第128話 バハムートとアジフライと日本酒・酔鯨と
「殿下、今日のオヤツはフジパンの黒こっぺでありますぞ!」
学生時代によく食べたわね。でもそんな黒こっぺも綺麗に切ってお皿に果物と並べてあると洒落たオヤツに早変わりするのはなぜかしら。
「クハハハハハ! うまい! 余はこのパンと挟んであるクリームが好きだ!」
牛乳をこぽこぽと注いでデュラさんは楽しそうね。なんか今日は、まったりとした一日になりそう。そう、今日はミカンちゃんがオフ会に行ったのでいないのよね。なので、今日はアズリたんちゃんの好きな物を何か作ってあげようかなと思ってるんだけど、
「アズリたんちゃんは何か食べたい物ある?」
と聞くと、
「余は家来が作った物にケチはつけぬ! なんでも出すと良い。金糸雀とデュラハンの作りし物が不味いわけはないしなっ!」
できた子供なのよねアズリたんちゃん。じゃあどうしようかしら、そんな折、お昼の情報番組で芸人が最近はやりのアジフライを食べている様子がテレビに映し出されてるのを見てるから……
「今日はアジフライにしましょうか! タルタルソースも作ってきゅっと冷酒ね。アズリたんちゃんはオムライス作ってあげるわ」
最近はアジもイワシも高くなってきたわよね。デュラさんがアジを綺麗にさばいてくれるので私はバッター液を作ってアジフライの準備をしつつ、片手間にフライパンを二つ用意して大き目のフライパンでチキンライスを作る。小さいフライパンで溶き卵をかき混ぜ、フライパンが熱しすぎたら水に濡らしたふきんでフライパンを冷やす。卵をふわとろにするにはオムレツを作るフライパンを熱し過ぎない事。これはマストね。
「デュラさん、日本酒冷蔵庫から氷水の入ったバケツに入れておきますけど、銘柄決めていいですか?」
「頼むである!」
「はーい!」
食中酒は揃いに揃ってるけど、ここはそうね。島のお酒を選んでみようかしら、高知の酔鯨。飲み口はスッキリ、コクがあって、高知の素材をふんだんに使ったお酒……らしいわ。コロナエキストラのキャンペーンで貰ったバケツに氷水を張ってその中にボトルを入れておく、デュラさんの方は完璧な180度の温度を測って無駄なく揚げるわね。みんなが来るようになってからフライヤー大活躍よ。
ガチャリ。
ガチャリ。
さぁ、お出ましね。
「金糸雀殿、レヴィアタン殿……いや、違うな同等の……殿下待たれよ!」
「クハハハハ! 肌が粟立つ。おもしろし! 何者か?」
いつも通り走ってお出迎え。なんか凄い人来たっぽいけど、もう私は神様が来ようと何が来ようとあまり驚かなくなってる自分がいるわね。
アズリたんちゃんがエスコートして連れてきた人物。民族衣装を来た長い黒髪の男性。私の部屋を見渡して、私を見る。
「犬神の家だよね? 懐かしい」
「あー、兄貴のお知り合いでしたか、私は妹の犬神金糸雀です」
「いやぁ、犬神からは色んなお酒を飲ませてもらったんだ。俺はバハムート」
「ば……バハムート! あの! ゲームとかで一番有名と言って過言ではない?」
「おぉ、犬神と同じ驚き方だ。いやぁ、嬉しいねぇ。伝承ですら語られない存在なのになんでこの世界の人の知名度高いんかねぇ。はい、バハムートだ」
うわー! うわー! 兄貴と小さい頃、ゲームなんかで最強の召喚獣として登場したのを覚えているわ! 困難な状況をいつもバハムートが助けてくれたのよね。
「その節はお世話になりました」
「ははー、それも犬神に言われたなぁ」
私はバハムートってドラゴンだとばかり思っていたの。そこで、異世界博士、というかデュラさんが……
「ば……バハムート殿……であるか! 空を駆ける鯨、その巨体さは端から端まで収まらぬというのに、誰も見た事がないというあの……これは眼福である!」
「クハハハハ! 余と力比べをするとよい!」
「いやぁ、ここに来たんだ。一杯やらせてくれよぉ」
バハムートって鯨だったのね。へぇ、へぇ……じゃあ今日のお酒は丁度いいじゃない。私は四人分ぐい飲みを用意。アズリたんちゃんはひやしあめ。とくとくとくとぐい飲みに注いで、
「では、色々お世話になったバハムートさんにメガフレア!」
「「「めがふれあー!」」」
私、デュラさん、バハムートさんがぐい呑みを大きく斜めに振って。
「くぅ! これね」
「美味いである!」
「こりゃおいしい」
と舌鼓を打っていると、アズリたんちゃんが冷やし飴をくぴりと飲んで「甘い!」と一言。大人組がお酒ではしゃいでるのに、アズリたんちゃんが一番風情あると言うのもアレね。飲兵衛の宿命かしら。
