第122話 ネクロマンサーとコブサラダとストゼロドライと
「えぇ、勇者こういう服はいらないかもー」
「いつもフリースかもこもこしたルームウェアばっかりじゃない。ヘビロテしすぎてヨレヨレになってるから捨てるわよ」
「かなりあも毎日、芋じゃーなりにけり」
「私は、毎日同じ色の違うジャージを着てるの」
「真剣に勇者、かなりあのそういうところ尊敬す」
ミカンちゃんには大学デビューをしようと思って買ったけど、件のサークル飲み会を機にお蔵入りしたお嬢様風、レースのワンピ。ミカンちゃんなら何着ても似合うしあげたんだけど、この反応ですよ。
アズリたんちゃんとデュラさんはニチアサのアニメを見ながらあんドーナッツを食べてるので静かね。ほんと手のかからない魔王軍……
に対して、
「勇者、フリースへの信仰の為、ダル着に着替えり」
「早い!」
ミカンちゃんは私の超可愛いワンピを脱ぐといつものだるだるのフリースに一瞬で早着替え。その様は魔法少女の変身のように……最悪な絵面だけど。
もうミカンちゃんは異世界ではいい大人なんだから、これ以上はもういいわ。そんな事より、
「アズリたんちゃん。今日は何を食べたい? かデュラさん分かりますか?」
デュラさんはフヨフヨと浮いてきて、
「殿下は何でも美味しく食べてくださるが、最近。大豆の缶詰に感銘を受けられていたである」
「絶妙に渋いわね。うーん、ポークビーンズ。あっ、枝豆もあるから色々入れてコブサラダでも作りましょうか?」
「コブサラダであるか?」
アメリカかどっかの料理で、サラダ一つでメインディッシュを兼ねる。要するに酒のおつまみね。特に定義はないんだけど、豆類やチキンなんかが入ってる事が多いわね。
「ほぉ、確かに色々出てくるであるな!」
タブレットを完全に使いこなして、お料理サイトを見ているデュラさん。ミカンちゃんとアズリたんちゃんはニチアサアニメのエンディングのダンスを完コピしてるわ。
今のアニメって凄いわね。滑らかに動いてるし、
「枝豆茹でて缶詰の大豆とアボカド、ミニトマトにチーズも入れちゃいましょうか?」
「うむ。鳥の胸肉を簡易鶏ハムにするであるな」
「あっ、お願いしまーす」
私たちが淡々とコブサラダの準備をしていると、ミカンちゃんソファーでソシャゲ始めたわね。アズリたんちゃんは……六法全書読み始めたわ。一応支配者の後継だからこの世界のルールを勉強しているのかしら……
もしかしてなんだけど、ミカンちゃんの世界。魔王側に支配された方がいいんじゃないかしら?
ガチャリ。
お早いご登場ね。パタンと六法全書を閉じると、アズリたんちゃんがお出迎えに行ってくれるので、大助かりね。
「クハハハ! 余がいらっしゃいを言ってやろう! 貴様はお邪魔しますをいうと良い」
「……お、オジャマシマス」
なんか素直な人来たわね。前髪が隠れている男の子? アズリたんちゃんに手を引かれて、オドオドしながら、
「死臭がするであるな……」
おや? と言う事はゾンビとかそっち系の人かしら? にしては普通に見えるけど、ミカンちゃんは興味すらなさそうだし、人懐っこいアズリたんちゃんに少し戸惑っているお客さんに、
「こんにちは! 私はこの家の家主の犬神金糸雀です。こちら、デュラハンのデュラさん、そこでひっくり返ってるのは一応勇者のミカンちゃん。で、今手を繋いでいるのがアズリたんちゃん。魔王様の一人娘みたいですよ」
男の子はアズリたんちゃんがどういう存在か知ってギョッとする。でもニコニコ笑っているアズリたんちゃん見てると毒気を抜かれたように、
「あの、僕は。ネクロマンサーのネクロです。死者を操る術者です。僕が言うのもなんですけど、なかなかカオスな部屋ですね」
うん、そうよね。本来水と油と思われる面子が、お子様ランチみたいに仲良く揃ってるのよね。
「言わんとする事は分かります。ほんと、不思議ですよね! ネクロさん、良ければご飯食べていきませんか? 丁度でき上がったんで」
「いいんですか? 金糸雀お姉ちゃん」
金糸雀お姉ちゃん。
金糸雀お姉ちゃん。
お姉ちゃん。
お姉ちゃん。
……。
「もちのろんよ! ネクロくん! さぁ、座って座って! ミカンちゃんと同じくらいの歳だから、お酒は……」
「大好きです!」
はい、可愛い!
もういきなり私のお姉ちゃんソウルでネクロくんのヴィジュアルが百倍、可愛い弟に変換されちゃったわ!
