールだと思えば悪くないかしら。
ドン!
「プファー! うまい! おい! エール追加!」
おぉ、1Lくらいあるジョッキを一気飲みとは剛気ね。唐揚げは……
「んんっ! この味は」
「それな? うめぇだろ? このあたりでしか食べられないから王族なんかもたまにやってくるんだぜ! お嬢ちゃんもたくさん食べときな」
いやぁ……この唐揚げ、あれですわ。普段私が作ってる味付け、要するに犬神家の唐揚げね。この唐揚げを食べて分かる事、予想が間違いじゃなければ兄貴はこの世界にいるんでしょうね。
お酒さえあれば月でも生きていけそうな兄貴ならまぁいてもおかしくはないわね。
とりあえず元の世界に帰る事は後で考えて、異世界のお酒を楽しもうかしら。
「んっんっん! クルシュナさん! お代わり!」
ドンと木製のジョッキを置いて私もおかわりを遅れて頼む。そうか、このさっぱりしたビールだから私の家の濃いめの唐揚げね。というか冷静に周囲を見渡すと一部の人は明らかにどぶろくを呑んでいる。日本で作ると犯罪だけど、異世界じゃそういうのはないのかしら? お米……に相当する物もあるのね。
「お嬢ちゃんいい飲みっぷりじゃねぇか!」
「そうですか?」
普段、ミカンちゃんとデュラさんと飲んでるからペース的には遅めくらいなのよね。
「全くこんな酒いくら飲んでも酔えねーよなぁ?」
「あぁ、そうですか?」
この人、安くて酔いたいのかしら? ストロングゼロでもあげようかしら……ダメね。あれは異世界の人には衝撃が強すぎるかもしれないわ。だとしたら……
ニケ様、どうやってお酒を取り出せばいいですか?
“願うのです! この女神ニケに、そうすれば願いは叶うでしょう“
じゃあ、ワイルドターキーのノンエイジを持ってきてもらっていいですか? あの、3番目の棚の右から4本目です“
ガチャリ、ギルドの扉を開けて……スタスタスタと私のよく知る、ニケ様がボトルを鷲掴んでやってくる。あぁ、魔法の力でポンと出てくるとかじゃなくてニケ様が普通に持ってきてくれるのね。
「はい、金糸雀ちゃん! ワイルドターキーですよ! おねーさーん。女神にもエールをお願いします」
クルシュナさんがツカツカとやってくると水の入ったコップを持って、ニケ様の前にトンと置く。
「女神様、お酒はダメですよ。迷惑なので、金糸雀。女神ニケが酒を飲まないようにちゃんと見張っていろ。あと、この虎人のガープが迷惑をかけたらすぐに私に言え」
「分かりました。カープさんって言うんですね。これ入れて飲めばよく回りますよ? ええっと、このお茶を飲むカップでいいか」
ドッピオにワイルドターキーを注ぐと、私はガープさんの木製ジョッキにそれをポンと落とした。当然私にも……
「ガープさん、これで度数が20%くらいに跳ね上がりましたので、安くて酔えますよ! さぁ、飲みましょうか? 私、あれやりたいんですよ! 腕を絡めて」
「お、おぅ!」
一緒に飲む、異世界のギルドならでわって感じね! かー、やっぱボイラーメイカーはくるわねぇ。さぁ、2杯目と行きましょうか!
「クルシュナさーん! エール、二杯追加で!」
「えっ……何この酒……きっつ……」
3杯目のエールが運ばれてきたのでそれにもワイルドターキーを落として、柑橘類があったのでその果汁も絞って味変。
「ガープさん! 次、行きましょう次! はい、ニケ様。お酒には触らないでくださいね」
はぁあああああああああ!
異世界、たのしー! 4杯目、5杯目のエールを頼んだ時、ガープさんが……
「も、もう飲めません……」
バタンと倒れた。もう! こういうの見た事あるわぁ! 異世界のギルドとかだと日常茶飯事でものすごく盛り上がるのよね!
「うわぁ……あの虎人のガープが飲み潰された……怖っ……」
あら? なんか私引かれてない? この視線、思い出すわぁ。大学の新入生歓迎コンパの……
「もう、私帰りますね。金糸雀ちゃんの部屋で勇者とデュラハンと沢山飲んであったまります……では」
ダッとニケ様は走ってギルドから出て行きました。というか私も連れて帰ってくれればいいのに、というかクルシュナさんの家とか泊めてくれるのかしら? あと、この倒れているガープさん介抱しなくていいのかしら?
まぁ、とりあえず……
「すみません。エールのお代わりと何かオススメのおつまみお願いします」
「お待たせだ金糸雀、というかまだ飲むのか? まぁ、エールは安いからいくらでも飲んでくれて構わないが」
エールが安いの……意味わかんない。だったら飲ませてもらおうかしら? 最近、こうやって一人で飲む事なかったのよね。……一緒に飲んでたガープさんぶっ倒れたか……
この後も閉店まで飲んでクルシュナさんの仕事が終わるのを待っていたら、ギルドの通う人たちから、エール貯蔵タンク女と呼ばれるようになった事を私は全く知りませんでした。