第129話 抜け忍とふきのとうと越後さむらいと
生きていると何故そうなった。回避する方法はなかったのか? と、後悔は後からやってくる物なのよね。毎日飲んだくれているようでも私は大学生。ちゃんと勉強もしないといけない。このところ一人の時間が無かったからミカンちゃんがアズリたんちゃんとデュラさんを連れて東京ソラマチに向かった事で半日私は勉強時間を家で取れる事になったの。ハーブティーでも入れて、それじゃあ、勉強始めますか! と思った矢先、
「金糸雀ちゃん、今日は他の者はいないんですね」
「金糸雀氏、このじゃかりこ食べていいか?」
なんでいるのこの人たち。ニケ様にセラさんがやってきました。お酒は出さないでいると、セラさんは部屋の中を物色し始め、ニケ様は最近の扱いに余程不満だったのか、ミカンちゃんとアズリたんちゃんの特等席であるソファーを独り占めしているわ。
なんだろう。一応勝利の女神のハズなんだけど、涙が出そうになるわね。
「あっ、冷凍庫にジャイアントコーンがあるぞ」
セラさん、ほとんど泥棒ですよそれ……元々ここに私より前に住んでいた事があるかもしれないけど、ミカンちゃんが備蓄しているお菓子をバクバクと食べて次はミカンちゃんの私物の……
「うわっ! プレステって5とかあるのか! 3でも驚愕だったのに、私が元の世界に戻っている間にこの世界は進んだなぁ。女神ニケ、ジャイアントコーン食べるか?」
「いただきましょう」
泥棒が二人に増えたわ。こうやって見ると、普段ダラダラしててもちゃんとお金を稼いで生活費を入れてくれるミカンちゃんって随分まともなのね。
あーダメダメ。勉強に集中しないと……、
「……しかしだ。酒が飲みたいな。むぐむぐ」
「そうですねぇ。あぁ! このアイスおいし!」
冷凍庫のアイス食べたくらいじゃミカンちゃん怒らないと思うけど、なんかアレなんで後で私が買い足しておこ。
「あ、やっぱりここにあったか! 犬神さんはたまに秘蔵のお酒を天井裏の安酒ストックの箱に紛れさせてるんだ」
え? それ何処情報? いや、うん。セラさん兄貴とこの部屋で前に暮らしてた時期があるから知ってるんだろうけど、何引っ張り出してきたの?
「それは……」
ギィ、ガチャリ。
あーあ、誰か来ちゃった。
「たのもー、あれ誰もいないのかな?」
低めの声の女の子かしら? チラリと顔を見せたのは、うわっ! 凄い綺麗な子。黒髪の短髪に大きな瞳、真っ白な肌に……忍装束?
「おねーさん達、ここの人? 少し宿を貸して欲しいんだけど。僕は雪之丞。まぁ、所謂。抜け忍? 天正に死んだら気がつくと変な化け物がいる世界でさー! まぁ、乱世の時代の方が強い奴らだらけだったけどねー。ええっと、エルフだっけ? そっちは売春婦かな? それと、そっちのおねーさんは普通そうだ」
そう言って女の子よりも綺麗な男の子。雪之丞くんは私に指を刺して言うので私は普段より声のトーンを二段高めて、
「いらっしゃい! ここの部屋の家主の犬神金糸雀です。そんなところに立ってないで入って入って」
「じゃあ遠慮なく」
うわー! 雪之丞くん、柔らかそう。いい匂い……って私、おっさんじゃない! ダメよ。ここは大人の女性として雪之丞くんに余裕を見せないと、
「ちょっと、そこの人間! 今、女神である私を売春婦といいましたか?」
「あー、違った? ごめんね。アンタ女神だったんだ。僕の方が綺麗なのにね」
凄いな雪之丞くん、さらっと普通の人が言わない事を言っちゃたけど、セラさんが抱えているお酒を見て、
「それってお酒? よかったら少し分けてよ」
ダメよ……と思ったけど、異世界の人だし、戦国時代においては雪之丞くんくらいはもう大人なのよね。
「越後さむらい。46度の日本酒と言われるお酒ね」
日本の酒税法の問題で22度以上の日本酒は日本酒として扱われないからこれ、現在だとリキュール扱いなのよね。でも、恐ろしく美味しいのよね。
日本酒のようなウォッカとでも言えばいいのかしら?