お酒は何か美味しいのを、
「んなぁー! ストゼロ決めたいかも」
ミカンちゃんはそう言って冷蔵庫にあるストロングゼロを取り出すと今日に限って何故か全員分テーブルに並べるんだけど。
「あれであるな。確かに無性にキメたくなる時があるであるな」
なんでデュラさんもストゼロは飲むじゃなくてキメるって言うのかしら、まぁ、私も頭痛薬のロキソニンを使う時はキメるって言うけどさ……。
まぁ、そう言う扱いって事ね。
仕方なく、私はグラスを用意しようとした時、ミカンちゃんが指を振る。そして私を蔑んだ目で、
「かなりあー! ストゼロをグラスで飲むなんて愚の骨頂なりにけり! ストゼロは缶のまま行くのが乙なり!」
ストゼロをなんだと思ってるのよ!
まぁ、洗い物増えなくて済むけどさ。ミカンちゃんはストロング炭酸のペプシを用意して、
「では、僭越ながら! ネクロ殿とこのなんでもない日に乾杯である!」
「「「かんぱーい!」」」
「クハハハハ! 黒いシュワシュワの飲み物か! 面白し!」
うわー、ストゼロ久しぶりに飲むけど、なんかこう。酔いが回るの早いのよね。そういえばデュラさんが首から下だけ異世界かえる事になった原因もストゼロだったわね。
「コブサラダ、取り分けますね!」
サラダでありながら、メインディッシュになり、そしてオツマミとしてのボリュームも大幅にアップするそれを前に私たちは実食。
「まぁ、裏切らない味ね」
お酒はビール系でも良かったかなと思ったけど、ストゼロのドライも割と合うわね。アズリたんちゃんは美味しそうにフォークでコブサラダを食べて「クハハハ! 美味い」と口にあったみたいね。魔物はみんな野菜好きよねぇ。なんか人間食べているイメージだったんだけど……
「うんみゃあああああああ! 勇者、サラダはちょっとこってりが足りてないと思ってり、これはその勇者の要望に見事答えたり! んぐんぐ、ストゼロお代わりなりぃ!」
ミカンちゃん、トー横とかでストローブッ刺したストゼロ飲んでそうだけど大丈夫かしら? ネクくんはミニトマトとアボカドを食べて、
「美味しいです! 金糸雀お姉ちゃん! 金糸雀お姉ちゃんが、僕の本当のお姉ちゃんだったらなぁ……」
えぇ、困っちゃうなぁ! ちょっと身長は低いけど、可愛い顔してるし、素直だしぃ、私年下行っちゃう?
「えぇ、お姉ちゃんになったげよっかぁ?」
私はストゼロの闇に飲まれていたのかもしれないわ。コブサラダをつつきながら、デュラさんの自家製ハムもいい味してるし、いつものノリでそんな事を言った私に、ネクロくんはニッコりと可愛く微笑むと、カバンから取り出した禍々しいナイフを私に向けて、
ガチン!
ミカンちゃんの割り箸とアズリたんちゃんのファンシーなフォークがそのナイフを阻む。
えっ? 何何? どういう事? 私、殺されかけたの?
「今のは金糸雀が悪いかもー」
「うむ、ネクロマンサーの眷属になってもいいとは愚かである! クハハハハハ!」
ええっと、ネクロくんは私を殺そうとしたのに、なんか私が悪い事になっているのは……ここは異世界なんでも教えてくれるデュラさんを見ると、
デュラさんはコホンと咳払いをして。
「ネクロマンサーはその特性故、死者しか眷属にできぬである。金糸雀殿がネクロ殿の姉や恋人になるという事はそういう事であるな」
ひ、ヒエェええええええええ!
なんか台湾かどっかで道端に落ちてるお金拾ったら死者と結婚させられる風習みたいじゃない。
「ははっ、やっぱ僕のお姉ちゃんにはなれませんよね」
「うん、なれないわね」
このネクロくん、私がそう言うとチッ……と明らかに舌打ちをしてストゼロガブガブ飲む。
「金糸雀お姉ちゃーん! お代わりいっすか?」
「はいどうぞ」
うん、この子既視感あるわー! ガールズバーにも勘違いしたお客さんこんな感じなのよね。ネクロくんは本性を表すと、今まで同じ手口で自分の眷属にした人達の図鑑なんかをアズリたんちゃんとミカンちゃんにさもトレーディングカードのレアでも自慢するように話して、コブサラダがなくなった頃に、ふらふらになりながら、
「じゃあ帰りまーふ、おわっ……!」
すてーんとこけちゃったネクロくん、明らかに腕があらぬ方向に曲がってるんだけど、ミカンちゃんが回復魔法をかけようとした時、
「らいじょーぶ、らいじょーぉおおぶ!」
と断ったので、私は冷蔵庫にまだ入っていたストゼロのドライ缶を一つ、ネクロくんに渡したわ。
「どうしても痛みに耐えられない時はこれを使いなさい!」
「わぁ、ありがとう金糸雀お姉ぇちゃん!」
とても可愛い笑顔で彼は私の部屋から元の世界に戻って行ったわ。