「はい、アズリたんちゃん。オムライスにアジフライよ! なんか大人のお子様ランチみたくなってるけど」
「クハハハハ! デュラハン。ナプキン!」
「はっ! ただいまである」
アズリたんちゃんの首にナプキンを巻いてあげるデュラさん。異世界の食事は中世より前の大陸系マナーなのよね。昨今は大人は巻かなくなったらしいけど。アズリたんちゃんがデュラさんがミカンちゃんに頼んで買ってもらった銀食器セットのスプーンでパクリと食べる。
「クハハハハ! 頬が落ちるとはこの事だな! 金糸雀、褒めてつかわす!」
「あらそう? よかったわ」
デュラさんはソワソワと自分が作ったアジフライをアズリたんちゃんが食べてくれるのを待ってるわね。
「じゃあ、アジフライも食べましょうか? しば漬けとミョウガを刻んで入れた金糸雀さん特性タルタルで召し上がれ」
「おぉ、犬神も料理上手だったが、金糸雀も中々の腕だな」
「アジフライはデュラさんが作りましたけどね」
タルタルソースをのせてバハムートさんがパクり。そして咀嚼。飲み込んだ後に手酌で酔鯨をぐい呑みに入れると一口。
「うん、うまいし酒にもよく合うよ」
「そうであるか? 我もおひとつ」
「あ、私もー」
外はサクサク。中はふっくら。そして青物の臭みを……紫蘇で殺してある。やるわねデュラさん。目が合うとデュラさんの眼光が光る。
そしてこれはデュラさんも満足のいく味付けだったみたいね。
「殿下もお一つ、我が切り分けるであるぞ! 殿下、アーンである!」
「うむ! あーん」
アズリたんちゃんの口の中にアジフライをタルタルソースと共にいれ、アズリたんちゃんは口を閉じてむぐむぐと咀嚼。そして飲み込むと、
「旨い! が、前に食べたアジとやらの香りがないのがちと残念である! 精進せよ!」
「ははっ!」
ここではデュラさんは何も言わないけど、紫蘇で臭みを消した事を指摘されたらしい。それにバハムートさんが、
「あぁ、うん。俺もそれ思ったんよね。犬神さんが作ってくれたアジフライはアジの独特の香りがあって、それが酒のアテになるんよ」
そうか、私は思い出してしまった。デュラさんはいつの間にか、お酒のアテではなく食事のおかずを作っていた事に……そうなのよ。青物のあの香りもまたお酒のおつまみよ。
「でもアズリたんちゃんよく味分かったわね。オムライスとならこのアジフライの方が合うんじゃないかしら?」
「クハハハハ! 金糸雀よ! このオムライス食べてみるといい!」
きゅぽっと私の口の中に私が作ったオムライスを食べさせてくれる。うん、普段私が食べているオムライスだわ。もちろん、ビールのおつまみとして食べるようにチキンライスパラパラに濃いめの味付け、卵はふわとろ。まさにこっちは食事としてのオムライスじゃなくてお酒のおつまみとしてのオムライスね。
「しかしそっちのとんでもない魔力保有をしているお嬢ちゃんは通だねぇ。味の分かる子だ。乾杯しよう」
「クハハハハハ! 余に分からぬものなどない! その乾杯受けよう」
バハムートさんは冷やし飴をアズリたんちゃんのぐい呑みに入れ、アズリたんちゃんは酔鯨をバハムートさんのぐい呑みに注ぐ。
そしてカチンと音を鳴らして呑む。
なんかいいわねぇ。今日に限ってニケ様来ないし、セラさんも来ないし。こうまったりとした時間の流れを感じながら飲む冷酒。
控え目に言って最高ね。
「デュラさん、お代わりどうぞ」
「我、生涯最大の不覚である……」
「まぁまぁ、今度はもっと美味しい物を作ってあげればいいじゃん」
「くっ……金糸雀殿。どこぞのクソ女神と違い女神であるな」
「えぇ、そんな事あるかなー」
とかデュラさんと並んで呑むと楽しいわねぇ。これが大学の合コンにくる飲めもしないのにパカパカ呑むシャバ僧やガールズバーにくるお客さんと違ってお互いの間を大事にしてくれるし、
トントン、トントンと私の背中を突く何者か、この部屋には私、デュラさん、アズリたんちゃん、バハムートさんしかいない筈なのに、なんだろう。なんだろう? 怖いなぁ、怖いなぁと思って振り返ると、そこには……
「金糸雀ちゃん! バハムートと一緒に私も来たのに、魔王の娘がバハムートだけエスコートして私の事は案内してくれなかったので玄関でずっと待ってたんですよ!」
とか言って酒クセェ。この人たまに飲んでから来る時あるわよね。というか……あぁ、バハムートさん来た時。二回扉が開く音鳴ってたわ。
さぁ、長い夜になりそうね。