「あぁ、もう飲みましょうか? セラさん、ちょっとそのボトル貸してください」
私は業務用冷凍庫にボトルを放り込むと急速冷却させる。その間に何かおつまみを……
「金糸雀おねーさん、よかったらこれ使ってよ! ふきのとう」
「えぇ、雪之丞くんありがとぉー!」
「いえいえ、綺麗なお姉さんが喜んでくれて僕も嬉しいです」
やーんかーわーいーいー! それにしてもふきのとうって……しかもこれ、妙な色してるけど、異世界のふきのとうかしら? 処理って同じでいいのかな? とりあえずヘタ切って茹でてアク抜いて。ベタに天ぷらと、ふきのとう味噌ね。焼きおにぎりも作っちゃお。
お酒の方は……いいわねぇ。さすが46度。全く凍ってないわ。ショットグラスを人数分用意して、
「じゃあ、雪之丞くんの持って来てくれたふきのとうパーティーで乾杯ね!」
「「「かんぱい」」」
ショットグラスをチンとつけて一気にクイっと……かぁあああああ! これはキク。
「金糸雀氏、この日本酒。きっつ……」
「へぇ、僕の時代にはこんな透き通ったお酒、粕取り以外で飲んだ事ないよ。あぁ、信長が伊丹の酒だっけ? 仕入れてたかもね。にしても確かにきっついお酒」
確か史上最初の清酒ね。すぐに灘の酒に取って代わられるんだけど、その功績は凄いわよね。結果として古今東西、それにこの越後さむらいも生まれる事になるんだから、ちなみに雪之丞くん、粕取りもいまだに健在よ。
戦国時代のお酒や焼酎は多分、高くても22度から25度くらいだろうから、46度のお酒は未知との遭遇でしょうね。でも、雪之丞くん、酒呑ね。ふきのとう味噌をちょびりと食べて、ショットグラスをクイっと斜めに切ったわ。
「金糸雀ちゃん……このお酒、なに? 酔わなくないですか」
そうなんです。そうなんですよ! あの酒を飲ませたら4段階馬鹿になるギアを跳ね上げるニケ様が普通の顔してるんです。不思議なくらい、酔いにくい。セラさんもペロりと舌を出して私にショットグラスを、
「バーシャルショットお代わり!」
この人、本当に異世界の人かしら……まぁ、別にいいけど、私はトクトクトクと越後さむらいを注ぐ。
酔いにくいというのは酔わないというわけじゃない事を私は忘れていたわ。というかそもそもこれ日本酒だからスピリッツより回るに決まってるじゃない。
「金糸雀ちゃん! この人間の男子。女神を尊重しませんよ! どういう事ですか! ちょっとここに来てお代わりを注ぎなさい!」
「なぁ、金糸雀氏、なんか気持ち悪くなってきた」
もういや……雪之丞くんは、綺麗な正座で焼きおにぎりにふきのとう味噌をつけて上品にパクリと食べてるきゃわわ! そしてお茶でも飲むように越後さむらいを一口。うん、風情あるわね。
「金糸雀おねーさん、すっごい美味しいや」
「そう? 沢山食べてね! グラス空いてるわよ」
「ありがとう」
トクトクともう一杯。
「じゃあ僕も返盃」
「えぇ、ありがとー!」
何これ? 天国かな?
「金糸雀ちゃん!」
うっせーなニケ様は……
「金糸雀氏、ぎもわる……」
「セラさん、玄関から出てくださいね。ニケ様も来てください」
「なんですか金糸雀ちゃん! 女神を動かして!」
そうだ。
最初からこうすれば良かったのよ。かわゆしな雪之丞くんと二人でしっぽり呑みたいから二人は強制的に出ていって貰えばいいのよ。
「はい、扉開けてください」
「うっ……」
ガチャリ。
「では外に出てください! はい、いっち、にー!」
二人を外に出して、お待たせ! 雪之丞くん! と思った時、私の手をまさかニケ様が掴んだのよね……これってヤバくない?
私は普段の外ではないどこかに、心のどこかでいつかはこんな時が来るんじゃないかと思っていたけど、私は……
「どこここ?」
見たこともない街並み、中世ヨーロッパ……というよりは北欧の観光地みたいな場所に私は気が付けば立っていた。
ははーん、私はどうやら異世界にやってきたよね。
……
……
……
嘘でしょ!